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『英雄』を狩る者  作者: オーエン
54/91

②五話(5)




 頭では理解している。


 この少女を……この子をこうしてしまったのは、自身の身勝手な行動のせいなのだと……。


 ……わかっている。


 そして、不意に……男の手が少女の頬に触れる。

 それは慈しむように優しく、抱きしめるよりもいとおしく……、我が子を見守る親のように。

 だが、触れる慈愛に満ちた仕草とは反し、その手はゆっくりと……黒く染まっていく。


 慈愛と死を纏う矛盾した手。


「……おにいちゃん……?」

「よう、起こしちまったか」

「……ん」

「なんだ……、死にかけてるってのに、随分といい顔してんじゃねぇか」

「……、あの……ね、……おねえちゃんがね、……まもって、くれたの……。こわい、ひとたちから……たすけて、くれたの!」

「そうか」


 もう少女の目に、志音と出会った当初の……怒り、悲しみや憂いは、どこにもなかった。

 自由による歓喜と、助けてくれたフィオナと……志音に対する、言葉に出来ぬ程の感謝。

 死への恐怖にも勝る、伝えたい大切な思い。

 それが少女の生を、今につなぎ止めていたのだ。


「だから……だから、ね。……おねえちゃんにも、おにいちゃんにも……いっぱい……いっぱい、ありがとうを……言いたくて」

「……そうか」

「……だから……ね」


 フィオナは、なにも言わない。

 コレを、この会話を『最後』にしないために……。あえて、なにも応えないのだ。


「だから……――」

「その前に、オレのお願い……聞いてくれるか?」

「……?」

「お前の……名前を教えてくれないか?」

「……おなまえ?」

「そう、お前の名前だ。……この先、絶対に忘れない」


 少女は、迷い、躊躇い、口を開く。


「……アーシャ」

「アーシャか。……じゃあ、アーシャ。選べ……このまま、お姉ちゃんと一緒に頑張って生きていくか、このまま……ココで全部、終わりにするか」

「……っ」


 志音の突然の申し出に、フィオナもアーシャも驚きを隠せない。

 当然である。

 志音が何かするまでもなく、すでに死にかけの深手を負ったアーシャを前にして、口にするような質問ではない。


 だが、志音にとっては正しく……選択なのだ。


 志音のアーシャに触れた手……【黒】《マヴロ》ならば、キズを塞ぎ……リンドの呼んだ『医療師団メルト』が駆け付けるまでの応急措置を施すことも、……痛みを与えず、その消えかけた灯火を完全に消すことも、簡単に出来る。

 どちらにせよ、選択するのはアーシャであり……志音はただ実行するだけだ。


 確かに……殺すだけならば、腰に下げた剣や、なんなら志音のその手でアーシャのか細い首をへし折るだけで十分なのだが……。

 志音はあえて、自身の命を削ってまで……アーシャに『痛みを与えない』事に拘った。

 これ以上、アーシャを傷付ける気など……志音には毛頭ない。

 だが、もしもアーシャが自ら、傷付き苦しもうとも……『生きたい』と望んだならば――


 志音はこの手を……

 『死神』はこの刃を……

 なにも言わず、下げよう。


 そして、志音がもっとも警戒していた……もとい、どうせ来るだろうと半ば諦めていた野次が、意外なことに飛んでこなかった。


「…………」


 いまだ、何かに耐えるように声を殺し、強くアーシャを抱きしめるフィオナ。

 つい数時間前まで、『アーシャの生死』に対し、あんなにも強く志音に反発していたとは思えないほど、弱りきっていた。

 誰かの……いや、身内の死に慣れていない。もしくは、過去にトラウマがあるのか。……どちらにせよ、今の志音にフィオナの過去など知るよしもない。


「アンタからは、何かないわけ? さっきまであんなに『生かす』『幸せにする』と豪語してたわけだけど、まさか今になって前言撤回ってか?」

「……違いますっ。ですが……わからないんです」

「なにが?」

「『生かす』と言ったのも、『幸せにする』と言ったのも、虚言ではありません。この子を……アーシャを幸せにする為ならば、多少の損失さえ気にしません。……ですが、ソレはやはり……私の押し付けでしかないんです。……アーシャの願いとは異なるかもしれない」

「……あっ、そう」


 だが、そんな切実な悩みでさえ……志音は軽く鼻で笑ってみせた。

 まるでくだらないものでも見て落胆するように……。


「この程度のいざこざで揺らぐ程度の『意思』だったんなら、正直ガッカリだ……。テメェ程度にアーシャを任せるんじゃなかった……って後悔するしかないわ」

「……っ」

「押し付けで悪いのか?」

「……えっ?」

「誰かの『生』を勝手に願うことはそんなに悪いことなのか?」


 志音はアーシャに触れていない、空いていた左手で力任せに床を殴り砕く。

 怒りを叩き付けるように。


「一度死にかけた程度で勝手に諦めてんじゃねぇよクソアマがっ!! 生かしたいと一度願ったんなら、最後の最後までその意思を曲げんじゃねえ! その選択を迷ってんじゃねえよ!!」

「…………っ」

「……おにいちゃん」


 一度激昂仕掛けた意識が、アーシャのか細い声で、志音を正気へ戻した。

 言いたいことは山ほどある。

 ぶつけたい想いはいくらでも沸き上がる。

 だが、志音のソレは『今口に出す』程の事ではない。……フィオナとの会話をそう切り捨て、志音はアーシャへと意識を戻した。


「……おにいちゃん、あのね……」

「あぁ」

「ずっと……ずっと……言いたかったの」

「……あぁ」

「…………」


 アーシャの意識はすでに途切れかけている。

 朧気に霞む視界の中、血色の悪い顔で必死に笑顔を作り……消え入りそうな声で、喉を震わせた。

 アーシャの、精一杯の『思い』を……。


「…………ありがと……」


 その言葉を最後に……


 ……少女の……アーシャの意識は暗闇の底へと落ちていった。




     ◇◇◇




 意識を失ったアーシャ。

 きっと、ソレが彼女の出した答えなのだ。


 ならば、志音はその選択に全力を持って応えよう。


「アーシャ……しっかりしてください! アーシャ!!」


 一層強く抱き寄せるフィオナを無視し、志音は……【黒】《マヴロ》を発動させた。

 作業は、数秒とかからず完遂する。


「さて、今からは……ビジネスの話といこうか?」

「……っ!? アナタは……アナタはっ!! こんな、こんな状況でそんなことを!!」

「悪いが……お涙頂戴とかは勘弁してくれ、これでも人の生死には嫌になるほど慣れてるんだ。そんなことよりもだ♪ ……アーシャをこんな目にあわせた……自称『死神』だったか? アンタの立場上、このまま野放しにしとく訳にもいかねえだろ?」

「アナタは……っ」

「オレ、こんなナリしてるが……人を殺すのには慣れてるんだ。……条件によっては、アイツ……殺してやらないこともない」

「…………っ。……復讐は、復讐しか生みません!」

「復讐の的にされんのにも慣れてる」

「……ふざけているのなら――」

「仕事に冗談を挟むつもりはない」


 志音の目に、情はない。

 暗く、鈍く、ゆらゆらと真っ黒な光を纏っていた。


 ソレは、今まで数千、数万と数えきれないほど『人』を見てきたフィオナですら、『何』なのか理解に苦しむ人間。

 志音の奥にある感情が、フィオナにはわからない。

 自身に向けたような、単純な怒りとは……全然違う。それとはまた別の、どす黒い何かだ。


 フィオナならば、触れればわかる。

 だが、触れられない。

 志音の纏う空気が、殺意が、殺気が……フィオナの好奇心など圧し殺してしまう程に、圧倒的なものを抱いていたのだ。

 フィオナが初めて……『理解することを恐れてしまう』ほどに……。


「……何を、望むと言うの? 金銭を積めば、あの男を殺すと言うのですか!? それでは、あの男とアナタ……何が違うというのですか! また……アーシャのような、犠牲者を増やすだけではないですか……」

「違わないな。オレもアイツも……きっと、何も変わらない。アンタがオレを罰したいなら、勝手にやってもらってかまわない。……だが、残念ながら……オレは金で動いてやるほど安くはない♪」

「……私の……命ですか?」

「要らねぇよそんなもん。今回は、オレの出す条件を呑んでくれ……それだけでいい」

「こんな状況で、何を望むと言うのですかっ!?」

「まず1つ、……オレの事を忘れろ。アンタの能力なら可能だろう?」


 フィオナの能力を知っている。

 ようするに、フィオナが力を使っている様子を見ていた。その時から、志音は黙って不干渉を貫いていたということだ。

 今となっては、フィオナに怒りをぶつける気力はない。


 それに、元はと言えば……志音を撒いたフィオナだ。ここでどうこう言い当たる権利などない。


「……可能です」

「んじゃ、アンタとアーシャ……2人分のオレに関する記憶、ちゃんと完全に消してくれよ」

「…………えっ?」

「そんで2つ目」

「待って、待ってください!! 2人って……アーシャって!」

「質問は受け付けておりません。2つ目は……ソイツの事、ちゃんと最後まで面倒見てやれ。今回みたいにまた途中で投げ出したりしたら、……オレがアンタの首をはねることになるからな?」


 フィオナに対し、先ほどの誰とも違う……底冷えするほど濃密な殺気が向けられた。

 あの『死神』からすらも感じ得なかった、身を指し貫くような殺気。


 おのが死を知らぬフィオナでさえ、本気で死を覚悟してしまった程の……。


「アナタは……何なんですか」

「だから、質問はNGだ。答えてやる気はさらさらない。最後に……『ソレ』……オレに寄越せよ」

「……っ?」


 志音の差し出された手が、何を意味しているのか、フィオナにはわからない。

 金品? アーシャの身柄? ……いや、きっとこの男はそんな物を望んだりしない。それだけは、短い付き合いのフィオナでもわかる。

 だからこそ、志音の寄越せと言う『ソレ』が……フィオナには見当もつかないのだ。

 フィオナには、志音が理解できない。


「な……なにを、ですか?」

「あるだろ? アンタだから渡せるもんが、アンタにしか渡せないもんが、ソコに!」

「…………」

「あのクソ野郎にぶつけたい怒りや思いが、アンタにもあるだろうが! ソレ、痛みやら何やら全部引っくるめてオレに『託せ』! 全部、ちゃんとアンタの代わりに……ぶつけてきてやる」

「……っ! ……ですが……」

「条件は以上だ。まさか、一国の王女様がこの程度の条件、呑めないわけないよな?」

「……」

「さっさとしろ、時間が惜しい」

「……っ、……わかりました。苦しくても知りませんからね!」

「……よく言った」


 フィオナの手が、志音の手に……初めて触れた。




     ◇◇◇




「……くっ……、ふふふ……。また、随分と深手を負ってしまったものですね……」


 『死神』は闇に潜む。

 二度目の転移先に選んだのは、人気のない路地裏。

 だが、全く人通りがない場所かと問われると、実はそうではない。

 すぐ近くからは祭りの喧騒が聞こえてくる。明と暗の隙間……と言えば分かりやすいかもしれない。

 追っ手を警戒した選択である。いざ、また逃走するとなれば、隠れる場所の少ない方向に逃げるよりも、障害物の多い人混みに紛れる方が虚を突きやすいのだ。


 だが、それも杞憂だったようで……キズの止血を終えた今でさえ、追っ手が来る様子はない。


「……まぁ、あの男が諦めてくれたのならば、ソレに越したことはないのですが……」


 リンド・アークレイヴ。

 あの男の強さを、『死神』は見誤っていた。


 『強いだけ』ならば、恐れるに足らぬ。

 城の聖騎士を目指すものなど、自分勝手な正義感や使命感など、しがらみばかりで力を十全に発揮することも出来ぬ駒に過ぎない。

 仕えるべき主が無能ならば、その騎士も容易に消せる。

 それは、主に忠実であればあるほど、脆い。


 だが、あの男は……リンドは別格だ。

 フィオナの為ならば、どこまでも非情になれる。


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