②三話(3)
ギュッ……。
不意に制服の裾を引っ張られ、志音が振り返ると……、ソコには期待を含んだ瞳で志音を見上げるアリス。
「……なんだよ、お前もアッチ側に着かなくていいのか? オレなんかと一緒にいたら、お前まで悪人扱いされかねないぞ……?」
と言っても、彼等はそんな風には見ないだろう。
先程の延長である。
悪人は志音だけで、アリスはせいぜい……騙されて利用されている哀れな少年(?)。……というのが関の山だ。
「いいよ♪」
花開くような無邪気な笑顔で、簡単に告げるアリス。
「だってボク、あの人達よりも志音の方が好きだもん!」
「……はぁ!? す、好きって……お前っ」
「たとえ志音が悪者でも好きだよ♪ 優しくて、強くて、料理が上手くて……そしてカッコいい志音が大好き♪ だから、大好きな志音のために、ボクもお手伝いしちゃう!」
「……お前の言う「志音」ってのは、どこの誰だよ……。……ったく、勝手にしろ……」
「うん!」
ド直球過ぎる好意に対し耐性の皆無な志音は、居心地悪そうにそっぽを向く。
その顔は微熱を帯びて熱く火照っていた。
そうした張本人であるアリスはというと、志音の左腕に抱き着き「えへへ♪」と満面の笑みを浮かべている。
無自覚な小悪魔とでもいうのだろうか……。
「…………」
「あらあらぁ……」
志音の知らぬところでまた、火に油を注いでいた。
義姉と友人。たったその程度の関係でしかない二人の少女は、貼り付けただけの笑みの奥で、笑っていない瞳を細め……その光景に見入る。
若者風に言うならば、オコである。激オコである。
「やっぱり、志音って人気者だよね♪ 今、ここにいる全員が志音のことしか考えてないと思うよ!」
「……違う。……とは言えないが……、オレのこれは無駄に目立ってるだけだ。人気者ってのは、前に立つアイツ等や――」
志音は右手で、少し荒くアリスの頭を撫でる。
「お前みたいなヤツの事を言うんだ。獅子に追われる鹿は、人気者とは言わないだろ?」
「んー……、美味しそうなんじゃない?」
「……そんな人気なら、コッチから願い下げだよ」
苦笑気味に告げる志音は、この場でもう一人の『他とは違う反応』を見せた少女を見やる。
無言の一点張りを貫き、ただ一点に志音を見続ける……人形のような少女。
アリスやアリシア、ミューレなどを見目麗しい『西洋ドール』と例えるならば、キティのソレは無駄な装飾品のない『マネキン』だろうか。
けっして華やかではない。だがそこには、飾る必要のない確かな美しさと、芯に秘めた強さがあった。
静かにソコにあるだけで、見入ってしまうような美しさである。
「…………」
志音も今の今まで忘れていた訳ではない。むしろ、先程の戦闘中でさえ……片時も警戒を怠る事はなかった。
それは一重に、志音が警戒に値するだけの……そんなただならぬ空気を、その華奢な体に纏っていたから。
志音がソレに気付いたのは、単なる偶然である。
名前も知らぬ生徒達が志音に対して、挑発的な言葉を吐いた……最初の一瞬。
次の瞬間には嘘のように霧散し、アリスが事態をややこしくしてしまったので、うやむやになってしまったが……志音は、その一瞬を見逃さなかった。
いや、恐らくは《黒》【マヴロ】に犯され、全体的な感覚が人間の域を脱してしまった『死神』だからこそ……気付くことが出来た。
昂らせるだけの、素人のそれとは違う。
……冷淡で機械的な……『冷たい殺気』
夜の世界でも、滅多に出会うことのなかった、『戦う者』でも『殺す者』でもない……『狩る者』の眼。
キティはあの一瞬、一秒にも満たぬ時の中……たしかにその眼をしていたのだ。
「…………」
今は見る影もなく、ポケーと志音を眺めているが……。
「ルクスリア……。お前はどうする? 賢い選択をするなら、間違いなくアチラ側に着くべきだと思うが……、コイツはバカだから愚かな選択をした」
「はいはぁーい! バカでーす♪ ……えへへ」
「……皮肉のつもりで言ったのに、お前が喜んでどうする……」
「志音が優しくしてくれるなら、バカでもいいかな〜って♪」
「無能はいらん」
「ヒドーイ!」
数日前に出会って日も浅いというのに、随分となつかれたものである。
志音はアリスを無視し、キティへと話を戻す。
「ようするに、このバカは愚かにも……オレの味方に着くと言い出した。……まぁ、少々訳ありでな。この数日は、とあるクソ眼鏡のせいで……このバカの護衛を任されてる。仕方ないから、コイツは守る」
「志音がボクを守るって言ったっ!? どうしよ、ちょっと嬉しい!」
「だが……だ。お前までコチラに着くと言うなら、身の安全は保証出来ない。守りも助けもしない。お前がコチラに着くメリットは皆無だ」
「…………」(コクリ)
「別に誰とも組まず、一人で参加するって選択肢もあるが……。どうする?」
「……問題ない」
キティは一歩前へと出る。
一歩、また一歩と……、壇上ではなく志音を真っ直ぐに見つめ、近付いていく。
気が付けば一メートルにも満たぬ距離で見つめ合う。
キティの見上げる瞳に、迷いの色はない。
「……それに、弱者と群れるつもりは、ない」
「……そうか。コチラにその銃口を向けないってんなら、オレもお前に手を出す気はない。お互いに不干渉を貫くってのも一つの――」
「……?」
「なんでソコで不思議そうな顔をするんだ……?」
「……、アナタは……弱者?」
「疑問に疑問で返されても困るんだが……。まぁ、この学園内じゃ『最弱』だ。……って言われてるな」
「でも……強い。…………強い、弱者?」
「言葉が矛盾してるぞ……」
志音の顔をジッと見つめていたキティは、しばらく考えるように顎に手をあて小さく唸る。
そして数秒という短い時間で答えを導き出す。
「アナタは……強い」
「そりゃ、どうも……」
「……だから、私はアナタに着く。……近くにいた方が、観察も楽。…………一石二鳥……ぶいっ」
「本人を前にして、「観察します」って言うのもどうかと思うんだが?」
「……? どうせアナタは……最初から気付いてた。……隠す必要性は皆無」
「さいですか……。まぁ、別にいいが……、足手まといになるようなら――」
「問題ない」
「……あぁ、そう」
無表情なくせに自信に満ちたようなキティに、志音は折れた。
先程の『本物の殺気』からして、キティがただ者ではない事くらい志音も理解している。
それならば、放置して問題を起こされるよりも、側に置いて見張っていた方が安全だ。
そういう結論で無理矢理納得する事にした志音。
「よろしくね♪」
「……」(コクリ)
学園に入ってきた時期が重なった事もあってか、アリスもキティもとくにお互いを敵視するようなこともなく、志音の目の前で友好的に握手を交わす。
「…………それに……アナタ達二人を、敵に回すのは……愚策」
ボソリとキティの口から呟かれた言葉。
志音には聞こえた。……だが、意味を理解するには至らなかった。
志音達の話も纏まった所で、タイミングよくロイドが手を叩く。
当然、会場中の視線がその一点に集中する。
「さて……、予定外のイレギュラーによって、生徒諸君の士気も上がったようだし……。その熱が冷めてしまう前に、そろそろ試験を始めようか♪」
試験の開始を前に、より一層沸き立つ生徒達。
志音も例外ではない。
表に出すことはないが、奮い立つ戦意を抑えるつもりはない。
もう無能であることは許されないのだ。
『英雄』に会うために
『英雄』と並ぶために
『英雄』と戦うために
……『英雄』を……殺すために……
志音の目にうつるのは、壇上に立つ結歌やアリシア達でも、共に戦うアリスとキティでもない。
ただ一人……、いるかどうかも定かではない存在。
『英雄』だけだ。
◇◇◇
「それじゃあ、試験を始めようか。……って言いたいところだけど、さすがに三百は多過ぎるよね……。一応、ボク達十人が試験官代わりなんだけど、三百人全員を見るっていうのは……時間の無駄だと思うんだよね♪ どうせ、最後に残るのは十数人程度の『強者』だけだし」
ロイドは笑顔で告げる。
内容は事実であるし、学内序列百位にすら入れないような者達に、第三位であるロイドの言葉を否定する権利はない。
そもそもこの試験自体、《ラグナロク》の前座でしかないのだ。ここでの追加メンバーがたとえ一人もいなかったとしても、何一つ支障はない。
絶対に十人以上が生き残れるわけではなく、最大で十数人なのである。
それを理解しているからか、……はたまた、第三位のロイドに刃向かう気が無いだけなのか、誰一人として反論を口にする者はいない。
「そこでなんだけど、ミューレにも説明したように、不甲斐ないボクのせいで少し時間も押してしまった。……多忙な君達にも迷惑をかけた。その責任は、やはりこの場で取るべきだと思うんだ♪」
「話が長いわ。いつも言っているでしょう? ……言いたいことがあるなら、簡潔に纏めなさい」
「……あはは、順を追って説明しようと思ったんだけど……会長は手厳しいね。……では、簡潔に……」
優しい笑みから一転、……学園トップの一角に相応しい、戦士の顔をしたロイドは、会場に集まった生徒達……ではなく、残り九人の頂点に対して告げる。
「試験を始める前に、数を減らそうと思うんだ♪ もちろん、ボクが責任を持って……ね」
その言葉に、一瞬で静まり返る会場。
だがそんな彼らを無視して、ロイドは話を進める。
「君達の手を煩わせるつもりはない。……どうだろうか? 異論は、あるかい?」
ロイドの質問に返ってくる言葉はない。
「では、少しの間だけ……ボクの勝手にさせていただくよ」
笑顔の貴公子は、無言の意味を正しく理解し……恭しく右手の指を鳴らす。
ソレが合図と言わんばかりに、変化が訪れる。
ロイドの足元を中心に、床が……、壁が……、天井が……、この《演習場》を形成する全ての設備が、数瞬の間に……文字通り――
――凍り付いてしまったのだ。
ロイドが《詠唱》を行った様子はない。
一応、上位の《魔法使い》が使用する高等技術として《遅延術式》というものがある。
前もって《詠唱》し完成させておいた《魔法》を、その場で発動させずに体内に留める《術式》で……、《詠唱》をする時間さえ無い戦闘中などで、《詠唱》をせずとも《魔法》を発動させることが出来るのだ。
不意打ちや奥の手に重宝される、戦闘技術である。
だがデメリットもある。
個人差はあるだろうが、《遅延術式》自体にも《マナ》を大量消費してしまう上、体内に留めておける《魔法》の規模も、数も、時間も、限度が存在する。
それに……
「…………」
今の志音には、《マナ》の流れを目で視認することが出来る。
外界に溢れる《マナ》の全てを把握することは不可能だが、人の体内に流れる《マナ》の動き程度なら、目で追うことが出来た。
そんな志音だからこそ、……ロイドが何食わぬ顔で放ったソレが、《遅延術式》などではないと理解できてしまった。
間違いない。
一瞬にして会場を凍り付かせてしまうほどの《氷結魔法》を、ロイドは……極短時間の内に、しかも《無詠唱》で完成させてしまったのだ。
杖や魔導書などの《魔術媒体》や《魔術》強化用の《装飾品》(マジックアイテム)も必要とせず、その身一つで……。
《詠唱》に時間を必要とし、《魔術媒体》と精神安定は必須。前衛や防衛策がなければ、戦場ではまるで役立たずな一般の《魔法使い》とは、まさに雲泥の差である。
志音がこれまでに見てきた《魔法使い》の中でも、アリスに次ぐトップクラスの異端。
吐く息は白く、肌に触れる外気は真冬以上に冷たい。
幻覚などという子供騙しではなく、現実に起きた事象だ。




