②五話(6)
聖騎士団長とは……うまく言い誤魔化したものである。
『死神』は確かに、あの目の奥に眠る……殺意の光を見た。自身とはまるで比較にならぬ程の……殺戮者の目。
王女という枷に繋がれている内は、まだマシかもしれないが……もし、その王女がいなくなれば……。
あの獣を止められる者などいるのか?
それこそ、おとぎ話の『英雄』でもない限り……不可能だろう。
「末恐ろしい……。ふふ、ふははは! ですが! わたくしが必ずや殺してみせましょう。……わたくしが……わたくしこそが、『死神』なのだから!」
『死神』は、聖騎士リンドに照準を合わせた。
もはや、その命を狩り取るまで……『死神』は止まらない。
「ふふ、ふふふ……ふははは!」
「ふぅん。随分と楽しそうだが……何がそんなにおかしいんだ?」
「――っ!?」
――背後。
不意にかけられた声に、『死神』は声のした方へと油断なく振り返った。
先刻からの今である。
リンドではなくとも、部下を『死神』の捜索にまわしている可能性は十分にある。
だが、『死神』が男をその目で認識した時、沸き上がった感情は警戒ではなく……底冷えするほどの、歓喜であった。
「やぁ、お兄さん。こんな暗い場所で何をそんなに楽し気に笑っているんだ?」
上下安物のジャージに身を包み、似合ってもいない伊達眼鏡をかけた青年。
お世辞にも洒落ているとは言えないそんな青年だが、そんな雑な変装をしたところで『死神』の目は誤魔化はしない。
――夕凪 志音。
現在、個人的に仕えている主……ミューレ・ニル・コフィナが、特に問題視していると言っていた……要警戒人物。
『死神』の集めた情報通りならば、大した努力も実力も皆無な最弱生徒のわりに……今だ消えずに学園に留まり続ける不良生徒である。……どうせ、生き残れている理由など親のコネか、学園の弱味を握っているか……。ドチラにせよ、大した理由ではないのだろう。
現に、初めて合間見えた今でさえ、警戒するほどの覇気すら感じない。
夕凪 志音は、ただの無力な弱者である。
「こんな人気のない場所にいては……危ないっすよ? ほら……、なんだっけ? しにがみ?ってのに殺されるとかなんとか……。まぁ、単なる噂話だろうけど……。それでも、夜道の独り歩きはよくない」
「……ええ、そうですね」
単なる弱者である……が、もしもこの場でこの男を消してしまったら……、主は……ミューレはなんと言うだろうか?
(……手を出すな……とは言われていましたが、試合の前に消すな……とは言われておりませんでしたし……ふふ)
そもそも、危機管理すらままならぬ弱者などに……ミューレと相対する資格などない。
不運にも、この男の運命は……『死神』と関わってしまった瞬間に……決してしまった。
『死神』は歓喜した。
今日の自分はついている。
知りもしなかった昨夜の戦闘で、勝手に株は上がり……。
王女の秘密にされていた『能力』を暴き
続けざまに、かねてから警戒していた聖騎士団長リンドの実力を計ることも出来て……
果てには……、主の警戒する要人を、アッサリと抹殺できる状況を、謀らずしも引き寄せてしまったのである。
(嗚呼……神よ。わたくしは、この出来すぎた運命が恐ろしい……。……ふふふ、こんな甘受ばかり味わってしまってもよいのでしょうか!)
「ご心配いたみ入ります。どうかわたくしの事はお気になさらず……、アナタこそ、こんな夜遅くに出歩いては……かの『死神』にその首を落とされても、文句は言えませんよ?」
志音から死角となるマントの下で、静かにナイフを構える。フィオナ相手にも使用した、劇薬の付着した凶刃だ。
掠めただけで、皮膚はただれ……発狂するほどの激痛がその肉体を蝕むだろう。無論、急所を貫けば即死は免れないはずだ。
その致死性は、『死神の鎌』を名乗るに相応しい。
「アナタも他人を気遣う余裕があるのでしたら……背中に気を付けた方がいい」
そして、この数分で僅かに回復した少量の《マナ》でも……1〜2メートルの短距離転移ならば《魔法》を行使する事が出来る。
ゆっくりと、警戒する様子もなく近付いてくる志音。
あと、5歩……4歩……。
足音が近付くにつれ、『死神』は笑みを溢す。
3歩……2歩……。
油断しきったアホ面を前に、『死神』は静かに刃を研ぎ澄ます。
1歩……
「『死神』は……突然、背後に現れると――言いますし、ねっ!」
男は……『死神』のテリトリーに、足を踏み入れた。
『死神』を名乗った愚者は……、最後の最後まで……
……選択を間違えたのだ。
◇◇◇
男が、目の前から消えた。
だが志音は動揺しない。
する理由がなかったのだ。
志音は迷わず、ポケットに突っ込んでいた右手を……背後に突き出した。
すると――
……ズシュッ
志音の右手に、予想通りの痛みが走る。
手のひらを刺し貫く、ナイフと劇薬の激痛。……だが、それだけだ。
振り返り様に見た、男の驚愕の顔も……、志音を傷付けたその切っ先も……、もはや志音にはどうでもいい事だ。
「……なっ!」
「あれ? オレの聞いた噂とちょっと違うな……。その『死神』様とやらは、わざわざ『背後から不意打ちしないと』人の一人も殺せないのか?」
「……っ!」
男は……動揺からか、言葉が出てこない。
そして、『死神』は……笑う。
「背後にいくら気を配ったところで、『死神』様相手じゃ無力なんじゃないのか? まぁ、オレには関係のない事だけどさ……」
「……っ、……貴様」
「悪いな。……オレの個人的なケンカなら、『負け戦』を演じてやってもよかったんだけどさ……。今回は、あのじゃじゃ馬姫から『押し付けられたもん』があるんだ」
男は志音の笑顔に、何か……言葉にならぬモノを感じ、逃げるように距離をとろうと地を蹴る。……が、
ナイフに刺し貫かれたままの志音の右手が、男の手を掴んで離さない。
男は細い見た目とは裏腹に膂力には多少自信があった。だが、それでも……握力だけの志音の右手を、振り払うことすら出来なかった。
「だから、コレから……お前を殺すのは、仕事だからじゃない」
「……くっ、放せ!」
「コレは……単なる『八つ当たり』さ」
男の手を掴む、志音の手が……指先から黒く……黒く……染まっていく。
ソレは服越しにもわかるほど広がっていき、比例するように……志音の纏う雰囲気が……空気が……殺意をおび始める。
その時、まるで走馬灯のように……語り伝わる『死神』の噂が、男の脳裏に浮かんだ。
『命を摘み取る、黒い手』
それは、黒手袋ではなかったのだ。
『暗闇に鈍く光るは、血色の眼』
それは、血に飢えた殺戮者という意味ではなかったのだ。
『白銀を汚す赤は、他者のモノなり』
銀色に靡くその髪は……いつも、誰かの血で汚れていたのだろう。
『……そしてただ――』
嗚呼、男の前に立つこの者は……、決して弱者などという『愚かなもの』ではない。
男の目にうつるこの者は……夕凪 志音は――
『――死神は、笑う』
「……しに、がみ……?」
男の運命は、確かに決まっていたのだ。
『死神』に目を付けられたその時点で……
「あぁそうそう。命乞いとか無駄な事してる暇があったら……少しは足掻いてみせてくれよ♪ …………すぐに終わっちゃ、憂さ晴らしにもならねぇから」




