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『英雄』を狩る者  作者: オーエン
48/91

②四話(4)

     ◇◇◇




 人間とは単純な存在である。

 『自身を救ってくれた他人』を簡単に信用してしまう。

 ソレは、前後の差が大きければ大きいほど……深く心酔してしまう。


『この人だけは、他とは違う』


『この人の為ならば死んでもいい』


 そんな間違った、一時的欲求にすがってしまうのだ。


 そして、そのまま『生』を間違ってしまう。

 悪人に救われたから、自分も悪人として生きる。……そんな間違いを犯してしまう者もいる。


 自身の為に生きる事をやめてしまうのだ。


 ……ソレはきっと、まともに生きているとは言わない。


 だから、フィオナは志音のわずかな隙を突き、少女を連れ出した。

 この世の地獄で苦しんできた少女が……また間違わない為に。


「ごめんなさい。私はアナタの為に……アナタを騙したわ」

「……?」


 いまだに、志音を撒いて逃げ出したことに気付いていないのか、キョトンとフィオナを見上げる少女。

 フィオナは……少女の選択を待つと言った。

 だが……、実際は待たずに、自分勝手に連れ出してしまった。

 罪悪の意識はある。


 フィオナは……少女を……志音を……、2人を騙し、身勝手な善意を少女に押し付けようとしている。

 それは……志音の言った通りだ。


「……でも、これだけは信じて……」

「……っ」

「私が……ちゃんとアナタを幸せにしてみせるわ。……もう、誰にもアナタを傷付けさせない」

「……あ……う」

「……ふふ、焦らなくてもいいわ。アナタは……アナタのペースでいいの」

「…………ぅん」


 少し寂しげに頷く少女に……また胸の奥がズキリと痛む。

 コレは少女の選んだ道ではない……。フィオナの単なる押し付けでしかないのだ。


 自身でも……理解している。


 こんな一時的な救済では、何の意味も無いことも……正しく理解しているのだ。

 でも、フィオナはこの少女を救いたかった。少女を傷付ける全てのものから……この少女を救い出したかった。

 誰にも……志音にも、譲れない。


 かつて……

 大好きな姉が、フィオナにしてくれたように――


「……お姉ちゃんと違って、世界を変える力も、全てを守る勇気も、私にはなかったけど……」


 今、側にいてくれない姉を想い……憧れるその背に手を伸ばすように、その姿を追う。

 お姉ちゃんならきっと、ココで「少女を見捨てる」なんてことは絶対にしないはずだ。

 だから、私も……


「……、お願い……お姉ちゃん。私に、この子を救う……勇気をちょうだい」


 神に祈るように、いや……それよりもずっと強く、フィオナは願う。

 いるかどうかも定かではない『神様』なんていう不確かな存在にではなく、……唯一の肉親であり、大好きな姉であり――



 ――『英雄』と呼ばれ、全ての世界に語り継がれる……一人の少女に向けて。




     ◇◇◇




 フィオナ達が志音を撒いてから数時間、空は赤らみ、地平線に沈みはじめた夕陽が街を朱に染める。

 今だ祭り騒ぎの大通りではあったが、まだ本番当日までは数日あることもあってか、昼間に比べて人の数はまばらになっていた。


 良い子は帰る時間だとでも言うように、学園の鐘が荘厳に響き渡る。


「もうそんな時間になってしまいましたか」


 フィオナは文字通り時間を忘れていた。

 久し振りに、身分もしがらみも忘れ、誰かと一緒に祭りを楽しむことが出来たのだ。

 昔と違い、今フィオナの隣にいるのは最愛の姉ではなく、名もなき少女ではあったが……。


「……えへへ……」


 時間が経つにつれ、少しずつではあるものの、感情表現が豊かになってきた少女を見ていると……やはり嬉しくなってしまう。

 自分でも、この少女を笑顔にすることが出来たのだ、と。


 色んな店を見てまわった。

 色んな物を食べた。

 色んな場所に行った。

 色んな……楽しいことをした。


 この街は広い。全ての店や観光地などを見てまわるとなると、1日や2日では足りないだろう。

 時間も忘れ、2人で過したこの時間はまごうことなく、少女だけでなく2人にとって『幸せに満ち溢れた』時間だった。


 片手に綿飴を持ち笑顔でフィオナの手を引く少女。年相応に無邪気な少女にただ優しく微笑むフィオナ。

 まるで姉妹のように仲睦まじく、手を繋いで並び歩く。


「さて、暗くなる前に帰りましょうか」

「……へ?」

「ふふ、心配しなくても祭りは明日以降も続きます。今日中に無理して回りきる必要はありませんよ」

「……、……うん」

「だから……『一緒に』帰りましょう♪ そして、また明日、今日みたいに2人で楽しむのです」

「……っ! ……っ……うんっ……うんっ!」


 一瞬、不安げに歪んだ表情を見せた少女だったが、次の瞬間には満開の笑顔で一生懸命に頷く。

 言葉はまだ拙い。

 肯定否定は出来るものの、確かな会話と呼べるまでにはまだ遠い。だが、焦る必要はない。

 先程フィオナが言った通り、「ゆっくりでいい」のだ。


「それでは……」


 言葉を言いかけて、止まる。


 フィオナは思案する。

 『志音と一緒にいた先程』と『今』では、文字通り状況が違う。

 少女は、こんなに素敵な笑顔でいられるほど、このわずかな時間……きっと『生』に対し幸せを感じてくれた筈だ。


 また、あの時の選択を……


 『生きたいか』、『死にたいか』という選択を迫られたとしたら、少女はどちらを選ぶだろうか?


「……? ……?」


 少女は生きる『苦しみ』を知っている。

 恐らく、フィオナの想像よりも……ずっと辛い思いをしてきたはずだ。

 この数時間程度では、癒しきれないほどのキズが……心身ともに少女を苦しめてきた筈である。

 この程度の幸せで、『少女を救った』などと妄言を吐くつもりはない。いくら温室暮らしの長いフィオナでも、そこまで脳内お花畑ではない。


 だが……、『未来』に希望を与えることは出来たのではないか?

 この少しの時間で、少女は生きる『嬉しさ』や『楽しさ』を知った。

 フィオナと共に居れば、ソレがずっと続くのだ。


 それならば……どうだろうか?

 『生きたい』と、願ってくれるだろうか?


 それに……――


「……ねぇ」

「ん?」

「さっきの、お兄さんに……また会いたい?」

「……! ……うんっ!」


 これまで楽しんでいた時もそうだったが、少女自身……やはりどこかで志音のことを気にしていた節が、多く見られたのだ。

 フィオナの目から見てもそれは明らかで、忘れさせる事はきっと不可能だろう。


 自由の……笑顔のキッカケを作ってくれた人。

 フィオナからしてみれば『素性の知れぬ』『怪しいことこの上ない』、更には非人道的で無駄に理知的な上にあり得ないくらい性格のひね曲がった『悪人』だという印象だったとしても、……少女からすれば、自由をくれた『命の恩人』なのである。

 あんな強引に引き剥がすようなお別れでは、気にしてしまうのも無理はない。


「そうですね。……逃げるのは、やっぱりダメです。彼には、正々堂々と勝たなければ意味がない」

「……?」

「今から、あの人を探しましょう♪ まぁ、こんな時間ですし、もう彼も帰ってしまってるかもしれませんが」

「……ほんとっ?」

「はい。早く見つけ出して、今日楽しかったこと……たくさん自慢してあげましょう♪」

「……うん……うんっ」


 きっと、志音はまだ二人を捜している。

 何か根拠があるわけではないが、フィオナはそんな気がしていた。

 そしてきっとまた出会う。

 数日後や数年後などと言わず、今日中……数秒後にでも、必ずフィオナ達の前に現れる。

 女のカンとでも言うのだろうか?

 フィオナはその運命から、逃げずに立ち向かう決心をした。



「おいっ、見つけたぞ!!」


 ――ピクッ

 男の野太い声が背後から叫ぶ。

 フィオナは一瞬身構えた。


 ……見つかった?


 そんな筈はないと思いながらも、自身の体に視線を向けた。

 正確には、体に……ではなく、その体に『纏う《術式》』に。


 ――《認識阻害魔法》。

 退屈な鳥籠の中から脱け出すため……フィオナが『数十年かけて』やっと完成させた《術式》である。

 《マナ》の燃費は悪いし、《魔法》を常に意識下においておく必要がある上、長い時間素顔を晒せば《魔法》耐性の高い上位魔術師やフィオナの身近にいる『フィオナをよく知る者達』などにはバレる可能性も低くはない。……未完成の《魔法》である。

 なので外出時は、全身を覆うローブを必ず着用し、フードで顔を隠すようにしているのだ。


 フィオナが確認したのは、万が一にも《術式》に綻びが出ているのではないか……ということ。


 すべての他人からフィオナに対する認識をある程度阻害出来る使い勝手のいい《魔法》ではあるが、長時間の使用はあまり前例がない。

 むしろ、フィオナしか使用できない《魔法》なのだ。前例を作ろうにも、普段は長時間の外出を許されない『立場』にあるフィオナには到底無理な相談である。


「……まさか、《魔法》が解けた?」


 フィオナの見る限りでは《術式》に不備が生じている痕跡はない。

 周囲の人々もフィオナの正体に気付いたような者はいない。

 だが……万が一はある。


 この《魔法》で阻害出来るのは『他人の』認識だけであり、フィオナには適用されないのだ。

 他人にフィオナがどう見えているかなど、フィオナにはわかるはずがない。


 フィオナはフードを深くかぶり直し、思考する。

 逃げるか、否か。


 だが遅い。


 フィオナが行動するよりも先に、スーツに身を包んだ数人の男達がフィオナと少女を取り囲んでしまった。

 物腰や佇まいからして、かなりの手練れ揃いなのだろう。


 フィオナの見知った顔はない。

 だが、追っ手に一般人や殺し屋を使うケースもあると聞く。祭り時期で人混みの多い時ならばなおさら、人員は多いに越したことはないだろう。

 フィオナはまだ、捕まるわけにはいかない。

 だから、言葉は選ばなくてはいけない。


 説得か、……それに応じないのならば、最悪……――


「……ふん、人形風情が着飾りやがって」

「おい貴様、そのガキをコチラに渡せ!」

「ソイツはウチの主人の『おもちゃ』だ。落としたから探してたんだ」


 開かれた男達の口からは、フィオナではなく……側にいる少女の事ばかり。

 フィオナは一瞬安堵したのち、再び全身を緊張させる。

 警戒からではない。

 完全な敵意と侮蔑から、フィオナはその瞳に静かな火を灯したのだ。


 ……『少女の持ち主』


 男達の口から出てきたソレは、いまだにこの少女を探しているのだという。

 この者達の口振り、それに……


「……あ、……あぁ……っ」


 フィオナの背に隠れ……怯えるように、震えている少女を見れば、どんな扱いを受けていたかは想像に難くない。


 フィオナは、少女の過去に触れるつもりはなかった。ましてや、元凶を突き止めて復讐する……なんて真似をする気もないつもりだった。

 二度と会わぬのならば、過去と割りきり……無理に関わる必要はない。


 『過去』は『過去』、『今』は『今』である。


 辛い過去も忘れてしまうくらい、フィオナは少女を幸せにしてあげる予定だったのだ。


『……はっ、ありえねぇな。そんな綺麗事が現実で通用するかよ! 過去に負ったキズは時間をかけたところで消えることはない。痛みはそのまま恨みになり、キズの数だけ憎しみは増すだけだ! コイツが成長した時、まともな人間でいられる保証がどこにある? トラウマは相手を殺したとしても消えることはない。ソレを熟知した上で、アンタはコイツを幸せに出来ると本気で言っているのか?』

 ……あの男の……志音の言ったあの言葉が、フィオナの脳裏をかすめてしまう。

 キズは癒えないかもしれない。

 恨み辛みは消えないかもしれない。

 まともでいられる保証などどこにもない。


 希望論や綺麗事で『助ける』『救う』『幸せにする』と、いくら言葉にしても、現実はあの男の言ったように……上手く回ってはくれない。


 今からフィオナのとる行動は……少女を傷付けてしまうかもしれない。

 でも、ソレで……この先、この子が怯えて過ごさずに済むのならば――


 ――フィオナはよろこんで……『道化』を演じよう。



「はい。構いませんよ」

「……っ!! お……ねぇ……ちゃ」

「あぁ、賢明な判断だぜ」


 多勢に無勢。

 それに、現場馴れしていないフィオナでは、少女一人を守りながら数人の男を相手に逃げ延びるなど、到底出来ることではないだろう。

 周囲の人間が助けてくれるならば話は別だが……、相も変わらず、他人は他人事だ。

 よろこんで面倒事に首を突っ込もうとする馬鹿も、正義感溢れる偽善者も……ココにはいない。


 「助けて」と叫んでも、助けてくれる人は何人いるだろうか?


 いないのならば、フィオナが動くしかない。


「その代わり、報酬が欲しいですね♪ この子を見つけ、主人の元に送り届けた……その報酬」

「……い、いや……いやぁ……っ」

「テメェ……調子に乗ってんじゃ――」

「まぁ待て。……悪いな、コッチも雇われてる身だ。勝手な判断でホイホイと報酬を出すわけにもいかない」


 短気そうな男を止め、少しは話の出来そうな理知的な男が一歩前に出る。


「そういうことは、依頼主に直接言って欲しいもんだ」

「……でしたら、私が同行することも、許可していただけるのでしょうか?」

「そうだな……。口外しないと約束出来るなら、だがね」

「えぇ、誰にも言いませんわ♪」

「……や、やぁあ!」


 少女がフィオナに向ける瞳は……絶望一色に染まっていた。

 必死に逃れようと暴れるが、フィオナは繋いだその手を絶対に放さない。


 少女を無駄に傷付けないために。


 きっと嫌われてしまっただろう。

 でも、絶対に放さない。


「…………大丈夫」


 少女にだけ聞こえるようにフィオナの囁いた言葉。

 真の意味で少女が理解することは出来ないかもしれない。……だが、そう言うしかない。


 姉に憧れるだけだった自身が、誰かを……たった一人の少女を救う為に動けるのだ。

 これから起こる事への不安も当然ある。だが、それよりもずっと……フィオナは嬉しかった。


 誰かのために、『戦える』事が……。


「ついてきな」

「……おい、いいのかよ?」

「……こんな大勢いる前で、おおごとには出来ねえだろ。……なぁに、人がいなけりゃ……やりようはいくらでもある」




 悪意と絶望の渦巻く中……一輪の花は、気高く咲く。




     ◇◇◇




 ……日は完全に落ちた。

 フィオナ達が連れてこられたのは、城近くにある、観光や外交目的で訪れた貴族専用の高級ホテル。

 普通の一室だが、その広さや設備は、普通の宿のスウィートルームを遥かに越える豪華さである。


 フィオナもあくまで予想していた程度だったが、このホテルに着いた時、疑惑は確信へと変わった。

 やはり、貴族か……と。


 そしてその一室では、肌露出の多い扇情的な格好をした複数の女性達と……フィオナの見知った男が一人。

 この聖都市《オーヴェイン》からそう遠くはない近隣国の子爵家。ヴェンヘレス家の次男、ベネッド・ヴェンヘレス。

 フィオナの記憶が確かならば、齢は23。妻子はなく、家を継ぐ長男とは違い随分と甘やかされていた……。といった印象だろうか。

 肥えたふくよかな体には下着しか纏っておらず、下卑た笑みを浮かべ女達と戯れていた。

 プライベートな場所でどんな格好をするかなど個人の自由である。フィオナが口を挟むことではないが、外交国の代表で訪れている貴族がこれでは……、その国の程度が知れるというものである。


「ボス、言われてたの連れてきました」

「んぅ……? あぁ、あの使えないオモチャか。昨日なくしたんだったか? まぁ、無くなって困るもんでもねぇんだけどよ……」


 ベネッドの目が少女をとらえる。

 まるでゴミでも見るような、興味も関心もない瞳で……。


「首輪から持ち主がバレるかもな〜……って思ったから、わざわざ探させたってのに……何だコレ? 誰か説明しろ!」


 ベネッドの目は忌々しげに歪み、フィオナへと向かう。

 本来いるはずのない人間と、外れるはずのない『首輪』の消失。ベネッドの予定していたシナリオとは随分と異なる……。


「なんで『首輪』がない。そしてそのフードの女は誰だ!? 説明しろ!」

「は、はい!」


 ドスの効いた声で怒鳴り散らすベネッド。

 ソレから隠れるように、フィオナの後ろにまわった少女は、ただ怯えていた。

 フィオナはベネッドから視線をそらさず、見定める。


 ……罰するか、……否か。


 もし、奴隷騒動がこのベネッド一人の単独行動なのだとすれば、今無理にフィオナが『この国の法』に則って罰せずとも、フィオナから直接ベネッドの肉親に伝える事で……それなりの処置を受けるであろう。

 もちろん、この場で少女は引き取り保護するつもりだ。


 だが……もしも、ベネッドの『単独行動』ではなく……、一族全員が関与しているとすれば……――。


「さっき路上でコイツを保護したらしく、俺達が見つけた時にはそのフードの女と一緒でして……、引き渡す分には構わないが報酬をよこせと言ってきまして……」

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