③二話(2)
◇◇◇
危険区を大きく消し飛ばした、そのレベルの《大魔法》が《ラグナロク》開始早々に臆面もなく披露されてしまっては……当然、周囲の注目もソチラへと集中する。
しかも、それが……全く警戒すらされていなかった『他国兵』の仕業だと知らされれば、それこそ波紋は広がるいうものだ。
市街から録画された映像では、距離が離れすぎている為『誰が放った《魔法》なのか』まではわからない。
だが、確実に……『他国兵』側の誰かなのである。それは考えるまでもない。
アリスが何も考えず放った力は、周りの敵を牽制するには十分すぎたのだ。
だが、そう考えない者達も……やはりいる。
まだ学園の屋上にて、戦況を観察していた……結歌を含む数人は、むしろ喜んですらいた。
……あの男か……?
浮かぶ顔は、ただ一人。
こんなデタラメを平然とやってのけそうな者など、彼らの中には一人しか浮かばなかったのだ。もちろん、違う可能性もある。
だが……
「……うふふ♪」
優雅に微笑みを浮かべるアリシアなどは、むしろ『そうであった方が面白い』なんて思ってしまう人種である。
どれほどの力を有しているかも未知数である『彼』が、「おままごと」と嗤った戦いで……いったい、どれだけ本気を見せてくれるのか。
どれだけ、アリシアという少女に……魅せてくれるのか。
初めて見えた、数日前を夢想しながらも……きっとそれ以上を見せてくれると、過剰なまでの期待を孕んだ瞳で……。
また人と違った視点で、この《ラグナロク》を人一倍楽しんでいたのだ。
「素敵な花火も見れた事ですし、そろそろ……私達も戦地へ赴くとしましょうかぁ~♪」
アリシアの言葉に異論を挟む者はいない。
言うまでもなく、みながそれを望んでいたのだから。
だが、『籠城戦』と銘打っている手前、全員が城から出てしまう訳にもいかない。なにより、フィオナ姫をたった一人で放置し、自分達は勝手気儘に暴れまわるなど論外である。
そこは、全員が重々承知して――
「がははっ!! 蹂躙せんと敵地へ襲撃をかけるのだな! 生徒だけだともの足りんと思っていたが、あの王室騎士達が相手とあらば楽しめそうなものではないか!! 全員で一気に叩くか!?」
「「「…………」」」
訂正、一人を除いたメンバー全員の共通認識だった。
豪快に笑う剛毅を一旦無視し、アリシアは仕切るように一歩前へと歩みでる。優雅であり、華やかで品のある仕草。一見してみれば、戦士と呼ぶよりもお姫様の部類に位置するであろう、刃の乱れ狂う戦場には相応しくない一人である。
だが、誰も異論を唱えられる者などいるはずはない。
気品に満ちた洗練された淑女であると同時に、この少女こそが聖エインリーゼ学園の……最強の一角であるのだから。単純な戦力でさえ、結歌と並ぶほどの実力を有している。
まだ入学して数日と日の浅いラグニスを除けば、一度は刃を交えた過去のある者達がほとんどだ。逆らう気にすらならない。
「それでは、まず……居残り組と出陣組に分かれましょうか~。姫様の護衛に徹していては、観客達もシラケてしまいますし。残るのは二人いれば十分ですよね?」
「なんだ? みなで出んのか?」
「大我藤君は出ていいですよぉ♪ 貴方と一緒だと、むしろ姫様が危険ですし」
「おう! そもそも、オレは待つ戦が嫌いだからな! 戦うならば攻めるに限る! オレの使い方がよくわかっているじゃないか、アリシア!! がはははっ!」
「では、残った九名の中から二人……。ココは公平にジャンケンで決めましょ――」
アリシアが言葉を言い終わる前に、一人の少女が動いた。屋上の縁を囲う柵に軽々と飛び乗り――
「え! ちょ、ちょっと!? まだ決まって――」
「王の護衛はソッチで勝手に決めなさい。私は先に行かせて貰うわ」
声をあげたミューレにすら最後まで言わせず、金色の髪をなびかせ……結歌は跳んだ。その目には、もう他の些事など映りはしない。
「ちょっと!? アリシア! ロイド! なんでアレを止めないのよ!! 仮とはいえチーム戦であんな勝手が許されていいわけ!?」
「あはは、困ったね」
「笑い事じゃなぁあああああい!! 今からでも――」
「止められると思いますかぁ~? アレを、誰か」
「うぅ……っ」
「結歌を止める為に無駄な体力を消費するなんてぇ、効率的じゃないじゃないですか~♪ それこそ無駄です。どうせ、どう説得してもアレは止まりませんよ~」
「同意かな」
「……うぐぅ~……」
説得というにはあまりにもデタラメな理由ではあるが、ミューレも納得せざる終えなかった。あんなにも、周りの反応を省みず暴走する結歌など……これまでに見たことがなかった。
勝手に単独行動を始めるなど、生徒の『長』に相応しくない選択である。先導し導く立場である結歌が、自ら協調性を欠くような行動をとってしまう。
それほどまでに……、この戦は、彼女の待ち望んだものだったのである。
「それでは気を取り直して~――」
「それなのですが……」
「今度はクユハ!? アンタまでなに言い出すつもりよ!? これ以上、事態をややこしくしないでくれないかしら!!」
「落ち着いてください、ミューレ様。わたくしはむしろ、居残り組に立候補しようかと思っております」
「おや? すぐ目の前で、あんなにも楽しげな戦場が広がっているというのに、君は行きたくないのかい?」
「……ロイド様のおっしゃられる通り、わたくしもソチラに惹かれない事はありません。一人の戦士として、強者の渦巻く戦禍に身を投じたくもあります。……ですが――」
一度言葉を区切り、クユハは視線を外す。
その先では、先程クユハが淹れた紅茶を優雅に嗜む……フィオナ。香りを楽しみ、美味しそうに味わう。
「わたくしは、戦士であると同時に……メイドでございます。わたくしの淹れた紅茶で、姫様に楽しんでいただける。……こんな機会、逃す選択はないと思いますが……?」
「……うん。君ならば戦力としても問題ないし、ボクは構わないよ」
「恐縮です」
「では、あと一人ですね~♪ それでは、七ぶんの一。誰が負けても文句なしですよ~? じゃーんけーん、――――」
◇◇◇
「さてと……。まぁ、無事に危険区を抜けて舗装された道まで辿り着いたはいいが、お前らはどうするよ?」
アリスの消し飛ばした森林跡を直進し、辿り着いた公道で志音は問い掛けた。それは、他の『他国兵』メンバーに向けてだ。
お互いに不干渉を貫くなら、相手の行動くらいは把握しておいた方が動きやすい。一時の友軍だとしても、仲良しこよしのチームプレーなんて考えてはいない。
自分のやりたいようにやる。それが志音の答えだ。
「右へ行けば学園本面、左へ行けば市街地方面。どっちに行ったところで、四面楚歌だ。袋叩きにされる前に降伏した方がマシだろうぜ? だがまぁ、自分の実力を信じて……強者に挑むってんなら止めはしねえよ」
「先輩は……どうする、つもりですか?」
「……ん? まぁ、色々考えてはいるが『どちらにも行く気はねえよ』。折角の祭りだし……適当に変装でもして、街の出店でも楽しむかな」
「「はぁあっ!?」」
志音の言葉に大きく反応を示したのは、ヴァージェスとユノの二人だ。
それはそうだ。
この島はすでに、志音達《ラグナロク》参加者からすれば戦場そのものである。降参したわけでもないのに「適当に遊んでまわる」なんて、許されるはずもない。
「開始早々、何言っちゃってくれてんですかこの人!?」
「てめぇ、嘗めるのも大概にしろよゴラ゛ァッ!?」
「はいはい、落ち着けよ。オレがどう動こうがお前らには関係ないだろ? むしろ、邪魔しないようにしてやってるんだ。感謝して欲しいくらいだね……。オレのいない戦場で、自由に暴れまわればいいじゃないか」
今にも掴みかかろうとするヴァージェスをヒラリと避け、なおも飄々と続ける。
「まぁ、精々……数人は脱落させるくらいの努力は見せてくれよな」
「……っ!!!」
嘲るような笑みを浮かべ、煽り倒す。
そんな志音を、ため息混じりに見つめるリアーナ。楽しげに見つめるアリス。そして、無感情に見定める……キティ。
三者別々の反応だが、特に否定的な行動をとる者はいない。
「お前らも、それぞれ自由に……って言いたいところだったんだが、予定が狂っちまってな……。つーわけだから、お前はオレと一緒に来い」
そう言って、志音はアリスの頭を鷲掴みにする。
「ちょ、ちょっと!? それ、れでぃをエスコートする態度としては間違ってるでしょー!! ボクの頭の扱い雑過ぎ!」
「リアーナとルクスリアは別行動だ。なんなら、お前ら二人で組んでやってみたらどうだ?」
「しかも、無視っ!?」
「……先輩、適当なこと言ってますね……」
「あ、バレた?」
「……まったく」
ため息を溢すリアーナとは裏腹に、キティの方は拒否することもなく……リアーナの隣へと移動した。
「ほ、本当に……やるのですか?」
「……? ……やらないの?」
「いえ……その……」
歯切れ悪く、チラチラと志音を視線で追ってくるリアーナ。
ふと思い出すのは、病室での一件……。
「わかってるよ。別に側にいなくても、島中でモニタリングされてんだ。……ちゃんと、見ててやる」
リアーナが、今回の《ラグナロク》に参加した理由。
それは志音との約束……『修行の成果を確かめるため』である。初の実戦がこんな大舞台になるとは予想外であったが、それでも……リアーナは戦って証明しなければならない。
自分は、まだ強くなれる……と。
志音の弟子として……。
「……わかりました。よろしくお願いします……ルクスリア先輩」
「…………キティでいい」
「え? あ、の……」
「今から、この戦場では……アナタと私はバディ。上下関係なんてない。……だから、キティでいい」
「……えっと……、先輩」
「おい、そこでオレに助けを求めるなよ。呼べって言ってんだから、呼んでやればいいじゃねえか」
「貴方も――」
「拒否する」
「……むぅ」
相変わらず人見知りを発揮しているリアーナと、なにやら志音に拒否されて膨れっ面のキティ。
ちゃんと生き残れるか心配になる光景だが、二人の実力が確かであると……志音は知っている。
「まぁ、皆それぞれ頑張ってみろよ。陰ながら応援しといてやるからさ」
そこで、解散となった。
それぞれが臨む戦場へ、その歩みを向けながら……
◇◇◇
生徒会長という肩書きは、結歌にとっては単なる飾りでしかない。その地位に至るための目的があったわけでもなく、ただ……実力を示した結果に手にしただけの地位である。
結歌は……強くなりたかった。
両親に認めてもらうため、大事なものを守るため……確か、昔はそんな理由だったかもしれない。一人の剣士であった父に習い、そうであることが当たり前だと言うように……結歌は刀を握った。
だが、ある日……突然、新たな家族が増えてしまった。
義弟が、出来てしまったのだ。
それまで、父と母との三人だけだった夕凪家に、新たな人間が入り込んできた。
「…………」
その少年は、とても真っ直ぐな目をしていた。
どこまでも強くなろうと、何よりも強くなろうと、ただ一つの目的の為だけに……彼は、力を欲し続けた。
幼かった結歌は、そんな彼に……一度だけ挑んだことがある。
竹刀を使った剣道の真似事。
だが、その時でさえ……結歌は他人相手には負けなしの強さを誇っていた。父には及ばずながらも、同年代の子供相手に遅れをとる……なんてことは一度もなかったのだ。
結歌が挑んだ試合である。結歌本人に慢心はなかった。
だが、結果は――手も足も出ない、惨敗だった。
結歌は悔しかった。
その試合で、知ってしまったのだ。己の未熟さを……。
それだけならばいい。
それだけならば、これまで以上に精進し……また彼に挑めばいい。次こそは負けない、と。
だが、違うのだ。
あの時、結歌が涙を流したのは……そんな子供の駄々ではない。
……見てくれて、いなかったのだ。
観戦者でも、両親でもない、……他の誰でもない、対戦しているはずの志音が……結歌を見てくれていなかったのだ。
物理的なことではない。
だが、幾度も剣を交えていれば……自ずとわかる。
その目に結歌が映っていないことくらい。
自身が真剣勝負だと思い込んで挑んだ戦いは、彼にとっては単なる『強くなる過程』にしか過ぎなかったのであると……。
……見てほしい。
それが、少女の願いと成った。
……自分を見てほしい。
それが、少女の目標と成った。
……他の誰かではなく、あなたに……見てほしい。
それこそが
少女の生きる道へと成った。




