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『英雄』を狩る者  作者: オーエン
62/91

③一話(5)


     ◇◇◇




 ゴーンゴーン……

 ゴーンゴーン……



 学園の鐘が、島中に響き渡る。

 それが合図とでも言わんばかりに、それぞれに動き出した戦士達。


 戦いは、始まったのだ。


 各家庭のテレビや、街中に設置された浮遊モニターには戦士達の姿が大きく映し出され、その中には当然ながら……結歌を含めたトップランカー達の姿もある。

 戦いの舞台である城の代用として学園を使用しているらしく、フィオナ・オーヴェインの姿は学園の屋上にあった。

 即席で設えられた玉座に腰掛け、ジッと戦場を見渡す。


「さて……」


 その瞳はどこか楽しげに細められ、眼下に広がる景色を映す。

 そのまま、視線は……これから自身の身を預ける戦士達へと向けられる。


「はじめまして、の方も少なくはないようですし……まずは自己紹介かいからしましょうか♪」


 玉座から立ち上がり王然たる威厳と……同時に、姫としての淑やかさを纏い、ふわりと微笑む。


「この小さな島国……聖都市《オーヴェイン》の王、フィオナ・オーヴェインと申します。今回の戦では、一時的とはいえアナタ達十人の主を務めることになりました。……ですが、あくまでメインは、戦場で剣をふるうアナタ方生徒達です。私にかまわず、自由にのびのびと……各自の戦いを見せてください」

「「「……はいっ!」」」


 結歌やアリシアをはじめとした、現在の学園最強を誇る十人の猛者たちが一様に自らこうべを垂れ膝をつく。

 その行動は誰かから強要されたからではない。それが、ごく自然な事であると本能で理解していたのだ。

 圧倒的な強者を前にひれ伏す弱者とは違う。

 初めて彼女を目にした瞬間から、心から確信してしまったのだ。


 このお方こそ、命に代えても必ずや守り抜かねばならぬ……尊き存在である、のだと。


「ふむ……。そこまで忠誠的な態度で接されてしまうと、今回の設定上、あまり相応とは言えないかもしれませんね。今回の私は『わるい王様』という立場ですし♪ ふふ」

「無理を仰らないでいただきたいですねぇ〜。フィオナ姫様に対して、礼を失する対応なんて出来るわけないじゃないですかぁ」

「そもそも、『悪王』の役に陛下自らが立候補された時点で、この島の民からは設定批判が飛び交ってますからね。貴女様を悪人扱いするなんて……ボク達には、そもそも不可能なんです。ご容赦ください」

「ふふ、そう堅く考えずともよろしいのに」


 フィオナへの対応は、このメンバーの中で比較的爵位の高い家柄の二人……アリシアとロイドが行なっていた。

 これは身分による区別……などではなく、適材適所というやつである。消去法と言ってもいい。

 この二人は他の八人に比べ、目上の人間に対する社交性に長けている。特に、貴族や王族相手ともなれば尚更ナイーブな問題に絡みつく。

 幼き頃より、社交パーティーや政界に関わってきたこの二人でなければ、どんな非礼を口走ってしまうかもわからない。


 なので、この二人はむしろ……姫様の相手を押し付けられた立場なのである。


 フィオナ自身は、多少の非礼程度を気にしたりなどはしないのだが、世間体というものもある。


「そういえば……。今回、この《ラグナロク》へのゲスト参加は陛下自らの提案であると耳にしたのですが、理由をお聞きしてもよろしいでしょうか?」

「構いませんよ♪ まぁ……理由と聞かれるといくつかあるのですが、最たるものは……創正への嫌がらせ、でしょうか? たまには構ってあげないと彼はすぐに拗ねてしまいますからね……。ふふ」

「…………な、なるほど」

「そういう事でしたら、わざわざ姫様が危険をおかす必要はないのではないですかぁ〜? おケガでもされては大変ですよぉ」


 まさか、学園のボスに対する個人的な嫌がらせの為に……こんな、触れることすら畏れ多い『爆弾』を押し付けられるとか……。無関係な生徒側としては堪ったものではない。

 まぁ、そんな不敬な言葉を口に出せるはずもないのだが……。


「危険、ですか?」

「それはまぁ……、一応、子供達の戯れと言い切ったとしても、戦場である事に変わりはありませんし」

「相手の方々はみんな本気できますからね〜。我々を相手に手加減なんて無理だと思いますし〜」

「……ですが——」


 フィオナは何かを危惧するような素振りもなく、柔和に微笑んだまま。


「アナタ達が、ちゃんと守ってくださるのでしょう?」


 ただ、一言。


 その一言だけでいい。


「…………はは、これは困ったね……」


 一人苦笑を浮かべたロイドの目には……『フィオナ・オーヴェイン陛下が身を預けてもいい、とまで言ってくださる信頼』という最上の激励を受け、闘志を奮い立たせる……戦士達の姿がうつる。

 ロイドの知る限りでも、彼らトップランカー達は実力もさることながら、それぞれの『我』もかなり強い方であった。誰かに何かを言われたところで、さしたる反応もありはしない。身分や立場など二の次であり、基本的には実力史上である。

 命令に素直に従うような忠犬ではない、はずなのだが……。


 フィオナ相手には、全員が一様にかしずき……その言葉にとうとさを感じずにはいられない。

 強き『個』すら、一言でまとめ上げてしまう。

 フィオナの王としての器……というものなのだろう。


「例外は、会長くらいなものかな……?」


 誰もが、フィオナの言葉に闘志を燃え上がらせる中……ただ一人、結歌だけはこの状況を『とるに足らぬ些事』程度にしか考えていなかったのだ。

 至高の存在からの叱咤激励など……そもそも、結歌には必要なかったのである。


 その眼にうつるのはただ、この盤上の……同じ戦場の中で立っているのであろう『彼』だけ。

 いずれ訪れるであろう、彼との戦いだけ。

  姫からの激励などなくとも、戦意は最初から最高潮だった。


「……対戦相手の諸君には、つくづく同情してしまうね……。せめて、一方的なつまらない戦いにならないことだけを願うよ」




     ◇◇◇




「…………」


 学園から遠く離れた市街の大広場。

 普段は人通りの多いこの場所だが、今現在のみ……通常とは違った光景を見せていた。

 遠巻きに眺める観戦者こそ多いものの、その場に立つのは……わずか十数人程度の男女。しかも、その中の九名が純白の軍服に身を包んだ大人達である。


 八名は、言わずと知れた騎士達……聖城近衛『王室騎士団オクト・プリズン』の全騎士。

 赤髪の青年……騎士団長リンド・アークレイヴをはじめとした、男女八名。年齢や種族、性別や体格などそれぞればらつきはあるものの、その全員が『フィオナ姫を至高とし』、その命を以って尽くさんと王の袂に集まった精鋭達である。

 戦闘力一つを見たとしても、一人一人が結歌やアリシアと同格以上であるといっても過言ではない。


 そして、残る一名。

 彼女だけは他八名とは違った。

 褐色のポニーテールを揺らし、明らかに不健康そうな白い肌でありながら、生気の感じられない濁った瞳でニヤリと笑う。

 格好こそ、リンド達に合わせて軍服を着用しているものの、その上にサイズの合ってない大きめの白衣を纏っていた。

 聖城近衛『医療師団メルト』団長、ライラ・フレウィット・ジーニス。

 見た目とは不釣り合いに、この上ない医療技術を兼ね備えた、最高位の衛生兵である。

 彼女は普段通り、銘柄も定かではない煙草を薫せ……騎士団の背後に控えていた。


「君達も大変だね。暇というわけではないだろうに、フィオナのわがままに振り回され……このザマだ。姫の敵役なんて、やりづらい事この上ないだろう♪ 同情してあげてもいい」

「……アナタは相変わらずだな。その顔、……痛々しい傷痕だ」

「おや、皮肉のつもりかい? だが残念、私はこの傷を恥だと感じた事がない」


 閉じられた右目側、顔の大部分を削る古傷に触れ、ライラは愉快そうに告げる。

 女にとって顔が命だというのであれば、ライラのソレは既に絶命的と言ってもいい。

 だが、そんな欠点を補ってあまりある……妖しい大人の魅力を醸し出しているのも、また事実なのだ。

 見た目云々ではない。


「別に喧嘩を売っているわけではない。ただ、アナタを見て抱いた感想を口にしたまでだ」

「だとするなら、普通に「礼を失している」と忠告しておくとするよ。レディに対して顔の話をふるものではない。ソレが欠点になりえるならば、なおさらね」

「……どうでもいい」

「私個人的な見解で言うならば同感だ。顔なんて肉体を構成するパーツの一部分に過ぎない。気にしているだけ時間の無駄だ。……だが、君は外交にも携わっている身だ。客人に対して失礼があっては、フィオナの顔に泥を塗る事になりかねない。わかるね?」

「…………」

「まぁ、中身のない世間話みたいなものさ。無視してくれて構わない」

「…………」


 リンドは言葉通り無視する事にした。

 今は任務中である。

 私語をしている時ではない。


「ちなみに、私が今回この場にいる理由だが、フィオナに押し付けられたから……という理由の他にもう二つほどあったりする。私がこの役を了承したのはむしろ、そっちの二つがメインだったりするわけだ」

「……。姫の期待を裏切らぬ範囲内であれば、アナタの好きに動いてくれて構わない」

「言われるまでもなく、勝手に動かせてもらうつもりだ」

「それと——」


 リンドの瞳が、冷淡な殺意を帯びる。

 冷たく暗い色。


「あまり、姫を軽く扱うな。……身の程を弁えろよ?」


 リンドだけではない。

 『王室騎士団オクト・プリズン』の団員全てが、ライラのフィオナに対する軽い扱いに苛立ちを隠そうともしていなかった。

 周囲で待機していた数人の生徒達からすれば、一触即発の手に負えない爆弾である。近くにいるだけなのに、放たれるプレッシャーのせいもあり生きた心地がしない。


 そんな中でも、ライラはケラケラと嗤う。


「 はっ、それこそ下らないな! 君達がどれだけフィオナに惚れ込んでいるかなんてどうでもいいが、下らん信仰心をコチラにまで押し付けられても困る」

「…………」

「そう眉間を歪めないでもらえないだろうか。君らと私とでは、そもそも前提が違うというだけじゃないか。私とフィオナは……お互いを利用し合っているだけ。忠誠なんてはなから持ち合わせていないんだよ。対等ではないが、上下でもない」

「……ふん」


 納得はしない。

 その程度の言葉で、姫を軽く見ることを容認するということは、姫への忠信を欠く行為だからだ。

 フィオナを第一と考える『王室騎士団オクト・プリズン』であり、……特に、忠誠心だけは異常の域にまで達しているリンド・アークレイヴは、思考する。

 この場にもし姫がいたなら、どんな反応をしていたか。


 リンドはフィオナの、名声や地位などではなく……なによりも、心や想いを重視する。


「……きっと、姫様ならば気にも留めない、だろうな」


 ならば、怒りの矛を向けるだけ無駄である。

 そういう結論に至ったリンドは、視線を戦場へと戻すことにした。


 開戦の鐘は鳴った。

 ここはもう、戦場だ。


「衛生兵が拠点で寛いでいていいのか?」

「おいおい、この戦場を見て……この場所以上に危険な場所がどこにあるというのかな? 子供のじゃれあい程度なら唾つけときゃ十分だ。……それに、君達ちゃんと『加減』ってやつが出来るのかい?」

「バカにしているのか……?」

「まぁ、無理だろうね。そんな器用な連中なら、わざわざ私が来る理由もない。……だからまぁ、適材適所というやつさ」

「……、はぁ」


 ケタケタと顔だけで笑うライラ。

 リンドは内心でストレスを感じながらも、けっして表には出さない。


「そういえば、これも世間話なのだが……。今朝、とある男が死体で見つかったらしいね。場所はたしか……二番市街の路地裏だったかな?」

「……」

「黒尽くめのコートの下には暗器や薬物、魔法媒体なんかも多数。昨夜の報告にあった自称『死神』とも一致している。ほぼ本人で間違いないだろう」

「見ればわかるだろう」

「無茶言わないでくれ、原型も留めていない肉片から身元を割り出すとなれば……少なからず時間はかかる。まぁ、もしも本人だったならば、万々歳じゃないか! ……君の親族の仇が、もはや亡き者となったわけだ。喜ばしいことだろう?」

「……くだらない挑発はやめてもらえないだろうか」

「おや? 随分と薄い反応だね……。嬉しくないのかい?」

「何を……喜べと?」


 リンドの眼が獰猛な光を帯びる。

 それは、普段の忠実なリンドからは想像もつかないような……荒々しい殺意。フィオナに飼いならされ随分と丸くなってしまったリンドしか知らない他の者には、さぞ驚愕を与えたことだろう。

 騎士団のメンバーすら知らぬ、リンドのもう一つの顔。


 それを見て、やはりライラは愉快に嗤う。


「あんな男が……ヤツの筈がない」

「本物の『死神』様は、まだ生きている……と?」

「どうだろうな。……だが、私は既にフィオナ姫に忠誠と命を捧げた身だ。私のすべては姫様のもの。多くを望む事はない」

「あの殺人鬼を許すというのかい? 君が?」

「姫様のご命令とあらば、だがな」


 リンドは知っている。

 まだ、あの『死神』が生きている事も……。

 この島に存在する、という事も。


「牙を抜かれた獣だと思っていたのだが……」


 ライラの眼に映るリンドという青年は、あの頃と何も変わっていない。


「とんだ勘違いだったようだ」





 ——盤上の駒は、動き始めた。

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