③第一話【開戦の鐘】
ーー《ラグナロク》
それは、数千年も続いたかつての大戦を終幕へと導いた三度の決戦を元に、……それらをけっして忘れてしまわぬようにと、王である姫自らが定めた遊戯。
そう……遊戯。
命の一つも賭けぬ、単なる力比べ程度の催しなのである。
ソレを利用する形で、創正が学園生の参加を自由にしたのがキッカケとなり……
元々、一般市民の力比べやストレス発散程度でしかなかったこの細やかな祭りは、……この島全土を巻き込む、学生達の晴れ舞台へと大きく形を変えた。
世界屈指の実力を兼ね備えた子供達が一挙に集い、その力をこれ見よがしに発揮する大舞台。
見物目的に外国から足を運ぶ者も少なくはない。
参加する生徒からすれば、自身のこれからの進路にも大きく関わってくる重要な祭りともいえる。
ここで遺憾なく実力を発揮することができたなら、将来の為の良い自己アピールも出来るのだ。
武力しか能のない戦士ならば尚のこと……
さて、その大舞台の当日。
例年と異なり……今回は参加者となってしまった志音。
早朝から行われる激戦へ向けて、珍しく普段よりも早く起床し……気持ちを作っておこうと、早朝にアラームをセットして就寝した志音。
昨日、正式に生徒として編入してきたアリスにもちゃんとベッドが用意され、部屋にはベッドが2つある。
ようするに、アリスにベッドを譲って、わざわざソファーを寝床にする必要がなくなった志音は、数日ぶりのベッドでグッスリと安眠を貪っていた。
ーーのだが……。
……ピピピッ……ピピピッ
「………………」
昨夜セットしておいたアラームがけたましく鳴り響く。
おそらく、鳴り始めて既に15分は経過した事だろう。
ちなみに志音は、アラームの鳴り始める5分前には目を覚ましていた。
では何故アラームを止めないのか?
「………………」
あぁ、止められるものなら……とっくの昔に止めている。
つまりは『止められない状況』に立たされている、ということだ。
「…………くぅ〜……んにゃむにゃ……」
「………………」
仰向けになった志音の腹の上で、気持ち良さそうに爆睡をかますアリス。
まぁ、そこまでなら百歩譲って志音の許容範囲内だ。わずかな期間とはいえ、一応は同じ部屋で過ごす同居人である。
どうせこの天然娘の事だ。夜中に厠なんかで起きた時にでも、寝ぼけて志音のベッドに潜り込んでしまったのだろう。
ーーと、『アリス1人だけ』なら、そんな言い訳も通用した。
「…………すぅ、すぅ……」
「……んぅ、…………すや……」
何故か……ここにいないはずの客2人が、両側から志音の腕をガッチリとホールドしてらっしゃるのだ。その華奢な体で抱きしめるように……強く。
1人は、リアーナ・レイ・フォルト。
志音の後輩であり弟子(仮)で、根暗でコミュ障で……だが、ダラリと伸びた髪の下には、存外キレイに整った容姿を持ち、戦闘だけでなく座学でも高い能力を兼ね備えている少女である。
もう1人は、昨日……アリスと共に志音のクラスへと編入してきた謎多き少女……キティ・ルクスリア。
志音ですら無警戒ではいられない程の素質を隠し持ち、何故か出会ってからずっと志音を監視し続けている節のあるクラスメートである。
そんな2人が志音の両腕を掴んで放さないものだから、志音としても動くに動けないのだ。
「……なぁ、もうそろそろ……比較的温厚なオレでも、いい加減ブチ切れるぞ?」
15分だ。
15分もの間、けたましいアラームが電子音をひたすら鳴り響かせているのだ。
こんな騒音の中、『この3人が起きないわけがない』。
「……んむにゃ…………くかぁ〜……」
いやまぁ、アリスは論外かもしれないが……
リアーナは異常なまでの聴力を兼ね備えている。
「ちょっと耳がいい」なんてレベルではなく、数百メートル先の微音さえ聞き分けられる程、優れた性能を誇っている。
微かな音でそれならば、こんな騒音ならば耳を塞ぎたくなる程に違いない。
そして、このクラスメート。
志音の推測が確かなら、キティは志音を前にしていつまでも無防備な姿を晒すほど、不用心な性格はしていないはず。
現に……
「…………」
志音の言葉を聞いた瞬間、リアーナはビクリと一瞬反応したかと思えば、寝息も忘れプルプルと震えだしたし……。
「………………」
キティに関しては、見た目や反応こそ変わらないものの……、どこから取り出したのか、その小さな手に物騒な拳銃を握り……その銃口で志音の脇腹をグリグリしてらっしゃる。
だから、志音にはこの3人の行動の真意が読めない。
正直に今の感想を口に出すならば、「コイツら何がしたいわけ?」である。
「なんだ……。朝っぱらから嫌がらせか? つーか、ここ男子寮だぞ? 女子が男子寮で朝を迎えてる時点で確実にアウトだろ! というかどっから入ってきやがった!? 昨晩、ちゃんと施錠は確認したはずだぞ!」
「………………その……」
「……耳元で、騒がないで……うるさい」
「質問に答えろ。そして今すぐにでも離れろ! 暑苦しい」
「…………」
「おいコラ、離れろって言ってんのに、もっと引っ付いてきてんじゃねぇよルクスリア!」
「…………む、……」
「お前までマネしてんじゃねェよ後輩!!」
……結局、ろくに会話が進むこともなく、それから30分後にアリスが目を覚ますまで……志音の身に自由が訪れる事はなかった。
◇◇◇
「……でっ? 質問の答えを聞かせてもらおうか……。そこのバカーーアクトはともかく、なんで女子であるお前ら2人が、男子寮の、オレの部屋の、オレのベッドの中にいたのか」
アクトとは、男装したアリスの仮名である。
《認識阻害魔法》という便利魔法で身分をうまく隠し、性別まで偽って男子生徒として志音のクラスへと編入してきたアリスは、アクトという偽名を使って生活しているのだ。
3人全員がちゃんと起床しやっと自由になれた志音は、何故か4人分の朝食を用意しながら愚痴混じりに話をふった。
ちなみに、志音以外の3人はまだ寝室にいる。
調理中のダイニングキッチンからちょうど死角になる作りになっているので、志音がメシを作っている間にお着替え中だ。
朝食後でもいい、とアリスが駄々をこねていたが、相変わらずサイズのあっていない志音のカッターシャツを寝間着代わりに使っているアリスは、おそらく……下に何も着けていない筈。前科がある。
だから、志音の心臓に悪いからと……無理矢理言いくるめたのだ。
余談だが、リアーナとキティはちゃっかりと自前のパジャマを持参してきていた。
アリスもその辺は2人を見習って欲しいものである……。まぁ、無防備である事に変わりないわけだが。
朝っぱらから予想外の来訪者に不機嫌を隠そうともしない志音が朝食を作り終えると、まるで見計らったかのようなタイミングで制服姿の3人娘が顔を出してきた。
「美味しそうなご飯の香りがするよ!」
「……味噌汁、玉子焼き、鮭の塩焼き、ほうれん草のお浸し、冷奴……うん、悪くない」
「……あっ、わざわざ私達の分までよういしてくださったのですか、先輩?」
女子用の華やかな制服に身を包む2人と、男子用の制服を着た1人。
明らかに違和感しかないが、志音はもうツッコまない。
……どうせ、明日の舞踏会までの辛抱だ。アリスのお忍び期間が終われば、この生活からも解放される。
それよりも……
「飯の前に質問に答えるのが先だ。食いたかったらオレの質問に答えてからーー」
「2人がココにいる理由でしょ? ボクが連れ込んだに決まってるじゃーん♪ 《認識阻害魔法》をチョチョイと工夫してみたら、難なく入れちゃったよ♪」
「…………『どうやって』じゃなくて、『どうして』って質問だったんだがな……。招き入れた理由は?」
「昨日の試験だっけ? アレの後、志音ってばボクを放ったらかしにして、どっかに行っちゃったじゃん! しかも夜遅くまで帰ってこないし! だから、志音の代わりにぼでぃーがーどになってもらったの! 文句ある!?」
「…………だからって……、あぁ……もう……」
そう言えば、と
志音は今更ながらに、アリスが『創正が気を使うほどのVIP客』だったことを思い出し、ため息をこぼす。
たしかに、アリスの元の性別を考えると……他の男子にボディーガードを頼むのも、アレな気がする。
結歌やアリシアに頼まなかったのも他者からの疑惑を生まぬためというのと、なにかと仕事で忙しい重役二人に気を使ってか…………あるいは、ただ単にその時近くにいたのが、この二人だっただけ……か。
まぁ、いずれにしても……この二人を護衛に選んだのは正解だろう。
「……つか、お前ら二人も、よくアクトのわがままに付き合う気になったな……。男子の護衛なんて、普通は嫌がるもんだろ? ……仮にも、お前ら女なんだし……」
「……「仮に」は、余計です」
「そもそも……、男子の護衛なんて、していない」
「………………は?」
「……あはは〜」
「おいこらアクト…………いや、アリス。……お前、まさかーー」
「二人にはカミングアウト済み……だったりしちゃったり〜……? あはははは〜……」
ぎこちない笑顔で志音の横を素通りしようとしたアリスの頭を、右手で鷲掴みにした志音。
さすがの志音でも、このまま力を加えてアイアンクローなんてきめるつもりはない。
仮にも、VIP客である。
そんなことをしては不敬にあたるだろう。
【黒】《マヴロ》に毒されて、もはや人間とは言い難い志音の握力では、もしかすると……比喩抜きで、果汁をぶちまけ砕けるリンゴみたいな惨状にもなりかねない。
だから……力加減を間違えるつもりはないのだ。
「い、いだっ、いだだだだだだだっ!! 志音! タイム! ストップストップストォォオップ!! 出ちゃう! なんか、なんか出ちゃうからぁああ!!」
多少痛がっていたとしても、あくまでコレは攻撃ではないのである。
「お前な! 『お忍び』って言って転校してきたその日の内に、いきなり正体をバラしちまってんじゃねぇよ!! 馬鹿かっ!?」
「だってだって……、元はと言えば志音がぁ〜……」
「だからって、やりようは他にいくらでもあっただろうが!」
「……うぐぅ〜……でもー」
「あぁ゛?」
「痛いぃ〜……ごめんなさいー! 反省してますぅ〜!」
「……たくっ」
志音が手を離すと、一目散にリアーナの後ろに隠れるアリス。
三人、揃いも揃って志音をジト目で見つめるが、とうの志音は三人を無視して寝室へと向かう。
「イジメ……かっこわるい」
「先輩、仮にも女の子を相手にしているのですから……あまり乱暴なのはどうかと」
「暴力はんたぁーい!!」
「……はぁ、文句があるなら……そのバカ、ソッチで引き取ってくれ」
「断ーる! お引越し断固反対だよ!!」
「……お前に言ってねぇ」
「ボクはこの部屋から出て行く気なんて、さらさらないもーん」
「だったら、オレが出て行くよ」
「それもダメ! 志音はちゃんとボクの面倒をみる義務があるんだよ! 特にご飯とか♪」
「…………、……はぁ……超うぜぇ……」
「ていうか、なんで寝室に戻ろうとしてるのさ〜! 二度寝ならボクも付き合うよー♪」
「アホか! オレも着替えんだよ! 部活生でもあるまいし、ジャージで登校するやつがあるか!」
そう。
昨夜、志音にしては珍しく……自らの意思でゴタゴタに首を突っ込んでしまったので、夜中遅くに帰宅した志音は着替えもせずに、ジャージのままベッドに倒れ込み爆睡してしまった。
そのせいと言うつもりはないが、気疲れもあって……アリス以外の二人の存在に気付かなかったのだ。
もし敵であったなら、取り返しのつかぬ失態であるが……、アリスも弱者ではない。ソレは今現在も何食わぬ顔で《ロスト・フィーニス》クラスの大魔法を発動せていることを見れば嫌でも思い知る。
むしろ志音の護衛なんて必要ないほどに……アリスはかなりの実力を秘めている、と志音は踏んでいる。
それでも、あのクソ眼鏡こと……創正が、志音に押し付けるような案件だ。
結歌やアリシアではなく、よりにもよって志音に……。
それはようするに、まだ何か裏がある案件なのだろう。
「……はぁ、めんどくせぇ……」
志音は自身にしか聞こえないような小さな愚痴を溢し、これから起こるであろう……面倒事にため息をこぼす。
「…………朝からため息をですか……?」
「……ちっ」
訂正、一人はキッチリ聞いていたようだ。
◇◇◇




