②三話(6)
三発、四発……
回数を重ねる毎に、衝突音は増していく。
「……。見苦しい、とは言わないけど、無駄だよ。キミ程度じゃこの壁は砕けない」
五発目。
氷壁の表面にキズがついた。だが、そのキズも一瞬で消える。
志音が氷壁を砕く速度よりも、氷壁が再生する速度の方が早いのだ。
六発目。
氷壁に小さなヒビが入る。だが、また一瞬にして消える。
「キミ、頭いいんだろう? 無駄なことを続けるくらいなら、違う方法を試そうとは思わない?」
「…………」
七発目。
拳の半分程が氷壁を抉る。だが、それもすぐに消える。
「夕凪くんって、そんな努力家だったのかい? てっきり、もっと理知的で……敵の裏をかくのとか得意な、頭脳派だと思ってたんだけどな〜」
志音の目と鼻の先で優しく微笑むロイドだが、その目には『失望』と『落胆』の色がうっすらと滲み出ていた。
他の者達も同じだ。
ギリギリで生き残った者達も、氷線から下がった根性なし達でさえ、志音の今の行動を『無駄』だと勝手に判断し……まるで腫れ物でも見るような、同情的な目で志音を見ていた。
ソレが、第三位と底辺の圧倒的な差なのだと……。
「くははっ! 何だありゃあ! 力もねぇザコのクセに、必死こいて悪あがきかよっ。これだから、正義感『だけ』の無能は目障りなんだよっ!!」
その光景を滑稽だと笑い、何の躊躇いもなく志音を罵倒するヴァージェス。
「ねぇね? あの先輩は何をやってるんスか? 挑発? 八つ当たり?」
状況を一ミリも理解していないユノ。
「…………」
第二波を警戒しつつ、黙して志音を見定めるフォン。
多少の余裕を残して生き残った三人でさえ、誰一人……志音のその行動に意味があるとは思っていない。
無駄な努力。
氷線を越えることすら出来なかった者達は、その光景に絶望していた。……あまりの実力差に……。
志音が足掻いても、触れることすら叶わないのだ。
自分達に……届くはずがない。
九発目。
志音との接点を中心に、氷壁の表面に数メートル程の亀裂が走った。……だが、一秒と待たずに修復される。
「無駄だ……。無駄なんだよ!! テメェが何発殴ろうが、その壁は砕けねぇ! 膂力自慢だか、我慢大会だか知らねぇが、テメェみたいな落ちこぼれが残れるような世界じゃ――」
……十発目。
氷壁の全てに多大な亀裂を生む一撃。
すぐに氷壁は修復されたが……志音の口元には、不適な笑みが浮かんでいた。
「……何を騒いでいるのか知らねぇが、外野がギャーギャーうるせぇな……」
「…………」
志音の放った言葉に、ロイドの顔から油断のいろが消えた。
顔に張り付けた笑みも、普段の優しげなものから、戦士としてのソレへと……。
志音の行動に対する好奇心、戦場でビリビリと感じる……肌を突き刺すような殺気、……そして、ロイドがここ数年感じ得なかった……戦場での高揚感。
今、目の前に立つ志音を、ロイドは『敵』として認めたということだ。
「ならば見せてくれ。……キミを慕う『仲間』すら見捨て……それでも譲らなかった、キミの本当の『力』を……!」
「……おいおい、「見捨てた」ってのは、さすがに人聞きが悪いんじゃないのか?」
「事実だろう? 現に、この場にキミの友達は立っていないじゃないか」
「まぁ……今は、な」
志音は右腕を構える。
先程までと同じように、《黒》【マヴロ】を纏うこの拳で、目の前にそびえ立つ氷壁を砕くために……。
方法を変えるつもりはない。そもそも、変える『必要』がない。
「お前らが何を誤解しているのか知らんが、今までのは単なる「強度確認」だからな?」
……十一発目の拳。
今までとはケタ違いの、早さ、力、……何よりも、拳にのせた『意志』が違う。
とてつもない衝撃と、轟音。
どちらも今までとは文字通り、『ケタ違い』の強さと激しさを纏い――。
これまで、志音の拳を何度も防いできた氷壁は……まるで、ガラスが砕けるように、アッサリとその意味と形を無くしてしまった。
志音は、《黒》【マヴロ】の破壊の力を使うこともなく……、『絶対防御』と呼ばれた氷壁を、最底辺と第三位の……けして乗り越える事の出来ぬ『壁』を、壊したのだ。
志音が手を伸ばせば、ロイドに触れることができる。
それを証明するために……。
「ははは……、さすがは夕凪くんだ! お見事」
「……はぁ? おいおい、ほんのちょっと頑丈な壁を叩き割った程度だろ? 絶賛されるいわれはないと思うが? ……それとまぁ、変な誤解は解いとかないとな……――」
その言葉を待ちわびていたかのように、志音の足元に延びる『影』がグニャリと歪む。
ソレは水面のような波紋を描き、ソコから一人の少女が……顔だけをニョキッと出した。
「もう出てきてもいいぞ。……リアーナ」
《影魔法》の主であるリアーナは、コクりと頷くと、這い出るように志音の影から出てくる。
続くように、二人の少女……アリスとキティを連れて……。
「……先輩、遅すぎです」
「ボクもう待ちくたびれちゃったよぉ〜」
「…………同感」
平然とした顔で文句を口にする少女達を前に、ロイドは苦笑を浮かべるしかなかった。
「残念だったな。……オレは何も見捨てちゃいない」
「……はは、これは一本取られたね……。さすがにボクの《魔法》でも、影の中にまでは干渉出来ない。……それに……」
ロイドの視線の先には、当然だといわんばかりに銃口を向けるキティと、右手をロイドへと向けるアリスの二名。
形とすればその程度だ。
キティの撃ち出した弾丸を防ぐことも、アリスの放つであろう《魔法》を無力化することも、ロイドには容易すく出来てしまうだろう。
……だが、きっとそうはならない。
「…………抵抗は、無意味」
「お兄さん、まだ何かするの?」
何故か、ロイドの実力者故の『勘』が、「逆らうな」と警報をならしていたのだ。
殺気を放っているわけでも、覇気を纏っているわけでもない、ただの少女二人に……。
「……多勢に無勢を嘆くわけじゃないが、これ以上はよそう。……ボクの負けだ♪ 降参だよ」
「随分とアッサリ引き下がるんだな」
「そもそも、最初の目的は達したからね。これ以上、キミ達に嫌われるのは、百害あって一理なしだ♪ 無駄な戦いは避ける主義なんだよね」
「えーっ!! ボクまだ何もやってないのにー!? 色々な《魔法》を考えてたんだよ!」
「…………」
不服そうなアリスを無視し、大人しく銃口をさげるキティ。だが、警戒は解かない。
こういう瞬間、人間の性格がよく表れる。
「…………」
何も言わず、構えを解くフォン。
「あ、終わりッスか? もう痛い目みずに済むッスか? よっしゃキタァアアアア」
純粋に、もろ手を上げて喜ぶユノ。
ギリギリで残った者達や氷線後方で始終を見ていた者達などは、事態についていけず……いまだに呆然としている。
そして……
「……ふざけんなよ」
その光景……結果を前に、憤りを感じる者も、当然存在する。
「ふざけてんじゃねぇよ!! 雑魚同士が徒党を組んで、「立ってたから合格です」だぁ? 何もせずに隠れていた奴の方が優れてるとでも言うのか? 雑魚はどこにいても雑魚なんだよ! 運良く残れたところで所詮は雑魚だ!! 明日の聖戦に参加する資格なんてないんだよ!!」
感情のままに叫び散らす、ヴァージェス。
非道な手段を用い、味方も市民も……友や肉親であっても、目的のためならば容易く切り捨てる。そんなヴァージェスが、「理不尽」を口にする。
弱者に生き残る権利はない。それがヴァージェスの意志だ。
そして、言葉は波紋を生む。
今、倒れ伏している者は「立ち向かった者」であり、志音に並び立つ三人の少女達は「立ち向かっていない者」である。
隠れ潜み、全てが終わった後にひょっこりと顔を出した。
試練を乗り越えたどころか、……試練に「参加してすらいない」のだ。
そんな彼女達に、合格を主張する権利があるというのだろうか?
「……ふむ、どうやら誤解されているみたいだね。まず一つ、ボク達はいつ……キミ達の『強さ』とやらを試す、って言ったのかな?」
「……あぁん?」
「だって考えても見なよ♪ キミ達がどれだけ強かろうと、どうせ『ボク達以下』なんだ。今さら、キミ達の腕っぷしなんて試す必要もないだろう?」
「っ!?」
「ボク達が見たかったのは、そんな表面上の『強さ』なんかじゃない。……キミのように、環境の本質を正しく理解し、他者を利用できる者や……。他の者達のように、手を組む者、実力で残る者、自身の特異性を正しく使える者……。手段は様々だけど、生き残った者達だ。……彼女達の「別空間に潜む」って選択も、結果として生き残った『最良の選択』だと思うんだけど……何を責める必要があると言うんだい?」
ロイドはいつもの優しい口調で、残酷に告げる。
「強くても弱くても、生き残れなければ意味がない。……最後まで残った者だけが勝者だ」
……と。
そして、それに同意だと続くように……、今の今まで無言を貫いていた『頂点』の九人も、頷く。
「『膂力』も『魔力』も『知力』も『財力』も『権力』も関係ない」
「ここでは……生き残った者だけが『全て』だ」
ここまで読んでくださってありがとうございます!
ちょっと書きためてた分が少なくなってきたので、次回からは週一投稿になります。
毎週水曜日の12時に投稿していく予定ですので、読んでいたけると嬉しいです♪




