③二話(5)
◇◇◇
『籠城戦』のはずが、まさか進軍を始めてしまった『王国軍』の猛者達が各地で蹂躙を続ける中、奮闘を見せる『革命軍』の精鋭達。
奇しくも、『王国軍』対『革命軍』という形式は成り立ってはいた。『他国兵』枠の者達も、それぞれの戦場で活躍している。
ド派手な《魔法》や、力のぶつかり合いを見て、観客達も大いに沸いている。
そんな最中……
「ねぇね志音! 志音! あそこのフランクフルト、スッゴい美味しそう!! 買わなきゃ損じゃない!? 食べなきゃ後悔しちゃうって!!」
「ついさっき、たこ焼きとりんご飴食ったばかりだろうが……。あんま食ってばかりだと太るぞ?」
「あとでいっぱい頑張るから太らないもーん! これは必要なエネルギーの補給なんだよ。もぐもぐ……、んはっ、おいちー♪ おじさーん、もいっこ……だめ?」
「だぁあ、もう!! 買ってやるから、試食分を何個も食べるな! 店主、そこのフランクフルト一つ」
「……お、おう。買ってくれんのはいいんだがよ……」
「「…………?」」
「お前さん達、《ラグナロク》に参加してる生徒さんなんだよな?」
「うん♪」
「そうですね」
「いやいや、こんな所で油売ってていいのかよ!? いや、むしろ商品を買ってる側だが……そんな事はどうだっていい! 参加してる以上は戦ってなんぼだろう!?」
まぁ、店主の言い分ももっともである。
《ラグナロク》参加者が戦いもせず、市民に混じって祭りを楽しんでいたら、誰だってツッコミたくもなる。
この店主でなくとも、遠巻きに奇異の視線を向ける人ばかり。一定以上の距離を空けているのは、いざ戦闘が始まってしまった時に巻き込まれない為だろう。
当然の反応である。周りの人々におかしなところはない。
「まぁ、確かに……戦うために参加してるわけですが……」
「おう」
「別に今すぐじゃなくてもいいかな~って」
「……、……はぁ?」
「心配せずとも、ちゃんと戦いますよ。……ただ、その前に準備しとく事もありますし、タイミング的にも……まだ早い。もう少し減ってからじゃないと、後々面倒なんで」
「……ようするに、これも作戦ってやつか?」
「そんな大層なもんじゃないですよ」
出来上がったホカホカのフランクフルトを受け取り、話は終わりとばかりに歩き出す。
これ以上聞かれても面倒だったというのもあるが、志音の本心としては話にも出ていた「準備」の為である。
焦る必要はないのだが、その「準備」の為に……これまた面倒な障害があった。
「ほら、フランクフルト」
「愛してる!」
「言ってろ、バーカ」
志音から受け取ったフランクフルトをもぐもぐと頬張るアリス。
時間としてはようやく昼時といったところだが……、朝食もしっかり食べた上、他の出店でも大量に買い食いしまくっているというのに、アリスは平然とフランクフルトを完食してしまう。
運動後などなら、まだ志音も理解できるのだが……そういうわけでもない。
そこで、ふと志音の脳裏に過ったのは、志音の数少ない友人の一人――暴食女ことエイラの姿。
チビな体型も類似する点がある。
おそらく、似たような人種なのだろう。
もうめんどくさいので、志音はそれで納得することにした。
「ていうか、『屋台』っていうんだっけ? 他の国のお祭りとは色々違って面白いね♪ あっ、お面売ってる~! アッチは射的だって!」
「騒ぐなっての! ガキじゃあるまいし……。この形式は創正の発案らしくてな、東洋の島国の祭りを真似たんだとよ」
「どうどう、志音!? このお面似合うかな? ボクかわいい?」
「聞けよ。……たく」
お面屋ではしゃぐアリスにため息をつきつつ、志音もそちらへと向かう。
この無邪気で元気いっぱいな少女が、先ほど……危険区の森林から、デタラメな一撃をぶちかました張本人だと、誰が予測できるだろうか?
すぐそばで目の当たりにしていた志音でさえ、度肝を抜かれたほどである。そして、同時に……この少女を志音に押し付けた創正の思惑も理解できてしまった。
『なにかある』と警戒する場合――
アリスに対し誰かが何かする。……ではなく、誰かに対しアリスが何をしでかすか……である。
そりゃ、こんな規格外の『爆弾』……間違っても、戦闘狂である結歌やアリシアには預けられまい。
……と言っても、『お忍び期間』も今日までである。
明日からはまた、アリスのいなくなった一人部屋で平穏に過ごすことができるのだ。
期間にして、たった数日程度であったが……なんだかんだ、長いようで短い時間だった気がする。
「……? 志音?」
「……。いや、なんでもねぇよ」
感傷など、ありはしない。
ただの仕事だ。それ以上でも、以下でもない。
護衛が終われば赤の他人でしかなく、アリスがどこで何をしようと志音には関係ないのである。
「もー! なんでもないって何さぁー! 似合うかどうか聞いてるのに、その感想はなくない!?」
「他人を化かすような頭もねぇくせに、狐の面なんて似合うかよバーカ」
「ナチュラルに馬鹿にされた!? 志音ってば、酷い! ……って、わわっ! し、しおん!?」
膨れっ面のアリスに、志音はとある物を装着した。
ソレはそのお面屋の商品ではあるが、お面ではない。
飾ってある面の下に並んだ装飾品の一つである。ソレを見たとき……無意識に、志音はアリスに似合うだろうと思ってしまった。
「な、なに? 耳? 猫耳?」
「お前にはソッチの方がよく似合ってるぞ。……あとソレ、猫じゃなくて犬耳な」
「違いがわかんないんだけど?」
「商品のタグに『ドッグイヤー』って書いてある。猫耳よりも少しモフモフしてるのが特徴なんだとさ」
「……ふむ、ワンちゃん。志音は犬好きなんだね!」
「べつに」
「じゃあ、なんでコレ選んだのさ?」
「なんつーか、お前犬っぽいじゃん」
飯を催促してくる姿なんて、まんま犬のソレである。
我慢させるのに飯が有効なところも、餌付けした程度で懐いて引っ付いてくるところとか……。
考えれば考えるほどに、志音の中でアリスと犬がイコールになっていく。
それがおかしくて、つい笑みが溢れてしまう。
「あ、志音……笑った!」
「……っ、……気のせいだ」
「志音が笑った♪ えへへ♪ 志音が笑ってくれるなら、ボク、ワンちゃんでもいいよ! わんわん♪」
「だから……気のせいだ」
「わんわん! 志音だけのワンちゃんだわん♪」
「……ちょ、じゃれつくな! 鬱陶しい!」
「首輪とリードも買っちゃう? ココには売ってないみたいだけど、ペットショップとかなら――」
「調子に乗るな!」
「――っ!? いったぁーい!! なんでいきなりチョップするのさぁーーっ!! 体罰だよ! 躾に暴力は駄目なんだよ!?」
「言ってきかねぇ駄犬なんざ飼う気はない!」
「捨てる気なの!?」
「人聞きの悪いことを言うな! そもそも最初から飼ってねぇだろうが! つーか、そこまでなりきってんじゃねぇよ! アホかお前は!」
「ぐるるー……!」
「威嚇すんな!」
人目のある店先で騒いでしまった。
気がつくと、また先程のように……他の人達から遠巻きに距離をとられている。おそらく、先程とは違った理由なのだろうが……。
それに気付き、羞恥心とイライラで眉間にシワを寄せる志音。
そんな志音の隣で「わんわん」はしゃぐアリス。
状況は……最悪である。
今すぐに逃げ出してしまいたいレベルだ。
「……おい、ソレでいいのか?」
「わん!」
「……店主、コレ……ください」
「あいよ。……ふっ、若いねぇ」
「……ぐぅ……」
「わんわん! これも、買ってわん!」
「買ってやるから、わんわん言うの今すぐやめろ……」
「くぅん……」
「犬語を! や・め・ろ!」
「ちぇー」
なにが不満なのか、ふてくされるアリスを無視し……アリスの手にしていた狐の面も一緒に買った。
「コンコン♪」
「……おい、犬語の次は狐の真似事か……? いい加減キレるぞ……」
「ちょっと志音! ボクはコッチだよ! まだワンちゃんモードだよ!!」
「……はぁ?」
声のした方を見れば、確かにまだ犬耳のみを装着したアリスがそこにいた。
だが今この場に、アリス以外のバカが近寄って来るはずがない。
では、先程の「コンコン♪」は誰か?
答えは……アリスとは反対側。
志音の隣で、狐の面を手に持ち顔を隠した……学園制服を着用した女子。
面の左側からぴょこんとはみ出した、綺麗な『藍色のライトテール』。
志音の表情が一瞬で凍り付く。
残念なことに、この条件に見合う女子生徒が……志音の知り合いに一人だけいたのだ。
「……アリシア」
「おやおや~、すぐにバレてしまいましたねぇ♪ ぴんぽんぴんぽーん! 学内序列第二位、今回は『王国軍』のアリシアちゃんでしたぁ。大正解です♪」
「随分と早く見つかったな……。言っとくが、まだ戦う気はねぇからな……」
「あらあら~、そんなに警戒しないでくださいよぉ。私も『まだ』戦う気はないんですから♪」
面を少しずらし、おっとりとした目で志音を見つめる。
その目は、どこか悪戯っ子のような雰囲気を孕んでいた。
「……まだ、か」
「はい♪ 『まだ』です♪ ……ですが、フライングした結歌よりも先に見つけちゃうとは、ちょっとびっくりしてるんですよぉ~。あの子、方向音痴なんて可愛らしい欠点そなえてましたっけ?」
「どうだろうな……。どちらかと言えば、『ケーキのいちごは最後までとっておく』ってタイプだったと思うが……?」
「あぁ~、なるほど。私とおんなじタイプですねぇ~♪ 理解しました」
「同じ……?」
「私も結歌と同じように、メインディッシュの前に……他の用事を片付けておこうと思いまして~」
アリシアの口振りから察するに……志音との戦いは『メインディッシュ』という部類にカテゴライズされているようだ。
その瞳からは、期待の意思がひしひしと伝わってくる。
先日の試合での一件を余程気にしているのか、あの日からちょくちょく関わってくるアリシアに対し……志音は反応に困っていた。
一応、いつの間にか『友人』などと呼ばれているが、その目には、明らかに飢えた獣と同類の光を常に纏っている。
ダンスパーティの淑女のように、男性側から戦いの誘いが来るのを待っているのだろうか……。
いくら待ったところで……――、これまでの志音ならばそんな言葉で颯爽と逃げ続けていたことだろう。
だが、今回は状況が違う。
力の誇示。……その為ならば、むしろ強者との戦闘は望むところなのである。
タイミングがよかった。それだけではあるのだが、今回の戦いで先日の悔恨が拭えるのならば……志音としても喜ばしい事だ。
「ちょうど通りかかったお面屋さんで、なにやら面白そうな光景を目にしてしまいましたので~、ついつい寄っちゃいました♪」
「面白そうって……」
「戦場のど真ん中でイチャイチャデートですか~?」
「はぁ? デートだぁ? んなわけ――」
「戦闘に参加せず、こんな場所で「飼う」とか「捨てるの?」とか……。覚えてますかぁ? 私の肩書き♪」
「……風紀委員長」
「またまた大正解です~♪ では、正解したご褒美に~、なにか弁明を聞きましょうかぁ」
ニコニコと微笑んでいるが、目が微塵も笑っていない。
そして弁明しようにも、周囲から見れば……アリシアの言ったそのままなのである。何を言っても、おそらく無駄だ。
志音も瞬時にその結論に達した。
諦めるか……逃げるしかない。
「と、まぁ……学園の中であれば、ペナルティーを与えていたところなのですが~、ココは学外ですし」
「……ほぅ」
「ですが、制服でイチャつくのはアウトです」
「…………う゛ぅ」
「ですので、今回は見なかった事にしてあげなくも~なかったり?」
「……何が望みだ?」
「今、ココにいるのは~、風紀委員長のアリシアさんじゃなくて、狐のアリシアちゃんですコン♪」
「……。……要するに、お前の分も買えと……?」
「失敬ですコン! ただ賄賂を受け取ってあげてもいいですよ~、ってことですコン♪ 貢ぎ物ですコン♪」
「……あのさ、お前に狐は無理があるぞ……。あと、狐は「コン」なんて鳴かない」
「………………」
無言の圧力がむしろ怖い。
面の下でどんな顔をしているか、想像するだけで……。
「わかった。買うから、お前に合いそうなやつ! だから、その面はひとまず置け……」
「……ふふ」
「たく……」
仕方なく、アリスに続いてアリシアの分まで志音が選ぶ事になった。
視線は自然と装飾品のコーナーに、そして……とある物に視線が止まる。
「店主、これを!」
志音がアリシアの為に選んだものは…………。
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