③三話(5)
◇◇◇
時間にして、今より少し前……。
志音がまだアリスと共に市街で出店を回っていた頃。
他の『他国兵』達は、それぞれの戦場に立っていた。
ヴァージェス・J・グロッセは獣人特有の能力『獣化』により、より獅子の形状を濃くし……戦場を駆け抜けていく。
半獣化など比較にもならぬ程の力を引き出す、完全な獣化。
人の身でありながら、獣の力を十全に引き出すことのできる。獣人のみに許された能力だ。
丈夫な体毛に覆われた筋骨隆々な肉体。剥き出しになった獰猛な牙。鉄すらも切り裂く鋭利な爪。獣のソレを完全に我が物とする。
その姿こそが、ヴァージェスの本気の戦闘形態であり、普段は脆弱な人間に合わせているだけなのだ。
この力ならば、自身より序列の高い『革命軍』達ですら容易に相手する事が出来る。
単純な腕力ですら、人を遥かに越えているのだ。たかが武器を手にした程度の子供など相手にすらならない。
現に、数人で行動していた『革命軍』を相手に、一方的な蹂躙を……確実な勝利をおさめている。
……ヴァージェスは強いのだ。
倒せば倒すほどに、勝てば勝つほどに、その現実がソレを証明していく。
だが…………
それでも、あの男に植え付けられた『敗北感』が消えることはなかった。
いくら強者を倒したとしても……あの男に『殺されていたかもしれない事実』は、消えない。
『狩られる側』の恐怖は……消えてくれない。
「くそっ、くそっ! クソがっ!!!」
勝っているのに、優越感に浸れない。このモヤモヤが……よりいっそうヴァージェスを苛つかせる。
次は負けない。
そんな言葉を叫んでも、『一度目に殺されなかったから』という事実が付きまとう。
志音はヴァージェスを『殺せた』のだ。
力量でも意思でも、ヴァージェスを殺せる。あの目は、他者を殺す事に躊躇いを抱く人間のものではなかった。
『次はない』。
あの男の冷酷な目は、静かに……だが、確かに訴えかけていた。
『次』にまた挑もうものなら、『その次』はきっと存在しない。
「クソがぁああっ!!!」
他者に当たり散らしても、無意味だというのに……。
その憤怒がヴァージェスの闘争心を駆り立てる。
「がっはっはっは! なんだヴァージェス、随分と張り切ってるじゃねぇか! いい覇気だ!」
「あ゛ぁんっ!!?」
不意にかけられた声へ、反射的に豪腕を突き出した。
人間の動体視力では追うことさえ叶わぬ超速の拳。
だが、声の主は易々とその突きを止めてしまった。しかも、《マナ》で強化した程度の右手一つで、である。
「おっと。なんだ……。久し振りの戦いなんだ。少しくらい話をしてもバチは当たらねぇだろうよ? 何をそんな殺気だってやがる……」
「……テメェか……剛毅」
「おいおい、まさかオレと気付かずにあんな突きを放ったのかお前……。オレじゃなかったら大怪我させるレベルの威力だったぞ!」
「うるせぇ。そうなってもいいように『創造者』のヤツが参加して来てんだろうが……。死なねぇ程度に手は抜いてやってる。つーか、同じ理由でテメェも敵を壁に沈めてただろうが……!」
「あー、そういえば」
豪快に笑う剛毅。
ヴァージェスは舌打ち混じりにその能天気な顔を睨み返す。
そんなふてぶてしい態度も気にせず、剛毅はいつもの事のように笑ってヴァージェスの背中をバンバンと叩く。
剛毅はヴァージェスの事を気に入っている。
人徳や性格云々などはどうでもよく、剛毅は『強いやつ』が好きだ。そして、ヴァージェスは強い。……こんな単純な繋がりである。他には何もない。
一年次からの付き合いである。かれこれ二年近くもの間、このようなやりとりが繰り広げられている。
「力加減すらまともに出来ねえ脳筋バカのテメェとはちげぇんだよ」
「脳筋? 脳まで筋肉ってことか? がははは! 誉め言葉だな!!」
「誉めてねぇよ!! 「バカ」っつってんだろうが!」
「うん? いいじゃねぇか、「バカ」でも」
「あ゛ぁ!?」
「小難しくあれこれ悩んで雁字搦めになってるより、何も考えず力任せに戦ってる方がずっと楽だ!」
「……っ」
「んでもって、つえーヤツと殴り合うのは楽しい! そうだろ? なぁ、ヴァージェス!」
拳を握り締め、戦士の顔で笑う剛毅。
『王国軍』序列第九位の男。『王国軍』内では二番目に弱いなどと言われているが、ヴァージェスは剛毅の『強さ』を充分に理解している。
中途半端な罠や魔法なんかでは傷一つ負わせる事すら叶わない。それどころか、近接戦はほぼ敵なしである。持ち前の猛々しい膂力を活かした、バカがつくほど単純な肉弾戦において……この男を倒せる者などこの学園にはいない。
では何故、そんな男が九位などという中途半端な地位に甘んじているのか……。それは、剛毅の性格が関係していたりする。
この男は、『女』に甘いのだ。
フェミニストと呼ぶ程ではないものの、この学園での戦闘において……剛毅が女性を相手に本気で戦った事は一度もない。
相手がどれ程強かろうと、その拳で反撃したことは一度たりともないのである。だが『負けている』わけでもない。
基本は、相手が諦めるまで防戦に徹するか、制限時間いっぱいまで耐え抜くか。剛毅のタフさならば、苦もなく達するだろう。
だが耐えきれぬ攻撃もある。
その甘さが生んだ結果が、九位という地位なのだ。
この男が本気で上を目指したならば、もっと上位に立つ事も容易いはずなのである。
「いい加減、テメェの甘っちょろい考え方にもうんざりしてたところだ……」
「甘い? オレがか?」
「敵が女だったらってだけで手を抜くなんざ、女ったらしのやり方だろうが。本気でつぶすなら男も女も関係ねぇ!」
「……ん~、オレは強えよな?」
「あぁん?」
「強え奴が弱っちい女相手に本気なんか出してみろよ? 普通に考えて危ねぇだろ? オレは別に、相手を怪我させてぇわけじゃねぇんだわ。……ただ」
気の抜けた雰囲気とは一転、急に戦意を剥き出しにした剛毅がヴァージェスへと掴みかかる。
ヴァージェスもそれに真正面から掴み返す。
単純な筋力同士のぶつかり合い。
「――『強え奴と殴り合いてえ』。そんだけなんだわっ!!」
「……っ!!!」
「はは! やっぱいいなお前! 自力だけならオレとタメはれるぜ!!」
「うっせぇ! ぐっ……、テメェみたいな筋肉ダルマと違って……こちとら、はなから全力なんだよ……ゴラ゛ァ!!」
大地を砕き、周りの木々さえ薙ぎ倒す程の余波を生む取っ組み合い。はたからみれば互角に写るソレも、既に全力を出しきっているヴァージェスと、まだ余裕を残しているような雰囲気の剛毅。
力の差は歴然である。
自身を相手に本気になろうともしない剛毅に、苛立ちを覚えると同時に……ヴァージェスは『チャンス』だとも考えていた。
初手全力ではない、ということは……それだけで付け入る隙になりえる。
相手が本気を出す前に潰す。それも立派な戦術だ。
先程、志音を前に圧倒的な敗北感を植え付けられたヴァージェスにとって、『勝利のためにプライドを捨てる』という行為に対する忌避感などありはしない。
『勝て』ばいい。『生き残れば勝ち』なのだ。
「ここでテメェをぶっ倒して……、オレの実力を証明してやるよ!!」
「おう! その意気やよし! かかってきやがれ!!」
◇◇◇
そしてもう一つの戦場では、幼き少年を相手に……ユノ・バーン・ログリットは苦戦を強いられていた。
持ち前の丈夫さをフルに活かして力任せに殴り付ける。その女性らしい華奢な腕ながら、岩程度ならば問題なく破砕できる程の怪力を放つ。
それだけではない。
目立って筋力が発達している訳でもないのに、《マナ》強化されたような超脚力。定めた獲物を見逃さない動体視力。そして、斬撃に対してさえかすり傷一つ負うことのない人間離れした頑丈さ。
ユノという少女は、今時の女子高生チックな見た目とは裏腹に……他の者など比較にならぬ程の肉体的スペックを兼ね備えていたのである。
ただ、中身が残念なだけで……。
「あーもう! もう! もうもうっ!! なんでアタシの攻撃が当たんないかなぁ!!」
型も何もあったものではない、殴り付けるだけのパンチ。
直撃すれば鉄すら拉げる一撃を、ユイ・ランフェイは軽々と避けてしまう。そして、その勢いを逆に利用しカウンターで叩かれる。
普段なら痛くも痒くもない筈の衝撃なのに、ユイの攻撃は確実にユノへダメージを与えていた。
目立った傷こそ無いものの、ユイの攻撃は衝撃が肉体の内側から弾けるのだ。
「こんちくしょーい!!」
「ほっ」
「ぬぎゃっ!? いっ……たぁあああいっ!! さっきからなんなのさぁ!! すっごい痛いんですけど!?」
「まだまだ修練が足りんのぉ」
「は・ら・た・つーーっ!! もう一回行くかんね!」
「何度やっても同じじゃろうに……」
「うっさいやーい!」
失敗から何も学ばないユノは、なんの工夫もなく再度ユイへと殴りかかる。
「んー……、ちぇすとぉーっ!!!」
そんな馬鹿正直な一撃を、ユイは両手で優しく包み込むようにして後方へと受け流し、そのままの勢いを殺さず逆に利用し体勢を軽く捻ってやる。
すると、ユノの体がふわりと宙を舞い……一瞬後には、背中から地面に転がってしまっていた。
さらに衝撃は内側からダメージを蓄積する始末。
先程からずっと、この調子で『遊ばれている』のだ。
「あーもう! むかつく!」
悪態も吐きたくなる。
「お主も、大概頑丈じゃのう。普通なら三~四回程度で音を上げる者ばかりじゃぞ? それをまぁ……こう何度も」
「そんなの知らないし! コッチとら頑丈さだけが取り柄なんですー! まだまだ、諦めないし!」
「気骨だけなら大したもんじゃ。ウチの弟子達にも分けてほしいくらいじゃの~」
「弟子って……いつの時代の話してんのさ!」
「ふぉっふぉっ、気にせんでええよ。それより……その才能、惜しいのう……。お嬢ちゃん、鍛えれば強くなれる素質が充分にある。じゃが、今のままじゃ宝の持ち腐れじゃぞい……?」
「んにゃぁあー!!」
また襲い掛かり、また受け流される。
「ワシの動き、目で追えてはおるようじゃが、対応が出来とらんみたいじゃの。ほれ、もうちょい工夫せんと」
「うー、上から目線むかつく! ……ぜぇ」
「息が切れてきておるぞー?」
「うっさーい!」
ユイの言うように、肉体的スペックだけならばかなり高いユノ。
だが、絶望的に……戦闘経験が足りない。
それもそのはず……。つい数日前、この学園に入学するまでは、普通の一般的な学校で普通に平和な日常を生きてきたユノに、戦闘経験などあるはずもないのだ。
昔から多少頑丈だった。
大きな怪我などしたこともないし、無病息災でのびのびと育ってきただけの十五歳である。
ただ、それだけ。
この《ラグナロク》に参加したのだって、単なる友人間の『ノリ』である。本気で勝利など狙ってはいなかった。
『大きな祭りで活躍しちゃうアタシ、かっこよくね?』程度の軽いノリだったのである。本当は先日の試験で『どうせ落ちるだろうな~』とか思ってたレベル。
そう思うと、今現在……痛い思いしてるのが、すごく納得のいかないユノであるのだが……。
同じ『他国兵』勢の人たちに触発されて、ちょっと頑張ってみようかな~と思った矢先にコレである。
正直、もう降参しちゃってもいいんじゃないか?なんて思っていた。でも……なんか――
……このまま、何も出来ずに負けるのは……すっごい悔しい。だから――
「こなくそーっ!!」
柄にもなく、頑張ってしまっていたのだ。
生徒会長……絶対無敵の結歌に負けるのならばまだしも、自身よりもちっちゃいショタっ子にアッサリ負けるのは納得いかない。
せめて一発だけでも……。
「力任せなだけではいくらやっても無駄じゃ。速かろうが強かろうが、当たらにゃぜーんぶ無駄無駄。ちょっとくらいは頭を使わんか」
「にゃーもう! センセーみたいな説教とかすんなしっ!! 言われなくてもわかってますー! 今からそうしようと思ってたんですー!」
「口だけなら一丁前じゃの~……」
「むぅー!」
軽い挑発に対しても、馬鹿正直に憤慨するユノ。
戦闘の駆け引き……なんて言葉は、この少女の辞書には載っていないのだ。おバカだから
だが、諦めて逃げるという言葉もない。
これまでの人生、頑張ればなんとかなったのだ。
今回だって同じはず。
持ち前の頑丈さと根性で……。
頑丈故に、普通ならば無意識にセーブされてしまう力を百パーセント引き出すことができる。すぐに疲れてしまうけれど、肉体に負荷がかかることはない。
それがユノの強みである。
ユイの攻撃も、痛みこそえげつないが……外傷となる程の攻撃ではない。
だったらもう……我慢あるのみである。
痛い攻撃を我慢して、取っ捕まえてしまえば……ユノにも勝機はあるはずだ。
「……そうと決まれば、突撃あるのみ! いっくぞぉーい!!」
「学習せんのぉ……」
ユノの突き出した手を、難なくヒラリとかわすユイ。
また先程同様、ユノの勢いを利用しカウンターで反撃する。
だが、今度の一撃は……ユノも堪えた。
体勢を崩されぬ様にその場で踏ん張り、投げ飛ばされる事もなかった。
……好機!
痛む体に鞭打ち、無理矢理両腕を動かす。
狙いはユイの華奢な両手首。
「……ほぅ」
「うっしゃあ! つっかまえたぁあああ! もう逃がさないかんね。かーくごしろよぉ~♪ にひひ」
向かい合って、両腕の自由をふさいだ。
これで殴られることも、投げ飛ばされることもないはず。
その思考が、油断となった。
「よいのかの? ワシを相手に、これほどまで近付いてしまって……」
「うぇ……――っ!?」
ユノが反応する間も要さず、ユイの右脚がユノの腹部へとめり込む。
「――――っかは、」
肺の空気を一瞬で吐き出してしまう程の衝撃。
だが、咳き込む隙さえ与えず……ユイの猛攻が始まる。
使用するのは脚だけ。
そう。ソレだけあれば、子供の相手など十分なのだ。
瞬速で放たれる猛撃が、ユノの四肢を、胴を深々と抉る。頭部を狙わないのは、相手が女性だからという理由なのだが……。
それでも、ユイの放つ攻撃は常人を相手に使う威力ではない。
「痛い」で済む技ではない。
でも……
「…………っ」
ユノは、掴んだ両手を離さなかった。
「はなす……もんかぁ……っ」
勝算など、ありはしない。
これはただの意地だ。
『途中で諦めるのはなんか悔しい』それだけ、幼稚で下らない子供の意地。
さっさと諦めてしまえば、痛い思いをせずに済むのに……
そんな、大人の思考などユノにはわからない。
負けて失うものも、勝って獲るものもないかもしれない。
でも、それでも……
「諦めて……やんないし……っ!!」
尚も猛攻は続く。
もはや、一方的過ぎて……試合とも呼べぬ攻防。
ユイはそんな少女に、可能性を感じていた。
今は拙い赤子の児戯のようなものであるが、鍛えようによっては……もしかすれば、己をも越えるだけの逸材なのではないか?
折ってしまうには、実に惜しい。
「じゃが、まぁ……。今回は正式な試合じゃからの……。ワシもおいそれと負けてやるわけにはいかんのじゃよ……。悪いの」
ユイの足先が、ユノの首にあてがわれる。
「せめてもの情けじゃ、ワシも『技』をもって……楽にしてやろうぞ」
優しい声音とは反し、その雰囲気は戦士のものへと……。
もちろん、殺しはしない。
だが生半可な攻撃ではこの意地っ張り娘を気絶させることは叶わないだろう。
それに……これほどまでの圧倒的実力差を前にし、それでも最後まで戦う事を選択したユノに対して、中途半端な気遣いで終わらせてしまうのは……失礼であろう。
「精進せよ、若人よ……」
「……っ」
振り上げられた右脚。
更なる痛みに身構えるユノだったのだが……その脚が振り下ろされる事はなかった。
理由は至極単純。
振り下ろされる前に、それを受け止めた者がいたのだ。
文字通り、横槍を入れるように……。
「ユイ師父、そこまでにしていただけますか……?」
そこにいたのは、ユノと同じ『他国兵』の……
「そういえば、ヌシもソチラ側じゃったの。息災か、フェイ?」
「無論です。そして、いくら師父と言えども……女性を足蹴にするのは、いかがなものかと」
「両腕を掴まれておるんじゃ、空いた脚で応戦する他あるまい……」
「……。ユノさん、おつかれさまです。あとは私に任せてゆっくり休んでください」
「で、でも……っ」
「加勢していただけるのでしたら、万全に回復してから……ということで。私一人でも……師父の相手になるかどうかですので。休むのも、戦いです」
「……うっす。絶対、ぜーったい! 戻りますからねっ!」
口ではそう言うが、もはや……限界はとうに過ぎていたようで
ユイの手を放した瞬間に、ユノは眠るように気を失ってしまった。
「たしか……気を失った時点で、敗退扱いじゃったような……?」
「師父……。空気を読んでください」
「ルールは守らにゃならんじゃろう? まぁ、其奴がまた目覚めた時には、既に決着も着いておろうて……」
「そうですね。この《ラグナロク》も……おそらく終盤付近でしょう」
『革命軍』の大半がほぼ壊滅状態。
もはや、この戦いの勝敗は……トップランカーと王室騎士団に委ねられた。そう見て間違いないだろう。
まだ戦況の優劣はつけ難いが、それでも長い戦いにはならないはずだ。決着の時は近い。
「それでは、……我々も我々の戦いを」
「おヌシとやるのはいつ以来かの~。たまには、直接稽古を着けてやるのも、また一興かの」
「本気でいかせていただきます」




