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『英雄』を狩る者  作者: オーエン
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②三話(4)




 これほどの《大魔法》ならば、使用する《マナ》の量も膨大なはずだ。

 《崩壊術式》ほどではないにしろ、異種族間ではるかに《マナ》総量の乏しい『人間』では、明らかに足りない。……総量で最も優れている『純血のエルフ』でさえ、八割以上は削られるレベル。


 それをロイドは、平然とやってみせたのだ。


「さすがは第三位。……伊達では無い……か」


 志音は笑う。

 ロイドもまた、『英雄』足り得る実力を秘めている。……いや、もしかすれば『英雄』本人である可能性すら、ある。

 もしそうだとするなら、志音にとってロイドは……、探し求めた存在ということだ。


 だが、それはまだ『可能性』に過ぎない。

 志音は逸る気持ちを意志で抑え付け、焦らずに見る。


 六年も待ったのだ。

 決着を……


 六年も探し求めたのだ。

 あの背中を……


 だからこそ、焦ってはいけない。

 まだ、志音には『英雄』と戦う資格がない。その命に触れる権利すらない。

 だから志音は成るのだ。『英雄』が敵と認める存在へと……。『英雄』が自ら戦いたいと思う『強者』へと……。


 たとえ今、その力をふるうロイドが『英雄』だったとしても……。


「……むぅ!? しぃ〜おぉ〜んーー! ボクを前にして、浮気だなんて許さないんだからね!!」

「はぁ? う、浮気ぃっ!? いきなり何を言い出してんだ……。そもそも、オレとお前はそういう関係じゃ――」

「はむっ!」

「……アクトさんや。いきなり、ひとの腕に噛み付かないでくれないか……」

「ぐるる〜……!」

「お前は犬かっ!!」


 意味のわからぬアリスの嫉妬に、せっかく研ぎ澄ませた戦意が霧散してしまった志音。

 左腕を甘噛してくる小生物を苦笑気味に宥める。


 そこで、壇上に立ったロイドは高らかに右腕を上げる。


 吊られるように生徒達の視線も天井へと上がる。


「「「っ!?」」」


 その瞬間にようやく気付いたのだろう。

 あられと比喩するには、あまりにも巨大なひょうの数々を……。

 数も、百や二百なんてものではない。数千を軽く超え、凍った天井すら埋め尽くし……宙を漂う。

 唯一の救いといえば、鋭角な氷柱ではなく拳大の氷塊だった事だろうか?

 殺傷能力は遥かに劣るものの、ただの落下程度の速度でさえ、当たり所が悪ければ大怪我では済まないだろう。

 いくら医療設備の優れた学園内とはいえ、死人を生き返らせることは不可能である。


(いくら数を減らすと言っても、さすがに……コレをすべて落とすなんてことは……)


 アリシアの銀槍でさえ、高精度の制御には一度に動かせる数に限りがある。

 ロイドも例外ではないはずだ。

 だが、この量と破壊力ならば……他にも手はある。だがソレは相手の身の安全を保証できない上、悪くすれば……一瞬でこの場が地獄絵図と化す。

 ロイドもそれを理解していて、なお笑顔で続ける。


「さてと……、一回目はサービスだ。この程度で止めておくとしよう♪ 今からこの氷解を『一辺に』落とすわけだけど……、君達には頑張って耐えきってもらいたい♪ なぁに難しい事じゃないさ。どんな手を使っても構わないから……、君達はただ、最後まで立ってさえいればいい。簡単だろう?」


 言葉通りならば、たしかに不可能ではないだろう。

 盾や武器で防いだり、《魔法》で身体硬質化や物理障壁などで防いだりと、手段はいくらでもある。

 上空十メートル程度からの『自然落下』ならば……ではあるが。


「あぁ、もちろん――」


 瞬間、志音の足元で小爆発と呼べるほどの、衝撃と轟音が走る。

 剣でさえキズ一つつかないはずの床を深々と抉る直径五十センチ前後のクレーター。

 中心には、宙に舞うソレと同じ氷塊が埋まっている。


 落ちてきたのだ。


 視認すら困難な高速で、あの高さから……。

 しかも、氷塊は砕けることもなければヒビを作ることなく、原型を留めたまま……床に深々と突き刺さっている。要するに、単純な硬度でさえ鉄を遥かに凌駕しているのだ。


 生徒達の顔から、血の気が引いていく。


「当然、すべてこの速度で落とすつもりだ♪ 中途半端に残られても面倒だからね……」


 周りの生徒からは、志音がこの一撃に反応することすら叶わなかった。……とでもうつっているのだろうか……?



 志音には……残念ながら、見える速度だった。

 さすがに『止まって見える』とまではいかないが、……氷解が動き始めた瞬間も、その軌道も、着弾位置さえ正確に把握していた。

 だからこそ避けなかった。

 ロイドが志音に当てる気がないことくらい、志音は最初から理解していたから。


「せっかく狙ってあげたのに、リアクションが薄いな〜。ちょっとくらいは驚いてくれてもいいと思うんだけど?」

「…………」

「まぁ仕方ないか。会長の身内さま……だもんね。この程度の曲芸じゃ物足りなかったかな♪」


 ロイドの大袈裟な言葉を真に受ける者は、少なくはなかった。

 その証拠に、志音へ注がれる視線のほとんどが、畏怖と悔恨を孕んだ……負け犬のソレだったのだから。


 周りの者からすれば、さぞや悔しいことだろう……。自身の想像も及ばぬ世界に……自身が笑ってきた『最底辺』が、何食わぬ澄まし顔で平然と立っているのだ。

 この学園で、これ以上に屈辱的なことはあるまい。


「さてさて、見てわかる通り……あの氷塊はすべて質量を持った本物だ。幻術や蜃気楼とかじゃないよ♪ 君達はただ耐えればいい。単純で簡単なテストだろう? ……だがまぁ、ボクは会長と違って鬼じゃない。ちゃんと『逃げ道』も用意しよう♪」


 そう言って、ロイドは下げていた左手を前に突き出す。

 すると、会場を二分割するように、会場の前方と後方を仕切る氷の線が床に浮き上がった。


「この試練に挑戦する者は、前へ。ヤル気がないなら、下がりなさい。……後方へはコレを落とさないと約束しよう♪」


 救済処置と言うには、あまりにも残酷な選択である。

 ここで試験を諦めて自ら身を引くか……、無謀な試練に挑み……目に見える暴力にその身を晒すか……。

 生き残る自信がある者は、その足で氷線の前へと出る。当然だが、その表情に余裕などはない。

 彼らが目にしているのは、紛れもない学園最強の一角、その実力の一端なのだ。

 百位の壁すら超えられぬ彼らからすれば、まさに雲の上の存在である。


 この中には、あの十人のいずれかと剣を交えた経験のある者もいるだろう。

 たとえなかったとしても、この場にいる全員が、あの十人に挑む無謀さを……、刃向かうことの愚かさを知っている。

 ……それでも、《ラグナロク》という大舞台で、その実力すべてを出しきって……あの十人に名を連ねたいと、『強くなりたい』と、真っ直ぐに挑む者達がいる。


 そんな彼らを目にした志音は、やはり考えてしまう。



 チャンスとは、正しき者のためにあるべきだ。

 志音のように……ただ『ちょうどいい機会だから』なんて邪な理由で《ラグナロク》を利用しようとしているだけの者に、与えられていい権利ではない……はずなのだ。


 だから、これまで……志音は『負けて』きた。

 悪役のような理由で言い分けして、自身は彼らとは違う……と。

 正しき道で生きてきた彼らの土俵に、自分のような『悪人』が足を踏み入れていいはずがない……と。


 志音は自身に言い聞かせてきた。


 ……自分勝手な言い分けだ。


「……? 志音、行かないの?」


 志音の足は、氷線の後ろ側にある。


 勇気を出して前へ出る者達の背を見てしまう。

 《ラグナロク》とは、彼らにとって聖戦なのだ。……ソレを、志音の身勝手な欲望が、汚してしまう事にならないだろうか……?


(……別に、機会はまだある。……今じゃなくても……)


 志音は『英雄』との邂逅を六年待った。

 ……まだ、待てる。


 また適当な理由をこじつけて、引き下がる決心を固めかけた志音。


「もー! 早く行こうよ!! その為にわざわざココまで来たんでしょ♪」

「……っ!?」


 その手を、アリスが引いた。

 無邪気な少女は、志音を導くようにその手をとって、走り出す。前へ、前へと……。

 咄嗟に止まろうとした志音だったが、後ろから……志音の背を押すキティがソレを許さなかった。


「……止まる必要は、ないはず」

「……っ!」


 二人の行動に深い意味は無いのだろう。

 「やる」と言ったのは志音自身で、彼女達はそんな志音に協力すると言っただけ。


 ならばもう、志音に立ち止まる権利はない。


 たとえ、彼らの道を汚す事になったとしても、志音は止まってはいけないのだ。


「……、悪い……少し考え事をしてた」

「そうなの? てっきり、怖じ気づいちゃったのかと思って、ひやひやしちゃったよ……!」

「ふん、誰に言ってやがる」

「志音♪」

「……だろうな、まぁ安心しろよ」


 アリスに引かれ、キティに押されるのではなく、志音は志音の意志で氷線を越える。


「オレはもう、逃げない」


 勝負に勝つことからも、他人と関わりを持つことからも……。


(といっても、後者に関しては既に手遅れなんだけどな……)


 志音の周りには、結歌が、リアーナが、アリシアが、エイラが、健吾が、……アリスがいる。

 志音は既に独りではない。

 そんな変化を、悪くないと思ってしまう志音もまた……、変わろうとしているということなのだろう。


 最底辺である志音が前へ出たことによって、無駄にプライドの高い者は引くに引けなくなってしまったようで……、まるで死を覚悟したような顔で、それでも前に出る。


 結果

 氷線の前方に立つ者は、志音達を含め百人弱。

 ロイドの威嚇で、半分以上の生徒達が戦意を消失させてしまったのだ。

 それだけ圧倒的なパフォーマンスだった……ということなのだろう。

 この場にいる誰一人として……いや、この場にいない者でさえ彼らを責めることは出来ない。


 勝てぬ敵を相手に、無謀にも刃を突き付けるような小物が生き残れる世界ではないのだ。

 正確に実力差を把握し、大人しく身を引くというのも立派な戦いである。

 自ら死にに行く無能は、戦場にいらない。


「あれれ? 予想以上に残っちゃったね。これでも第三位なんだけど……もしかして、軽く見られてたりするのかな?」


 ロイドが一瞬だけ見せた、戦士としての威圧。

 笑顔で飾られた普段とはまるで違う。半端ではないプレッシャーと、喉元に剣を当てがわれていると錯覚してしまう程の、殺気。


 会場に立つ者は気圧され、触れられているわけでもないのに、動くことすらままならない。床に膝をついてしまう者もいる。

 結歌とアリシアを除く、最高ランカー達でさえ……無関心ではいられないほどに……。


「……くぅー……すぴ〜……」



 まぁそれでも、例外はいるわけだが……。

 志音が会場に入ってくる前からずっと、壇上で立ったまま爆睡をかます序列第九位の、野性的な男子。

 肝が据わっているなんてレベルの話ではない。

 逆に、そのとなりに並び立つ序列第十位の、ビクビクと震えている……ウサギ系獣人の少年は、今にも泡を吹いて倒れてしまいそうなほど怯えていた。

 試験を受けるわけでもないのに、怯えすぎではないだろうか?


 ……と、ツッコミ所の満載な最高ランカー達はともかく……。

 ロイドの一喝は、それほどの力をたしかに宿していた。


「それとも、自身を過大評価してるだけかな? はたまた、自棄にでもなってるのかな? まぁ、それも……やってみればわかる。せいぜい、防ぐなり避けるなりして頑張ってね。十秒後に落とすからねー。……十……九」


 カウントダウンが始まった。


 それと同時に、生徒達もまた動き出す。


 避けるために、体内の《マナ》で移動速度や反応速度を向上させ、肉体強化に徹する者。

 防ぐために、自前の盾や《魔法障壁》などを構える者。

 今さら逃げ出す者や、ロイドの威圧から我を失って茫然と立っている者。

 行動も手段も反応も、各個人でさまざまである。


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