②五話(3)
開け放たれた扉の先には……、一人の男が立っていた。
黒のジャージに伊達眼鏡の若造……などではなく
装飾の施された白を基調とした軍服のような戦衣に身を包む、赤髪の美青年。
血色のよい肌に整った容姿、切れ長の瞳は蔑むように冷たくベネッド達を捉え、二十代後半にしか見えない若々しい見た目とは裏腹に、放たれるプレッシャーは熟練の戦士をも遥かに超えるものだった。
これまでにベネッドが見てきたどの貴族よりも、……その男には、王にたる器、資質を感じてしまう程に……。
「……、……王室騎士……団長」
誰かの口から漏れた、青年の肩書き。
ソレが青年の2つ名であり、同時に……姫を守る騎士の中でも、武力と忠誠心で厳選された8人……『王室騎士団』の頂点であるという、フィオナ姫から直々に拝命された称号でもある。
その実力は結歌やアリシアすらも凌ぐ、武力面ではこの島で右に出るものはいないとまで言われる……表世界の最高戦力である。
聖城近衛『王室騎士団』団長、リンド・アークレイヴ。
短い赤髪は火炎と称され、それとは真逆に鋭い眼光は冷たく、冷静沈着。
最強たる実力を備えながらも傲慢ではなく、その身も、その剣も、その命さえ……すべては姫の為だけに費やす。
そんな男が、今……ベネッドの前に立っているのだ。
最強の騎士と、姫の形をした化け物に挟み撃ちにされた状況。
男達は……正しく命の終焉を覚悟した。腰を抜かし、殺意も忘れ……ただ恐怖する。
「お、おぉ……騎士団長! ちょうどいいところに!」
愚かなるベネッドを除いて……。
「アイツだ! あの『フィオナ姫を名乗る偽者』が全部悪いんだ! 俺の所有物を奪い、果ては、俺の部下二人に手を出す始末!! あんな『化け物』を、フィオナ姫の名を汚す『悪』を放って置いてはこの国の沽券に関わるはずだ! 今すぐ、あの魔女を討伐してくれ!」
そうだ。
本物な訳がない。
本物の姫は、今も城にいるはずで、コイツは姫様の名を語る偽者なのだ。ただ見た目が似ているだけなのだ。
王室騎士団長ともなれば、ベネッドが説明するまでもなく、この姫が本物かどうかなど一目見ただけで気づいているはずだ。ましてや、こんな姫の名を落とす様な化け物を野放しにしておくはずがない。
この男を味方に引きずり込めば、あるいはあの女を殺すことも……。
そんな暗躍も……
次の一瞬には、跡形もなく消えることとなる。
……ザッ!
リンドの前で、フィオナを貶した。その者の末路など思考するまでもない。
ベネッドの醜悪な顔が、醜い頭が……胴から切り離され宙を舞った。
傷口からは大量の血液が吹き出し室内を赤く汚す。
リンドの左手には、腰の鞘から瞬速で抜き放たれた剣が握られていた。あまりの早さに、血に汚れることすらなかった純銀の剣が。
「姫様、お迎えに上がりました。大変お待たせしてしまいましたこと、まことに申し訳ございません。どんな厳罰でも受ける覚悟はできております」
肉塊とかしたベネッドどころか、腰をぬかした男達すらもリンドの眼中にはない。
ただ、そこに立つフィオナを前にかしずき、頭を垂れる。
敵を目の前にしてなお、それが当然の事であると言わんばかりに……。
もちろん、フィオナが迎えを呼んだ訳ではない。連絡どころか、今フィオナがどこにいるのかさえリンドは知らなかった筈なのだ。
だが、「何故ココにいるとわかった?」なんて無駄な問いはしない。フィオナも覚悟していた事である。
フィオナが《認識阻害魔法》を解いた瞬間から、きっとリンドを含む、『王室騎士団』だけは、聖城の異常を正確に察知し……中でも、リンドだけは異様なまでの勘と洞察力、そして僅かな時間と最低限の痕跡やフィオナの性格から様々な選択肢を模索し、この場所を割り出したのだろう。
常人が数分程度で成せるような業ではない。名探偵もびっくりである。
フィオナとしても、リンドが駆け付ける前にすべてを終わらせるつもりだったのだが……リンドの実力を過小評価していたようだ。
フィオナは、数秒前までベネッドだった男の亡骸を見て、小さくため息をこぼす。
「……リンド、何故その方を殺めてしまったのですか?」
「この国の法を破り、大罪を犯したこのような極悪人……生かしておく価値は無いかと愚考いたしました。……なによりも、私の目の前で姫様を愚弄するなど万死に……いや、それすらも生ぬるい……。ですが今回は姫様の手前、怒りをぶつける……などという、お見苦しい姿を晒すわけにもいかなかったため、最大限の譲歩をした上での行動でございます」
「……そうですか」
別にベネッドの死を哀れむつもりはない。
確かに、ベネッドがこれまでに少女にしてきた仕打ちはけっして許される事ではない。だが、フィオナもそれについては思うところがあるものの……ベネッドに対しては、直接的な恨みがあるわけでもない。
少女に対する態度に、一時的な怒りを感じたことは否めないが、それでも『殺すつもりは微塵もなかった』。
その『罪』に相応しい『罰』を与えた後は、この国から半永久的に追放する。
それで終わらせる予定だったのだ。
こんなに呆気なく、『楽にしてやる』つもりはなかった。
「まぁ、死んでしまったのでしたら仕方ありません」
フィオナは事態に全くついていけていない少女を、優しく抱き寄せた。
「これで、あなたは本当の意味で自由になれた」
「……? ……っ?」
「もう、あなたを苛めた人はいなくなったわ。もう、誰もあなたを傷付けない……」
「……! ……ほん、と……?」
「えぇ。コレからは私の家で、一緒に暮らしましょう♪」
「……っ、…………っ」
フィオナは聖母のように微笑み……、涙を流しすがり付く少女を、ただ抱きしめた。
女神とすら見まごう慈悲深さ。
その顔もまた、《オーヴェイン》国王としての顔であり、一人の少女としての顔でもあった。
それこそを守るための……近衛兵である。
リンドはフィオナに代わって、男達に問う。
「選びなさい。今……この場で『罪』を悔い改め、フィオナ姫様からの然るべき『罰』を受け許しを乞うか」
リンドは足元に転がる、かつて人であった首を男達の前に蹴り出す。
主人の生首。
傷口から血が溢れ、少しずつ原形を崩そうとしているソレは、誰が見ても明らかな『死』。
「私の剣で、お前らもこうなるか。好きな方を選べ」
それは、残酷な分かれ道。
男達は見比べる。
目の前の死骸と、先程……激痛にもがきながら気を失った2人を……。
生か死か……それだけならば、きっと誰も迷うことはない。
だが――
激痛に悶え苦しみ、なお死ぬことを許されぬ『生罰』と
痛みを感じる暇もなく、一瞬で楽になれる『死罰』。
苦しみたくないという自己防衛本能と、死にたくないという生存本能が……男達を苦悩へと追いやるのだ。
「ま、待ってくれ!」
一人の男が声を上げた。
「俺達は、ベネッドに雇われただけなんだ! やりたくてこんな事をしてた訳じゃない。金のため……生きるために仕方なく――っ!」
だが、そんな主張も……リンドが突き出した剣がかき消してしまう。
刺しはしない。
だが、皮数ミリを削り、男の喉元に突き付けられる。
リンドの顔に感情はない。
殺す時は躊躇いなく殺す。それはベネッドの死体が物語っていた。
「見ていながら止めなかった。……それどころか、姫様の殺害に加担したお前らに……『罪』がない、と?」
「あれは……め、命令でっ!」
「ならば「死ね」と命じられたなら、お前らは素直に死んだのか?」
「そんなわけ……っ」
「強制力もない命令に逆らわず、お前たちはお前たちの意思で引き金を引いた……。ならば当然、お前らも『同罪』だ。……諦めろ、慈悲はない」
「……っ! ……」
「それと、姫様はご多忙の身だ。……貴様等程度に割く時間はないと思え」
彼等の顔が悲痛に歪む。
普通ならばドチラを選ぶだろうか?
苦しみたくない。それは当然だ。
目の前で白目を剥き、泡を吹く2人の仲間を見てしまえば……どれほどの激痛なのか、想像に難くはない。むしろその想像すら生温いかもしれない。
死なないとわかっていても、自ら選んでまで進みたい選択では無いことは明らかである。
だが、痛みを感じないとはいえ……確実に死ぬ。その選択は……今の自分をすべて放棄し、大切なモノも愛した者も見捨てて『逃げる』ということだ。
それに、誰だって……死にたくはない。
痛みか、死か……
恐怖と緊張の中で、意を決した男達が一人、また一人と立ち上がった。
そして……
「「「……申し訳……ありませんでした」」」
『死神』を除いた全員が……姫の前に立ち、生きる選択をした。
「ちゃんと、反省してくださいね。……二度はありませんよ」
◇◇◇
「……さて、残ったのはわたくしだけですか……ふふ」
「……? 何がおかしいのですか?」
「いえいえ、何も可笑しな事などごさいませんとも。フィオナ姫の不死性や能力……、そして、当代最強の騎士団長リンド・アークレイヴ。2人を同時に相手するとなると……少々部が悪いですね、と。現状を嘆いていたに過ぎませんよ♪」
「…………」
「そう警戒なさらないでください。依頼主が死んでしまった以上……報酬のない仕事に命をかけるつもりはありませんよ。アナタに手を出すつもりはありません」
『死神』は笑う。
嘘は言っていない。
これまで、フィオナ相手に殺意の暴力をぶつけていたのは『死神』の意思ではなく、あくまで依頼主であるベネッドの命令だったからである。
そのベネッドが死んでしまった以上、『死神』が危険を犯してまでフィオナ姫に刃を向ける理由はない。
「よくそんな戯れ言を吐けますね……。噂では、『死神』を見たものは皆殺し……なのでしょう? 『罪』無き命まで奪うアナタを……私が野放しにするとお思いですか?」
「もちろん♪ そのような淡い期待など最初からしていませんとも。ですが……わたくしも素直に捕まる訳にはいきません……」
フィオナを庇うように、リンドが前へと出る。
その手には剣を構え、敵意のこもった瞳で油断なく『死神』を見据える。
もちろん、『死神』も構えを解いたりはしない。
暗器の中からラージソードを取り出し構える。無論、あの騎士団長リンドを相手に、まともに切り合っても勝機はない事は承知している。
『死神』は強いわけではない。
ただ、殺し慣れているだけだ。
これまで数々の死体の山を築いてきた、その中にはリンドのように……『死神』よりも強い者もいた。
だが、殺せた。
それはつまり、『戦うこと』と『殺すこと』は、似ているようで違うのだということだ。
弱者が強者を殺す。それは、けっして矛盾していたりなどしない。
『死神』はリンドを殺せる。
そして、不死のフィオナ姫も……確実に殺す手段はある。
だからか、『死神』の目に諦めや恐怖はない。
それはやはり普通の人間としては狂っている反応であり、正しく『狩る者』の目をしていた。
「不死のプリンセスと最強のナイト、まるでおとぎ話のワンシーンのようですね……。ということは、『死神』であるわたくしはやはり『悪役』になるのでしょうか? まぁ、間違った配役ではないのでしょうね」
「……『死神』というわりには、よくしゃべるな。言っておくが……私がいる以上、お前に逃げる場所はない。……大人しく、その首を差し出す事をオススメするが?」
「ご冗談を……。『死神』は死にませんよ」
「……なるほど、では試してみるとしよう」
次の瞬間、リンドの姿がかき消えた。
『死神』は反射的に後方へ跳躍する。その際、首をラージソードで守るような体勢をとる。
一瞬も待たず、強い衝撃がラージソード越しに『死神』を吹き飛ばした。




