②二話(4)
口々に出てくるそれは、志音を『悪人』と定義した上での、罵詈雑言。
これまでの志音を知っているからこそ出てくる、敵意のこもった視線。
そんな言葉を、身内である結歌は止めない。笑顔で友人を語ったアリシアも止めない。壇上に立つトップランカー達も、先程まで友好的に接してきたロイドでさえ、決して止めに入ることはなかった。
それは同意の意思ではなく、「自業自得」という一言を体現しているに過ぎない。
志音に味方したアリスとキティは、この学園の生徒達にとって……『倒すべき敵』ではなく、『助けるべき姫』なのだ。
もちろん、志音の魔の手から……。
バカにする視線から、敵意を示す視線へと変わる景色に、志音はうんざりと盛大なため息をこぼした。
そして同時に、「もしも」を考える。
もしも……この数百人の生徒の中に、アイツが……『英雄』が紛れているとしたら……?
もしも、『英雄』が志音を『最弱』だと笑っていたのだとしたら……?
そしてもし、その誤解で『英雄』が志音への興味を失ってしまったら……?
(あぁ、……その誤解だけは、何がなんでも解かないとな……)
『英雄』が志音を前にして、もし……その目に止まることがなかったら……。
『英雄』が志音を……『守るべきその他』と認識してしまったなら……。
それは、何十と重ねてきた『死』や『痛み』よりも、苦しく……辛いことだ。きっと……志音には、いや……志音だからこそ、耐えられない。
だから、ココで証明しなくてはならない。
オレは、お前の『敵』だ。……ということを……。
「志音、志音……。ダメ? まだダメ? アイツらドッカーンってしちゃダメなの!?」
「……ドッカーンって……お前な……」
「大丈夫! 死なない程度にするから!」
そう言って志音にすがり付くアリスは、いかにも不機嫌を顔に出すように、頬を膨らまし眉をつりあげ、わかりやすく怒っていた。
先程の一件がなければ、志音も安易に「勝手にしろ」と言えたのだが……、アリスの実力を知る今となっては、そんな言葉を安易に口に出せるはずもない。
《失われた術式》……《ロスト・フィーニス》を暇潰しに使いこなす……《魔法使い》の中でも、まさに異例中の異例。
その実力は、歴史に残るような偉大なる《魔法使い》なんかよりも、遥かに上位と言えるだろう。
もし、アリスに「好き勝手に暴れてもいい」なんて事を言った暁には……、たった今アリスの言った「ドッカーン」でさえ、笑い事では済まない可能性もある。
なので、ここにいる生徒達の身の安全の為にも、なんとしてでも志音はアリスの暴走を阻止しなければならない。
「……ダメだ」
「なーんーでーっ!! あのお兄さん達、志音のことバカにしてるんだよっ!? 『最弱』だーとか、『悪者』だーとか言ってるんだよ!?」
「間違ってないんだから、言われて当然だろ……? オレは『最弱』の『悪者』として生きてきたんだ。何を否定する必要がある?」
「……でも、でもぉー」
アリスは寂しそうな顔で志音を見上げる。
志音が悪く言われているだけなのに、何故アリスがそんな顔をするのか……志音には理解できない。
志音とアリスの関係など、二日前に初めてあって、ほんの少し一緒にいた程度の――赤の他人だ。
友人と言えるほど仲良くなった覚えもなければ、家族と呼べるほど一緒に過ごした訳でもない。
だが……何故だろうか……。
志音は彼女の、そんな悲しそうに歪む顔を……見たくないと思っている。
「……」
志音はアリスの頭を右手で手繰り寄せ、少し強引に撫でる。
「あ、あわぁっ! し、志音!? いきなり、どうしたの!」
「いや……何でもねぇよ」
最初こそ驚いていたが、次第に馴れてきたのか、アリスは気持ち良さげに目を細め志音のされるがままになってしまう。
「……オレは『悪人』だ。ソレはきっと、これから先も変わることはない」
「……うん」
「だが、いくら不真面目なオレでも……いつまでも『最弱』に甘んじてやる気はねぇよ」
「……っ!」
「まぁ、あまり期待されても困るんだが……、やれるだけはやってみるさ。だからお前は、いつも通りバカみたいに笑って……オレを見ててくれ」
「…………志音っ! うん! わかった♪ ボクは……ボクだけは、ずっと志音を見てる!」
ぱあっと花が咲くような無邪気な笑みを浮かべ、アリスは元気良く頷く。
こんな少女のドコに、あんな馬鹿げた力が眠っているというのか……。志音は苦笑を浮かべつつ、アリスの頭をワシャワシャと撫でた。
「……チッ」
「ふざけやがって……」
「今に見てろよ……。その化けの皮、引き剥がしてやる……!」
こんな中でも、志音の人気は順調に下落しているようだ。
そんな時、志音はとある事を思い出していた。
それは先程アリスが志音の前で披露した《ロスト・フィーニス》。《魔法》の内容ではなく、《魔法》を発動する前、《術式》を完成させる時に見せた……『外界からの《マナ》の集束』についてだ。
通常の《魔法》は自身の《マナ》を消費して発動する。この行程は《魔法》発動の中でも基本中の基本だ。先日見掛けた、《崩壊術式》のように、複数の死体から《マナ》を徴収する……というのは異例である。
アレは発動媒体が巻物であり、『《マナ》の徴収』が《術式》に組み込まれていたからこそ成し得た荒業であり、使用後は巻物ごと消し飛ぶので使用者の安否などは関係ない。
だがアリスの使用した《魔法》はアレとは違う。
まるで外界の《マナ》を使役し、《術式》という形で身に纏っているようなものなのだ。
術者であるアリスには、身の危険どころか疲労の一つすらない。
もしも、この《魔術》体系を志音の《黒》【マヴロ】でも利用する事が出来たなら……。
発動する為に必要な命は志音が支払うにしても、その後……。継続して使用し続ける為の代償は、外界から徴収出来るのでは無いのだろうか?
人間の命……とは言わずとも、この世界は命で溢れている。
《黒》【マヴロ】の《マナ》に干渉する力。ソレで触れる《マナ》も、言い方を変えるならば、生きている。……命を持っている。
草木も水も風も、《マナ》の通うものには命がある。……そう仮定するならば……。
【……奪え……】
何者かが志音の耳元で囁く。
【……命を……】
志音の全身をドス黒い『ナニか』が埋め尽くそうとする。
【……奪え……!】
甘い囁き。
【……その命を!】
ソレは志音の愛した声。
【……奪えっ!】
志音はその衝動に従うままに、《黒》【マヴロ】を発動させる。
【……お前は、奪う者……】
アリスの頭を撫でる右手を、黒く染め上げる。
【…………『死神』だろう?】
その声を……その言葉を肯定するように、志音は奪う。
その右手で触れる命を……
大気中に満ち溢れる《マナ》から、『命』という『力』をかき集める。
殺す為ではなく、共に戦うために……。
発動イメージは、肉体を黒く塗り潰す……ではなく、右腕に《黒》【マヴロ】を纏うイメージ。
染め上げる《黒》【マヴロ】ではなく、……アリスのように、身に纏う《黒》【マヴロ】。
成功する気がしていた。
志音の右腕を、《黒》【マヴロ】が這う。
ソレは、黒い水のように志音の右腕を肩までまるごと飲み込み、氷のように硬質的に形を形成していく。
「……ぐっ……!?」
右腕を喰い千切られるような激痛とともに、ソレは完成した。
志音の右腕を包むソレを一言で形容するならば、『漆黒のガントレット』。
右手の指先から右肩までを隙間なく覆う、まるで騎士甲冑のような武骨なデザインのガントレットだ。
……だが、ソレは防具ではない。
明らかな破壊の力を持つ武器であると、志音の積み重ねた経験が告げていた。
何かを付けている、という感覚は無い。まるで素手のように違和感なくスムーズに動く。
「……ふむ、上手くいったみたいだな」
手をグーパーと握ったり開いたりしても違和感なし。
初めての試みにしては、大成功と言ってもいい出来映えだった。
「おー。おー! おーー!! おぉーーっ!!! 何ソレ、何ソレ! チョーカッコいぃーっ!!!」
はしゃぐアリスの声で我に帰った志音は、すぐさま周りを見渡す。
驚愕に声を失う者が大半を占める中、目を輝かせるアリスと、黙するままほんの少し目を見開いたキティ。
……そして――。
「……ふふ」
「あらあらぁ〜♪」
壇上で妖しく微笑むツートップ。その目には、これまでにない程の……戦意、好奇心……そして、歓喜が滲み出ていた。
それは、アリシアが興味を持ち、結歌が長年待ち望んだ……




