③三話(4)
◇◇◇
志音がリンドと戦いたくない理由はいくつかあった。
それは勝てないからというものではない。リンドの実力を考えれば、『楽に』とはいかないであろうが……勝てないことはないのだ。
相手は聖都市《オーヴェイン》最強の騎士。少なからず傷を負うことはやむを得まい。正直、相手する志音としては面倒な敵以外の何者でもない。
それも、戦いたくない理由の一つなのだが……
一番の問題は、戦うタイミングである。
この《ラグナロク》で、リンドは一陣営の『王役』。
こんな状況で、志音がリンドを倒したりなどしたら……どうなる?
『革命軍』陣営の生徒達は、強制的に敗北扱いになり……残った『王国軍』陣営の者達全員を、寄せ集めの『他国兵』だけで相手しなくてはならなくなる。
しかも、浮遊ディスプレイに映る情報から察するに、まだ『王国軍』から敗退者は一人も出ていない。
それを志音たちだけで相手しろって?
勘弁してくれ。……そんなの最悪の未来でしかないだろう。
それに……『革命軍』の生徒達だって、それぞれの意志をもって戦場に立っている。
王の不手際で、晴れ舞台を台無しにはされたくはないはずだ。
というわけで、戦いが終盤に近付くまでは……志音がしゃしゃり出てくるつもりはなかったのである。そんな言い訳をしても、後の祭りであるが。
そんな少年の思惑を、唯一たった一人の少女だけは……正しく理解していた。
なので、志音のあの行動に……少々、疑問を抱いていたのだ。
離れた戦場で剣をふるう志音。
少女の見る限り、あの騎士団長を相手しているというのに『本気』で戦っているようにはみえない。
たしかに、手を抜いているようには見えないのだが、志音の身のこなしに……「勝とう」という意志が、微塵も感じられないのである。
上空に浮かぶ画面とにらめっこしながら、少女は戦場のど真ん中にもかかわらず……顎に手をあて、熟考する。
その行動の『意図』は何なのか……。
「はは、やっと追い付いたと思ったら……。こんな所で何を物思いにふけっているんですか……? 会長」
近寄る仲間に視線をやり、やはり少女は考える。
「ロイド。アナタの意見も聞かせて貰っていいかしら?」
一人で考えて出ぬ答えにやきもきするよりも、他者の意見も聞くべきだと判断した。
こういった柔軟な対応も、少女を強者たらしめる要因の一つである。勝手な自己完結で終わらない。
「話はいいんですが……。足下に転がる彼等の前で出来る話題ですか……? 一応、場所くらいは変えた方がいいと思いますけど」
結歌と合流した瞬間から、ずっと苦笑を浮かべるロイド。
その視線の先では……結歌一人を残し、全身ボロボロで倒れ伏す『革命軍』生徒、数十名。対する結歌は、無傷……とまではいかずとも、目立つものは掠り傷程度。相手の兵数を考えれば十分異常だ。
「彼らも弱いってわけではないんですけどね。戦績序列で上位に立つ精鋭なんですよ? ……それをアナタは……」
呆れ半分、納得半分といった反応だが、ロイドは結歌の行動に疑問を抱いていた。
誰よりも先に飛び出した筈の結歌が何故、こんな場所で道くさをくっているのか……。もちろん、行動中に『挑まれた』ということならば、「挑まれたら逃げるな」の会長限定校則に則り、迎撃しなければならない。
それが何度も続いたのならば、結歌の行動にも納得できるというものだ。
だが、仮にも……戦績上位に君臨する『革命軍』が何の策もなしに、あの結歌へと無謀に挑み続けるだろうか?
答えは否だろう。
ならば、導き出された答えは……結歌が狙って、敵をなぎ倒していった。と考えるのが自然だ。
そこで、やはり疑問が生まれる。
ロイドの知る限り……他の誰よりも強く『志音との戦い』を望む、あの結歌が……こんな寄り道を自ら進んでするだろうか、と。
こう言ってはなんだが、今現在の結歌は……冷静とは言い難い。
少なくとも、他者を気にかける余裕などどこにもない事だろう。だからこそ、この惨状がロイドの目には『意外』とうつってしまう。
「会長の事ですし、てっきり……既に夕凪くんの元へ駆け付けて、戦いを挑んでいるものだと思っていました。いや、戦績的には「挑まれる」って方が正しいのかな……?」
「ダメね」
「だ、だめ? えっと……何がですか?」
「私の個人的な願望で言うなら……今すぐにでも、彼に挑みたいわよ。えぇ……、私が彼に挑む……その表現で間違いないわ。でも、それではダメなの」
凛と浮遊ディスプレイを見上げる結歌は、まるで……極上の餌を目の前にして「待て」と命令されている犬にも似た顔で切なげに、志音を見つめていた。
「何故か」とロイドが問う前に、今度は結歌から口を開く。
「他の全てをほったらかして「戦え」なんて言っても、あの愚弟はまともに取り合ってくれないもの。だから、コッチは正しい手順を急ぎで済ませようとしてたのに……」
「すいません。ちょっと、わかんないですね。正しい手順ってなんですか?」
「あの人って、基本的に自身よりも他者を優先するのよ。この《ラグナロク》も、何か志音なりの事情があって参加したのでしょうけど、それによって『場を掻き回す』ような行動をとる気はないはずよ。この聖戦を『台無し』にする気はないと思うの」
「……ふむ、普段の彼から受ける印象とは真逆な気がしますが……?」
「手段がひねくれているからそう見えるだけよ。「勝ちたい」と望む敵に勝利を譲る。「悪人だ」と喚く周囲の意見を否定しない。殴りかかろうとすれば、きっとあの人は避けようとも受け止めようともしないわ。『場を台無し』にする気なら、そんな事はせず……一方的に蹂躙するはずたもの」
「……なるほど。ですが、そんな力がないから諦めているだけ……とは思わないんですか?」
「あら、前に一度話さなかったかしら?」
その時、何かを思い出すように……結歌はクスリと笑った。
それは普段の彼女からは考えられないほど、無邪気で楽しそうな笑顔だ。
「私……彼に挑んで、一度も勝ったことないのよ?」
「……っ。確かに、聞いた気がしますね」
「もちろん、私が弱いだけ。戦績に傲りをもっているわけではないわ。『他の誰かより自分が強い』なんて傲慢でしょう? でも……私より遥かに強い志音が実力不足だと思う?」
「遥かにって……流石にそれは過大評価し過ぎなんじゃないですか? 会長は強いですよ」
「そんな事はどうでもいいの」
「いやぁ……、よくはないと思いますけど……」
「私が疑問に思っているのは、今回の志音の行動なの」
モニターに映る彼は、『場を台無し』にしかねない行動をとっていたのだ。
『王』が倒されれば敗北が確定してしまうゲームで、他の兵を放って……直接『王』を叩きにいくなんて、志音らしくない。
もしも仮に、志音が王を倒してしまったなら、『革命軍』として頑張って戦ってきた者達の努力が無駄になってしまう。……それこそ、『台無し』である。
「『革命軍』の生徒が全員脱落した、くらいでない限り……あの愚弟があんな行動をとるはずがない」
「面倒な戦力を予め排除しておく、って線は?」
「じゃあアナタ、あの騎士団長を相手した後に……現存する『王国軍』全員を相手したいと思う? まだ、誰も脱落していないけれど」
「あぁ……。確かに、『他国兵』の生徒だけで僕ら全員を相手するのは、無理があるかもしれないですね」
「まぁ、志音がやる気十分なら……問題なく相手できるのでしょうけど」
「流石に、それは……」
志音への評価が限界突破し過ぎているのでは? と言いたくなるレベルで警戒する結歌を、ロイドは苦笑気味に見つめる。
ここで「考えすぎですよ」と言えないのは、ロイドにとっても、志音という少年の実力が未知数であったから……というのもあった。
そして、彼以外にも……数人、油断できない者がいる。
結歌の目には義弟の事しかうつっていないようだが、少なくとも……ロイドの知る限り……他に二人。
それこそ、戦ってみなければわからないのだが、警戒するに越したことはあるまい。
「あの面倒くさがりが、わざわざ全員を相手するなんて思えない。だから、今回は《ラグナロク》終盤まで動かないと思ったのよ。『王国軍』と『革命軍』、どちらか残った方と戦う。彼ならきっとそうするわ」
「漁夫の利……ですか」
「だから、私は『さっさと正しい手順で終わらせよう』としたの。『革命軍』をさっさと片付けてしまえば、志音も後顧の憂いなく……私とちゃんと戦ってくれるはずだもの」
「あぁ~……。だから、この『寄り道』に繋がるんですね……」
今すぐにでも戦いたい志音の元へ向かうのを、あえて我慢し……先に、邪魔な『革命軍』を潰す。それが結歌のとった行動。
だが、当の志音は……その『革命軍』の頭と一騎討ちを始めてしまった。
しかも、結歌の推察通りならば……今の志音に『勝つ気』はない。
戯れにしても、志音があの戦いを楽しんでいるようには見えない。
「そこで、質問なのだけれど……。これからどう行動すべきかしら?」
「そこでボクにふるんですか!? 会長にわからないのでしたら、ボクにわかるとは到底思えないんだけど……」
「一般論でもいいわ。志音が今、何をしているように見える?」
「……うぅ~ん。防戦一方……、決定打に欠ける攻撃……。彼の評判を考えると、援軍を期待して時間稼ぎって感じでもなさそうですし……。そもそも、アリシアさんを庇って交代した様にも見えましたし……行き当たりばったりなのでは? 離脱するタイミングを伺っているとか……?」
「……なるほどね。確かに、『時間稼ぎ』って線はあるかもしれないわね……。待つ……何を……成り行き……。――っ!」
そこで、ようやく……結歌は一つの結論へと辿り着いた。
「ロイド。残りの『革命軍』兵は何人!?」
「えっ!? あっ、ちょっと待ってください!」
ポケットから携帯端末を取り出し、今の戦況マップを開く。
そこには、まだ戦える者と脱落した者がリストアップされている。『王国軍』は当然のごとく、まだ脱落者零名。対する『革命軍』は……
「あと残り十八名ですね。全員五十位以上の手練れ揃いだ」
「それと、騎士団員が七名ね」
「会長、どうしますか?」
「ロイド。アナタも手伝いなさい!」
やっと納得のいく答えに辿り着いたのか、結歌の行動にもはや迷いはない。
先程まで使用していた東洋の刀を鞘にしまい……、結歌は何もない中空へと右手をかざした。
「……っ!」
そばに立つロイドが一番に感じた、『それまで』と今を隔絶するほどのプレッシャー。
「我、願う。故に求む、業焰の刃。一振りの鋼と成りて、我が血を焼き焦がせ――」
これまでに、聞いたこともない言葉の羅列。
《魔法》の詠唱にも似た、ソレは……激しい熱と美しい光を纏い、一つの《魔方陣》へと形成されていく。
けして大きな《魔方陣》ではない。だが、ソコから感じられるプレッシャーは、半端なものではない。
呼応するように、結歌の足元から真紅の炎が吹き荒れる。それすらも、副次的なものであると認識できるほど……結歌の右手に集まった力は膨大なものであった。
「――来たれ、焔っ!」
そして、結歌は『ソレ』を、掴んだ。
瞬間、先程までの荒々しい光景とは一転……静けさを感じさせる程に、膨大な力の奔流が一瞬にしてかき消えた。
残ったのは、震えるほどの静けさと……
結歌の手に握られた……一振りの刀。
漆黒の鞘から抜かれた刀身は、薄っすらと赤熱し……煌々と光る紅炎を纏った、汚れのない美しい一振りであった。
「この島で、コレを使うのは初めてね」
「会長……ソレは……?」
「私の家に代々受け継がれる、一振りよ」
――護神刀【夢幻一刀・焔】。
神を護るための刀。
燃え盛る焔は、持つ者の意思に呼応し……心折れぬ限り、けして消えることはない。
この一年間、一度として使用する事すらなかった……結歌の秘奥である。
「もう、手を抜いてる時間すら惜しいの。早々に、敵兵全てを倒すわよ!」
「……。そこまで本気ですか……、了解。助力させてもらうよ♪ ボクも一人の戦士として、ね」
「合流地点は……」
「夕凪くんのいる、あの場所ですね……」
「話が早くて助かるわ」
もう語る言葉はいらない。
その時間すらも惜しい。
結歌の辿り着いた結論。それは――
――……やはり間違っていなかったのだ。
志音は……結歌を待っている。
全ての敵をなぎ倒し、彼の元へと辿り着く事を……期待してくれているのだ。
「待っていてやるから……さっさと終わらせて来い」と
ならば、義姉である結歌は、義弟のそんなワガママを聞いてあげなければいけない。
志音の期待に全力をもって応えなければならない。
追い付くのだ……志音の待つ領域へと……




