③一話(2)
◇◇◇
普段通りの平日ならば、生徒達は各教室に集まり始業を待つはずの早朝の学園。
だが、今日は違う。
一般的な学校でいうところの運動会や文化祭なんかの祭り事に似て非なるイベント。
学園最大の三大聖戦《ラグナロク》。
参加者だけでなく、不参加の生徒達すらもピリピリと緊張感を滲ませる。
今回の参加者……、『挑まれる者達』学内ランク一位〜十位の猛者達は、これから始まる激戦を前ににして……各々、それぞれの意思と感情を胸に、控え室代わりの生徒会室に集まっていた。
殺気立つ室内に、真の強者たる十名。
他の生徒会メンバーも、無関係な教職員も……ソコにはいない。
開会式などという前置きのない《ラグナロク》では、叱咤激励も選手宣誓もありはしない。
これは『大会』ではなく『戦』なのである。
ルールやメンバーが定められていたところで、彼らの戦場であることにかわりはない。
『挑む者達』である11位〜100位、そして……追加で選ばれた数名も、携帯端末に送られた『《ラグナロク》開戦地点』で、この戦いの開始を待ちわびているのであろう。
「…………」
誰かが声を発したわけではない。
だが、ほんの少しの気の変化さえ、こな密室たる生徒会室内では大きく目立つ。
今回初参加の、序列第十位……ラグニス・ルー・ビットリオは、予想を遥かに超えるプレッシャーに、今すぐにでも泡を吹いて失神してしまいそうなほど怯えていた。
この十名の中で、たった一人の一年生……。入学して『たった数日』でランク十位にまで届き得た、十分過ぎるほどの実力を兼ね備えながらも……こういった晴れ舞台ではどうしても緊張のあまりアガってしまう臆病者。
ウサギ系の獣人なのもあってか、視野は広いが……どうしても警戒心が他人よりも強い節があるのだ。
そんなラグニスを異端と罵る者はいない。
序列第九位の、体長二メートルをゆうに越す野生的な男……三年生の大我藤 剛毅は、何がおかしいのか……爆笑しながらラグニスの背中をバンバンと叩いているし……。
「……大我藤……その品のかけらもない笑いを止めろ……」
序列第六位、純血のエルフであり、二年生と若くして……数多くの《魔法》を手足のように操る、《稀代の魔術師》と呼ばれる青年。
ルアン・ユグノリア。
比較的細身で、性格は几帳面。戦場では軍師もこなし、後衛だけでなく前衛でも十分に闘える《高位魔術師》である。
《魔法》の才能も他を寄せ付けぬ超一流。
純血エルフの中でも爵位の高い家に生まれ、幼い頃から《魔法》の才能に恵まれて生きてきたからか、性格は少々高圧的だが……先輩や目上の者に対しても態度を変えぬ豪胆さは、ラグニスも少しは見習いたいと思っている。
「なんだルアン! お前ももしかして緊張しているのか? がはははは♪ 自信家なお前にしては珍しいなぁ! たかが、100にも満たぬ程度の軍勢だ。何ならオレ一人で相手してやろうか!?」
「だから、声の音量と下品な笑いを止めろと言っているのだ。それに、誰も緊張などしていない。……脳筋バカで『使われる』しか能のない貴様等と違い、私は頭脳派なのだ。詠唱の邪魔をするくらいなら、黙っていつものように寝ていろ」
「がはははは! ルアンは今日も変わらず辛辣だな♪ まぁ、その意気やよし! オレのことは気にせず、存分に《魔法》の準備をするがいいぞ♪」
「……そう言うなら、その無駄にうるさい口を閉じてくれ。……まったく、貴様には何を言っても無駄か……」
「そんなことはないぞ!」
ルアンは剛毅の説得を諦め、ため息混じりに《魔法》の詠唱を再開した。
他にも、何も言わず……黙々と自身の愛刀を磨く極東の侍、序列第五位の二年生、槇谷 恭介。
椅子の上で足を組み、目を閉じて瞑想する……老獪な雰囲気を纏う小さな少年。序列第四位の三年生、ユイ・ランフェイ。
「大我藤様。ログリット様は入学して初の大舞台です。緊張してしまうのは仕方のない事でございます。あまりちょっかいを出すのはよろしくないかと……」
「なんだなんだ? 緊張をほぐしてやろうと思ったんだが逆効果だったのか! がはははは! これは悪いことをした♪ 新入生の中にイキのいいヤツがいると嬉しくなってな! お前も、序列に見合った働きを期待しているぞ!」
「……あの……えっとぉ……」
「ログリット様。こちら、リラックス効果のあるカモミールティーとなっております。お口に合うとよろしいのですが」
「あ、そのっ! ……ありがとう、ございます」
「いえ、キャロットジュースなどもございますので、ご利用の際はお気軽にお申し付けください。大我藤様はプロテインでしたね」
「おう! 筋力にまさる武器なし!」
「ユグノリア様はアッサムと……ノドの為に飴もご一緒に……」
「……助かる」
誰かが頼んだわけでもないのに、全員分の飲み物を用意しているこのメイドさんは、誰かの従者というわけではなく……正真正銘の強者。序列八位にして闘う戦闘メイド、二年生のクユハ。
ロングスカートのメイド服とフリフリのヘッドドレスの似合う、まごう事なきメイドさんである。
……そしてーー
「…………」
序列第七位……ミューレ・ニル・コフィナは、満を持して声を上げた。
「ちょうどいい機会だからアナタ達に言っておこうと思うのだけれど……」
「おっ! なんだなんだ!」
「はい、なんでございましょうか?」
剛毅とクユハは聞き返すが、他は特にこれといった反応はない。
「アナタ達には特に関係のあることではないのだけれど、今回の試合、あの最底辺……夕凪 志音とはあたしが戦うわ! ……異論はあるかしら?」
「ん? 最底辺? ……あぁ、結歌の義弟のことか! アレも参加するのか? がはははは! オレは弱者に興味はないからな! 勝手に戦うならば、いっこうに構わんぞ!」
「ぼ、ボクも……全然、構わないです。はい」
相変わらず空気も読まずに即決した剛毅や、ただ逃げ腰なラグニスとは裏腹に……他の七名は、答えない。
ソレが『肯定』の意でないことは……ミューレも理解していた。
最上位のランカー達ともなれば、大なり小なり戦闘狂な一面を持っている。
それが自身の想像を超える強者が相手ならば……、戦ってみたいと思うのは必然。
しかも、相手は『最弱の最底辺』であり、昨日……序列第三位であるロイドの最硬の氷壁を砕く程の実力者。
誰もが予想すらしていなかった伏兵に、各々思うことはあったことだろう。
特にーー
「あら。随分とでしゃばった意見を述べるのね……。アナタごときが、私の唯一の楽しみを奪うつもり?」
「《ラグナロク》ってぇ〜、フレンドリーファイアは……ルール違反に入らないんですよ〜♪ その選択は自由ですが、……背中にも気を付ける事をオススメします〜。うふふ♪」
「ミューレさん。……発する言葉はちゃんと選んだ方がいいよ♪」
他の誰でもなく、この学園の頂点たる三人……結歌、アリシア、ロイドは、以前から何故か志音を高く買っている節があった。
その三人が……ミューレの意見を素直に受け入れるわけがない。
試合前だというのに、先ほどまでとは比べ物にならない程のプレッシャー……もしくは、殺意にも似た戦意が、一瞬にしてミューレ一人に向けられる。
生きた心地がしない。
他の四人はそこまで志音に執着している様子はないが、昨日の一件を目の当たりにしている以上は無視することも出来ないはずだ。
向こうから挑んでくるならば、全力で潰す。……『手を抜ける相手』ではない、と。
だから今、ミューレのように……自ら進んで三人の逆鱗に触れるような愚行は起こさない。
「…………ごくっ」
だが、ミューレは気丈であった。
けっしてその焦りや緊張を表層に出すような恥を晒すこともなく、形だけとはいえ……頂点たる三人と対等に睨み合っていたのだ。
それを見かねてか、もしくは、今にでも決壊しかねない空気を少しでも緩和させるためか、……仲裁と呼ぶにはあまりに弱々しく、ラグニスが手を挙げた。
「あ、あああの……っ、僕なんかが口を出すなんて烏滸がましいとは重々承知なのですが……、い、一旦落ち着きませんか!? ミューレ先輩にも、何か……事情があるのかも……しれませんし」
そう。
理由があれば、許されるのだ。
やむを得ない事情、重大な任務、お偉い様の命令……『それならば仕方がない』と納得せざるを得ない理由があるのならば……
「あり得ないわね……」
「そんな……、話も聞かずに何もないと決めつけるのは、横暴です! ……何か、あるかもしれないじゃないですか!」
「……ん〜、この兎さんはぁ〜、少々勘違いしているかもしれませんね〜。私たちは別に「事情なんてあるはずがない」……なんて、決めつけてはいませんよ〜? 確かに、ミューレさんのこの行動に事情や使命が関わっている可能性はあります。それは仕方ないですねぇ〜♪」
「でしたら、この場は譲って差し上げるとか……ーー」
「何故かな?」
「で、ですから……事情がーー」
「だから何故、他人の「勝手な事情」程度なんかのために……私達が折れなくてはいけないの? そもそも、つい昨日までは、私の愚弟に興味なんてなかったのでしょう? だというのに、アレが少しやる気を出した瞬間……手のひら返して「アイツは私の敵だ」って? 筋違いにも程があるのではないかしら」
「前々からずっと狙っていた私達を差し置いてぇ〜、……横取りだなんて〜、許せるはずがないじゃないですかぁ〜♪」
「そうそう。だから「許可を得よう」なんて無謀な選択をしている時点で、お門違いってやつなのさ♪」
ミューレに理由があると言うならば、この三人にだって『志音と戦う理由』がある。
そもそも、戦う理由なんて……『戦いたいから』で十分なのだ。
あとは相手がソレに『応えてくれるか否か』である。
……要するに
志音と戦う相手を『今、この場で決める』ということ自体が間違いなのだ。
「それに、……ミューレ。アナタは『許可を得る』為にこの話を持ち出した訳ではないのでしょう?」
「当然でしょう。他の六人ならともかく……アンタ達三人が、「はい、どうぞ」なんて素直に譲るわけがないことくらいわかってるわよ」
「……え、えぇ!?」
「ですから、兎さんは初めから勘違いしているんですよ〜♪ コレは「譲ってください」のお願いではなくて〜、「私も狙うから」と宣戦布告してきているんですよぉ〜♪ ただ夕凪くんと戦いたいだけなら、私達にわざわざ報告みたいな真似をする必要なんてないじゃないですかぁ〜♪」
「宣戦、布告!? そ、そうなんですか!?」
「別に直接そこの三人と戦うわけではないわよ。どうせ……試合が始まっちゃえば、『競争』になるでしょうし……そこにあたしも『交ぜてもらう』だけのことよ」
「で、ですが……」
「大体、一年で……たかが十位程度のアンタが七位のあたしを庇うなんて……、そっちの方が烏滸がましいとは思わないわけ? 弱い奴に守られても邪魔なだけなの。無謀と勇気の違いくらい正しく見定めなさい。じゃないとアンタ、早死にするわよ……」
「あ……あ……はい……。すいません、でした」
「まぁ……、最後まであたしを援護しようとしてくれてたのでしょう? それに関しては、アンタの勘違いだったとしても……感謝はしておくわ。……ありがとう」
優しく微笑むミューレに、顔を赤らめペコペコと頭を下げるラグニス。
それとは別に、燻らせた火に油を注がれた三人は、怒りとは違う感情で……ミューレを『敵』として認めていた。
「ん、んん? なんだか話にまったく着いていけんのだが……お前達、そんなに弱い者イジメをしたいのか? 学園のトップとして恥ずかしくないのか?」
そんな中、昨日の試験中爆睡して、事の経緯を全く把握していない剛毅一人だけが疑問符を拭えないままでいた。
「《ラグナロク》に参加する以上、誰を狙うかは各自の自由でしょう? どうせ、あたし達以外にも夕凪 志音を狙っている者もいるんでしょうし」
「「「…………」」」
この沈黙は、肯定か、否定か……。
だが、これ以上は議論する必要もない。
夕凪 志音。
『最弱』と呼ばれた青年。
もしも、彼と戦ってみたいのならば……予約なんて無粋な真似はしない。
要するに、『早い者勝ち』ということに落ち着いた。
この光景を知りもしない志音からすれば……僥倖ととるべきか、はたまた……災難ととるべきか……。
◇◇◇




