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『英雄』を狩る者  作者: オーエン
47/91

②四話(3)

   ◇◇◇




 アレからまた場所を変え、人の少ないカフェへと訪れた志音達。

 適当に注文を済ませ、志音と向かい合う形で二人の少女が座席についていた。


「……さて、だいぶ待たせたみたいだが、さっそく「お話」とやらを始めようか。……と言っても、話す内容なんて自己紹介と、そのガキの事くらいなもんか……。オレは志音だ」

「……フィオナです」

「……あ……ぅ……」


 ローブの少女……フィオナは、目深に被っていたフードを脱ぎ、その容貌を晒した。

 背中を擽る黒髪はよく手入れが行き届いていて、艶やかな唇は清楚な容姿ながら艶かしい。

 目鼻立ちは整っていて、その瞳は優しさの中に確かな強さを感じられる。

 歳は志音と同じか、それ以下くらいだろうが、可愛らしいというよりは、美しいと表現する方がしっくりくるほどの美女だ。

 リアーナやアリスなどよりも、アリシアや結歌と似た印象だろうか。

 フィオナという名前もそうだが、「一国のお姫様だ」と紹介されても思わず鵜呑みにしかねない美しさがソコにはあった。


 そしてその隣で、首輪の呪縛から解放され言葉を取り戻したはずの少女は……今にも泣きそうな顔で戸惑っていた。


「おいおい、なにも訊問してる訳じゃないんだ。……言いたくなけりゃ言わなくてもいい」

「先程まであんな扱いを受けていたのです。……無理もありません。大丈夫です……私はアナタを傷付けたりしませんよ」

「…………っ、……ぅあ……」


 優しく包み込むような笑顔で微笑み、少女の頭を撫でるフィオナ。

 志音も志音で追及する気はなく、さっさと話を変える。


「さて、コイツのこれからについてだが、ハッキリ言ってオレに養ってやる気はない」

「…………」

「さっき公言した通り、適当に遊んで……最後には殺すつもりだ。……安心しろよ、途中で捨てたりなんかしねぇから」

「……よく、本人の前でそんな暴言を吐くことが出来ますね……」

「隠す必要はないからな。何なら、アンタが引き取ってくれんのか?」

「当然でしょう」


 思いもよらぬ即答に、一瞬呆然としてしまう志音。

 フィオナはソコで言葉を止めることなく、少女を抱き寄せ毅然と続ける。


「アナタのような非道な人間に、この子を託す理由がありません」

「……そうか」

「この子は、私が責任を持って――」

「まだコイツに生きて苦しめと、アンタは言うわけだ」

「……どういう意味でしょうか」

「そのままの意味だよ。……確かに、生きてさえいればこの先楽しいことや幸福を感じる事はあるだろうさ。これまでのキズを癒すには時間がかかるだろうが……、逆に言えば時間が解決してくれるだろう」


 確かに、これまでがどうであれ、これから幸せを手にする術はある。

 生きてさえいれば……


 だが、どれだけ綺麗事を並べたところで……志音からしてみれば、等しく「言葉」だけの戯れ言である。


「……はっ、ありえねぇな。そんな綺麗事が現実で通用するかよ! 過去に負ったキズは時間をかけたところで消えることはない。痛みはそのまま恨みになり、キズの数だけ憎しみは増すだけだ! コイツが成長した時、まともな人間でいられる保証がどこにある? トラウマは相手を殺したとしても消えることはない。ソレを熟知した上で、アンタはコイツを幸せに出来ると本気で言っているのか?」

「……いずれは」

「『いずれ』っていつだよ? 明日か? 来週か? 来年か? 十年後か? 死ぬ間際か!? いつくるかも、必ず訪れるかも不確定な事象のために……コイツはあとどれだけ堪えればいい?」


 口だけで正論を並べるのは容易い。

 フィオナの言葉を単なる『希望論』と切り捨てたように、志音の言葉も単なる『絶望論』でしかないと志音も理解している。

 どちらも「もしも」の話でしかなく、未来の事など誰にもわかるはずがない。

 どうするかも、どうなるかも、所詮はすべて少女次第なのである。


「別にアンタを言い負かせたいわけじゃないんでな……。不毛な言い争いはよそう」

「……どうするつもりですか? まさか、無理矢理この子をつれていくつもりですか」

「まさか……。これからを決めるのは俺達じゃなく、ソイツ自身だ」


 志音は優しく少女に微笑みかけ、優しい声音で……残酷な選択肢を与える。


「お前が決めな……。生きるか、死ぬか」

「……っ!!」

「これから生きて、頑張って……自らの手で幸せになりたい……って思うなら、お姉ちゃんと一緒に行けばいい。もう誰もお前を苛めたりしない……と思う。それくらいは保証してくれるだろ?」

「……ええ」

「お姉ちゃんが守ってくれるってよ♪ ……だがもし、もう苦しみたくないって……、痛いのも、悲しいのもイヤだって……そう思うなら、オレが終わらせてやる。痛くも苦しくもせず、お兄ちゃんが……死なせてやる」


 運ばれてきたコーヒーに口をつける。

 ほろ苦い熱が喉を潤しただけだが、不思議と昂った感情が少し落ち着いたような錯覚になる。

 志音としても答えを急かすつもりはない。


「どちらにするか……どちらにしたいかは、お前が決めていいよ♪」


 志音はただ微笑み。

 フィオナは優しく少女を撫でた。




     ◇◇◇




 少女は困惑していた。

 十年にも満たぬ若さで、これまでどれだけの苦痛や苦悩に、その身を焼かれてきたか……志音も、フィオナも、知りはしない。

 だが、フィオナは少女を救ってくれると言う。

 志音は……少女を楽にしてくれると言う。


 それがどれほど残酷で……どれだけ恵まれた選択肢なのか、幼き少女には知りえない。


「…………あ……」


 自分の口から、音が出た。

 それは知らない音。

 最後に聞いた自身の声とは似ても似つかわぬ、掠れた音。


 知らない音を発する口に、いまだに戸惑いながら、二人を見上げる。


 これまで少女を苛めてきた怖い大人達とは違う。……優しい二人。

 言葉の意味など一割も理解できない。……だが、二人が少女のために何かしようとしてくれている。それだけはわかる。


 だから、少女は言いたい。

 少女の「言葉」で、二人の恩人に……感謝の言葉を伝えたい。


「……あ……ぅあ」


 だが、口から言葉がでない。

 少女は……誰かに感謝の気持ちを伝える言葉を、知らなかったのだ。

 それだけ昔から――「ありがとう」を知る前から、少女はあの首輪に縛られてしまったから……

 声を……言葉を取り戻した今でさえ、少女は感情を伝える術を知らない。


 だから、少女はフィオナの手を握った。

 強く、かき抱くように強く、握った。


「……そうか。ならオレの出る幕じゃねぇか……。頑張りな……」


 そう言って、志音は立ち上がった。

 そしてそのまま少女に背を向け……歩き出す。

 慌てて少女も立ち上がり、志音の手を握った。

 右手にフィオナの手を、左手に志音の手を握り、必死に……力強く抱き寄せた。


 まだ、何も伝えていない。


 まだ、「ありがとう」を言えていない。



 だから……




     ◇◇◇




「……あぁ〜……コレはどうとらえるべきなんだ?」


 右手を少女に抱き締められ、その場で固まってしまう志音。

 その反対では、フィオナも同じ様な状況に陥っていた。


 最初に少女がフィオナの手をとった時、志音は「少女が生きることを選んだ」と、そう思い……自身の――死神の出る幕ではないと、少女をフィオナに託して身を引くつもりだった。

 志音は少女を殺すつもりだったが、けして『殺したい』と望んだわけではない。

 仕事なら話は別だが、今回はプライベートである。

 少女自身が『死にたくない』と……『生きたいと』と望んだなら、志音は大人しく刃を下よう。


 そして用済みの志音が、いつまでもこの場に残る理由はない。

 あとの事はすべてフィオナに任せて、志音は退散する。



 ――予定だった。


 事実、ソレを阻んだのは志音の右手を握る、少女の華奢な手である。

 他ならぬ少女に、引き留められてしまったのだ。


 ソレを見て、選ばれて安堵していたフィオナの顔が一気に凍り付いていた。



 どういうこと?


 それこそが、志音とフィオナ……二人の共通認識であった。


「……う……あぁ……」


 どちらも手放したくない。……そんな甘えた選択が許されるほど、この世界は都合よく出来てはいない。

 志音もフィオナも、……この少女という存在があるから、今こうしている。

 逆に言うならば、少女がいなければ……話すどころか、関わりもしなかった。『赤の他人』以外の何者でもない。


 志音とフィオナ。

 二人の視線は、自然と……繋がれた手から、お互いへと向かう。


 その瞳には、互いに敵対する意思を秘めて……。

『その手を振りほどけ』……そう言わんばかりに。

 だが、そうしない。そう言えないのは――


「……っ……んっ……!」


 二人の手を抱き締めるその小さな体が、なによりも必死で……震えて、儚げで……。

 ドチラかが手を放すだけで……壊れてしまいそうなほど、か弱かったから。


「……はぁ……。まぁ、子供相手に「今すぐ答えを出せ」なんてのは、さすがに急かしすぎたのかもな」

「……そうですね」


 無言で視線を交わす。

 一時休戦という形で、今は妥協するとしよう。

 フィオナは少女を安心させるように、優しく抱き締める。

 志音もフィオナの指すような視線に諭されて、大人しく席に戻った。


 ……くぅ〜……


「……っ」


 そこで、不意に聞き覚えのある音が……少女達側から響いた。

 ほんのりと顔を赤らめ押し黙る少女と、一瞬キョトンとしたのちクスリと微笑むフィオナ。


「そういえば、もう昼時か」


 学園を脱け出し、着替えて少女を拾って、小一時間連れ回した。

 移動時間も含めれば、確かにそんな時間になっていても不思議ではない。

 実際、携帯端末を起動させてみれば、時間はゆうに昼食時を過ぎていた。


「んじゃ、移動するのも面倒だし、この店でなんか食っていくか……」

「不本意ながら同意させていただきましょう」

「あぁ? この店で食うのになんか不満でもあんのかよ?」

「いえ、そんなことはありません♪ ……ただ、アナタの出した提案にのる……という行為が不本意なだけですわ♪」

「……言ってくれんじゃねぇか、このクソアマ……」

「言葉が汚いですよ♪ 子供の目の前で、そんな言葉遣いをされるのは慎んだ方がよろしいかと」

「……生憎、お上品な言葉遣いとやらに縁がなかったもんでな」

「では口を開かない事をオススメします♪」


 優しい笑顔の奥に、明らかな敵意を隠そうともしないフィオナ。

 どうやら、創正とは違った意味で……またこのフィオナも志音が苦手とするタイプの人間のようだ。


 正論で諭し上から目線で何でもかんでも押し付けてくる創正や、常時天使のような笑顔で流れるように毒を吐くアリシア、自身の言いたいことを隠さずまっすぐに告げるミューレとも……似ているようで違う。

 むしろ三人をたして3で割った感じだろうか。


 三人に共通して言える『高貴さや気丈さ』は、むしろ三人の誰よりも洗練されている。

 紅茶に口をつける仕草一つをとっても、見惚れてしまう程の気品があった。


 志音には関係のないことだが、おそらくこのフィオナも相当な貴族の娘なのだろう。

 敵意を向けられる事にいい気はしないが、貴族家系の箱入り娘ならば……邂逅は今回限り。

 少女の件が終われば、もう会うこともないはずだ。


 ピクつく頬を何とか愛想笑いで固定し、自身を無理矢理納得させる志音。

 今回だけ。……そう、今回だけだ。


 段々と加速するストレスから目をそらすように、店のメニューを開く。

 カフェというだけあって、メニューには、ガッツリとした食事メニューよりも、軽くつまんだり小腹を満たす程度の軽食メニューや、デザートメニューが多い。

 それに、ただでさえ今は祭り時期なのだ。大通りに出れば、飲食系の露店は嫌と言うほど出ている。

 昼食時なのに、この店が空いていたのもソレが原因だろう。


 志音は店員を呼び、人数分の飲み物とサンドイッチ、それと軽食を2〜3種類注文した。


「……まぁ、別にオレは食う方でもないし……。このくらい頼んどけば問題ないだろ」

「……せっかく、これからは自由に食べることが出来るんですから、もっと沢山頼んでもよかったのではないですか? 金銭が足りないのであれば私からも出しますし」

「……、……はぁ、これだからボンボンは……」

「む……なんですかっ」

「あのな……、奴隷だったってことはまともに飯を食ってる可能性も低いってことだ」

「ですから、沢山食べさせてあげるべきでしょう!」

「拒食症って病気知ってるか? あまりにも食べない日や不定期な食事が続いた場合、体が食事を受け付けなくなるって病気だ。善意の押し付けで、ただ大量に食わせりゃいいって単純な話じゃないんだよ。バカが」

「……っ、……むぅ」

「足りなきゃ追加で頼めばいい。……それと、一度や二度の食事で尽きるほど金銭的に困ってるわけじゃないから。貴族以外は貧乏人って思ってるなら、その価値観を早めにどうにかすることをオススメするよ」

「…………」


 無言で睨まれた。

 志音も志音で、普段から使っている『作り物の悪人面』ではなく、自然に出た本気で見下す目で睨み返す。

 ザ・険悪ムード全開である。


 同席している少女も、居たたまれなそうにしている。

 両親のケンカを不安げに見守る娘のようだ。

 周囲の目もあるし、さぞ居心地の悪い状況だろう。


 痴話喧嘩でも見ているように、周りも遠巻きに苦笑していたり……。


「私はアナタが嫌いです」


 フィオナは面と向かってド直球に嫌悪をぶちまけるわ。


「奇遇だな。オレもお前が嫌いだ」


 普段は気にも止めないような言葉に、何故か反応してしまう志音。


 志音には珍しく……、相性は言葉にするまでもなく『最悪』だった。

 さすがに見かねた店員が仲裁に入ろうと近付いてきた……のだが――


「あ、……あの、お客様……、店内で騒がれるのは他のお客様のご迷惑となりますので……その……」

「「…………」」

「ひっ……、ああああの……ケンカでしたら、そ……そ……外で……」

「「もうしわけありません!」」

「ひゃいぃっ!! めめめめ滅相もございませんごゆっくりどうぞぉ!」


 何故、このタイミングでよりにもよって気弱そうな店員を寄越したのだろうか……。

 涙目で厨房へと逃げ出してしまった店員を尻目に、志音はため息混じりに視線を外へとそらす。

 フィオナも興が削がれたように、志音を無視して少女の頭を撫でる。

 ピリピリムードはそのままだが、言葉の交戦は冷戦状態になった。


 それから数分後、また先程の店員が志音達の席へとやって来た。

 今度は両手に料理と飲み物を持って……


 だが……


「お、おまたせ……いたしました……。こここコチラ、ご注文のサンドイッチと……お飲み物に……なります」


 ガクガク怯えているせいで……、今にも皿を落としてしまいそうだった。

 もう見るにたえないほど、あからさまに怯えている。


「……あぁ〜……、なんか、すいません」

「い、いえっ!!」


 危なっかしく震える店員から料理を受け取ると……、店員は素早く頭を下げ、逃げるようにまた厨房へと隠れてしまった。

 やり過ぎてしまっただろうか?

 志音は少し反省するも、やはりフィオナとは仲良く出来そうにはないので……当然食事中も無言は続く。

 こんなに味のしない食事は久しぶりだ。


 ……ちなみに……


「……っ! ……あぁ……っ!!」


 少女だけは……それはもう、この世で一番おいしい物を食べたような、驚愕と幸せに満ち溢れた満面の笑顔でサンドイッチを食べていた。

 それを大袈裟などと口を挟むような野暮な真似は、志音もフィオナもしない。

 ただ、この瞬間だけは……その無邪気な笑みを優しく見守っていたい。……そう思ってしまったから。



 数分後、昼食を終え、志音が会計を済ませている間、2人には先に店を出ているように言っておいたわけだが……


「……」


 店の入り口付近に、2人の姿はなかった。


「……あの、クソアマ……っマジでムカつくな」


 このまま2人を放っておく……そんな選択肢も志音にはあった。

 少女がソレを望み、フィオナにソレを叶える力があるのならば……そこに、志音が関わるべきではない。


 不幸を呼ぶ『死神』では、むしろ足手まといになるだろうから……。


 ……だが――


「まだ、ソイツは『答えを出してない』だろうがっ!!」


 苛立たしげに呻き、宛もなく志音は走り出した。

 もちろん、少女を探し出すために……。




     ◇◇◇

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