③第二話【輝く星々】
「……うぅむ……」
戦いが始まった。
それは、この場にいる全員が認知している。
それならば、これから行う行動も考える必要はない。戦場となる場所に赴き、力を尽くして戦えばいい。
志音を含めた全員が、それをちゃんと理解している。
「…………」
だが、誰一人……その場から動くことはなかった。
「…………ぬぅ……」
開始の合図と共に、唸りをあげて思案に没頭し出した志音を除いて……。
ではなぜ志音がいきなり、顎に手を当て、周りの視線も気にせず熟考を始めたのか。その理由は、実のところ至極単純で……状況がかなり変わってしまったから、である。
志音が前以てエイラから聞いていた話によれば、この時期に開催される《ラグナログ》はルール無用のバトルロワイヤルで、最後まで立っていた奴の勝ち。……という話だった筈なのだが……。
どうやら、数名の『空気読めてない大人』のせいで、えらく面倒な団体戦に変わってしまったのだ。
まぁ、ルール変更くらいならばまだいい。志音もその程度ならば大きく問題視したりはしない。
問題は……他勢力の将。つまりは、これまた空気読めてない大人達だ。
騎士団長のリンド・アークレイヴくらいならば、無視一択で近付かなければ問題ないのだが……、フィオナ・オーヴェイン――あのじゃじゃ馬姫はダメだ。
あの能力がある以上、迂闊に近付くことも出来ない。……志音の身分的に。
「あぁ……めんどくさい」
本当に、めんどくさい。
だが、近付かない事には試合に勝つことも出来ない。敵将の敗北宣言か敵兵全員のリタイアが勝利条件なのだ。
関わりもせず、敗北宣言なんてさせられないだろうし、どうせ兵の数名は過保護に……王様の護衛をやっている事だろう。……いっそ、敵軍同士で勝手に潰し会うのを待つか?
「……却下だな。それだと、そもそもオレが出た意味がない」
志音の目的は、あの人――いるかどうかも定かではない……だが、きっとどこかで見ているであろう、『英雄』への……力の証明。
お前と戦うべき存在が、ここにいる……というアピールである。
「…………ん?」
そう、志音の最大の目的は……単なる強さアピールである。
そこまで考えて、ふと……とある結論に辿り着いてしまった。
「そうか……そうだよ! 目的さえ達すれば……あとは別に……」
志音は今日一の笑顔で、とことんひねくれた『答え』へとたどり着いてしまう。
そうとは知らず、周りの者たちは……志音の一喜一憂する反応に不気味さを覚えつつも、次にとる行動を警戒し待っていた。
妙に一人だけスッキリした顔の志音は、……そんな彼らにようやく気付いたらしく――
「え? お前ら、こんな場所で何やってんの……?」
真顔でそんな言葉を吐いていた。
「ほら、《ラグナログ》始まってるぞ? さっさと街に出て戦ってくればいいじゃねえか」
「「「…………」」」
「……?」
「……先輩。おそらく、先輩以外の全員が……共通して考えているでしょうから、私が代弁させていただきますが……」
「お、おう……」
「……この中で一番……この戦場を引っ掻き回して滅茶苦茶にしそうな張本人が、開始早々に分かりやすく悪巧みを始めたら……、普通に警戒します」
「はぁ?」
「この中で今一番『何をしでかすかわからない』のは、先輩だと思われますので……。皆、アナタの出方を窺っているのだと思います」
「……はぁ、なるほど」
何故か、弟子(仮)であるリアーナが代表して今の状況を分かりやすく説明してくれた。
要するに、みんなは志音を警戒して動かなかった……と。
もちろん、全員が全員、同じ理由で待機していたわけでは無いのだろうが……。ほとんどの者は、そうであるらしい。
「最底辺の動向気にして、自分の戦いすら出来ないって……お前らバカなの? そんなに無能なの?」
そりゃ、呆れもする。
「異論を挟むつもりはありませんが……」
そこで口を開いたのは、フォン。
落ち着いた雰囲気で口を開く。
「『他国兵』という区切りで見れば、私達は一応チームメイトという言い方もできる。ただでさえ、少数であり……かつ、精鋭と呼ぶことも出来ない戦力です。身の振り方は慎重に選ぶべきでしょう」
「……で?」
「一番弱いと自負する君も一応は頭数に入ってますので、進んで足を引っ張られるのも……コチラとしては面白くないんです」
「足を引っ張る、ね」
「まぁ、一般論としてはこんなものなのですが、……正直、君が足手まといだとは誰も思っていません。それだけのパフォーマンスを先日見せていただきましたので」
「だったら、本音はどうなんだ……?」
「少なくとも私個人としては、警戒というより興味という方が強い。君の行動に興味津々です♪」
先日の試験での一件を経て、今この場にいるメンバーは……少なくとも、志音をこれまで通り『最底辺』と考えはしないだろう。
ヴァージェスも、先ほど挑発的に『雑魚』やら『最底辺』などと言っていたが、それが事実でない事くらいは……身をもって理解していた。
「だから、まだ動かずに……わざわざオレの観察に勤しんでいたってわけか。お前らも同じ理由か?」
志音の視線は、他のメンバーへ。
「え? アタシッスか? あー、アタシなんか難しい事とかよくわかんないんで、周りに合わせてただけなんですけど……。だってほら! 一人で勝手に突っ走ったりしたら、なんか的にされそうで嫌じゃないッスか! 袋叩きとかマジ勘弁!」
「ボクは志音にくっついて行動するだけだし、志音が動かないならボクが動く理由もないかなぁ~って♪」
バカ二人に話を振った志音が馬鹿だった。
この二人に打算的な回答など期待できる筈もない。
ユノに関しては、まだ数回と数えられる程度しか面識がないが……もう、発言からして馬鹿で間違いないだろう。
対して、リアーナやキティなんかは、フォンと似たような理由で志音の行動を待っていたようだ。
「……はいはい、わかったよ。オレが動けばお前らも動くってことなんだろ。……ちょうど、方針も決まったところだしな」
その顔には、悪戯を思い付いた子供のような無邪気さが滲み出ていた。
「さて、とにもかくにも……まずは街に出ないことには始まらない」
こんな森林のど真ん中で、いくら悪知恵を働かせたところで戦場に立たねば意味などない。
どういう選択をするにも、まずは危険区を抜け出してから、だろう。
そこで……何を察したのか――
「はーい!! はいはいはぁーーい!! それ、ボクがやりまーす♪」
大きく手をあげ、アリスが自ら名乗り出た。
それはもう、自信満々といった雰囲気で……。
そうは言っても、これから志音達がとるべき行動は『移動』である。こんな場面で見せ場を主張されたとしても、正直……ピンと来なくて当たり前だ。
志音でさえ、アリスが何をしようとしているのか予測できていない。
「何をする気だ……?」
「にひひ~♪ まあまあ、見ててよ!」
なにやら自信ありげなアリスとは裏腹に、他の者達は特に期待した様子もない。だが一人……キティだけは、警戒を解かない。いや、むしろ警戒を強めた。
その矛先は、志音からアリスへ……。
だが、志音がそれに気付くことはなかった。それはひとえに……その後に起きた事象が、あまりにも衝撃的過ぎて……。
「さてと、街はアッチだったよね~」
アリスは自身の真上……何もない中空へと右手を挙げる。
すると、瞬間……
その手の先、何もなかった空間に目視出来るほどの光が集まっていく。淡く、小さな光が……集まり膨れ上がっていく。
その光景を見て、志音は一つの可能性へと思い至った。
《ロスト・フィーニス》……アリスの使う《魔法》である。確かに、他人の認識を弄るような《認識阻害魔法》を即興で作り出すようなデタラメな力である。
この力を使えば、この場にいる人間を別の場所へ転移させる……なんて真似も不可能ではないのかもしれない。
そんな志音の期待も、数瞬後には……跡形もなく消え去ることとなる。
「このくらい集まれば充分かな~」
アリスの頭上に集まった光は、すでに直径3~4メートル台の球状に……
志音達が呆然と見守る中、アリスは余裕綽々に続けていく。
「よーし! 皆、《燃えて》!」
その瞬間……眩い光の集まりが、燃え盛る業火へと成り変わる。火球などという生易しいものではない。
例えるならば、小さくした太陽とでもいった方がふさわしい。
だが、これだけの大きさで燃えているわりに、近くにいる志音達への被害は皆無。熱で干上がるどころか、気温が上昇したような感覚もない。
「今は、コレの周りを《マナ》で包んでるから、全然熱くないでしょ~♪」
得意気に呟くアリス。
その余裕さや気軽さから簡単な事をやっている様に見えるが、志音はこの異常さをちゃんと理解していた。
並列していくつもの《高位魔術》を発動させ、かつ……持続させているのだ。人間一人の処理能力だけで、どうにかなる域を容易く上回っている。
「そんじゃ次は~、《集まって》!」
アリスの言葉に従うかの如く、想像を絶するほどの火力を備えた小さな太陽が……その規模をどんどんと小さくしていく。
だが、火力が弱化していっているなど……誰も考えはしない。その存在感が、そのプレッシャーが、衰えなど微塵も感じさせてはくれないからだ。
数秒と待つ内、小さな太陽は……ビー玉と見謝るほどに小さくなってしまう。内包するエネルギー量は、バカにできるレベルではない。
「それじゃあ、仕上げに一発!」
挙げていた右手を前方へと向ける。その先は街のある方角。
そして、生成された火球は……アリスの右手のひらの先に――
「……まさか、あのバカ!?」
気付いた時には……時すでに遅し。
「どっかーん♪」
瞬間――――圧倒的な光の奔流。
音すらも消し飛ばす、破壊の嵐が一直線に志音達の前方を……文字通り、消し飛ばしてしまった。
木々は大地ごと抉りとられ、街まで一直線に破壊の傷跡が深々と刻み込まれている。
こんな小さな少女一人に、これほどの破壊力を誰が予想できただろうか……。
「いっえーい♪ どやぁ!」
無邪気に笑顔でピースする少女を前に、志音を含めたその場の全員が……文字通り言葉を失ってしまっていた。
あまりの衝撃に、言葉が口から出てこないのだ。
「あ! 安心してね。途中で止めたから、街への被害は全くないから♪ ボク、ちゃんと手加減できる子だから♪ えっへん」
志音は改めて実感した。
やはり、この少女は普通ではないのだと。
あの創正が志音に押し付ける程の案件である。ただのお嬢様程度で終わるとは思っていなかったが、まさかこれほどまでとは……予測できていなかった。
片鱗こそ、これまでの生活で見せていたものの……きっとまだ、この程度では終わらないはずだ。
底が知れない。
「もー! ボクの活躍に惚れ直しちゃう気持ちもわからなくはないけど、せっかく道を作ったんだから、ボーッと突っ立ってないで早く行こうよ! 志音♪」
「……そうだな」
まぁ、だからと言って……志音の態度が変わることはない。
「つーか、道を作るためとはいえ……やり過ぎだっての」
アリスの頭に手をおき、少し乱暴に撫でる。
アリスもそれを嫌がったりはしない。
今は、これでいいのだ。
「……えへへ♪」
◇◇◇




