②五話(2)
何故だ。
何故、この少女は平然と立っていられるのだ!?
そうでなくとも、これまで攻撃を浴びせた部位は、一ヶ所でも相当な致命傷となる部位である。
普通ならば、『死なないはずがない』のだ。
「……あら、もう終わりですか?」
そして、『死神』はもうひとつの異常に気付いてしまう。
キズが、ないのだ。
高速治癒や魔法障壁による防御……などという単純なものではない。
『死神』の手には、確かに肉を切り骨を断つ感覚があった。フィオナへの攻撃は防がれることなく、全部命中していた……紛れもない事実である。
だが現実はどうだ?
その決め細やかで血色の良い肌にはキズひとつなく、周りに血液が飛び散った痕跡もない。
まるで、すべて夢でしたとでも言わんばかりに、変わりないフィオナがそこに立っているのだ。
これを『異常』と呼ばずして、なんと呼べばいいのか。
『死神』は距離を取るのと同時に、液体をフィオナの体に浴びせる。
そして、懐から小さなスクロールを取り出し、フィオナへと投げる。
スクロールに書かれた《術式》は、小爆発系の《火炎魔法》。そしてこれは、使用する《マナ》の量が多ければ多いほど、爆発時の火力が増す。
爆発規模は変わらないが、単体相手の殺傷能力はそれなりに高い。しかも、魔法障壁を張っている相手の障壁にも反応する為、相手が障壁を解かない限り爆発が連続して続く。
そして、フィオナにかけたあの液体は、魔弾などにも使用される高純度の《マナ》である。
それ単体でも、濃硫酸のように皮膚を焼き尽くす程の劇薬であるが、『死神』はソレをスクロールの起爆剤として使用したのだ。
スクロールがフィオナの体に触れると同時に、辺りを吹き飛ばす程の小爆発が起きる。
耳をつんざく轟音、側にいる少女もろとも肉片と化す程の爆風。部屋の中はメチャクチャだが、そんな事はこの際どうでもいい。
殺すことに対し、男が情けをかけたり容赦することはない。相手が例え、女子供であろうと……。
油断も、隙もない。
道具や《魔法》も、標的を殺すためなら惜しみ無く使う。
ベネッドは逃げるタイミングを伺うかのように、離れて戦況を監察する。
素人同然の手下達は、既に戦闘が決着したものだと、完全に油断していた。
だが『死神』は緊張の糸を緩めない。
飛び散った肉片が再生するか、障壁ごと焼かれ続けているか、……無事ではないにしろ、きっとフィオナは死んでいない。
少なくとも、『死神』だけは最悪のケースを予測していた。
だがその予想も、最悪のソレを……遥かに越えて的中することとなる。
爆煙が晴れるとソコには――
「……滑稽な一人踊りの次は、不格好な花火ですか?」
「っ!!?」
「……ひっ!」
「うそ……だろ」
フィオナは……『無傷』だった。
超速再生や、魔法障壁などという『小細工』は一切使わず……フィオナは無傷でソコに立っていたのだ。
その腕に抱く、少女と共に。
羽織っていたローブは少し焦げているようだが、やはりフィオナに外傷は見当たらない。
「……何をなさったのでしょうか? まさか、これだけやって無傷とは……少々驚きました……」
『死神』は余裕な態度を取り繕いながらも、心中では様々な可能性を模索していた。
作り物の笑顔にも、一筋の汗がつたうほどに……。
だが答えなど、そもそも出るはずがないのだ。
フィオナが何をしたか言い当てる事など、誰にも出来はしない。
なぜなら
フィオナはまだ、『何もしていない』のだから……。
ただ立っていた。――それだけである。
「あぁ、安心してください。ちゃんと……痛かったですから♪」
微笑むフィオナに……、この場にいる全員がついに気付いた。
自分達が今、目にしている女性が……ただ見目麗しいだけの少女ではないと……。
いや、むしろ遅すぎた。
ベネッド達はフィオナを怒らせ、……『死神』はフィオナにキズを負わせてしまったのだ。
それはだけは……
その2つだけは、けしてしてはならぬ禁忌である。それは、王だから……という理由も確かにある。
『態度や身分を弁えず、無礼な態度をとるな』
大多数……いや、フィオナを真に知らぬ者達からは、そうとられていることだろう。
間違いではない。
事実、この国でフィオナを愚弄しようものならば、それこそ……城の者も、民一人一人ですら、その者に対し、怒りと嫌悪を露にすることだろう。
それがもし、フィオナを守る近衛兵や……創正の耳に入ったりでもしたならば、確実に……その者が明日をむかえることはない。
絶望と苦痛を感じる間もなく、その命を摘み取られることだろう。
だが、事の真意は……全く異なる。
フィオナを怒らせてはならぬ理由。
フィオナを傷付けてはならぬ理由。
その真意を知る者は……ほんの一握りの数名だけだ。
『この時代』では……
「……では、次は私からいかせていただきますね」
◇◇◇
罪と罰。
犯された罪には、それに相応しい罰を与えるべきだ。だが、実際に与えられる罰は……本当に、相応のものだろうか?
例えば、誰かが誰かを叩いたとする。それは暴力行為であり、『罪』である。
だがそれに対し与えられる『罰』はなんだ?
当然ながら、叩き返すなんて処置はされない。
加害者がいくら被害者を叩こうが、加害者が叩かれる事はない。精々が厳重注意か、罰金、懲役、拘束……その程度である。
では、窃盗は? 強姦は? 詐欺は? 恐喝は? ……殺人は?
奪われたモノは戻ってこない。
汚された過去は消えはしない。
裏切られたキズは癒えはしない。
脅された恐怖は拭えはしない。
……殺された者は……生き返りはしない。
多大なキズを残す『罪』に対して、……与えられる『罰』は、本当に相応なものなのだろうか?
『信用』、『金品』、『時間』……本当に、その程度で償えてしまえるものなのだろうか?
罪悪感など、加害者の勝手な事故弁護に過ぎない。
「悪いことをしたと自覚しています」
「もうしません」
「反省しています」
そんな簡単な言葉程度で、本当に許される『罪』などありはしない。
改心など自身のさじ加減であるし、然るべき『罰』もなく……『罪』が薄くなっていくのを、ただ待っているだけなのだ。
「二度目はない」
「今回だけは許す」
「次からは気を付けろ」
なんで、そんな言葉で『一度目』を許してしまうのだ?
『罪』は数ではないだろう?
『罪』を『罰』なく、許してはいけないだろう?
一度されたのに、なぜ二度目を警戒しない?
それだけ、この世は平和ボケしてしまっているのだろう。
例え悪人であったとしても、人間という種の個体数を減らしたくないのだ。
だから、数だけ増えて、質は落ちていく。
それが結局は、このような惨状を招く。
今、フィオナの視界の中には、『悪人』しかいない。
ソレはフィオナの主観であり、勝手な解釈なのかもしれない。だが、人をゴミのように扱う男、金のためならそれにも従う手下達、はてには大量殺人鬼である。
逆に問うならば、この中に世間一般でいう『善良な人間』はいるだろうか?
別に答えを期待している訳ではない。『善悪』などという倫理的なことなど、フィオナには実のところどうでもいいのだ。
ソレを深く掘り下げるならば、「なにもしない」この少女も『悪人』である。当然だが……フィオナは『善人』などではない。
だから、現状は至極単純なのだ。
フィオナはこの少女が好きだから守りたい。
そして、この男達にフィオナは怒っている。
実に簡単だろう?
さて、そこで『罪』と『罰』の話に戻る。
今、イジメは『罪』だ。ソレを見て止めなかった者達も『同罪』である。
フィオナは痛い想いをした。
全身を切り刻まれた。毒に侵された。炎で焼かれた。
だから、ソレに相応しい『罰』を与えなければならない。
勿論だが、同じことをすれば、フィオナも彼等と同レベルの『悪人』ということになる。それは願い下げだ。
そもそも、彼等がソレに堪えられるわけがない。
なので……
フィオナは『伝える』事にした。
少女の手を放し、フィオナはベネッドの手下の一人の元へと近付く。
そのまま、そのシミ一つない綺麗な手で、そっと……その男性の顔に触れる。
瞬間――
「……――っ!!!!??」
音にならぬ『絶叫』をあげ、ビクンッと一瞬痙攣し……白目を剥いて泡をふき、男は気を失ってしまった。
突然糸の切れた人形のように倒れてしまった男を目の前で見て、当然……他も冷静ではいられなくなる。
――攻撃された。
男達だけでなく『死神』もベネッドも、そう受け取った。
だが……真実は違う。
フィオナはただ、『伝えた』だけなのだ。
自身が受けた『痛み』と『苦しみ』を……
これが唯一、フィオナが姉よりも優れている『能力』――。
「そう身構えないでください。彼は死んでなんていませんよ♪ 気を失っているだけです」
「……触れられただけで、ですか?」
「はい、殺してはいません。ただちょっと……私の痛みを『知って』、『感じて』いただいただけです」
「「「…………」」」
「なにも難しい事はありませんよ。私には『そういう力』がある……ただそれだけですわ♪」
再び銃を構える男達。
その目には警戒心と怯えがみてとれる。震えだす者までいる始末。
いまだアホ面で状況を把握できていないベネッドとは違い、冷静にフィオナを分析しようと観察する『死神』。
「あぁ、別に隠すつもりはないので、ちゃんと説明はしますよ。私のコレは『伝える力』。この手、この体に触れた者に『私の伝えたい事を伝える』。そんな力です。今回は、この数分間に私が受けた『痛み』や『苦しみ』を彼にそのまま『伝えました』。死んではいませんが、当然……とっても痛いですよ♪」
「なるほど……、ちなみにですが、ソレとアナタが無傷であること……何か関係があったりするのでしょうか?」
「ありませんね。私の『死なない体質』とこの力、『発生源』は同じでしょうが直接的な関わりはありません」
「死なない体質……、つまりは……『不老不死』である……と?」
「はっ! そんな《魔法》存在する訳がない!! 《不死の魔法》が存在するなら、どれだけの額を出そうと貴族どもが黙ってはいまい! ハッタリだ!!」
「……はぁ、ですから《魔法》ではなく体質です。まぁ……生まれつきではありませんし、後天的に手にした……《呪い》のようなモノですが、事実……私は『生きています』」
「なら、試してやるよ……。お前ら! この偽者野郎にありったけの鉛玉をぶちこんでやれ! なんなら、大枚はたいて集めた魔弾を使っても構わん! この女をぶっ殺せっ!!!」
「…………まだ、罪を重ねますか」
依頼主の命令に逆らえない事に加え、目の前に立つ『見目麗しい化け物』に対する恐怖心から、男達は必死の形相で無心に引き金を引いた。
連続し響く銃声。
遊底の擦れる音。
薬莢が床に落ちる音。
弾倉を入れ換える音。
そして、繰り返される……弾薬の爆発音。
硝煙が舞う。
魔弾により、雷光が、火炎が、毒素が、氷弾が、……硝煙の中へと吸い込まれていく。
そして……
「『罪』には『罰』を……、『痛み』には『痛み』を……」
硝煙が晴れる前に、そこから伸ばされた綺麗な手が……一人の男に触れる。
「……――っ! あ、がっ!!?」
先程倒れた者よりも苦しげに、痛みに悶えながら……男は気絶する。
「……ひ、ひぃっ!」
逃げ出す者もいた。
ようやく事の重大さに気付いたのか、血相を変えたベネッドも男達に続き出口へと走る。
無様に転び、這いずるように扉に手を伸ばす。
もうすでに……その悪足掻きすらも、手遅れであるとも気付かずに……。




