②四話(2)
夕凪 志音は『最弱』である。
それは単なる噂などではなく、この一年間の戦績……全戦無勝全敗という絶望的な数字から導き出された『事実』である。
強き者が必ず勝つのならば、必ず負ける志音はまさに最底辺なのだ。
では、『強さ』とは何か?
単純な筋力が優れていたとしても、当たらなければ無いのと同じだ。
いくら素早く動けたところで、敵に有効打を与えられなければ無駄に疲れるだけ。
頑丈だったとしても物量に任せた連撃を受け続ければ、いつかは崩れる。
技を持っていたとしても使えなければ意味がない。
優れた《魔法》を使える者? それこそ、生まれつき持つ《マナ》の量や質、使用者の才能による。努力云々でどうにかなる話ではない。
事実、学園内『最強』とうたわれる夕凪 結歌は《魔法使い》ではない。
再度問おう、『強さ』とは何か?
人望? 財力? 身分? どれも『力』に足り得るながらも、『強さ』とはきっと違う。
強いから勝つ。
勝つから強い。
弱いから負ける。
負けるから弱い。
常に勝つから結歌は強く、常に負けるから志音は弱い。
だから志音は弱いのだ。どれ程の力を隠し持っていたとしても、志音が弱者であることに変わりはない。
志音はけして『勝たない』のだから。
――やらかしてしまった。
それが志音の、試験を生き残った感想である。
その場の空気に流されるまま、『かなり目立つ』勝ち残り方をしてしまったのだ。
結歌やアリシアは元からだとしても、それ以外の者達からも目を付けられてしまったかもしれない。
敵視程度ならばまだマシ。恐れられたり、警戒されるたりならば、無視を決め込もう。コチラからちょっかいを出す気はない。
問題は……、無駄に自意識過剰な実力者から『挑まれる』未来である。
戦闘を推奨する学園とはいえ、決闘事はかなり大事になる。それが学園序列上位の猛者同士の決闘ならば、もはや祭り騒ぎだ。
噂にならない事などまずありえない。
もしも今回の試験で、志音の力に興味を持った猛者が……あるいは、愚者が……志音に決闘を挑んできたら……?
答え……無駄に目立つ。
それに対する志音の対処は?
有無を言わせず『逃げる』である。即! ナウ!
試験が終わった瞬間、志音は逃げた。
《黒》【マヴロ】で無駄に強化されてしまった肉体を、全力で駆使し……、アリスやリアーナ達の事など無視して、物理的に駆け出した。
校門から外へ出る。……などという愚行は起こさない。
――危険区である森林を突っ切って、全力で逃避行を試みる。
(……せめて! せめて、あのバカ二人には捕まらないところまで!!)
もちろん、学園のツートップ様のことである。
ただでさえ最強の名を欲しいままにするあの二人に、万が一にも『正式な決闘』など申し込まれでもしたなら……、それだけで志音の平穏な日常は、簡単に崩壊してしまうことだろう。
それにどうせ明日の《ラグナロク》で、嫌でも拳を交えなければならないのだ。今すぐに、戦う必要はない。
試合の前日に、自身の手の内を晒すなんていうのは、バカと無能がやることだ。
なので、志音は逃げた。
気付けば、城下町の賑やかな大通りまで来てしまっていた。
大きな祭り時期だからか、露店も多く、観光客や地元の人間も絶え間なく溢れかえっている。
「……木を隠すなら……ってやつだな」
振り返るが志音の後方に追手が来る気配はない。
当然だ。最底辺を捕まえるために、何故わざわざ人員を割く必要がある?
そもそも、単なる志音の思い過ごし、という可能性もあるのだ。
だとしても……念には念を……である。
学園では二時限目のカリキュラムが終了した頃合いだろう。荘厳な鐘の音が、数キロ離れたこの場所まで聴こえてくる。
人でごった返しているとはいえ、平日の真っ昼間にこんな場所で学園の制服を着た者が歩いていては、当然ながら奇異の的だ。
せめて服装だけでもどうにかしなくてはならない。
《魔法》で簡単に代えられるならば、こんな苦労もしなくて済むのだが……、当然、志音に《魔法》を行使する力などありはしないわけで。
「……仕方ない、適当にジャージでも買うか……」
お金の力で解決するのであった。
◇◇◇
街中に捨てられたボロ雑巾。
そう比喩するのが妥当と言えるような少女が、路傍を這いずっていた。
手っ取り早く服装を整えた志音が、『ソレ』を見付けたのは……単なる偶然である。
「…………」
気分は、当然最悪だ。
ソレを無視する奴等には虫酸が走るし、ソレを捨てた主には殺意すら沸く。なにより……その事実を黙認するこの国にも、嫌気がささずにはいられない。
志音は『善人』ではないのだ。
今この場で、この少女を助ける……なんて選択肢は、志音の中には存在しない。
当然である。
この島に孤児院なんて都合のいい施設はないし、志音にこの少女を養ってやる富はあったとしても……『時間』がない。
そもそも、志音は『悪人』なのだ。
『名も知らぬ誰かを救う』なんて善行……それこそキャラではない。
だから、この瞬間に志音がとるべき行動は決まっている。
『無視する』――である。
他の者達同様、『見てみぬフリ』をして、『何も知らぬ』と……見なかった事にするのだ。
無責任に手を差しのべ、あとになって『面倒を見きれなくなった』と捨てる『偽善者』よりは、余程マシな選択だ。
「…………」
志音は何も『間違っていない』。
他の人間もそうしているのだ。
多数意見を正義とするなら、志音がこの少女を『救わなかった』としても、何も間違ってはいないはずだ。
他の人間もそうしているのだから……――
「……チッ、虫酸が走るな……」
志音は『善人』ではなく『悪人』なのだ。だとするなら……、こんなクソみたいな集団心理とやらに付き合ってやる理由もない。
志音は少女に近付く。
周りからの視線など無視して、志音は『所有権を放棄された奴隷少女』へと近付いていく。
「……おい、クソガキ。生きてるか……?」
志音の声に――志音の言葉に、顔を上げた少女の顔は……、人為的な傷と、土埃やこびりついた血などの汚れと、……渇れることなくこぼれ続ける涙でグチャグチャになっていた。
その目にもはや生気はない。
ただ生きているだけの死体。
志音を見上げる瞳に感情はなく、無差別な殺意と憎悪……なんて正当な権利すら放棄していて……。
ソコには何もなかった。
「……一応は、生きてるって事でいいか」
クスリと笑みを浮かべ、志音は少女を抱き上げた。
『モノ』ではなく『人』を抱えあげるように、優しく……傷付けないように、そっと……
お姫様を抱き上げるように……
「…………っ!」
一瞬、ビクッと震えた少女。
だが暴れる気力も体力も残っていないのか、暴れ出すこともなく……志音のされるがままに大人しくなった。
……軽い。
「……」
心の奥底から沸き上がる……ドス黒い感情を圧し殺す。
暴れ出したい衝動を押さえつけ、志音は『いつも通り』を演じる。
作り物の悪人面で、誰に告げるでもなく、……だが誰にでも聞こえるように告げる。
「いい拾いモノをした。中古品っぽいが、誰もいらなそうだし……オレが貰っちまっても、誰一人文句はないよなぁ?」
志音の口から紡がれる言葉に、反応する者はいた。……だが、誰一人として声を上げる者はいない。
「壊れるまでオモチャにして、飽きたら……殺すか」
拳を握り締める者がいた。
眉間にシワを寄せ、怒りを隠しもしない者がいた。
舌打ちする者、志音を睨む者……
いい反応などある筈はない。
……だが、誰も志音を止めることはない。
「……へぇ、こんな腐った場所でも、まともな奴は一人くらいいるもんなんだな」
……ただ一人を除いて……。
白いローブに身を包んだ……少女だろうか?
志音の目の前で、むき出しのナイフを志音に突き付け、その瞳に失望と怒りを孕ませた……一人。
「……釣れたのは、アンタだけか……。まぁいい、少し場所を変えて話でもしないか?」
返事も待たず、志音は歩き出す。
◇◇◇
誰にも望まれぬ命。
そんなものはない。……と言うのは簡単だ。
誰かが必ず、その者の生を願っている。
……ならば、その誰かが死んでしまったなら、どうだろうか?
自分が他者を傷付ける呪いにかかっていたら?
不治の病の感染源だったら?
政治的に邪魔な存在だったら?
人間からも魔族からも疎まれる……『化け物』だったなら?
それでも、誰かは……生を願ってくれるのだろうか?
生を願う者が一人いたとして、死を望む者が百万人いたとする。
自身すら『死んでしまいたい』と思っていても……
……生きなければならないのだろうか?
◇◇◇
「……何をしているのですか?」
唐突に口を開いたのは、ローブを纏った少女だった。
あの出会いから、かれこれ一時間弱。
「会話をしよう」と持ち掛けたはずの志音は、ローブの少女も抱えあげた元奴隷の少女も無視し、お構い無しに各店を転々とまわっていた。
美容院、服屋、装飾店
少女達の意見も聞かず、志音は勝手に買って、勝手に元奴隷のみすぼらしい少女を着飾っていった。
もちろん、志音の自腹である。
女性の服は高い訳だが……。
そして更衣室から出てきた少女は、ゴシックなドレスに身を包んだ可愛らしい少女へと大変身を遂げていた。
いまだ戸惑う少女を置き去りに、志音は満足そうに頷く。
「少し古傷は目立つかもしれないが、やっぱりな……。ちょっと着飾ってやればけっこう可愛いじゃねえか」
そして、現在にいたる。
黙って見ていたローブの少女が痺れをきらすのも無理はない。
なんの説明も無しに小一時間も振り回されたのだ。
少女の抗議の視線に、志音はやっと振り向いた。
「何って、お人形の着せ替え遊びだが?」
「……っ、何を考えてるのかしら……。そんな事よりも、もっと他にしなければならないことがあるのではないでしょうか……?」
少女はまたナイフを取り出す。
「こんなに小さくても女なんだ。身嗜みは大事なんだろ?」
「奴隷の首輪があっては、身嗜み以前の話だと思うのですが?」
奴隷の首輪を外すには、主の持つ『鍵』が必要不可欠である。
どれだけ形だけの自由を取り繕ったところで、その首輪という存在が、少女を蝕み続けるのだ。
物理的に外そうとすれば、激痛が少女を襲う。
刻印として付与された術式を解くには、鍵か……もしくは、相当な経験と実力を備えた《高位解呪魔術師》の協力が必要なのだ。
拾ったからといって、志音が主となるわけではない。
例えるなら、他人に借りたオモチャで遊んでいるようなものである。
「……あぁ〜、たしかに、コレのせいで台無しだな」
いいながら、志音は少女の首輪に触れた。
「だめ! 力任せに外そうとしては……っ!!」
ローブの少女が叫ぶも、遅い。
少女が今から待ち受ける激痛に身構え、目をギュッと瞑る。
だが志音は構わない。
《黒》【マヴロ】で指先だけ侵し、その黒く染まった指で首輪に触れる。
……正確には、首輪に刻まれた《術式》に……干渉する。
そして、革製のベルトごと破壊した。
文字通り跡形もなく。
「……っ! っ!?」
「……そんな、こと……」
目に見えて動揺する二人の少女を前に、志音は優しく微笑んだ。
「どうだ? ちょっとはスッキリしただろ」
◇◇◇




