③二話(4)
◇◇◇
「……まったく。あの剛毅は、どうにかならないのか……。何故、わざわざ秘密裏に話し合った決め事を堂々とバラしてしまうのだ……!」
ルアン・ユグノリアは戦場のど真ん中で、モニターに映る剛毅の映像を目の当たりにし憤り覚えていた。
何故、数分前に決めた「口走るな」と念を押した『取り決め』を、大々的にバラしてしまうのか……。
「これだから無能と組むのは嫌なのだ!」
剛毅とは違った戦場にて、せっかく自分が『上手く接戦を演じている』というのに、モニターで島全体に「手を抜いてます」なんて宣言してしまっては……ルアン達の努力が全て無駄というものではないか。
対戦相手である五人の《魔法使い》も、剛毅の発言を耳にしたことで……ルアンに対し訝しげな視線を送っている。
その色は疑惑以外のなにものでもない。
もう誤魔化すだけ無駄であろう。
「……何じゃ、もう余興は終わりかの? ちょいと、早過ぎんか……?」
今現在、八人の前衛特化組生徒を……たった一人で相手していたユイ・ランフェイが、一度手を止め、ルアンの背後に着地した。
序列二十位以内の精鋭達を相手しているというのに、息一つ乱れている様子もないユイ。三年にしては幼過ぎる容姿とは裏腹に、その身に宿す雰囲気は口調に見合った老獪なものを醸し出している。
「仕方がないだろう。……このまま続けようものなら、滑稽な道化にも劣るというものだ」
「殺陣しとるわけでもないしのぅ。えんたーていめんと性は少々劣るが、舞も取り入れてやるかの……」
「あのバカは後で説教ね……」
魔法瓶に入った紅茶(クユハ製)をカップへ注ぎ、一人だけ優雅にティータイムを楽しむミューレ・ニル・コフィナも、眉間にシワを寄せていた。
その可愛らしいお尻の下には、重なって倒れた数名の男子生徒が椅子代わりにされている。彼らも『革命軍』側の兵士『だった』生徒達である。
物理的にミューレの尻に敷かれている彼らだが、……どこか恍惚とした表情を浮かべているのは、見間違いではなかったりする。
「なんじゃ、ソッチはもう終わらせたのかの……」
「手加減をする必要がなくなったとはいえ、すぐに終わらせてしまってはつまらんだろう……。君も少しは加減を考えないか」
「仕方ないでしょう! 私の能力的に、アンタ達みたいに派手なパフォーマンスで会場を沸かすってタイプじゃないのよ!! 文句があるなら、この非力な無能どもに言いなさいよねっ!」
不服そうに靴の踵で、男子生徒の頭をゲシゲシ踏みつけるミューレ。
されている生徒は、嬉しそうに「ありがとうございます! ありがとうございます!」などと連呼している。……周りからすれば、もはやただの『そういうプレイ』でしかない。
たしかに、人様に進んで見せるような光景ではない。
「プライドの高い実力者揃いだった筈じゃが……、よくもまぁ、ここまで骨抜きにしたもんじゃの。……《魅了魔法》と言ったものかの?」
「違うわよ。まぁ、教えてあげる気はないけど!」
「そんな事はどうでもいい」
ルアンは会話を切り上げ、また己の戦場へと視線を戻した。
男女混合の《魔法使い》達。
それぞれが得意とする《魔法》を行使し、ルアンに対して攻撃しようとしている。
ルアン達が無防備に話し合っていた間に攻撃が来なかったのは、長い詠唱を必要とする《高位魔法》の準備をしていたからだろう。
高位ランカーの《魔法使い》ともなれば常識である。
戦場に立つ以上、どのような隙も見逃さず……僅かな時間でさえ詠唱を準備しておく。模範的な行動だ。
そんな《魔法使い》の最上位クラスに君臨するルアンが、そんな常識を見落とす筈もない。
「おい。せっかく時間を作ってやったのだ。ちゃんと《魔法》の準備は出来ているのだろうな……?」
「「「……っ!?」」」
油断を突いたつもりであった『革命軍』生徒達は、ルアンの言葉に衝撃を受けていた。
コチラの行動を読んだ上で、わざわざ準備する為の時間をルアン自らが作っていた……と言っているようなものだ。
完全に下に見ているような態度に、憤りを覚える者達も少なくはない。
「私は寛大だ。大我藤の真似事をするつもりはないが……、貴様らに《魔法》を行使する権利をやろう」
「くそっ、舐めるなぁあああ! 《ライトニング・アンカー》!!」
天空に浮かび上がった《魔法陣》から、特大の稲妻がルアン目掛けて一直線に落ちる。
その一撃に追随するように、他の者達も己の《魔法》を放つ。
暴風が、火炎が、水流が、木葉が……一点にルアンを襲う。そのどれもが、街を震撼させる程の威力を秘めていた。
たとえ剛毅であっても、まともに受ければ無事では済まないはずだ。
だが、土煙が晴れたその場に立つ少年には、……かすり傷どころか汚れ一つ付いていない。
「おい、貴様ら。……まさかとは思うが、この程度で全力などとほざくつもりはないだろうな?」
その眼は冷酷に、彼らを捉えて離さない。
「うそ、だろ……!」
「傷一つないなんて、おかしいわよ!!」
驚愕する相手に、だんだんと怒りにも似た感情が芽生えてくる。
この程度で、《魔法使い》だと……?
ルアンを含めた、《魔法》を行使する選ばれし者達を……総じて《魔法使い》と銘打っているが、その一括り扱いを受ける者達が、……この程度で全力だと……?
純血のエルフ、という種族ゆえにか……ルアンという少年はプライドが非常に高い。
《マナ》の扱いという一点に関して言えば、現存する生命の中で右に出る者はいないと……自負している程である。
普段、他者に対しあまり激情を抱く事はないルアンであるが……、これも種族ゆえにか、《魔法》に関しては絶対の美学と知識を内に秘めていた。
そんなルアンを相手に、『この程度の児戯』で手傷を負わせられると本気で考えていた者達。……ルアンが平静でいられるわけもない。
「なんだ、このデタラメな《魔術式》は……? 赤子の落書きにも劣るぞ貴様ら!! 私の障壁に傷一つ付けられんような児戯が、貴様らの全力だと? それこそふざけるな!」
「じ、児戯……だと!?」
杖や本などという《魔術媒体》を構える敵を前に、ルアンはただそこに立つだけ。
人間の耳には理解の及ばぬ、エルフ独自の文言を唱え《魔法》へと昇華させる。
けして本気とは言わぬまでも、その《魔法》に込められた《マナ》の総量は……、先ほどの『革命軍』が使用してきた《魔法》とは比較にならぬ程。
「貴様らには特別に、《魔術》指南をしてやろう。……一度しか見せんからな、その身で味わって無理矢理覚えろ!」
大気を震わせる《マナ》の胎動。
天空に浮かび上がる、芸術的で……幻想的な光を放つ巨大な《魔法陣》。
幾百もの《魔術式》を組み込んだ、ルアンの『即席で』編み出したオリジナル《術式》。
「……落ちろ」
静かに囁かれた言葉と相反するように……、圧倒的な『破壊』を孕んだ雷光が、視界を白く塗りつぶしていく。
光が目を焼き、衝撃と熱が肉体を内側から焦がしていく。痛みを感じる暇など与えず、一瞬よりも早くその意識を狩りとる。
視覚が段々と機能を取り戻して来た時、その場に残ったのは……全身を黒焦げにした五人の少年達。
「安心しろ。死に至るギリギリで生かしてある……。創造主にでも診せれば、問題なく快復するだろう」
まるで、自身の実力を誇示するように……、ルアン・ユグノリアは静かに笑う。
◇◇◇
「ほっほっ……、若いもんは血気盛んで良いのぉ。ちょいとプライドをつつけば、すーぐに化けの皮が剥がれる」
すぐ近くで、ルアンの《高位魔法》を観察していたユイの足元では、先程までユイが一人で相手していた生徒達八名が力なく倒れていた。
意識を失っている者がほとんどという中、たった一人だけ……ユイの足を掴んで放さない生徒が一人。
どういうわけか、体の自由が効かぬその男子は……それでも必死に手だけを動かしユイの足を掴んでいたのだ。
「ほぉ、打撃で脳を揺らされて……まだそこまで動けるとは、大したもんじゃ♪ お主、中々いいもん持っとるぞ〜」
「……っ! 打撃、だと……っ! いつの間に、そんな隙はなかった……はず、だっ」
「んぉ? あったじゃろう……? ルアンがでかいのぶっ放した瞬間、時間にして五秒程度……のぅ」
「ばかな、あの……前も見えぬ閃光と轟音の中……正確に、オレ達に攻撃したとでも、言うのかっ!?」
「ふぉふぉ、五感にとらわれとる内はまだまだじゃの。誰がどう動くかなど、『気』と《マナ》の巡りを感じ取れば十分予測出来る。常識じゃぞ?」
無邪気な子供のような笑みを浮かべるユイ。
だが、言っている事は……十数年程度しか生きていない若者には、理解も及ばない域の話である。
ルアンのような、生まれつき《マナ》の性質を区別できる才能を有している純血エルフで、ようやく理解の及ぶ域。
ましてや、他者族との混血というわけでもない……純粋な人間であるユイでは、生涯をかけても辿り着けぬ領域だというのに……。
「無茶を言ってやるな。そんな真似が出来るのは……貴様のような化け物じみた人間か、《マナ》の真奥に触れた限られた純血エルフくらいなものだ」
「……ぬ? そうかの? わしは、人間様からこの技を教わったのだがなぁ……」
「体外の《マナ》を知覚出来る機能が、人間の肉体に備わっている筈がないだろう。むしろ、貴様の肉体はどうなっているのだ……」
ルアンの言っている事は事実だ。
人間という生物は、体内にある《マナ》ならば自身の感覚で感じ取ることができる。だが、それだけでも相当な才能と研鑚を積んだ上で……至る事が出来る域。
他の亜人種ならば、人間よりは可能性は高いかもしれないが……それでも、至らぬ者が半数以上だ。
よもや、体の外側に溢れる《マナ》を正確に見分けるなど……常人に可能なわけがない。
「そんな事言われてものぉ……。わしは普通に修行して、普通に身に付けた技能だし。……難しい話をされてもわからんもん」
「無自覚で人の域を超えられても困る……」
呆れるルアンとあっけらかんと笑うユイ。
足元に転がる少年には到底理解できない話を続ける二人に、自身と彼らとの差を実感せざるを得なかった。
才能にも差があるのだ。
それは、ただ《マナ》を体内で多少扱える程度の少年から……、生まれつき《マナ》に恵まれ《魔法》を自在に操る事の出来るルアンや、修行一つで序列第四位まで上り詰めたユイなど。
《魔法》が多少使える程度では……この学園では、強者とはなり得ないのである。
「ちょっと、せっかくの捨て駒を使い物にならないレベルまで壊さないでくれる! 再利用出来なくなるじゃないの!!」
「……再利用とな?」
「そういえば、お前はそんな力も持っていたな」
「あたしの力、意識がない相手には意味がないんだから……そこんとこ考慮した上で嬲りなさいよ! 使えないわねアンタ達!」
「そんなもの知るか」
「わし、不器用だから……」
「ほんっ…………と! 使えないわね!!!!」
キャンキャンと吠えるミューレを無視し、ルアンとユイは進軍を再開した。
行き先は、名目上……『革命軍』王、リンド・アークレイヴの待つ本陣へ。
だが、頭の片隅では、やはりあの男がチラついてしまう。
ルアンが数刻前に目にした、『他国兵』の放った《極大魔法》。数々の《魔法》を編み出してきたルアンでさえ、あの域の《魔法》は目にしたことすらない。
それこそ、物語の世界のようなデタラメさである。
《失われた魔術》——《ロスト・フィーニス》という可能性にも至ったが、あれ程の高火力魔法が……書物に残されていない筈がない。
そして、その力を行使した人物がもし……『最弱』と嗤われ見下されてきた、あの男なのだとしたら——。
どれほど、滑稽な事だろうか。
ルアンは、真実を知りたい。
そして願わくば、自身の全力に通用するだけの人間なのか……、確かめたかった。
「ふん……。これでは、結歌やアリシアをとやかく言えんな……」
くすりと笑うその目には、あの三人と同じように……あの男へ向けられた戦意の炎が……ゆらりと灯っていた。
◇◇◇




