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『英雄』を狩る者  作者: オーエン
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②三話(5)



 志音も当然動き出す。


 その場にしゃがみ込み、右手で自分の影に触れる。

 前にもあったように、志音の腕は影に波紋を広げながら沈んでいく。……そして、何かを掴むと、勢いよく引きずり上げた。

 そこには、志音の予想通りの人物……


「よう、後輩」

「…………どうも」


 志音から、まるで猫のように首根っこを掴まれたリアーナがいた。

 お得意の《影魔法》で、志音の影に忍び込んでいたのだ。

 いつからいたのか、今の志音にはそんな事はどうでもいい。


「突然だが、この二人を頼む」

「……本当に突然ですね」

「今、お前以外に頼める奴がいないんだよ……」


 結歌とアリシアは試験官側。

 健吾やエイラはそもそも参加していない。

 そして、他の生徒に頼めるほど、志音は社交性も交友も持っていない。


「……五……四」


 カウントはなおも進む。

 時間はない。


 志音は、リアーナを影から完全に引きずり出すと、そのまま足に力を込める。

 《魔法》による強化や、《マナ》の集束などは必要ない。単純な筋力だけの集中。


「…………そうですか。……わたし、だけ……。……し、仕方が……ありませんね……」

「助かるよ」


 そして単なる踏み込みだけで、床にヒビが入る。


 そして、力任せの――



 ――跳躍。



 その瞬間、その場から……その位置から、志音の姿がかき消える。

 《魔法》による強化もなしに、志音は跳んだのだ。

 以前、アリシアと戦ったときに見せた縮地をも容易くこえる早さで……。


 これこそが《黒》【マヴロ】に犯され、……化け物となりつつある志音の、異常な身体能力なのである。

 もちろん、全力の跳躍ではない。

 志音本人からすれば、ほんの少し前へ飛び出しただけ……のつもりだった。

 ロイドのカウントが終わる前に、壇上まで辿り着ければ儲けもの。……その程度の意気込みで踏み出したその足は、志音の予想を遥かに超える力を伴い――



 ビタァーーンッ!!!!


「むぐっ!!」


 一瞬にしてロイドとの距離を詰め、残り数十センチというところで見えない壁に阻まれた。

 意図せずして、超高速の顔面ダイブをかましてしまったのだ。


 顔から……正確にいえば、額から、ひんやりとした不可視の壁に突っ込んでしまう。


「っつぅぁあぁぁ……」


 壁に叩き付けられたカエルのようなものである。

 《黒》【マヴロ】によって頑丈になってしまっている志音でも、予期していなかった激痛に悶えてしまう。


「《魔法使い》が相手ならば、《魔法》を使われる前に潰してしまえばいい。うん、前衛の選択肢としては百点満点♪ なんだけど……そんな王道な行動に、ボクが何の対策もしてないと思ったかい?」


 試験官と受験者、ランカーと志音達を区切る透明な氷壁。

 ソレは、固く、高く、厚く、……そして冷たい。近いはずの距離、目に見える姿、だが決してこの手が届く事はないのだ。


 その氷壁はまさしく、この学園の現状を鮮明に表していた。

 手を伸ばしても届かない絶対の存在。誰がどうあがいたところで、その距離を詰めることはできない。

 氷壁は堅い。

 熱で溶けることも、拳で砕くことも出来ない。だから誰も、この壁を壊そうとはしない。

 持ち前の『刃』を盾とし、無慈悲な暴力を前に怯えて待つことしか出来ないのだ。


「……くだらねぇな」


 この学園では、正しき者が矢面にされることはない。

 つまり角の立たぬ「良い子ちゃん」を演じていれば、平和に過ごすことができる。実力があればそれなりの順位について、それなりの職につき……、それなりの人生を送れることだろう。

 だが、ソコに何の意味がある?

 適当に学園生活を送って、半端なまま卒業する?

 創正との契約上、仕方なく入学する事となった志音はともかく、『自身から望んで』この学園に入学した者達が、そんな惰性的でどうする……。


 アイツ等には勝てない?

 ……くだらない。


 自身が勝手に決めた限界を、ランカー達が容易く越えてみせたから、何だというのか?

 生まれ持った才能? 努力してきた時間?

 それがなんだ。


 アイツ等に出来るのなら、『出来るのだ』。……不可能でないのなら、やり通せばいい。

 生徒達にとっての目標が、壇上に立つランカー達だと言うのなら、何故前に進もうとしない?



 つい数刻前、正当な暴力から志音を救ってくれた氷壁は……、今、志音を拒絶する無情な壁となり目の前に立ちはだかってる。


 額の痛みからやっと立ち直った志音は、右手を握り締め……《黒》【マヴロ】で覆われたその拳で、氷壁を殴りつけた。


 まるで地震と錯覚してしまう程の衝撃が、会場を震わせる。


「…………」

「無駄だよ。その程度じゃ、この壁は砕けない。……さて、時間だね。運が良ければ、重症程度で済むんじゃないかな♪」


 無慈悲。

 その言葉を体現するように、『氷結晶の貴公子』はその名の通り……冷酷な雨を、宙に浮かぶ暴力を降らせる。

 志音の一撃を嘲笑うかのように、先ほどとは比較にすらならない衝撃の嵐。

 高速落下する氷塊の暴雨は、容易く地形を変え、地上に立つ者達を蹂躙してゆく。

 轟音と破壊が吹き荒れる、地獄絵図。


 コレが、第三位の実力。……その一端である。片手間で軍団を相手に絶対的優位を貫くソレは、『強さ』などという言葉で計ることすら烏滸がましい。


 衝撃が止み、砂塵が晴れていく。

 百人以上いたはずの挑戦者が、今は見る影もなく倒れ伏していた。残ったのは、無惨な破壊の跡と……、血に膝を着きながらも戦意の火を失わぬ五人の生徒と、無傷で立つ二人の生徒。

 他の生徒は倒れ伏し、致命傷とはいわないまでも、もはや戦える状態ではなかった。


「ふむ、普通に危なかったですね」


 無傷の生徒の一人は、二年生のフォン・クーリャン。

 ランキングは百八位と、順位だけならばココに集まった誰よりも高く、半袖長ズボンの独特な戦闘服に身を包んだ、拳闘士……武術家である。

 切れ長の目、首の後ろで三つ編みにされた黒髪、整った容姿もさることながら……、その細く引き締まった肉体は、筋骨隆々。

 無駄の一切を省いた肉体と、我流で磨いてきた拳法を巧みに使いこなす、武術の達人だ。


 そしてもう一人は――


「んだよぉ……、第三位の貴公子様とやらが直々に手を下す。……っつーから、ある程度は期待してたってのによぉ! この程度ってんなら拍子抜けだぜ」


 右手で気を失った女生徒を軽々と抱え上げ、下卑た笑みを浮かべる男子生徒。

 三年生のヴァージェス・J・グロッセ。

 獣人種最大の都市にして人類国領土の三分の一を誇る、獣王国アニマグロッセの第三王子である。

 獅子王の血を引く、その野生的な顔付きや、獰猛な瞳などは、獅子のそれ。

 体つきは、フォンの細くしなやかな肉体とうって変わり、猛々しく隆起した筋肉や獣人ならではの牙や爪、そして獅子特有のたてがみや尾など……。

 飾り気のないフォンを『静』と例えるなら、百獣の王の血を引くヴァージェスはまさしく『動』である。


「《演習場》を使うって言うから、てっきり……地獄のような環境と試練で、数を削っていくのかと思ったら……、セーフティロックだと? ひゃはは、笑わせんなよ!! こっちとら、遊びに来てるんじゃねぇんだぜ……」


 抱えた女子生徒を、無遠慮に投げ捨てる。


 頭から落ちかけた少女の体が、一瞬フワリと浮き、ゆっくりと床へと横たえられた。

 コレも《演習場》のセーフティロック機能の一つである。

 セーフティロックとは、使用者の命を守るための機能であり、戦意を失った者や、戦える状態ではない者を、自動的に守護するのだ。


 高所からの落下時などは、重力操作。

 命に関わる攻撃に対しては、高位魔法障壁。

 もし、致命傷を負ってしまった場合は、大気中の《マナ》を使用した、自動治癒。


 そのどれもが、最新鋭の《魔法技術》を兼ね備えた《演習場》だからこそ成せる、全自動保護プログラムなのである。


 たった今、ロイドが放った氷塊の暴雨も、このセーフティロックがなければ……死人を出していた可能性だってあった。

 だが今この場に死人は一人もいない。

 あの破壊の嵐すら、《演習場》のセーフティロックならば防いでしまうのだ。


「こんな便利機能、あるなら利用しない手はねぇよなぁ」


 ヴァージェスはソレを利用した。

 自身よりも先に倒れた者、特に『所持する』のに適していた、できるだけ小柄な女子を狙い……、あとは盾にすればいい。

 無駄な体力も《マナ》も消費することなく、あとは勝手に《演習場》の防衛機能が守ってくれる。


 事実、ヴァージェスは無傷で、あの嵐を乗りきった。


「もちろん、アンタらは卑怯なんて言わねぇよな? 手段を問わないって言ったのは、そこの色男だ」

「あぁ、かまわないよ♪ ソレも一つの手段に過ぎない」

「……冷たいねぇ」


 ケラケラ笑うヴァージェス。

 フォンも何かを言うつもりはないらしく、その視界にヴァージェスを入れることはなかった。


 膝をついていた生徒だが、彼等も倒れている生徒達と大差はない。

 ただ運良く逃げ延びたか、複数人で助け合って残ったか……、たった一人だけ例外がいるとすれば、頭を抑えてうずくまっている一人の女子生徒だけだろう。


「痛いッスゥゥウウウっ!! チョー痛いッスよ!! 十二発! 十二発ッスよっ!? 他の子達は一〜二発で気絶して楽になってんのに、なんでアタシだけ十二発も直撃くらわなきゃなんないんッスかぁあああっ!! おいコラ《演習場》、差別ッスか? イジメッスか? 嫌がらせッスか!? このこのこのーー!!」


 フォンはその類い希なる身のこなしで、避けたり、いなしたり、受け流したり、と……達人の業で切り抜けた。

 ヴァージェスは先ほど説明した通り、《演習場》の特徴を利用し、誰からも賛辞を受けないような非道な策で乗りきった。


 だが今、不満を全力でぶちまけながら、床をバシバシと叩く少女……一年生のユノ・バーン・ログリットは、避けることも、防ぐことも『出来ず』……、襲い来た計十二発の氷塊をすべてもろに直撃させた上で、不満を口にする元気が残っているのだ。


「ちょっと先輩方! この《演習場》壊れてるッスよっ!! こんなか弱い女の子が痛い思いしてるのに、防衛機能発動しませんでしたもん!! ウンッとも、スンッともいいませんでしたよ!? 大丈夫なんスかコレでっ!?」


 こんな地獄絵図を前にして、呑気なものである。

 背中を擽るくせっ毛の強い髪を振り乱し、女性らしい凹凸のとれた肉体をいっぱいに使って不満をぶちまける。

 学園していの制服は無駄に頑丈なので無事なのだが、その上に羽織っていた紺色のカーディガンは、ズタボロで見る影もない。

 ソレが一層、ユノの不満に拍車をかけていた。


「あのカーディガン、デザインとか可愛いし、あったかいしでお気に入りだったんスよーーっ! 弁償してくださいッス! 返してください、アタシのカーディガンーーっ!!」


 シリアスな空気をことごとくぶち壊していく様は、ある意味ではアリスと類似しているところもある少女だった。


 そして……肝心の志音は、というと……。


「…………」


 氷壁の前で、ただ立ち尽くしていた。

 足元には、粉々に砕けた氷片の数々。対して、志音の体には目立ったキズもなく、ただ会場を見渡している。


 志音を含めたならば、今ここに無傷でピンピンしている者は四人。

 その景色に、志音に味方すると言い切った、少女達の姿は……ない。


「……見捨てたのかい?」

「…………」

「友だ仲間だと言っても、所詮は他人だ。……やはり君は、他人を守れるほど……お人好しじゃなかった、ってことなのかな?」

「……さぁな」


 ロイドの問いかけなど、今の志音にはどうでもよかった。

 ただ、その右手で拳を作り、志音とロイドを分断する氷壁へと叩き付けるだけ。

 一発、二発……

 回数を重ねる毎に、衝撃は増す。


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