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『英雄』を狩る者  作者: オーエン
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③第三話【動き始めた時針】




「ごきげんよう。『王室騎士団(オクト・プリズン)』団長、リンド・アークレイヴさん♪」


 『革命軍』本部のど真ん中。

 護衛の生徒数名と、リンドを含む『王室騎士団』全団員の待機するその場に、藍色のライトテールを靡かせ柔和な笑みで微笑む少女が現れた。

 その身に鎧を纏うでもなく、学園の制服を正しく着こなし……その右腕には、風紀委員長と表記された腕章まで身に付けている。


 一部の熱狂的なファンからは、『天使』とまで呼ばれる優しげな笑みで、少女は『革命軍(てき)』の本拠地まで乗り込んできたのだ。

 武器すら手にせず……。


「アリシアか……」


 その姿を目にした瞬間から警戒を高める護衛の生徒達や騎士団達とは違い、『王』役のリンドただ一人だけは……余裕を崩したりしない。

 それは実力や戦力差を傲っての反応ではない。


「ふふ♪ さすがは騎士団長様ですねぇ~。対面した瞬間に戦意の有無を察することが出来ないと、無駄に警戒して疲れちゃいます。その辺、リンドさんはちゃんと理解してらっしゃるようで~」

「…………」

「う~ん……、やっぱり、名前で呼ぶのは違和感がありますね~。親愛を込めて、こう呼ばせていただいても? 『お義兄様(にいさま)』♪」


 アリシアの発言に、二人以外の全員が耳を疑った。

 この小さな島では知らぬものはいない、超が付くほどの有名人であるリンドとアリシアが、まさか血縁者などと……、誰一人として知り得なかったのだ。

 それは、『王国軍』側の生徒達もどうようである。

 唯一知っているとすれば、リンドの主人であるフィオナくらいなものだろう。


「勝手にしろ」


 否定しないリンドの反応に、より信憑性が増した。

 観客がどよめくには十分すぎるほどの衝撃的な真実である。

 最強の騎士と、学園の二大巨頭の一人が、兄妹などと……。


「観客の皆様も驚いてらっしゃるようですねぇ。特に隠していたつもりは無かったのですが~」

「言いふらすような事実でもないだろう」

「それもそうなんですが……、生徒の方々はともかく、部下の皆様もご存じなかったようですが?」


 アリシアの言うように、騎士団の七名も少し狼狽えている節があった。

 戦いづらい、というよりは……長い付き合いである団員内でこんな重大な事実を知らされていなかった事への困惑だろうか?

 協調性を重んじる団体戦では、こういった亀裂が……後に大きな致命傷を生むこともある。

 敵が『肉親』というなら、それこそ……。


「何を勘違いしているか知らんが、私がお前の事を部下にも話していないのは、『話す必要性がないと判断したから』に過ぎない。不要な情報で敵に情を(いだ)かれてはたまらんからな」

「……と言いますと?」

「任務の前では、情など不要だと言っている。親族だろうと……今は『(ほふ)るべき敵』以外の何者でもない。手を抜く理由にはなりえない」

「まぁ、お義兄様はそうでしょうねぇ。久方ぶりの邂逅(かいこう)だというのに、冷徹なところはお変わりないようで~」

「変わる必要がない」

「お義兄様ったら、無愛想ですぅ~」


 アリシアの反応に、リンドは違和感を覚えていた。

 周囲の者からは『久しぶりに会った兄妹の会話に喜んでいる』ように見えているのだろう。普段の落ち着いた雰囲気とは違い、アリシアの態度からは少しテンションが高い様子が見てとれる。

 だが、それこそおかしいのだ。

 アリシアが、リンドと話すことを『喜ぶはずがない』。

 兄妹仲が悪いというわけではない。だが、一般的な兄妹と同程度かと聞かれれば、迷わずノーと答える。そんな複雑な関係なのだ。

 式典の場などですれ違っても、会話ひとつしない。

 今回のように、個人的に話しかけてくるなど……本邸で共に暮らしていた時でさえ数えられる程度である。


 そんな時、ふととある物に気付いた。


「……その髪飾り」


 ――ぴくっ


 ……紫色の花と銀の小さな装飾。

 言ってしまえばただの装飾品に過ぎないが、先程浮遊モニターに映っていた時には身に付けていなかった。そうでなくとも、アリシアという少女は普段から物で自身を飾るような性格ではない。戦闘中ともなれば尚更である。

 だが、どうやらリンドの予想は的中していたらしく、少し驚いたような反応を見せるアリシア。


「驚きました。まさか、お義兄様が『この程度の些事』に気が付くとは……。案外、女性をよく見ていると誉めてさしあげるべきなのでしょうか?」

「出店をまわる程度には、余裕がある、と……?」

「穿った見方ですねぇ。コレは……とある殿方からいただいた、素敵な贈り物なんです♪ お義兄様と違って、センスがあると思いませんか~? ふふ」

「……くだらない」

「この花の名前、わかりますか? 紫苑(しおん)っていうんです。……本人は気付いていないでしょうが、自身と同じ名前の花を贈ってくれたんです♪ しかも、紫苑の花言葉は『追憶』『君を忘れない』『遠くの方を想う』ですよ? もう、素敵じゃないですかぁ♪」

「…………」

「結歌に自慢しようと思ってましたが、バレてしまっては仕方ありませんね~♪」


 そもそも花に価値を見出だせぬリンドに、アリシアの惚気(のろけ)は理解できない話ではあるが、こんなにも、アリシアの喜ぶ姿を見たのは初めてだった。

 それほどまでに、思いを寄せる相手なのだろうか……。

 花と同じ名前……シオン。

 リンドはほんの少し、シオンという人間に興味が芽生えた。

 たしか、『他国兵』のリストに、そんな名前の少年がいた気がする。その程度の知識である。


「さてさて、あまり惚気てもいられませんし、本題です。たまには本家へ帰ってきてはいかがですか? お父様やお母様も、お義兄様の顔が見たいとおっしゃってましたよ~」

「……ふん、私情よりも姫の護衛が最優先だ。会いたければ其方から来いと伝えておけ」

「……むー、血の繋がりはないとはいえ、育ててくださった親に対して失礼ですね。たしかに数年程度しか一緒に暮らしていませんが、貴方の事を本当の子供のように――」

「くどい」

「……そうですか。まぁ、言葉通りに伝えておくとしましょう」


 やれやれと大袈裟に呆れるアリシアを前に、リンドはただ気丈であった。アリシアの言動ひとつにさえ、狼狽える素振りを見せることもない。

 アリシアはその理由を正しく理解している。


 リンドにとっては、本当に『どうでもいい事』なのだ。


 両親の事も、目の前にいるアリシアの事も……。


 ただ、目的の為の『手段』でしかないのだ。

 フィオナ姫に仕えるには、信用のおける身分が必要だった。

 それを手にする手段として、ユーフィリア家に養子扱いで迎え入れられ……あとはリンドの実力で、『姫の側近』という地位を手にいれたのである。

 ユーフィリア家当主であるアリシアの父は、リンドの実績に大層喜んでいた。家名にも箔がつくともろ手をあげるほど……。

 それだけの関係なのだ。

 『家族』というカタチで、互いを利用しあっているだけ……。ソコに確かな絆など、どこにもない。


 そんな『当たり前』が、アリシアは好きではなかった。


「では、話も済んだことですし……。そろそろ、始めましょうかぁ~」


 アリシアの纏う空気が、戦士のソレへと変わる。


「私達を、お前一人で相手するつもりか?」


 応戦する『革命軍』の兵士達。

 生徒達もそれぞれの武器を手にするも、やはり……戦う意志を持った騎士達と比べると別格と言わざるを得ない。

 祭りのメインは生徒間の決闘試合のはずだが、大人が介入してしまった時点で既に破綻している。

 だから、構わず……アリシアは動いた。


 アリシアの《魔法》に詠唱はいらない。


 言ってしまえば、アリシア自身の空間把握能力と《マナ》の効率的使用だけで十分なのだ。

 あとは、意思だけ――


 ふわりと微笑むアリシアの眼前で、わずか一瞬もようさず……銀槍の雨が降りしきる。

 寸前の《魔法陣》など見るかげもなかった。


 轟音、破壊、蹂躙……。


 付近の観衆を巻き込まないレベルまで力を制限しているとはいえ、その光景は……殲滅以外のなにものでもなかった。

 コレが、学園で最上位に君臨する者の実力。その、わずか一端程度である。


「ほらほら、頑張って耐えてくださいよぉ~♪ 観客の皆様もそれを望んでいますよ~」


 柔らかい語調で簡単に言っているが、常識的に考えてソレが不可能だと……その光景を目にした誰もが思った事だろう。

 矢の雨ならば、盾を傘にするなりして防ぐすべがある。

 《魔法》の雨ならば、高位の障壁や物理的な盾でも……それなりに耐えられるだろう。


 だが、今視界を埋め尽くすのは……銀槍。つまり、鋭利な鉄の塊である。しかも、雨と表現しているが自然落下などではない。

 そのスピードは射出されたバリスタにも劣らぬ豪速。

 ソレが滝のように彼らを襲うのである。

 跡に残る光景など、死屍累々の他にあるまい。


 時間にして数十秒、無慈悲な雨はその猛威が嘘であったかのように勢いを止めた。

 土煙の晴れたその場には、予想通り……力なく倒れた生徒達と――


「もう終りか……?」


 ――銀の剣を片手に、かすり傷ひとつ負っていないリンド・アークレイヴの姿。その近くで控える、無傷の騎士団達。

 驚愕する観衆とは裏腹に、アリシアの予想していた通りの光景が広がっていた。


 この程度で、あの騎士団が倒れるはずがない。

 人類の最高権力者である姫を側で護る『たった八人』の『王室騎士団オクト・プリズン』なのである。

 考えるまでもなく、バケモノ揃いなのは明白だ。


「無傷……ですかぁ。まぁ、そうでしょうね~」

「当然だ」

「このまま、物量を増やしてもどうせ無駄でしょうし。やっぱり……近接戦しかありませんね~。……私、結歌と違って、あまりそういうの得意ではないんですよねぇ」


 言葉ではそう言うが、銀槍の一本を手にしたアリシアに隙と呼べる隙はない。

 熟練の騎士達にさえそう思わせる覇気があった。


 アリシアは、強い。


「……周囲の目もある」


 張りつめた緊張感の中、リンドがポツリと言の葉を紡ぐ。


「たかが女一人を相手に、騎士団全員で袋叩きにするというのも大人げない。ここは俺一人で十分だ。お前達は他の敵を討て」

「……ふふ、あらあらお優しいのですね~。お義兄様♪ そのような配慮をなさるなんて」


 リンドの言葉に、微笑むアリシア。

 騎士団達は……リンドの提案に、少々困惑の意思を見せていた。

 常日頃から、『確実な勝利』を前提として来た団長(リンド)ならば、周りからの印象などという下らない理由程度で……自陣の戦力を削るような愚策はとらない。

 観衆からどう思われようと、全員で応戦し……圧倒的戦力をもって圧勝をおさめる。それが、戦場で生きてきたリンドだ。

 肉親を相手に情がわいた? そんな懸念が彼らの脳裏を掠める中……だが、リンドは冷徹な瞳で続ける。


「何を呆けている……? 『邪魔だ』と言った。さっさと散れ」


 その目に、情などない。

 むしろ……味方である団員全員が緊張するほどの、戦意と覇気を纏っていた。


 ようやく、察した。

 リンドの言うように、『邪魔になる』のだろう、と。

 この場に『味方』など必要ないのだ。

 命令や連携なども煩わしい。それほどの戦いになる。

 アリシアという少女は、リンドにそう思わせるほどの実力者なのだ。


 リンドの命令通りそれぞれに散らばる彼らを尻目に、アリシアは意外なものを見るような目でただ一人残ったリンドを見据えていた。


「部下の方々にはお優しいのですね~。冷酷なお義兄様にしては意外でした。せいぜい、使い捨てのコマ程度にしか考えていないものかと思ってましたのに」

「あのレベルの兵はそうそういるものではない。もし、負傷しようものなら……その分、姫様の安否に直結する。……それだけだ」

「……なるほど。やっぱり、フィオナ姫様第一でしたか~。納得です」


 その理由が真意ならば、この戦いで……『自身は負傷しない』と豪語していることになる。アリシアはソレをちゃんと熟知した上で、剣を手にしたリンドと対峙する。


「では、はじめましょうか……お義兄様♪」

「もう始まっているだろう。……さっさと来い」





     ◇◇◇




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