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『英雄』を狩る者  作者: オーエン
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②第四話【『王』】




(何よ……)


 少女は憤っていた。


(何なのよ……っ!)


 数千人という生徒を抱え込むこの学園内で『第七位』という肩書きを持つ、最強の一角とも言われる少女……ミューレ・ニル・コフィナは、全身を震わせ……自身の目の前で起きた『現実』に、目を疑わずにはいられなかった。

 「夢でした」と言われた方がよほど現実味がある。……それほどの衝撃。


(何だっていうのよっ!? あの強さはぁああああああっ!!!)


 心の中であっても、そう叫ばずにはいられない。


 《ラグナロク》前日に行われる追加生徒の適正試験。

 それは、ランク圏外の者達が《ラグナロク》という聖戦への参加資格を手に入れるための、狭き門である。

 十数人と上限は決まっているが、実力が伴わなければ一人も残れないことも、過去には何度もあった。

 そもそも、実力の有無は学園内順位に出ている。ミューレ達のようなトップランカーが気に止める程の実力がある者ならば、百位圏内から漏れるはずがない。


 だから今回も例年の如く……、身分不相応な『弱者』の悪足掻きを暇潰しに見に来たのだ。

 少なくとも、ミューレはそのつもりだった。


 例年通りならば、試験内容は引き抜き制のサバイバル戦である。

 数百に達する生徒達を制限なしで戦わせ、トップランカーの目に止まった者を引き抜いていく。最終的に生き残った一人と、ランカーの引き抜いた数人が、明日の《ラグナロク》に参加する資格を得るのだ。

 だが、絶対に選ばれるわけではないし、あまりにも『つまらない試合』だった場合は、生き残っても不合格となる場合もある。


 参加枠は絶対ではないのだ。


 そして今回は、まさに『異例』である。

 トップランカーの中でも上位……トップ三に位置する、ロイド自らが試練を与えると言い出したのだ。


 ミューレは確信していた。


 誰一人、生き残れはしない……と。



 だが……現実はどうだ?

 助け合いで残った『弱者』の群れが数人いるが、……少なくとも四人、自身の実力のみで残った者達がいる。


 ユノ・バーン・ログリット。

 今年入ってきたばかりの新入生である彼女は、ただ単に頑丈なだけだ。

 ロイドの放った氷弾に対し、見切っていたわけでも反応できていたわけでもなく、『全弾命中』した上で立っていた。

 その堅さは充分異常だが、ミューレに言わせればその程度である。恐れるに足らない。


 ヴァージェス・J・グロッセは、環境の性質や人の情などを上手く利用していた。

 TPOを正しく理解し、他者を利用することに無駄な情を挟まず、生き残ることを第一に考え行動してみせたのだ。

 しかも、自身の手の内を明かさず、『その後』に備え、無傷で……である。

 勝利に対する狡猾さには、目を見張るものがある。だが、手段が気に入らない。

 学園内序列は百三十二位と、高くはないが……、その隠した実力によっては、トップランカーに迫る可能性もある。


 それはヴァージェスだけではない。


 ……フォン・クーリャン。

 ランクは百八位と言われているが、過去の戦歴を見る限り……確実に『本当の実力』を隠している猛者だ。

 必要最低限の戦闘しか行わないため、勝ち点こそ少ないが……いまだに負けの戦歴は数える程しかない。しかも、そのいずれも、自身から降参する……という負け方であり、実質……真剣勝負での負けはなかった。


 ミューレもこの三名までならば、残る可能性はあると予想できてきた。それほどの人材である。

 だが……、最後の一人。


 ――夕凪 志音。

 学園内順位最下位にして、誰もが認める『最底辺』である。

 友情を軽んじ、努力を鼻で笑い、勝利を「無駄」と断ずる。学園きっての不適合者。

 これまで行われてきた試合でさえ、一度も勝利することなく……どうして学園に残れているのかさえ不思議な、落ちこぼれ中の落ちこぼれ……。



 その……はずなのだ。


 そのはず、なのに……。



「何だっていうのよ! あの最底辺は……!!」


 また思い出してしまう。

 つい数時間前に目の当たりにした……あの姿を……。

 絶対に砕けるはずのない、あの『氷壁』を……容易く、黒いガントレットに包まれただけの拳で、砕いてしまったのだ。

 第七位であるミューレでさえ、あの『氷壁』を砕くことは出来ないというのに……、あろうことか最下位の志音が……。


「……ありえない!」


 ロイドが手を抜いていた。

 志音が身体強化系の《魔法》を多用していた。

 周りの連中が影で何かをしていた。

 そもそも、志音とロイドが手を組んでいて、三文芝居をしていた。


 考えられる可能性はいくらでもある。

 ミューレはこの数時間、ずっと自身にそう言い聞かせてきた。


 何か裏があるに決まっている。


 だが、それと同様に……考えたくない可能性も強くなる。


(もしも、アレがアイツの『隠していた本当の実力』だとしたら?)


 そう考えると合点がいく要素もいくつかある。

 身内とはいえ志音を信用しすぎている結歌。

 先日行われた対抗試合以降、妙に志音を意識しているアリシア。

 初対面であるはずなのに、志音の実力を疑いもしなかったロイド。


 志音という生徒は、形はどうあれ学園のトップスリーと何らかの繋がりがあるのだ。

 一般生徒ならば、こうはいかない。


 そしてなにより……『頂点』の弟なのだ。

 『強い』可能性ならば、十分にあった。


「だとしても……気に入らないわ!! これまで『誰にも悟らせずに』一年間も隠し通した、とでも言うつもりっ!? それこそ、ふざけてるっ!」


 らしくなく声を荒げるミューレに驚き、そばに侍る従者の一人が動揺して手に持っていたカップを落としてしまった。

 当然のように飛散する紅茶と、甲高い音をたてて砕けるカップ。しかも、アンティークの一点もので、ミューレが大層気に入っていたカップである。

 従者は血の気が引いたように青ざめ、慌ててミューレの足元に跪いた。


「も……も、申し訳ありません! お嬢様」


 従者の名は、クラン。

 家名さえ与えられぬ奴隷貧民であった元孤児である。

 クランだけではない。

 聖都市 《オーヴェイン》に建てられた、『ミューレ個人』の別荘であるこの屋敷には、数十を超える元孤児が使用人として働いている。


 年端もいかぬ幼い子供達。

 クランはその中でも最年長である十六歳。年長者であっても、ミューレよりも年下である。

 だが、それでも使用人としての能力には優れており、ミューレが新調させた執事服もよく似合っていた。

 そんな少年……いや、少女が、ミューレの目の前で血相を変えて震えている。


 怯えている……。


 ……『また』、捨てられる……と。



 そして、少女は脅えていた。

 ミューレ以外の……この室内に集まっていた『猛者達』から注がれる、心臓を掴まれるような……濃密な殺気に……。


 タイミングが最悪だった。

 よりによって、ミューレが『対志音』用にと召集した、ミューレに忠実に従う学園内の猛者達の目の前で……、ミューレに粗相を行ってしまったのだ。

 クランのか細い命は、ミューレの「殺りなさい」の一言で簡単に消し飛んでしまう。そんな緊迫した状況。


「…………」


 ミューレは今、とても機嫌が悪い。


 予定外と予想外、果ては『くだらない三文芝居』まで見せられ、たいへん面白くない状況に苛立ちさえ覚えていた。


「……お嬢様、私が処分しましょうか?」


 学内序列二十五位、エトワールが囁く。

 その意見に同意するように、殺意を膨れ上がらせる者達。


 ミューレは不快だった。

 だから、紡がれる言葉は決まっているのだ。

 『群衆の王』の二つ名を持つ頂点の一角であるに相応しい一言を。


「……随分と、調子に乗っているようね?」

「…………っ」


 猛者達以上の覇気を纏って、王として……告げる。

 この世の終わりを宣告されたような、絶望に歪んだ顔で震えるクランに……



 ――ではなく……


「あたし以下でしかない雑魚風情が、揃いも揃って……あたしの『所有物』に手を出すつもり? ……なに? 死にたいの?」


 殺意を向ける者達へ向けて。


「「「……っ!?」」」


 ミューレの威圧にあてられ、慌てて殺意を納める猛者達。

 ミューレの言うように、彼らは総じて『ミューレ以下』なのである。

 ミューレの言葉に背く者は、この屋敷内には存在しない。

 それは身分故ではなく、純粋な実力差からなる当然の上下関係なのだ。


 ミューレはクランの前に座り込み、真剣な瞳で問う。


「怪我はしていない?」

「……」


 クランは声すら出ない。

 使用人としてすら価値のないはずの自身を、心から心配するミューレの行動に……思考が追い付いていないのだ。

 「はい」と答えなければならない。だが、喉から絞り出される声は嗚咽を孕み、言葉になることない。

 必死に頭を縦に振る。


「そう。なら、いいわ」

「…………っ……! か……カップ……が」


 ようやくクランの口から絞り出た言葉。


「カップなんて所詮は『モノ』よ。カタチあるモノなら、どうせいつかは壊れるもの……。カタチを無くした程度で価値を失うカップなんかよりも、アナタの方が大切だと思うのは当然でしょう?」

「……あ……あぁ……」

「それに、あたしはアナタを……アナタ達を捨てたりなんかしないわ。……クズみたいな大人達と一緒にしないでほしいものね」


 ミューレは大人が、嫌いだ。

 身勝手な願望を子に押し付けておいて、勝手な『大人の都合』とやらで……簡単に子供を捨てる。

 親の権力にあやかる子供も嫌いだ。

 無力な分際で、言いたいことを威張り散らすだけの無能に、何故気を使わねばならぬというのか?


 ミューレに両親はいない。

 ミューレに血の繋がりはない。


 だから強くなった。

 力を示し、強さを示し、権力と爵位を掴みとり、若くして『群衆の王』の名を勝ち得た。すべては生きるために……


 だから、ミューレは志音を認める事が出来ない。

 力を示す事で生き抜いてきたミューレに対して、力を隠して生き残ってきた志音。

 夕凪家という名家に生まれ、最強の姉に守られ、何もせずにぼんやりとダラダラ過ごす志音が……ミューレは嫌いだった。


 何か裏がある。

 そうに決まっている。

 だから、その化けの皮を剥がなければならない。その為に必要な『コマ』は揃えた。

 この場に集まった猛者はすべて百位以内。そして、ミューレに忠誠を誓う者達である。


(そうよ。焦る必要はないわ。……すべては明日になれば……)


「お……おじょう、さま……」

「割れた破片の片付け、お願いしてもいいかしら?」

「……は、はい! はいっ!!」

「手を怪我しないよう気を付けさい」

「はい!」


 ミューレは気丈である。

 大多数で一人を痛め付ける、なんて卑怯なことはしない。

 何より、学内序列最下位の志音一人に対して集団で攻める、なんて作戦、ミューレの命令であったとしても彼らがまともに取り合うとは思えない。

 むしろミューレの信用を損ないかねない愚策だ。


「……ミューレ様、それで……わたくし達への用件というのは? もちろん、ココに揃った戦士達は誰一人として貴女様の言葉にノーと答える者はおりません」


 大仰に両手を拡げ高らかに告げる黒ずくめの男。

 学生ではない。


 この男こそ、『死神』と呼ばれた暗殺者である。黒いコートの下には数えきれない程の暗器を装備し、暗殺に適した数々の《魔法》を使いこなす、『死神』の名に相応しいだけの力を持つ者。

 整った容姿に貼り付いた微笑みも、どこか殺気を纏っていた。

 正真正銘の『殺し屋』である。


「……」

「わたくしめの顔に何か?」

「……昨日、会議でアナタの名前が出たわ。なんでも、数十人の暗殺者を殺した……とか」

「……、あぁ、その事ですか」

「事実なの?」

「えぇ、少々目障りでしたので狩らせていただきました♪ 良き見世物でしょう?」


 男は悪びれもせず肯定する。


「あまり目立たないで……って、忠告しておいた筈だけど?」

「『死神』ですので……いくら貴女様の命令とはいえ、どうしても……『死』に飢えてしまうのです」

「……狂ってるのね」

「そんなわたくしめを傍に置く貴女様が、ソレを言われますか?」

「……」

「……」

「ふん、まぁいいわ。これからは事後処理くらい気を付けなさい……。詮索されては面倒なの」

「その御慈悲……痛み入ります」


 大袈裟に跪く『死神』。

 息をのみ、その光景を呆然と見ていることしか出来ない……猛者達。

 ミューレは彼等とは違う。

 この聖都市で怖れられる『死神』すらも、ミューレには『コマ』以外の何物でもないのだ。


「明日の《ラグナロク》、あの最底辺が参加することになったわ」

「「「っ!?」」」


 彼らが狼狽えるのも仕方のないことである。

 強者しか参加の許されぬ聖戦に……よりにもよって、あの最弱生徒が加わると言っているのだ。

 だが、ミューレの前に立つ彼らは疑惑の意見を吐く事もなく、ミューレの次の言葉をただ黙って待つばかりだ。

 「目障りだから消せ」と言われたならば、彼らは躊躇なく行動を起こす。

 身内である結歌への恐怖よりも、ミューレの命令の方が彼らには重要なのである。


「……あたしが直接戦うわ……。だから、アナタ達は絶対に手を出さないで」

「「「……っ!!?」」」


 二度目の衝撃。


「貴女様がわざわざ自ら手を下さずとも!」

「そうです! オレ達が!」

「ただ命令をくだされば、確実に消してみせます!!」

「……黙りなさい。あたしの命令がきけないの? コレは決定よ。異論を唱える権利がアナタ達程度にあるとでも?」


 鶴の一声。ミューレの放った言葉はまさにそれだ。

 少女の言う通り、少女よりも弱い彼らに……少女の言葉を否定する権利などない。ミューレを慕い、付き従うと決めた彼等ならば尚更である。


「あの男は、あたし自ら粛正をくだす」


 その瞳に、温情はない。

 ただ冷酷に……『王』の威厳と、揺るぎようのない戦意を纏う。


 そこに立つのは少女であり、……護られるだけの『姫』ではなく、戦う力を確かに持つ『王』の姿であった。




     ◇◇◇


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