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『英雄』を狩る者  作者: オーエン
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③三話(3)




     ◇◇◇




 つい、何も考えずに……殺気立った騎士団長様の前に飛び出してしまった志音。

 「準備」の為に邪魔な存在ではあるのだが、予定では正面切って対峙するつもりはなかった。

 隙を見て『ソレ』をさらうか……、敵同士で潰しあって消耗したところを、漁夫の利で奪うか……。

 少なくとも、志音が直接相手するつもりは……毛頭なかったのである。

 せっかく、アリスを引っ連れて時間潰しをしていたのに……無駄になってしまった。


「なんつーか……横槍入れたみたいになっちまったけど、オレはアンタとり合う気はない……。……とか言っても、出しゃばった時点で説得力皆無だよな……はは」

「……それなりに腕はあるようだが、たかが一撃止めた程度で調子に乗るな」


 交わる刃ごと、力任せに押し通そうとするリンドに対し、志音も同等程度の力で踏ん張る。

 互いの足場が細かなヒビを生むが、剣先がどちらかに傾くことはない。

 けして折れることのない銀の剣と、【マヴロ】に侵食され……一時的とはいえ【エリュシオン】に匹敵するほどの破壊の力を秘めた西洋剣。

 《魔法》すら断ち斬る銀剣と、《マナ》すら断ち斬る黒剣。

 奇しくも、似たような力を持った剣は拮抗しあってしまったのだ。


 得物のスペックが同じならば……あとは使用者の実力勝負。

 歴代最強と称される騎士団長リンドと、学園内最弱と嗤われる志音。その差は、考えるまでもないだろう。


 助走もなしに、リンドはその場から消えた。

 《魔法》などではなく、単純な身体能力のみで……視覚で追えぬ速度を平然と扱う。

 不意に剣にかかる負荷が消えたかと思えば、次の瞬間には……志音の腹部を強烈な衝撃が突き抜け、一瞬にして……その体をレンガ壁めがけて吹き飛ばした。

 衝撃の感覚からして、リンドのえげつない威力の蹴りが志音の腹部に直撃したのだろう。

 数十メートル先のレンガ壁に衝突しただけに収まらず、その壁すら破壊してしまう程の威力。


 それで決着したと思い込み落胆するギャラリー達。だが、吹き飛ばしたリンドが初めに感じていた。まだ終わりではないと


「夕凪くん! 大丈夫ですかぁ~?」


 志音を心配したアリシアが駆け寄ると――


「……ぬぅあぁ……クソ痛てぇ……!」


 その場で腹部を抑え、悶絶し呻く志音の姿があった。

 だが、壁を破壊する程の衝撃をもろに受けたというのに……その身に目立った外傷はない。

 血の一滴すら流れていないのだ。


「おい……。アイツ、ホントにお前の兄貴なのか……? 初対面のガキ相手に平然と蹴り飛ばすとか、容赦なさ過ぎるだろっ!? 運が悪けりゃ内臓もってかれてたぞ、オイ!」

「血の繋がりはありませんが……。一応、兄です……」

「全然似てねえ」

「血は繋がってませんし……。そういう、夕凪くんと結歌だって全く似てないじゃないですかぁ~」

「……まぁ、確かに……」


 いまだ腹部を(さす)りながらも、平然と立ち上がる志音。


「でも、一応アイツも貴族なんだろ? 貴族は下っ端相手なら、出会い頭に蹴り飛ばしてもいい……なんてルールでもあるのか……?」

「どこの暴君ですか……」

「実際蹴られたし……。仮にも、あのじゃじゃ馬姫の側近なんだから……もう少し、品行とか考えてほしいもんだな……」

「クレームは直接お義兄様に言っていただけると助かりますぅ」

「………………。……はぁ……、面倒くさい」

「同感ですが~、どうやら、お義兄様はアナタも敵視しちゃってるみたいですよ~? 面倒くさがってもいられないのでは~?」


 アリシアの言葉通り、リンドの瞳は油断なく志音を捉えて放さなかった。

 困った。

 完全に志音は敵視されている。

 リンドに、敵と見なされてしまっている。


「……正直、もう近付きたくないんだが……」

「一緒に、逃避行でもしちゃいますかぁ~? ふふ♪」

「即行で追い付かれそう……」


 志音は……リンドと戦いたくない。

 それは、情とか実力差とかそういうのではなく……戦略として、戦いたくないのだ。個人の力量云々は、いまは正直どうでもいい。

 たとえリンドが志音より遥かに強かろうと、『やりよう』はある。

 だが、志音の個人的な思惑としては……『今すぐに勝って』はいけないのだ。


 それが、一番めんどくさい。


 勝ってもダメ、負けてもダメ。……いや、百歩譲って……志音が負ける分にはいいのだが……。

 その後の行動を考えると、リンドの矛先は……間違いなくアリシアへと向かう。

 そして、アリシアの性格的に……結歌と手を組んで挑む、なんて選択肢はあるまい。

 だから、負けるのもなしだ。


「……はぁ、クッソだるいが……。やるしかないか……」

「……っ! まさか、お義兄様と戦うおつもりですか!?」

「無謀だ、って言いたいわけか……? オレの身を案じてくれるのはありがたいが――――」

「ズルいですよっ!!! なんで、お義兄様()()に、夕凪くんを譲らないといけないんですかぁ!! ダメですぅ! 横入り禁止ですー! 順番守ってください!」

「……お前らなぁ……」


 アリスといい、アリシアといい、……目をつける場所がおかしすぎる。

 そもそも、『程度』などと言うくらいならば、アリシアが相手して倒せばいい。

 だが、出し惜しみした今の実力では、おそらく手も足もでないだろう。出し惜しみなしの本気すら、リンド相手に通用するかも定かではない。


 アリシアに押し付けて、逃げるというのもなしだ。


 となると……もう選択肢は限られてくるわけで……。


「まぁ……やるしかないわな……」


 独り言のように小さく呟く。

 どうせ、逃げてもあの神速に追われる。

 それに……『目的』の為とはいえ、手段に「逃走」を選んでは本末転倒だ。


 志音の目的は、強さの証明。……もっと細かく言うなら、あの『英雄』に『排除すべき敵』だと認識させる為の自己アピールである。

 逃げる小物を相手に、あの『英雄』が敵だと認識するか? 否。とるに足らぬ悪など、『英雄』が出るまでもない。

 これまで、さんざん逃げてきた志音が言えたことではないが、それでも今回はめんどくさがってもいられないのだ。


「アリシア、下がっててくれ」

「いーやーでーすー!」

「ガキみたいな事言ってないで、言う通りにしてくれないか……?」

「ズルいです~! お義兄様ばっかりズルいですー!!」

「……アリシア」


 仕方がない。

 志音は一度、目を閉じ……呼吸を落ち着ける。

 気持ちの切り換えだ。


 ただのガキから――


 ――――『死神』へと……。


 そして、ゆっくりと目を開ける。

 見た目に変化はない。だが……纏う空気が、先程とはまったく別物へと


「……っ!?」


 それに気付かぬほど、アリシアも愚かではない。

 一瞬前までとはまるで別人かと、錯覚しそうになるほど……ソレは『違った』。


「下がれ」


 有無を言わせぬほどの圧迫感。

 その言葉に魔術的な力は込められていない。言葉だけ……纏う雰囲気だけで、これほどのプレッシャーである。

 ゾクリと脊髄を駆け抜けた感覚は、恐怖だろうか……?

 それとも――


「……ごく」


 息をのむ少女。

 その瞬間、彼女は考えていた。

 この少年の言葉に従い……目の前に立つ『極上の強敵(志音)』をリンドに譲って、自身は退避するか。

 それとも……今この場で――


「ここで、もし私が「ノー」と答えたら――」

「アリシアっ! 今すぐにその男から離れろ……」


 アリシアが答えを出すよりも先に、リンドが動いた。

 さすが熟練の騎士とも言うべきか、十メートル以上も離れた場所から……志音の変化を正しく察した。

 『アレ』にアリシアを近づけてはいけない、と。


「……もぅ、お義兄様はせっかちさんですね~。人の心理として、大っ嫌いな人から命令されると「嫌だ」って言いたくなっちゃうものなんですよ~?」

「くそ……天邪鬼(あまのじゃく)がっ」

「では、夕凪くん――」


 そして、志音へ向き直ったアリシア。


 ……ポン


 ――不意、その頭に志音の手が触れた。

 その体はいつの間にか、アリシアのすぐ隣まで来ている。足音はなかった。近付く気配すら感じなかった。

 『そんな事』は二の次で――アリシアは、感じてしまったのだ。


 殺される……と。


 志音のその行動に殺意などありはしないのに、アリシアは直感的にそう確信してしまったのである。

 この人を相手に、余所見などしてはいけない。

 この人を目の前にして、油断などしてはいけない。

 無意識に全身を駆け巡る緊張が……それを証明していた。


「安心しろよ。……ちゃんと、あとで相手してやるから」


 普段は見せないような笑顔でそう告げる志音。

 アリシアは、そんな彼に……


「わかりました。今回は仕方なく、ですからねぇ? あんな人、早急に倒しちゃってください♪ ……次は私なんですからね……?」

「ソレは……口約しかねるが……」

「あまりレディを待たせるものではありませんよ~」


 笑って応えた。

 ソコに灯る戦意の火は、衰えるどころか……一層熱量を 増しながら。

 志音とすれ違うように退くアリシアを見送り、少年は再度……眼前の騎士団長へと意識を向ける。

 スイッチを代えたのは失敗だったかもしれない。


「…………」


 リンドに、先程までの油断や隙が一切感じられないのだ。

 しかも、《マナ》や《魔法》による強化ならば……、次に動かす筋肉などに《マナ》が集中するので、《マナ》を目視する事の出来る志音としては『行動の先読み』が出来て対処が楽なのだが……。

 リンドの(ソレ)には、《マナ》の干渉がほとんどない。単純な膂力(りょりょく)だけなのである。

 それだけで、あの威力なのだ。


「……ただの学生、という訳でもなさそうだな……」

「ただの学生やってるつもりなんだけどな……こっちとしては」

「…………」

「あぁーはいはい。無駄話はいらないってやつだよな……。コッチとしても色々と知られない方が都合もいいし、むしろ大賛成だ」

「一つだけ……問う」

「内容にもよるが、基本的に答えてやる気はねぇぜ……?」

「貴様のその刃……姫様に向く可能性があるのか」


 リンドはこんな時でさえ、フィオナ一筋だ。

 一瞬キョトンとしてしまう志音だったが、よくよく考えれば……可能性はゼロではない。

 だが、ここは嘘でも「向けない」と言う方がいいだろう。相手はあのリンドだ。

 馬鹿正直に、逆鱗へ触れる真似をするというのは無能のすることである。

 志音はそこら辺、昨晩の一件でちゃんと予習済みである。


 だから、答えは――


「イエスだな。……あの女が約束を(たが)えるようなやつなら、迷わずその首をハネる。まぁ、本人はその約束すら『覚えてない』だろうけど……」


 それでも志音は、真実を口にする。

 リンドの逆鱗に触れ……その怒り全てを、他の誰かではなく志音一人へ向かうようにするため……。


「……」

「おいおい、そう睨まないでくれよ。個人的な恨みがあるわけでもないんだ。……約束を守っている以上は、近付く気すらねぇよ。もう関わる気すらねぇ」

「だとしても、姫様に対し『害となる可能性』があるのならば……排除せぬ訳にはいかない」

「過保護だな……」

「安心しろ。……命までは取らない」

「……相変わらず、正義の味方ってやつは甘っちょろいな……」


 銀剣を構える。

 志音もそれにならい、漆黒の剣を構えた。


 その時、チラリと……自身のやって来た方へと視線を向ける。ほんの一瞬程度だ。

 そこでは、突然飛び出していった志音を追って来たアリスが、何故かライラと楽しげに話している光景が……。


(まぁ、創正と何かしら繋がりのある二人だしな。……一応、知り合いだったとしてもおかしくはないか。……ライラのやつ、変なこと吹き込まなけりゃいいが……)


 『死神』の件など、不安要素は多々あるが……

 ライラがいるのならば、今あの場所以上に安全なところはない。

 アリスがそこにいてくれるならば、志音もある程度の事は気にせずに戦うことが出来る。


「余所見とは余裕だな……」

「まぁ、命がけではないっぽいしな」

「……その傲慢、すぐに後悔することになる」

「傲慢なのはどっちだろうな……。来いよ? ……時間潰しに『遊んで』やる」


 置いてけぼりな観客達を完全に無視し……


 『最強の騎士(リンド)』と『死神(志音)』の戦いが始まった。

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