②三話(2)
先に動いたのはユートだった。
思い切りのいい踏み込みでタックルでもするように前に飛び出し、両手で持ったバスターソードを上段から振り下ろす。
踏み込みによるスピードとユート自身と剣の重さ、そして腕の筋力を合わせたシンプルな飛び込み切りである。
剣自体の強度にもよるが、単純な破壊力だけなら、《魔法強化》していない人の腕一本程度なら容易く両断するレベルだ。
先制の初撃としては文句のつけようの無い一撃である。
一つだけ欠点を挙げるならば、技がシンプル過ぎて読まれやすい上、避けやすくカウンターを受けやすいところだろうか。
だがそれも、ユートの技量による。
この初撃から、次の行動へと隙なく派生させるだけの技量がユートにあるならば、その欠点を補うことも容易いだろう。
対する志音は、そんなユートの行動を細かく分析していた。
そんな余裕があるのか?
……それも仕方ないのだ。
残念ながら、志音にはユートの動き一つ一つが、文字通り『止まって』見えていたのだから……。
比喩ではなく、実際にそう見えるのだ。
そこで志音は思考する。
志音は『手加減』という行動がとても苦手だ。
これまでの対抗試合では適当に負けてきたし、『死神』時には手加減する必要がなかった。殺すための闘争ならば、力をセーブする必要性は皆無であり……、やり過ぎてもどうということはない。
だがこれからは、殺さぬ戦いにもある程度本気で挑まなければならない。
殺さぬ刃をみがかなければならない。
だから志音は考える。
殺さずに戦いに勝つ手段を……。
思い出していたのは、数日前のアリシアとの試合。途中経過はどうであれ、決着の一撃は……志音の首トンだった。
アレならば、力加減さえ間違わない限り、殺してしまう事も無駄に傷付ける事もない。
……悪くない。
予定としては……
まず、ガントレットの強度を調べるため、あえてユートの一撃を右腕で防ぎ。もし耐えることが出来たなら弾き返して、右腕で軽く腹部に一撃。
うずくまったところを、見逃さず首トンで決着。
「よし」
あとは行動あるのみである。
まずは予定通り、右腕のガントレットでユートのバスターソードによる一撃を防ぐ。
志音が予想していた程の衝撃はなかった。ガントレットも傷一つ無い。強度には特に問題は無いようだ。
だが……予想外の事態は起きた。
――パアァァアアンッ!!!
まるでガラス玉を落としたような甲高い破砕音が響いた。
一瞬後には、かつて剣の形をしていたであろう鉄片が宙を舞う。
驚愕に見開かれる志音とユートの目にうつったのは……、鍔より先……刀身の大部分が無くなったバスターソード。
そう、破砕音の正体は『ソレ』である。
攻撃したはずのユートの剣が、見るも無惨に砕け散ったのだ。それはもう派手に……
「……っ!!!?」
予想外過ぎる展開に、ユートは言葉を失い困惑している。
それは志音も同様であり、ユートの一斬を受け止めた体勢のまま、呆然としてしまった。
……頑丈?
そんな次元の話ではない。
ユートの使用したバスターソードが、元からボロボロで今にも折れてしまいそうだった……という状態だったとしても、あんな一撃程度では、ココまでバラバラにはならないはずだ。
それに志音の記憶が確かならば、そもそもユートのバスターソードに目立つ傷はなかった。新品同然とまではいかずとも、使い古したような形跡もなかったように見えた。
ならば、原因は自然と志音の右腕となる。
「……おいおい……、嘘だろ?」
志音の想像を遥かに越えた『破壊力』を秘めたソレを、志音は鬼気迫る顔で眺めていた。
自己防衛行動にさえ破壊力が備わっているなんて、危険にもほどがある……。
(いや、待てよ? アリスに触れた時はこの手でも問題なかった。……ってことは、人体に対しては力を発揮しない……のか?)
呆然と意気消沈しているユートを無視し、志音はアリスへと視線だけを向ける。
「うぉぉおおおお……、志音スッゴい!!」
キラキラと輝く瞳で志音を見ていた。
それは元気以外のなにものでもない、とでも言うように……無駄にハイテンションで。
(……試してみるか……)
視線を戦場へと戻す。
やっとショックから立ち直ったのか、もしくは事態の異常さにようやく思考が追い付いたのか、ユートは再度戦意の火を灯した瞳で志音を睨み付けた。
「何をした?」なんて言葉は出ない。志音がその質問に馬鹿正直に答える訳がないと、ユートは正しく理解していたから……。
だから、今すべき事は「何をされたか」知る事ではなく、もう一度される前に決着をつける事である。
柄だけとなった剣を投げ捨て、ユートは駆け出す。考えている内に事態が悪化する、その前に……。
《マナ》で手足の身体能力を跳ね上げ、『最弱』である志音の反応できるはずの無い速さと、力をもって駆け出す。
一人の戦士として、その行動は最良の選択だった。
遠距離での攻撃手段を持たず、たった一本の得物すら失ってしまったユートに、「一旦下がって、敵の出方を探る」という選択肢などあるはずがない。
味方がいるならば話は別だろうが、『最弱』を相手どって……助力を願うなどユート自身のプライドが許さない。
「くらえぇぇぇえええっ!!!」
膂力と魔力の十分にこもった拳。
速く、硬く、重く、強く……志音を襲う真っ直ぐな拳。
……だが、まだまだだ。
感情に任せただけの拳では、『最弱の最底辺』ならばともかく……『死神』には届かない。
勢いに乗った拳を紙一重でスレ違うように、最小限の動作で右側へ避け……そのまま軽く裏拳でもするように、《黒》【マヴロ】に包まれた右腕で、ユートの腹部に一撃をいれた。
加えた力は、志音の筋力から考えるなら本気の二割程度である。
勢い良く突っ込んできたユートの身体には、それなりの衝撃は走るだろうが、精々数秒悶える程度の痛みだ。怪我に発展するような一撃ではない……はずだった。
志音の右腕がユートの肉体に接触した瞬間、志音は嫌な音を聞いてしまった。
ミシミシ……という骨が軋む音。続くように、ブチリという筋肉が引きちぎれる音と、ゴキンっ……という、骨が砕けた音。
一瞬という刹那の時の中、確かに感じた破砕音の後には……。
壁にめり込み、気を失ったユートの姿が残った。
志音の放ったカウンター紛いの一撃が、ユートを軽々と弾き飛ばし、すぐ側にある壁にめり込ませてしまったのだ。
二割程度の力で……。
「…………」
その異様な光景には、さすがの志音本人ですら……死んだ魚のような目で、言葉を失ってしまった。
予定外にもほどがある。
軽い一撃程度で人間の体を壁にめり込ませる。……馬鹿馬鹿しいなんて話ではない。
周りのその他大勢すら、予想だにしていなかった光景に、驚愕したまま硬直してしまっている。
唯一、例外を上げるならば……。
「うおぉぉおおっ!! すごーい! すんごいめり込んだ!! メ……ッチャ、ドカーンって!! 志音すごーい♪」
場の空気も読まず、無駄にハイテンションなアリスくらいなものだろう。
だが、この瞬間に限っては……その無神経さが羨ましいと思ってしまう志音だった。
逆に、コレで終わったのは良かったのかもしれない。
もしも今の志音が、人間相手に首トンなどしてしまったら……、それこそ大惨事になってしまっていたはずだ。
試験の直前に、斬首死体など論外である。
「……志音」
沈黙した会場では、凛とした結歌の声がよく響きわたる。
「アナタ、試験開始前から脱落者を出してどうするの……」
「今更ソレを言うのかっ!? 文句があるなら初めから止めてろよ!」
「……昨日は止めて、アナタに文句を言われたわ」
「…………うぅ゛」
「ソレにアナタ程の実力者ならば、相手に傷を負わせずに勝利することくらい出来たはずよ?」
「そうですね〜、この前の私みたいに♪」
「……ちっ」
まさかの、アリシアからも追撃が来た。
事実を知らぬ生徒達には、アリシアの言葉の真意を理解することは出来ない。
あの場にいたのは、志音とアリシアの二人だけなのだ。
アリシアの性格からして……というか、志音がアリシアに抱いた印象からして、『自身の敗北』という隠された事実を、わざわざ自ら言いふらすような真似はしないはずだ。
なので、数日前の一戦を知る者は、二人の他には存在しない。
実際に公式的なデータ上では、アリシアが勝利した事になっている。誰一人として、アリシアの勝利を疑う事はないだろう。
隣に立つ、生徒会長様以外は……。
結歌はこれまでに一度として、志音を過小評価したことはない。むしろ、過大評価し過ぎている節すらある。
志音はそんな結歌が苦手だ。
「まぁいいわ。ふるいにかける生徒の数が一人減っただけ、どうせ『弱者』では生き残れない狭き門よ……」
「むしろぉ、あの方はラッキーだったんじゃないですか〜? 自身の実力を省みるキッカケが出来たわけですし、……あっ、でもでも〜『最底辺に負けた』って汚名は負うわけですので、逆に立ち直れない可能性もありますね〜」
「仕方ないよ。アレが彼の実力だった。それが夕凪くんに通じなかったのは事実なんだ。たとえ夕凪くんが何かしていたとしても、負けた彼に「卑怯」なんて言う資格はない……。ココではどんな手を使っても、勝った者が正義だ♪」
二人の美女に追撃する、笑顔の貴公子くん。
壇上で楽しそうにしているのはこの三人だけだ。
あとの七人は、黙したり、無視したり、……寝ていたり、唖然としていたりと、様々な反応を見せている。
ちなみに、先程までガミガミとうるさくしていたミューレは、逆に言葉を失って口を半開きにし……呆然と一部始終を眺めていた。
「さてさて、皆さんどうしますか〜?」
アリシアの質問は、この場に集まった全生徒に対して向けられたモノだ。
「今、このまま試験に参加せずに退室しちゃえば、夕凪くんと戦わなくて済みますよ〜? 『最底辺』に負けるのは嫌ですよね〜?」
それは、志音を利用した挑発だった。
「学園最弱に負けた……なんて事になれば、一生モノの恥ですよね〜。築き上げてきた経歴にも大きなキズが付いちゃいますし、頑張って勝ったとしても所詮は『最弱』相手の勝利♪ 負けて失うモノはあっても、勝って得るモノはありませんよ〜」
「コチラとしても、自ら下がってくれるのなら止めはしないよ? ソレが君達の限界だと言うことだ♪」
「あら? アナタ達が『最底辺』と笑った私の愚弟から、アナタ達は戦いもせず……臆病に逃げるつもりなの?」
志音は悟った。
この三人は、どこまでも生徒の長であると……。
衝撃的な瞬間を目の当たりにし、その折れかけた『心の刃』を、志音を使って叩き上げてしまった。
志音は『敵』だ。
倒さなければならない『悪』なのだ。
この学園では強さこそが全てで、強者こそが正義である。……であるならば、『強者』である志音を……肯定する?
答えは『否』だ。
強きが正しいとうたうならば、彼等が志音より強ければいい。
志音は『悪』である。
『悪』に屈する者に、騎士を目指す資格はない。
一人一人の瞳に確かな火がついた。
それは瞬く間に広がり、小さな灯火から燃え盛る業火へと、猛々しく熱を伝播させていく。
今、この瞬間……会場内のボルテージは、零から最高潮へと跳ね上がる。
響く雄叫び。
掲げられる拳。
もちろん、会場から出ていく臆病者など……この場には存在しない。
「アイツ等、やってくれやがったな……」
まんまと利用された。
志音がソレを理解するのに、無駄な時間など必要なかった。ソレに異論を唱えるつもりも……ない。
己以外全て『敵』……なんて状況には、昔から馴れ親しんだものだ。
たとえ、この場にいる全員が敵だとしても――




