③一話(3)
◇◇◇
「……へぇ……へっきしっ!!」
「ありゃ? 志音ってば、もしかして風邪?」
「裸族のお前じゃないんだ。風邪になんかなるかよ……」
「あぁ〜!! 今、スッゴい失礼な事言ったぁー! ボク、裸族じゃないもん! 寝る時にちょーっと「服邪魔だなぁ〜」って思うだけで、普段はちゃんと服着てるしー」
「男の部屋ですっぽんぽんになる事に抵抗がない時点で、お前は十分異常なんだよ」
「裸程度で恥ずかしがってるウブな志音と違って、大人なボクは恥ずかしくないし! だいたい、何を恥ずかしがる必要があるのさぁ! 人だって動物の一種なんだから、裸なのが普通なんだよ!」
「変な理論武装で正当化しようとしてんじゃねぇよ。……さて、もうすぐ着くな……」
朝っぱらから何故か志音の部屋に集合していた三人娘を連れた志音は、携帯端末の浮遊ディスプレイに映る地図とにらめっこしながら、『《ラグナロク》開戦地点』へと向かっていた。
ちなみに、スタート位置はいくつか設定されているらしく、城下町だけでも複数、《ラグナロク》期間限定で開放される危険区を含めた島全体では、百ヶ所を超える。
《ラグナロク》では、開始時刻までに各自指定されたスタート位置にいなければ、強制的に敗退扱いになるのだ。
なので、島の各地では《ラグナロク》参加資格を持った数人の生徒が、開始を待ち焦がれながら待機している事だろう。
かくゆう志音達も例外ではない。
志音の端末に送られてきた通知に添付された地図を頼りに、志音達四人は森林内を歩いていた。
危険区指定の森林内……つまりは、魔獣のわんさか存在する魔境の中を……である。
だが、数十分も歩けば、ひらけた場所へとたどり着いた。
そして……ソコには、志音達の他にも先客がいたようで……。
「……あ゛ぁん。テメェ等は昨日の……最弱野郎とその他付属品どもじゃねえか。わざわざサンドバッグになりに来たのかクソ野郎?」
会って早々、汚い言葉で罵ってくる獣王国第三王子……ヴァージェス・J・グロッセ。
三年生であり志音の一つ歳上の先輩ではあるが、これまでにコレといった接点もあまりなく……、志音自身、他人の試合などにはとことん無関心だったため、正直に言うと……名前以外は何も知らない。
しかも、エイラが勝手にペラペラ喋っていたから、たまたま覚えていた程度の知識だ。
「あぁ……どうも」
「おっはよーございま〜す♪」
「…………」
「…………」
だからというわけでもないのだが……、こんなあからさまな挑発に対しても特に思うこともなく、こんなアッサリとした返答になるのは仕方のないことなのだ。
アリスは元気に挨拶、他二人は無言だが……リアーナは人見知り全開で志音の背に隠れ、キティはただの無視。
この二人に比べれば、志音は愛想がいい方ではないだろうか?
「もしも、オレの邪魔をするようなら……容赦なくテメェ等からぶっ潰すからなっ! 自信がねぇなら、どこかに隠れて終わるのをビクビク待ってんだなぁ!!」
——パァンっ!!
志音の眼前数センチの位置で、甲高い破砕音とともに衝撃が弾けた。
片腕だけ半獣化させたヴァージェスの指から、超高速で弾き飛ばされた小石と……
「…………」
志音の背後から、拳銃の速射で寸分たがわず、その小石を『正確に撃ち落とした』キティ。
右手に構えた銃口からは硝煙が揺らめいていた。
「はんっ……多少は出来るヤツもいるようだが、……肝心のテメェが反応すら出来てねぇ……。どうせなら避けてみせるくらい出来ねえのかぁ? あぁっ?」
「……まぁ、結果として当たってない訳だし……いいんじゃないですか? 結果オーライってやつ?」
「女に守られといて、随分な物言いじゃねえか……。……あんまナメた態度とってっと、食い散らかすぞクソ雑魚野郎」
「ご忠告どうも……。なら、お返しがてらオレの方からも忠告しときますが……」
志音は何もなかったかのようにヴァージェスの横を素通りし、すれ違いざまに……志音の左手に掴まれた『あるもの』をヴァージェスへ放り投げた。
それは……弾丸。
しかも、打ち出された直後のように薬莢から外れ、ほんのりと赤熱している。
「一人を警戒するなら、そのツレは『それ以上に警戒したほうがいい』。まぁ……今回は前方にオレがいたから良かったものの、一瞬遅かったら……アンタの眉間に、綺麗な穴が開いてたところでしたよ? ……あぁ、先輩ほどの方なら当然、『気付いて』ましたよね?」
「……っ!」
志音の言葉を待たず、ヴァージェスの視線は……キティの足下——役目を終えてカランと転がる『二つ』の薬莢へと向けられる。
ヴァージェスの放った小石を弾いた弾丸は一発。……ならば、あと一発は? そんな疑問は、志音が放り投げてきた弾丸を見れば自然と氷解する。
サイレンサーすら付いていない銃から、『無音で』放たれた銃撃にも……
それを『目視もせず』素手で掴み取った志音の並外れた瞬発力にも……
驚愕と疑問は残る。
だがそれ以上に……
「……ふざけんじゃねぇ……っ」
「……ん?」
「人間より五感も力も勝れた獣人のオレですら『気付けもしなかった』ソレを、最底辺のテメェ程度が止めたとでもぬかすのかっ!? あ゛ぁっ? デマカセも大概にしろよクソ野郎がっ!!」
「あれ? 『気付けもしなかった』のに、オレが止めたかどうかはわかるのか? ……憶測でもの言ってんのはアンタの方だろう?」
「んだとゴラァ!?」
激昂し振り上げた右手を志音へとのばすヴァージェス。
半獣化させている上に、体内の《マナ》を筋力へ集中させた豪速の突きである。もろに受ければ骨の一〜二本は確実、運が悪ければ腕の一本は引きちぎってしまえる程の一撃。
けっして本気の一撃ではない。
だが、常人に容易く受けきれる一撃でもないのも確かだ。
ヴァージェスも反射的に無意識下で出してしまった一撃だった。
だが、ソレは志音の体に触れることもなく空をきる。
「別に恩を押し売りする気なんてさらさらないんだが……」
「っ!?」
どこかへ消えたわけではない。
志音はヴァージェスのすぐ正面にいた。
瞬間的に距離を詰めた、と呼ぶには……あまりにも自然な動きで……。その右手でヴァージェスの首を掴む。
その細身な腕からは考えられない程の力で、ヴァージェスの呼吸の自由は容易く奪われた。そのまま首ごと引き寄せ、耳元で囁くように告げる。
「身の程くらいは弁えろ。……オレはお前に『興味すらない』」
「……ぐ、がぁっ!」
「お前が死のうが生きようが……オレには微塵も関係ないんだ。わかるよな?」
「……っ」
ヴァージェスは必死に志音の腕を握り、引き剥がすように……もしくは引き千切る気で足掻く。
だが、その常人離れした筋力を駆使したとしても、志音の腕は外れるどころか傷付きもしない。まるで、鋼鉄に爪を立てているような錯覚すら覚えてしまうほどに……。
蒙昧とする意識の中、ヴァージェスの目は……数センチともいえぬ距離でハッキリと目視してしまった。
「……邪魔をするなら、容赦なく殺す。関わることも近づくことも許さない。今すぐにだって殺れるんだ。…………わかるな?」
その殺意に満ちた、狩猟者の……『狩る側の眼』を……。
「馬鹿にするなとは言わない。勝手に下に見てくれても構わない。……アンタがどこでどう吠えようがアンタの勝手だ。オレには無関係なわけ。…………だが、行動は間違えるなよ……? 生物ってのは生きている以上、どこまでいっても脆弱なんだ。『殺せば死ぬ』」
「…………ぁが……」
「……『終わりたくなかったら』賢い選択をとれよ……。獣人ってのは危機管理能力に優れてる種族なんだろう? 早死にしたくなかったら、オレのことは無視して……のうのうと生きててくださいよ。……せんぱい。眼中に入らない努力くらいはしてやるからさ」
身の毛も逆立つ殺気を前に、ヴァージェスは本能的に『逃走』を願ってしまった。
まさしく、ヴァージェスの目にしたソレは『純粋な死』だ。
ヴァージェスが……学園生のほとんどが『最弱』と嘲笑ってきたその男は、『死』だった。
志音の右手が離れ、呼吸の自由を得た今でさえ……ヴァージェスの中に芽生えた息苦しさが晴れることはない。
走馬灯など介入する隙もない程の恐怖を垣間見た。
「……おいおい、試合開始前から戦意喪失とか……アンタの方が何しに来たんだよ? やる気がないなら帰っていいんじゃなかったか? 《ラグナロク》って棄権もありなんだろう?」
「……っ! 誰がっ!?」
「あーはいはい、棄権しないのな。なら勝手に頑張ってくれ。……今、忠告したことさえ頭に入ってるなら、オレからアンタに関わることはないから」
手をヒラヒラと振り、今度こそヴァージェスから離れる志音。
ヴァージェスは……その背に、悪態をつくことすら出来なかった。
志音はため息をこぼしつつ、先程までの殺気を嘘のように霧散させ、ダラダラと集合地点へと向かった。
その横へ小走りでついてきたアリスは何故か嬉々としているし、後ろを歩くリアーナは……どこか寂しそうにしている。
志音とヴァージェスのやりとりに横槍を入れてきたキティはというと、どこか不満げに志音を横から睨んでいた。
無感情そうな鉄面皮のくせに、視線からは不満のオーラがダダ漏れである。そんなに銃弾を止められたことが気に障ったのだろうか?
志音としては、こんな誰が見ているとも知れぬ場所で『仕事でもないのに』死人を出すというのは本意ではないのだ。しかも、志音が殺るのならばともかく、他者が他者を殺す場面は……あまり見たくない。
殺す人間であるくせに、矛盾している。
だが、仕方がないのだ。
どうしても……思い出してしまうのだ。
志音の父を殺した……『英雄』の姿を……。
だから、これは志音のわがままである。
「……余計な真似……しないで」
「それはコッチのセリフだと思うんだが? 誰が手を出せなんていったよ……」
「……目障りだった」
「なら視界に入れなきゃいい」
「……耳障りだった」
「なら耳でも塞いでりゃいいだろ……。あと、殺し合いに行くわけじゃないんだ。急所を狙うならせめて、弾はゴム弾か魔弾にしろ。実弾で脳天狙ってんじゃねえよ」
「…………」
両手で耳を塞ぐキティ。
志音の言った通りに、耳障りだったから耳を塞いだのだろう。
そんなキティを見て、志音はため息まじりに説得を諦めた。
事実、実弾の使用は《ラグナロク》のルール上、正式に禁止されているわけではないのだ。
ルール表記上は『殺傷を目的とした致死性の高い武器の使用は反則』である。
多少の怪我程度ならば問題視しないし、生きてさえいれば『医療師団』のライラが簡単に治してしまえる。
なので、撃つ部位を間違えなければ、実弾もルール違反ではないのだ。
むしろ強固な鎧を着た相手に対し、ゴム弾では威力がかなり劣ってしまうし、魔弾はただでさえ高価だ。こんな『子供の遊び』に惜しげも無く使う馬鹿など、無駄に本気な学生くらいなものだろう。
効率重視ならば、確かに鉛玉の方が優れているのだ。
「せめて……死人だけは出さないようにしてくれよ……?」
「……? ……アナタが、ソレを言うの?」
「オレはいいんだよ。殺す気でやるが、殺すつもりはねぇし。……一撃で仕留めようとしてたお前よりはマシだ」
「…………むぅ」
それに……
志音はキティを見る目を細め、先程の行動を思い出す。
隙のない速射。
正確無比なハンドリング。
無音の連射。
そして、殺気も発さず……躊躇いなく急所を狙う、無慈悲さ。
一流の暗殺者と比べても遜色ないだけの経験と実力を、その身に宿している。そう見てまず間違いないだろう。
数々の修羅場を『死んででも』乗り越えてきた志音ですら、警戒を怠ることができない相手でもある。
しかも……
「あはは♪ やっぱり、志音って優しいよね〜。そっけなく突き放すけど、相手のことを思っての行動だし。……アレかな? ツンデレってやつ!」
創正から押し付けられた護衛対象が、こんなに近くで能天気にアホ面を晒しているのだ。
キティの銃口がソチラへ向く、という可能性もゼロではない。
むしろ、転入時期一つを見ても、アリスを狙って接近してきた暗殺者……という線もあり得なくはないのである。
警戒するに越したことはない。
まぁ、アリス自身は……あまりキティを警戒していない、どころかちょっと協力的な節さえあるのだが……。
「馬鹿なこと言ってないでさっさと行くぞ」
「はぁーい♪」
「……ん」
学内トップの馬鹿二人のように、無駄にいがみ合われても面倒なだけなので……志音の方から火に油を注ぐような真似はしない。
傍観、不干渉というのが好ましい……。
「…………」
そんな中、足を止めたのはただ一人……リアーナ。
他人の生死に興味のないキティや、志音の行動に疑問を抱こうともしない……ただの馬鹿であるアリスとは違い。
リアーナはまだ常識的な思考の持ち主である。
『強くなる』という目的のために仕方なく志音の弟子を名乗っているが、命を軽々しく扱えるほどこの世界に『毒されて』はいないし、……志音のように「自身は悪人だ」なんて割り切ってもいない。
殺さないため。
殺されないため。
殺させないため。
大切なものを守るために、強さを求める少女には……数秒前の闘争を快く受け入れることなど出来ないのだろう。
だが、『命の賭けぬ戦いに何の意味がある?』それが志音の意見だ。
リアーナを同情してやるつもりもなければ、慰めてやるつもりもない。
手を引いてやるなど以ての外だ。
弟子(仮)といっても、リアーナが勝手に言っているだけであって、むこうが辞めたいと言うならば志音としても止める気は微塵もない。
むしろ、面倒ごとが一つ減って万々歳である。
「…………」
だから、「ついて来い」なんて言わない。
「なんだ……、来ないのか?」
来るか来ないかを決めるのは、師匠(仮)であったとしても志音ではなく、リアーナ自身でなければならないのだ。
だから、志音は手を差し出したりはしない。
「……ばかに……しないでください。途中で逃げ出すなんて……ありえません」
「そうか。そりゃ残念だ」
◇◇◇




