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『英雄』を狩る者  作者: オーエン
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②第五話【『神罰』】




 圧倒的な『絶対者』を前に、自らの過ちを悔い改める事すら許されない。

 それは、許されることを許されない、ということだ。


 ベネッドは文字通り、生きた心地がしなかった。

 なにしろ……、人類の頂点、どれだけ爵位を上げたとしても触れることすら許されない、雲の上の神にも等しい存在に……


 『敵』だと……。いや、もはや人として認識すらされているかもあやしい。


 ベネッドはどこかで、神の……フィオナの、触れてはいけない逆鱗に触れてしまったのだ。

 あぁ、何てことだ。

 あぁ、自分はなんて過ちを犯してしまったのだろうか。


 これから起きるであろう絶望の日々を、想像するだけで卒倒してしまいそうだった。……いや、気を失ってしまえたなら、今の自分を放棄してしまえたならば……どれだけ、どれだけ救われただろうか……。

 死を前にしたように、それは走馬灯のように……ベネッドは過去を思い返していた。



 ベネッドは生まれた時から、『二番目』だった。

 父も母も使用人達も、甘やかしこそするものの……誰一人として、ベネッドに期待しようとする者はいなかった。

 『さすが私達の子だ』『さすがです、お坊っちゃま』『ヴェンヘレス家のご子息は良くできてらっしゃる』

 ……すべてベネッドではなく、その兄に向けて告げられる言葉ばかり……。

 学舎に通うようになっても、いつも周りからは『兄の弟』という扱い。……だれも、ベネッドを見てはくれなかった。


 だからある日、ベネッドは犯罪に手を染めた。

 最初はムカついた学友に大怪我を負わせた。だが、騒ぎになる前に父が金や権力で揉み消してしまった。その時初めて……父が自分を見てくれたのだ。

 自分を……一人の人間として、見てくれたのだ。

 それからだ……。

 ベネッドの日常が、少しずつズレ始めたのは……。


 奴隷に手を出し、闇商人や裏の人間とも金を使って繋がりを作っていった。

 兄が表舞台で名声を上げていくように、ベネッドは親の財と権力を利用し……裏の世界で少しずつ名を上げていった。

 この世界なら、オレは『兄貴の弟』じゃねぇ!


 ……そう。ただ、ベネッドは見て欲しかっただけなのだ。

 いつしか、両親をも巻き込み『奴隷商』の真似事やクスリの流通にも手を出した。

 兄だけが知らない。

 その言葉が、どれだけベネッドにとって甘い蜜となったことか……。



 そうだ。

 まだだ。

 オレはまだ、兄貴に何も言えちゃいない。兄貴に……何一つ復讐できてはいない!

 まだ……終われない!


 数瞬、幸か不幸か……ベネッドの目に獰猛な光が宿った。


 そうだ。

 フィオナ陛下が、こんな高級ホテル『程度』にたまたま現れるはずがない。

 たまたま、自分の落とした奴隷をフィオナ陛下が拾うなど、あまりにもタイミングがよすぎる。

 そもそも、陛下程身分の高いお方が、付き人もつけずに城からの外出など、ありえるはずがない。

 ありえない。


 コイツは、偽者だ!


 物事を自身の都合のいいように曲解していくベネッド。だが、根拠がないわけではないのだ。

 実は十数年前、ベネッドがまだ道を踏み外す前に……一度だけ、親の外交に付き添ったベネッドは……フィオナに会っていたのである。


 美しく、凛としていて、穢れのない無垢ながら毅然とした一人。まさしく、ソレは王だった。

 クイーンではなく、キングである。そんな雰囲気やオーラを纏っていた。


 そして今、ベネッドの前に立つフィオナは……その記憶と、寸分も違わぬ見た目をしている。

 つまり、十数年という時を感じさせるほど『老いていない』のだ。

 ベネッドの感覚が確かならば、フィオナ陛下は既に齢30を越えていてもおかしくはない。いや、そうでなければおかしいのだ。


 そうだ。こんな小娘が、陛下なはずがない。


 誤解と接合性から、自分勝手な自己解釈により少しずつではあるが、冷静さを取り戻したベネッド。

 それは、極限まで生命の危機を予期してしまったからこそ働いた自己防衛本能とでもいうのだろうか。


 だがベネッド以外はそうもいかない。

 侍らせていた女達はさっさと逃げてしまったし、今だ驚愕から脱け出せていない手下達は使い物にならない。

 自身で動こうにも、下着一丁の丸裸では対抗できるはずもない。

 甘やかされて育ったベネッドには、武術の心得どころか護身術すら身に付けていない。


 今の状況では……太刀打ちは不可能だろう。


 今のまま……ならば


「ふ、ふひひ……」

「……耳障りな声で笑わないで欲しいのですが、何が可笑しいのでしょうか?」

「ひ、ひひっ……、陛下……ねぇ」

「……?」

「ガハハハッ!! テメェがオーヴェイン陛下だとっ!? 笑わせんじゃねぇ!!」

「…………っ」

「俺様は過去に会ってんだよ! 何十年も前に! テメェと同じ見た目をした陛下になぁ!!」

「……ええ、覚えています」

「覚えてるだぁ? ふざけんじゃねぇ!! 俺よりも歳上の陛下が、こんなクソガキなわけねぇだろうが!!」


 怒鳴り散らす。

 それは、ある保険としてだ。

 ベネッドの知る事実を手下達にも伝えることで、この女が偽者であると……、だから、その銃口を下げる必要も、びびって逃げ出す必要もないと思い知らせる為に、そして何より……自分に言い聞かせるために叫んだ。

 だが、コレはあくまでも保険である。

 本命は……切り札は、最後の最後まで取っておくものだが、使い時はむしろ……今を置いて他にあるまい。


 ベネッドは思った。

 自分はツいている。今日このタイミング……この日、この夜という絶好のタイミング……ちょうど、『アレ』との契約通りのシチュエーションなのだ。

 裏世界で知らぬ者はいない。

 殺しの神。


「……まぁいい、どうせ貴様には消えてもらうんだからなぁ! テメェが陛下の真似事を突き通すってんなら、コッチも切り札を披露してやるよ!!」


 ベネッドが指をならす。

 すると、部屋の扉がガチャリと開いた。

 入ってきたのは……黒いコートに身を包んだ、一人の男。


「がっはっはっは! 紹介しよう! 俺の切り札……名だたる殺し屋の頂点! 『死神』だ!!」

「……ふふ、ごきげんよう。王女殿下。……いえ、偽者……でしたか? まぁ、わたくしには本物かどうかなど関係ないのですが♪ 依頼主の命令とあらば……オーヴェイン陛下でも、魔王でも……あの『英雄』ですら、殺してご覧にいれましょう。……死の神の名にかけて」

「おぉ、何とも心強い!」

「……『死神』。アナタがあの……」


 そう、これがベネッドの切り札。

 全世界の強者をかき集めたようなこの国で、『英雄』とは違った形で有名な一人。

 最高戦力を所持していながら、いまだに討伐どころか正体すら明らかにされていない程の実力者であり、受けた仕事の失敗率は0と……たかが数年で全世界に名を轟かせる程の強者である。

 現存する戦力で、最も最強と予想する『死神』が……金を積めば手足のように働いてくれるのだ。


 外交など兄が勝手にやっている。ベネッドがこの地に、毛嫌いする兄にわざわざ付き添う形で赴いた主目的は、コレである。

 『死神』……あぁ、なんと素晴らしい響きだろうか……。

 この男を引き込めれば、もう何も恐れるものはない。

 なにせ最強なのだから!



 ベネッドは気付かない。

 また、自分が取り返しのつかない過ちに拍車をかけてしまった事に……。




     ◇◇◇




 急に勢いを取り戻し、愚かな勘違いと共に『死神』まで引きずり出してしまったベネッドに、フィオナは怒りをそのままに……少々呆れてしまっていた。

 『死神』の実力を過小評価している訳ではない。

 むしろ、城に仕える近衛兵を使っても討伐出来なかった程の強者である。警戒こそすれ、油断する道理はない。


 だが、フィオナが警戒していた程の戦力ではないのも確かである。

 政治的に手を出しづらい者や、コチラの兵から裏切らせるなど……金や権力を利用すれば出来ないことではない。

 フィオナを敵に回す事を前提にしていた訳ではない。というのは承知の上だが、フィオナを前にして……言ってしまえば『この程度の戦力』で、傲慢な態度をとれるとは……。

 いくらフィオナが『戦闘向きではない』としても、随分となめられたものである。


「ひとつ、また確認をよろしいかしら?」

「ふん、この後に及んで――」

「まぁまぁ、ココは聞いてあげようじゃありませんか♪ ……あのように美しい御方の……最期の遺言くらい」

「あら……、随分と実力に自信のあるようだけど……。まぁいいわ。私からの質問はひとつ……いいえ、この際だからふたつだけ。……アナタが、本当に『あの死神』なのね?」

「はい♪」

「……さっき言ってたけれど、『英雄』でも……アナタならば殺せるのかしら?」

「もちろんです♪ ……『死神』ですので」

「…………」


 貼り付けたような整った笑顔で、当然だと言わんばかりに……『死神』をなのる男は答える。

 自分の実力を信じて疑わない。自意識過剰。

 そう、『死神』を名乗るのも、『英雄』を殺すのも、……言うだけなら誰にでも出来るのだ。


 前者はどうでもいい。

 フィオナ・オーヴェインとして、この国の最たる『悪』を処理する為に戦おう。

 それは、この国の王としての役割であり、大量殺人鬼相手ならば当然の処罰である。死罪にしても、まだ生温いかもしれない。

 だが、そこにフィオナの私情は一切関係ない。


 でも……後者は、聞き捨てならない。

 たかが、数十年生きた程度の若造が……あの『英雄』を……フィオナの最愛の姉を、『殺せる』?


「ふふ、寝言や欺瞞だとしても、笑えませんね……」

「……おや、そうでしょうか?」


 不意にフィオナに対し刺すような殺気が放たれる。

 普通ならば、フィオナに対しそのような態度をとった時点で、重罪だ。

 国外追放か……或いは、その場で死刑。

 だが、今回はフィオナを守る護衛もいなければ、観衆の目もありはしない。


 でも逆に、フィオナにとってはその方が都合がいい。


「では、始めましょうか。制裁を……。私を殺せないようでは、『英雄』を殺すなど不可能ですよ♪」


 挑発ではなく、ただ事実を告げる。


 コレから始めるのは、戦いや殺戮などという物騒なものではない。

 フィオナによる、一方的な制裁である。



 最初に動いたのは、『死神』を名乗る男だった。

 素早い動きでフィオナとの距離を詰め、懐に忍ばせていた暗器……その中からナイフを数本取り出し、まるで流れるように一瞬にしてフィオナの急所という急所を刺し貫いた。

 ナイフには劇薬や毒物が付着していたらしく、刺された瞬間、激痛がフィオナを襲った。

 しかも、刺されたのは右目、喉、心臓、腹部、両足の腿と……的確に殺傷率の高い部位や、逃走妨害に適した部位を貫いている。


 確かに、一瞬の動作に無駄はなく、『常人を殺す』ならば……まさに満点の出来だ。


「おやおや、大層な言葉を並べていた割りには……随分と呆気のない幕引きでしたね……。陛下の名を語るだけあって、少しは楽しめるものだと期待していたのですが……残念です」

「……あ、あぁ……あ゛あぁぁああ!!」


 少女の悲痛な叫びがフィオナの鼓膜を叩く。

 だが、それに答えるように……動くはずのないフィオナの手が、優しく少女の頭を撫でる。


「……っ!?」


 異常に最初に気付いたのは、フィオナを刺し貫いたはずの『死神』本人だった。

 続けざまに、懐から小太刀を抜き切り付ける。

 場所は、頭部と首、そして胸にも深く突き刺す。

 だが、やはり……『死神』の目から焦りが消えることはなかった。

 今、使用した小太刀には、致死性は低いものの少し掠めただけで、丸二日は全身が痺れて動けなくなる程の麻痺毒が塗ってあった。

 この斬撃をもろに受けて立っていられる者など、元々毒に耐性のある竜種か、抗体を予め打ち込んだ者くらいなものだ。


 だが……おかしい。


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