②五話(4)
ラージソードの刃はボロボロと崩れ去り、たった一撃の攻防だというのに、その原形を失ってしまった。
『死神』は壁に叩き付けられたが、構わずラージソードを捨て、新たな武器を手にとる。
両脇のホルスターから抜かれた二丁拳銃を素早く構え、反射的に先程自身が立っていた場所へ銃口を向け、躊躇わず連射する。
魔弾も含めた20連射。
雷光と鉛玉の雨に対し、リンドは苦もなく剣で切り捨てていく。
《魔法》すら切り裂くリンドの剣。
普通ならば、雷光弾など斬れば感電するものだが、リンドの使う剣は特別製だ。
《対魔法》加工の施された、アンチマジックソード。更に鉛玉を弾いても刃こぼれ一つしない強度とまできたものだ。
その上、使い手は超一流の剣士。
『死神』もその辺は予想していた事とはいえ、一筋縄では行かぬ現状に苛立ちをおぼえていた。
近付くリンドに拳銃を投げ付け、新たに鎖鎌を手にする。
リンドの剣に空中で両断された拳銃は、内部に刻まれた《魔術》により小爆発を起こす。
だが、リンドの走るスピードは衰えることなく『死神』へと迫る。
切り結ばれる鎌と剣。
耳をつんざく鎌と剣の衝突音。
キンッ、キンッ
常人の目では追いきれぬ、強者同士の攻防。
だが、戦況の優劣は……火を見るよりも明らかだった。
所々、傷の増える『死神』に対し、いまだ無傷で『死神』を追い込むリンド。
『死神』の放つ数多くの暗器に対し、リンドは冷静に最良の一撃で無力化していく。
だが、巧みに避ける『死神』を前に、決定打を出せないでいるのも事実だった。
……いや、『殺す』だけならば、リンドがここまで時間をかけることはない。多種多様な暗器を使いこなす『死神』だが、手数が多いというだけで一つ一つの熟練度は大して高くはない。
マントの下で《転移魔法》を使い、時間をかけずに次の武器を換装する能力は称賛に値するが、……その程度である。
リンドの足元をすくうどころか、歩みを止めることすら出来ない。
次第に、『死神』とリンドの距離は詰まっていき、徐々に追い込んでいく。
リンドとしては、『死神』を気絶させ捕縛するのが理想だ。
入室と同時にベネッドの首をはねたリンドが言うのもおかしな話だが、非常時でない限りは生け捕りにするのが好ましい。
フィオナは、例え敵や大罪者であったとしても、その者の『死』を望んだりはしない。……それだけ、優しい人なのだ。
ベネッドの時は、フィオナが止める間もなくリンドが瞬殺してしまったため、リンドの失敗なのである。それに対する『罰』は後程言い渡されることだろう。
だが、だからといって2人目を殺めていい理由にはならない。
リンドにとって、この男の実力は『非常時』足り得ない。
『死神』への実刑は、この国の市民が決める事だ。
なので、リンドはこの男を殺さずに捕縛する。
◇◇◇
数十分、いや……実際は数十秒程度しかたっていないかもしれない。
それだけ、『死神』にとっては濃密な攻防だった。
体に傷は増え、フィオナ達からも大分距離を離されてしまった。
背には壁の冷たさが感じ取れる。
首に向けられた純銀の剣。
……追い詰められた。
「ふむ……、実に勿体ないですね。これほどの実力を持っていながら、あんな少女のお守りに徹するとは……」
「…………」
「アナタほどの実力者ならば、陰でこの国を牛耳るのも容易いでしょう。……なんなら、裏世界で頂点に立つことさえ……アナタならば難しくはない」
「…………」
「どうです? ……わたくしと組みませんか? 世界を裏から牛耳るのも……一興でしょう?」
「……くだらないな」
「おやおや、断られてしまいましたか? 残念です。……ですが、わたくしがココで捕まる事はありませんし……貴方がフィオナ姫を守ることも出来ません」
「ふん、戯れ言だな……。姫の身に触れることが出来るとでも思っているのか?」
「いえいえとんでもない♪ どうせ触れたところで命を奪うことなど出来ぬでしょうし……、そんな無駄なことに労力を割くなどありえません。ですが……『体』のキズはすぐに癒えても、『心』までは……そうもいかないでしょう?」
「……貴様、何を――」
リンドの言葉を待たず……『死神』は奥の手を――ずっと隠してきた《魔法》を発動する。
前もって用意しておいた、設置式の《術式》に『跳ぶ』魔法。
簡単に言うなら、――瞬間移動である。
本来、脱出や逃走の際にしか使えない、多用不可の非実戦向きの未完成な《魔法》であるが、二度程度なら連用も可能だ。
……そして、――ようは使いようなのである。
一瞬にしてリンドの目の前から消えた『死神』。
そして、その姿はフィオナと少女の背後に現れる。
数瞬と待たず、降り下ろされるナイフ。
その切っ先は――
……ズシュッ……
簡単に……命を奪った。
「……ほら、簡単でしょう?」
その刃は、深々と
……少女の胸を貫いた。
「…………ぇ?」
フィオナは……理解できない。
いや、きっと理解はとうに出来ているのだ。自身の傍らで起きた事象を正しく理解した上で、やはり理解できていない。
少女の胸から溢れる液体も、力を失い崩れ落ちる体も、すべてが現実感を帯びず……フィオナの視界で流れていく。
「どうですか? 守ると決めたものが、目の前でアッサリと死んでしまう様は……」
「……あ、……嗚呼っ……」
「滑稽ですね〜。一国の王ともあろう御方が……傍らの命ひとつすら、まともに護ることさえ出来ぬとは」
仰々しく囁かれる男の声など、もうフィオナの耳には届いていなかった。
段々と実感を帯びていく現実に、……ただ、何も出来ずに……絶望して――
「まだですっ!!!」
まだ、死んでいない!
まだ、消えていない!!
「姫様! ご無事ですか!」
一秒にも満たぬ一瞬で状況を把握し、戻ってきたリンドが『死神』とフィオナの間に割って入り、牽制する。
『死神』は、笑う。
何も言い残さず、ただ笑う。
幼き命を摘み、フィオナに確かなキズを残し……そのまま、また《転移魔法》を発動する。
「……それでは、またいずれ。ふふ、ふ――はははははははは……」
闇に消えた残像を追うように、リンドは駆け出した。
フィオナはただ、力なく横たわる少女を抱き締める。両の手と体で傷口を塞ぐように、溢れ出る血液を少しでも止められるように……強く。
「リンドっ」
「姫様、私は奴を追います。あの程度の《転移術式》ならば、そう遠くへは行っていないはずです。この期を逃しては、更なる犠牲者が――」
「リンドっ! 聞きなさい!」
「……っ! ……はっ」
「あの男は……もうどうでもいいですから、……早く、医療班を……『《メルト》』を!!」
「……ですが!」
「ライラならば、まだ……この子の命を救えるはずです!」
フィオナの『能力』は伝える力だけでない。この力の本質は『共有と譲渡』である。
形にならぬものを、相手に伝える。
形にならぬものを、相手から受けとる。
信用と信頼。
ことの本質だけを読み取り、真実だけを受け渡しする力。それがフィオナの『能力』である。
そして、フィオナは自身の能力で、少女の『痛み』を奪う事は出来る。
苦しみや悲しみ、あらゆる一時的な感情を……肩代わりしてあげることは出来るのだ。
だが、キズを直すことは出来ない。
万能な力であっても、全能な力などないのだ。
コレは、どこまでいっても……『自分』の為の力でしかない。
どれだけ苦痛を消すことが出来ても、救うことは叶わないのだ。
「一刻が惜しいのです! 間違えないで! 私たちは『裁く者』ではなく『護る者』でなくてはありません! あんな……あんな者など、あとでどうとでもなります! ……だから今は……今しか出来ないことを、今しか守れないものを!!」
「っ!! すぐにっ」
連絡をとるため退室したリンド。
きっと、数分と待たず医療班がくることだろう。
だから、せめて……
それまで、この火を……この命を繋ぎ止めなければいけない。
「……おねぇ……ちゃん」
か細い声。
だが、確かな声。
生かそうと足掻くフィオナには、鮮明にはっきりと聞き取れた、小さな囁き。
まだだ。
まだ、この子は生きてる。
まだ、生かしてあげられる。
まだこの子は、苦しい思いしか味わっていないのだ。
こんなに幼い少女が……苦しいだけの人生で終わるなんて、……そんなのはあり得てはいけない。
生きる嬉しさを……
生きる楽しさを……
生きる幸せを、まだなに一つ……伝えてあげられていない。
この子はもっと幸せになっていいのだ!
もっと……笑っていいはずなのだ!
「……おねがい。おねがいだから……死なないで。アナタはまだ、死んじゃダメ! 生きるの! 生きて……これまで辛かった分、いっぱい幸せになるの! ……だから……おねがい」
「……おねぇちゃん」
「おねがい、……生きて」
血が、こぼれ落ちる。
応援が待ち遠しい。1分、1秒が……ひどく、ながく感じる。
血で服が汚れるのも構わず、フィオナは必死に傷口を塞ぐ。
溢れ出る血が、こぼれ落ちる命が……少しでも少なくなるように。
少女の痛みが、少女の苦しみが、少女の悲しみが……肌を通して伝わってくる。
同時に、少女の感情も……少女の意志も……。
『……まだ、伝えてない、の。……おにいちゃんに……ありがとう、って……』
音ではなく、意思として伝わる想い。
嘘でも建前でもない。
少女の本当の言葉。
自身が死に直面している危機的状況だというのに、この少女はそんな事を考えているのだ。
そんな事を想っていたのだ。
それは……まるで遺言のように……
「……そうよ。だから、生きてちゃんと伝えるの。元気な笑顔で……彼を、安心させてあげなさい」
「……ぅん」
大丈夫
きっと、この子は大丈夫だから……
『今度こそ』、私が助け出してみせるから……。
お願いお姉ちゃん……私に、勇気を……――
「滑稽だな」
いつからソコにいたのか?
出口とは逆……フィオナ達の目の前に、フィオナの足掻きを……生への執着を、嘲笑う男が立っていた。
黒のジャージと容姿に不釣り合いな眼鏡をかけた、あの男。
いつから?
扉の開く音はなかった。
窓ガラスを砕く音もなかった。
この男は、いつから『コレ』を見ていた?
この男は、どこからこの状況を知っていた?
いや、そんなことよりも……何故、笑っているのだろうか?
「どうしたよ? ソイツの事、幸せにするんじゃなかったのか?」
「…………」
「答えるのも億劫か? まぁ、別に答える必要はねぇが……。くだらない良心や、中途半端な正義感で首を突っ込んだ結果が……コレだ。……はは、無様だな」
「…………」
「『この先』の為に『今』苦しむのは仕方のない事だ……なんて思ってたか? その『今』で終わってちゃざまぁねぇわな。思い描いていた『未来』まで、ソレがもたなけりゃただ苦しめただけ」
「…………さい」
「救うつもりが、逆に殺したわけだ。……何だっけ? 『自分達は『裁く者』ではなく『護る者』でなければならない』だったか? 裁く事に没頭しすぎて護ることを疎かにしたヤツの口から、よくもまぁそんな綺麗事がもれたもんだわ」
「……だまりなさい」
「お前の身勝手な行動が招いたことだ」
「黙りなさいっ!」
「オレならこうはならなかった」
「うるさい!!」
「オレなら、ソイツを守り抜くことが出来た」
「うるさいっ」
「……んじゃあ、聞かせてくれ。……ソイツを殺したのは、誰だ?」
「……っ! ……――」
それは、『死神』を名乗るあの男である。
…………本当にそうだろうか?
フィオナには、わかっている。
フィオナはちゃんと理解している。だが認められない。




