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『英雄』を狩る者  作者: オーエン
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②第三話【コブシに纏う意志】




「力の使い方すら知らぬままで『強者』と成り得た若僧が、その力の使い方を真に理解した……ともすれば、果たして盤上はどう動くじゃろうな……?」


 狭い室内の一画。

 朝日の射し込む理事長室の窓際で、少女の姿を成した白猫は妖艶に笑う。

 その瞳は外を見ているようで、景色を映してはいない。


「……何の話だ……?」


 部屋の主は、ソチラへ視線を向けるでもなく、コーヒーの入ったカップを片手に、数枚の紙束に目を落とす。

 昨日の会議により、生徒会内での決議をまとめた報告書と、今回の《ラグナロク》参加志願者のリスト。

 これから《演習場》で行われる選抜戦にて、このリストに数十名の名が加わる。


 だが、創正にはどうでもいい事だ。

 明日に差し迫った《ラグナロク》も、二日後の舞踏会すらも、創正にとっては単なる些事。

 毎年行われている年間行事の一つに過ぎないのだ。今年だけを特別視するような事はない。

 だから、今……創正が眉間にシワを寄せるほど、嫌そうな顔をする原因は他にある。


 手に持った資料は、《ラグナロク》参加志望者リスト。ソレの最後のページ。

 空欄を省けば、一番最後に書かれた生徒の名は……夕凪 志音。


 それ自体は、特筆して問題視するような事ではない。

 裏の仕事に支障をきたさぬ範囲内であれば、志音がこの学園内でどう生きようと志音の勝手だ。創正も、志音の入学時に結んだ契約上、志音の私生活に口を挟むつもりはない。

 『強さ』を誇示したい、という幼稚な欲望を今さら抱いたのだとしても、創正には関係ない。

 志音が《ラグナロク》に参加したいと言うのなら、創正は勝手にしろとだけ告げるだろう。


「……なんじゃ、ソレは? ……あぁ。今朝方、城の騎士長が寄越した『姫からの手紙』か。そんな物騒なツラをしとるのは、ソレが起因か……?」

「…………」


 創正の手に握られた、もう一枚の紙。ソレは上質な紙と豪華ながらも派手すぎない装飾、《魔法》加工された丁寧な文字で綴られた便箋。

 早朝に訪れた、城の第一級騎士団の中でも最上位存在であり、……この島の最高権力者である『姫様』の側近を賜る程の近衛騎士が、わざわざ自ら創正に届けた『姫様からの手紙』である。

 城の最高戦力を、たかが文通のパシりに使う。……『姫様』とは、それほどの存在なのだ。


 そして、ソコに丁寧に綴られた内容を、簡単に要約すると……。

『明日の《ラグナロク》は私も見学します』といったところだ。


 聖エインリーゼ学園は、騎士育成学園と銘打つ学園なのだ。守られる側である『姫様』自らが訪れるともなれば……、卒業後に城の騎士として仕える事を志望する生徒にとっては、これ以上の好機はあるまい。

 創正としても、『姫様』が観戦に来ることに対し、異論を唱えるつもりはない。……のだが……


「……くそっ……何故、こうもイレギュラーが重なる……」


 前触れもなく突然やって来たアリス。

 今さら目立つ行動を取り始める志音。

 いきなり見学すると言い出す『姫様』。


 どれか一つだけでも、充分面倒事に発展する要素と成り得るというのに……、ソレが今回は、まるで仕組まれたかのように重なりあい……、創正を悩ませる種へと早変わりである。


 創正は当然理解している。

 ソレらの起因も、目的も、手段も……そして、そのすべてに……『英雄』というただ唯一の存在が、深く関係していることも。


「……はぁ……」


 創正が裏から動こうにも、相手が悪い。

 志音は創正の言うことを聞かぬだろうし、アリスは論外。『姫様』に関しては、創正でさえ意見する権利がない程の人物だ。反逆など、愚か者でさえ考えない……。

 完全に詰みである。

 あとは成るようにしか成るまい。


 創正は無駄な思考を放棄し、紙束を机上に放る。


「……そういえば、何か言いかけていたな。どういう意味だ、ミヤビ」

「なんじゃ、興味があるのか?」

「ことの真意による」

「……ふふ、なぁに……、この《眼》で見た事実に、少々疑問を重ねたに過ぎん……」


 ミヤビの瞳が妖しく光る。

 創正はカップに口を付け、眼鏡の奥で目を細める。


「……あのわっぱ……、化けたぞ」

「……」


 創正は答えない。

 ただ、更なるイレギュラーに……ほんの少し、その口元に微笑を浮かべただけ。




     ◇◇◇




「…………」


 ……ヤバい。

 人目も考えず、好奇心と勢い……そして、ドス黒い欲求に流されるまま、志音はとんでもない事をやらかしてしまった。


 志音の右腕には、光沢すらうつさぬ漆黒のガントレットが装備されている。数瞬前まで存在すらしていなかったソレは、志音が生み出し……その身に纏った、破壊の力。


 周りから見れば、ただ単に《召喚魔法》で防具を召喚したようにうつったことだろう。

 これがアリシア達のような《マナ》に恵まれた《魔法使い》達だったなら、何一つ問題はない。単発の《召喚魔法》程度なら、生徒達の中でも常識の範囲内である。


 だが……召喚主――、つまりは『志音が《魔法》を使用した』という事実が、非常にマズイ。


 力の誇示を今さらやめるつもりはない。『英雄』の存在が、それを駆り立てる。

 だが、これまで表に出してきた力との差が広ければ広いほど、人間は疑う生き物なのだ。


 ドーピングや仮初めの力、紛い物の実力などと誤解される可能性が、嫌がおうにも高まってしまう。


 今日明日の試合で、全てを出す必要はないのだ。

 少しずつ、段階を重ねて確実に……『英雄』に志音という存在を認知させていけばいい。

 なので、今回はあまり目立たぬように、『接戦を演じて』《ラグナロク》の参加枠を勝ち取るつもりだったのだが……、まさかの試合開始前に、いきなり目立ってしまう志音。

 これ以上、目立たぬ為には……。


「……み、見たか? アクト。コレがオレの『奥の手』である《召喚魔法》だ!」


 わざとらしさ全開の大声で、室内にいる生徒全員に聞こえるようハッキリと話す。

 コレが『志音の全力』であると、全員に誤解させる為に。

 その効果もあってか、周りからのリアクションも、志音の《魔法》使用による驚愕から……、『たかが《召喚魔法》で防具を出しただけで全力なのか』という、安堵や失望染まったモノに変わっていく。

 勿論、そんな言葉で誤魔化せない者もいるわけだが……。


 アリスはそんな志音の言葉に違和感を覚えたのか、「?」マークを浮かべたような顔でキョトンとしていた。


「……なんだよ、《召喚魔法》一回が奥の手ってことか」

「アレならオレでも出来るっての」

「まぁ、あの『最底辺』が《魔法》を使えた……っていうのは、ちょっと意外だったけど」

「あの程度じゃ……ねぇ」


 嘲笑。

 無能な者達には、たった今志音のした事の異端さを理解することすら出来ない。


 体内ではなく体外の《マナ》を使い、志音の手を犯すことで破壊の力を示してきた《黒》【マヴロ】を、違った『カタチ』で顕現する事が出来てしまっている。

 これまでに例を見ぬ、志音だけのオリジナルだ。けっして、《召喚魔法》などというごくありふれた《中級基礎魔法》ではない。


「……召喚……魔法?」


 その一部始終を側で目の当たりにしていたキティも、歯切れ悪く疑問を抱いているようだ。


(……《召喚魔法》じゃ、言い訳として無理があったか……?)


 少なくとも、志音の知るだけで……その言葉を信じなかった者が五人。

 壇上に立つ結歌、アリシア、おそらくロイドも勘づいている。

 そして、現在進行形で志音を観察し続けるキティと――


「嘘だよ! だって、今志音が使ったのって、自分じゃなくて周りの――フガッ、モゴモゴ!」


 志音がこの使い方を生み出すキッカケを作った、アリスも当然気付いたようだ。

 せっかく志音が誤魔化したにも関わらず、唐突に真実を口走ろうとしたアリスの口を、志音は慌てて塞ぐ。ガントレットに包まれた右手で、物理的に。

 そのままアリスを抱き寄せ、アリスだけに聞こえるように耳元で囁く。


「アクトくん……、……余計なことを口走るな」

「……へほへほー!」

「いいんだよ、誤解されたままで。いきなり手の内をさらけ出すのは、バカのやることだ」

「うーー……」

「それに、他の奴らには過小評価されてるくらいが、都合がいいんだ。……お前は面白くないかもしれないが、我慢しろ……」

「むー! むーむーむー!!」

「大人しくしろ」

「むぅーー!!」


 なにが不満なのか、志音に口を塞がれたままで騒ぎ立てるアリス。だが口を塞いでいるので、何を言っているかはわからない。

 秘密を共有する……なんて言うほど親密な関係ではないが、駄々をこねるアリスとソレを宥める志音という光景は、……見方によっては『微笑ましい兄妹のじゃれ合い』とも見える。

 志音の気付かぬところで、義姉が少し頬を膨らませるほどに。



 だが見方によっては、この光景もまた変わってくる。


 『悪人』である志音が、パッと見た感じ『無力そうな少年(?)』であるアリスの口を無理矢理塞いで小声で脅し、アリスはソレに必死で抵抗している。

 アリス、被害者。

 志音、加害者。

 ……なんて構図に見えないこともなかった。特に、志音の素を知らぬ……一般生徒達からすれば、可愛い少年(?)の危機である。

 城の専属騎士を目指すような、正義感溢れる者達がソレを見逃すはずがなかった。


「ついには、自分に味方した奴まで手にかけるつもりか! この外道めっ!!」


 我先にと、志音の前へと現れた一人の男子生徒。

 それは昨日、志音を襲撃……いや、志音に制裁をくだそうと集まった者の一人であり、結歌を前にして動くことも出来なかった少年。

 志音の記憶にも残っている、真っ直ぐな目をした生徒、ユートだった。


「お前は確か、昨日の……」

「レイ・フォルトさんだけでなく、そんな少年にまで手を出すとは……。やっぱりアンタを放っておく訳にはいかない。……この場でっ!!!」

「……はぁ?」

「ふぁふぇ?」


 事の状況を理解できていない志音とアリスを置き去りに、ユートは勝手に盛り上がっていく。

 帯刀した剣を引き抜き、その刃先を志音へ突き付ける。


 正義感の強い瞳を鋭く細め、志音へ殺気を放つ。……まだまだ拙い、素人同然の殺気だ。

 本気で怒り、高ぶる感情にまかせて放たれる少年の全力も……

 死に幾度となく触れてきた志音からすれば、赤子の児戯に過ぎない。


「……えーっと、別に今、焦って戦おうとしなくても、テストが始まれば戦う機会は――」

「ふざけるな! ……アンタなんかに、この試験に参加する資格なんてない!! 勘違いするなよ……。コレは単なる前座だ。本番前のウォーミングアップだ!」

「そういうのは、仲間内で勝手にやっといてくれると助かるんだが……」

「その前に、その子を解放しろっ! これはオレとアンタ、一対一の戦いだ。人質なんて認めない!」

「……聞いてないし……」


 周りの生徒も同意なのか、我関せずなのか、ユートの奇行を止めに入る気配はない。


(……ウォーミングアップ、か。たしかに、『コレ』をいきなり試験で使うのも不安だし、試運転って事なら……ちょうどいいか)


 やけに大人しくなったアリスの拘束を解き、志音は左手で黒のガントレットを撫でる。

 温度は感じない。

 熱くもなければ冷たくもなく、適温という訳でもない。

 鉄や鋼よりも硬いのに、重さを感じる事もなく動きの阻害もない。物体として矛盾したデタラメな代物である。そういう意味では、リアーナの《影魔法》に酷似している。


 志音はアリスを下がらせ、一歩前に出た。


「これでいいかよ、優等生くん」

「……人質をとらなかった事に関しては、誉めてやる。だが、それだけだ! オレはお前を認めない! その腐りきった性根、叩き直してる」

「そうか……。まぁ、せいぜい頑張ってくれよ。……あぁそれと、今回は受け身に徹してやる気はないからな」


 そして、こんな些事に時間をかけるつもりもない。


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