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『英雄』を狩る者  作者: オーエン
37/91

②二話(3)

     ◇◇◇




 ロイドに連れられて志音達三人がたどり着いたのは、この数日志音が常連となりつつあるお馴染みの《演習場》だ。

 たしかにこの場所ならば、周りの被害を考えず存分に実力を発揮することができる。

 しかも、実戦シミュレーターという便利機能まであるので、あらゆる状況を想定したテストが可能なのだ。

 個人の実力を測るには、これ以上にうってつけな空間はあるまい。


 ちなみに、志音がリアーナの特訓に付き合う際に、よく使用する設定は……


場所……【無光閉鎖空間】、【溶岩堀】、【氷山】、【浮遊島】など


環境……【超重力】、【無重力】、【無酸素】、【水中】


ギミック……【特級魔獣種】など


 もちろん、セーフティーロックは解除している。

 一般生徒でなくとも一瞬で音をあげる、鬼畜設定なのだが……。志音にその自覚はない。

 リアーナも多種多様な工夫で必死に付いてきているし、志音自身からすれば特に苦でもなく……むしろ、もっと難易度を上げてもいいかもしれないと思っている程だ。

 その旨を伝えた時に、リアーナが涙目にならなければ……そうしていたのだが……。


「最近、この施設の使用履歴に夕凪くんの名前をよく見かけるんだけど、密かに特訓でもしてたりするのかな?」

「……あぁ、まぁな」

「会長からは不真面目だって聞いてたんだけど、そうでもないみたいだね」

「別に、そんなんじゃねぇよ……。ただ普段怠けてる分、腕が鈍らないように暇潰しで使ってるだけだ……。それ以外に、アンタが欲しがるような情報はない」

「充分だよ♪」


 先頭を歩くロイドは、何故か歓喜するように惚れ惚れするような笑顔で志音を見つめる。

 この青年が何を期待しているのか志音には理解できないが、当然居心地は悪い。

 話をそらそうと、志音の後ろについてくる二人へ視線を向けると……。

 アリスは、最新鋭の設備に「カッコイーッ!!」やら、「すっごーい!」などと、まるで無邪気な子供のように目を輝かせて騒いでいた。

 対するキティは、無言。

 アリスのように設備に興味を示すでもなく、むしろ視線を動かすこともなく……志音の背中をガン見していた。

 その目に喜怒哀楽などの感情は一切見られない。監視とも違う。

 一番適切な言葉を挙げるなら、観察だろうか?

 志音の勘違いでないのなら、その無感情で機械的な視線は、志音の一挙手一投足に鋭敏に反応しているようにも見える。


 コチラも違った意味で、かなり居心地が悪い。


「さて、この部屋が試験会場だ」


 ロイドが立ち止まった扉には【A―01】の表札。この《演習場》で唯一の大戦闘用広域区画。要するに、他の部屋より格段に広い部屋だ。

 機能などは変わらないのだが、この一室だけは数十人対数十人という大乱闘を想定して設計されている。外壁の強度も対魔法加工も他より遥かに頑丈らしい。

 そして、ココを使用するということは……。


「当然だけど、テストを受けるのは君だけじゃない。会長の身内ってだけじゃ特別扱いは出来ないみたいでね〜」

「まぁ……、当たり前だな」

「ボクは特別枠でもいいと思ったんだけど……、会長直々に却下されちゃってね。「志音がやると言ったのなら、特別扱いなんて無粋な真似はするな」だってさ。君のお姉さんって身内に厳しいタイプなのかな?」

「結歌らしいな……。オレもはなからそのつもりだよ。特別扱いなんてのは、それこそコッチから願い下げだ」

「……あはは、姉弟揃ってストイックだね〜」

「一から始めなきゃ、……アイツに、オレの実力を示す意味がない」


 志音の標的は、あの最強の『英雄』ただ一人なのだ。

 志音の目指すべき高みは、こんな学生同士のちちくり合いではなく、たった一つの『命』を賭けた……その一戦にあるのだ。

 近道なんて意味がないのだ。

 一歩ずつ確実に……仕留めるために……。


 無意識に漏れ出てしまった殺意をあわてて霧散させる志音。

 だが、それを見逃さない者もいた。


「……そっか」


 優しい笑顔のまま、その瞳の奥にほの暗い光を灯らせるロイド。


「…………」


 表情を変えることなく……だが、ほんの一瞬だけ、口元に微かな笑みを浮かべたキティ。


 そして……


「えへへ〜♪」


 心の底から歓喜するような無邪気な笑顔を見せるアリス。


「今回は少し特例でね。学園でもランキング百位圏内の生徒が皆参加する。今回の参加資格試験はそれ以降の参加希望生徒……三百八十二人が対象だ。二十人前後しか通さないつもりだから、競争率はかなり高いよ。それでもやるかい?」

「……答えのわかりきった質問を一々するな。当然……イエスだ。ここまできて引き下がる気はねぇよ」

「それならいい。そういえば……君達はどうする? こんな場所までついて来たのはいいけど、なんなら観客席まで案内しようか?」


 ロイドの視線は、アリスとキティに向けられる。

 ただ志音に付いてきただけの二人。この扉の先で行う試験とは無関係であるのだから、ロイドの言う通り観客席に行くのが普通だ。

 一般生徒のキティはともかく、アリスが入るのは確実にエヌジーである。本人さえ忘れているようだが……アリスという少女は、あの創正が気を使うほどのビップなお嬢様なのだ。

 怪我などさせた日には、それこそ志音の首が……


「愚問だね……。ボクも! 参加するに!! 決まってるじゃないかっ♪ 志音だけそんな楽しそうな場所に行くなんてズルいよ!」

「…………、あぁ……お前はそう言うと思ったよ……。言っとくが、入るからには自己責任だ。自分の身くらい自分で守れよっ!」

「もち♪ だぁ〜いじょうぶだいじょうぶ♪ こう見えて、ボク強いし!」

「怪我してもしらねぇからな……」

「オッケー♪」


 軽い……。

 それはもう発泡スチロール並みに軽い。

 志音はアリスの説得を早々に諦め、視線をもう一人の少女……ドコから取り出したのか、右手に黒塗りの拳銃を持ち、左手に持った弾倉と睨めっこするキティへと向けた。


「…………八発」


 ボソリと呟いた言葉は、たった今弾倉に入っている弾の量の事だろう。

 これからどんな試験が待ち受けているのか、それは志音も全く把握していないが、まず戦闘は避けられまい。

 一度や二度の戦闘ならば、八発の弾丸でギリギリなんとかなるかもしれないが……。


 黙々と弾数を数える少女は、おもむろに顔を上げた。

 志音でなくともわかる。その目の奥に燻る「戦意の火」。


 ようするに……


「……。……お前も……来るか?」

「…………」(コクリッ)

「八発って言ってたが、三百人以上を相手に……足りるのか? いや、足りないだろ?」

「……問題ない」

「いや、流石に……」

「……問題ない」

「……あぁ、さいですか……」


 どうやらキティも参加するらしい。

 もし大乱闘で数を減らせと言われたら、たった八発の銃弾程度でどうすると言うのだろうか?

 まぁ、それこそ志音には関係ないわけだが……。


「それじゃあ、ここにいる三人全員が参加するって事でいいんだね♪ では、ボクは試験官として……君達の健闘を祈らせて貰うとしよう♪」




     ◇◇◇




「おっ……そおぉぉおおおおっいっ!!! ちょっとロイド! そんな最底辺のちんちくりん程度に何分無駄にしてんのよっ!? コッチも暇じゃないのよ!?」


 扉を潜って試験会場へと志音達が入ると、開口一番と言わんばかりに……一人の少女が叫びを上げた。

 地声でさえ会場の隅々まで通ると言うのに、わざわざスピーカーを通しての大暴音での暴言。

 キャンキャン吠える犬よりも遥かに迷惑な叫びが、志音の鼓膜を叩く。

 会場に集まった数百人もの生徒達も、あまりの騒音に耳を塞いでいた。


 しかし、そんな中でも涼しげな顔で手を振るロイド……。さすが、イケメンは一味違う。


「ごめんごめん。ちょっと面白そうな事をやっていたから、少し観察しちゃった♪」

「黙りなさい! どんな理由であれ、あたしよりも弱いやつがあたしを待たせるなんて、万死に値するんだから!! というわけで、ソコの最弱凡人はさっさと死になさい。今すぐ! ナウっ!!」


 会場の一番奥に横一列で並ぶトップランカー九人、結歌やアリシアと肩を並べる一人。

 学園内序列七位。ミューレ・ニル・コフィナ。

 マイクを片手にキャンキャンと吠えているが、彼女もまごう事なく強者である。

 結歌よりも明るいブロンドロングヘアーは毛先がカール掛かっており、頭の上のピンク色のリボンや、アマロリチックなフリフリしたドレス姿、可愛らしい容姿などが相まって、フワフワと人形のような雰囲気を醸し出している。

 パッと見は、結歌やアリシアにも引け劣らぬ可愛らしい美少女である。……のだが……。


「何をしているのかしら? このあたしが直々に命令してあげてるのよ? この上なく光栄でしょう! だったら喜び勇んで自害なさい!! そこの最底辺!」


 なにぶん、口が悪い。

 おまけに傲慢で、せっかちで、自己中ときたものだ。

 学年は志音と同じ二年なのだが、志音は正直……この少女が苦手であるため、出来うる限り避けて生きてきた節がある。

 志音の望む、平穏でのんびりとした日常とはまるで正反対の少女なのだ。仕方ない……。


 志音はミューレの言葉を無視して、適当に生徒達の列の最後尾に並ぶことにした。

 ああいう面倒なのは、会話するだけ無駄である。

 アリスとキティは当然のように志音の後ろに並び、ロイドは本来の持ち場であるランカーの列へと並び立つ。


「ちょっと! 誰がアンタの参加を許可したのよ! 時間も守れないようなクズは今すぐ――」

「まぁまぁ、ミューレ。落ち着いて♪ 今回は出迎えの遅れたボクの責任だから、どうか彼を許しては貰えないかな?」

「ロイド! アナタもアナタで甘過ぎなのよ! 大体、あんな雑魚以下が参加すること自体――」

「愚痴なら後でいくらでも聞くから、早く進行しようね。今回の主役は戦う彼らなんだから♪」

「……むっ、……むぅ……、そこの雑魚以下! あとで覚えておきなさいよ!?」

「…………」

「何とか言いなさいよ!!」

「まぁまぁ」


 即席の壇上から志音を指差すミューレを、志音は全力全開で無視する。

 その態度が勘に触ったのか、またキャンキャン騒ぐミューレをロイドが優しく諭していた。

 ロイドというスポンジが、ミューレのぶちまける不満を吸ってくれるので、志音への被害が減っている。とてもありがたい。


 だが、残念ながら……志音に対する不満を抱いていたのはミューレだけではないらしい。


「おいおい。お前みたいな雑魚がこの場になんの用だ? まさかとは思うが、この試験に参加しようとか思ってるんじゃないよな?」

「ないない。あるわけないって♪ そんなの「ボクをサンドバックに使ってくださぁ〜い」って言ってるようなもんじゃん。ありえねぇって♪」

「だよな! ははははっ」


 志音を笑う生徒が数人。

 彼らだけではない、そこかしこでほくそ笑む者がちらほら存在していた。

 志音にわざわざ見えるように挑発する者も、志音の存在自体を否定するように無視する者も、同様に奇異の目で志音を見ていた。


 ココは学園の最底辺が来るような場所ではない。……そう告げるように……。


「ここじゃあ会長の後ろ楯もねぇ。出涸らしの雑魚が生き残れるような甘い試験じゃないんだ! 冷やかしに来たなら出ていけよ!」

「お前なんてお呼びじゃないんだよ。安全な観客席で指くわえて見てるのがお似合いだぜ」


 志音、絶賛アウェー状態。

 まぁソレも、ミューレ同様無視を貫いていた訳だが……。


 残念ながら、事態が丸くおさまる事はなかった。


「ねぇね、お兄さん達……。見知った風に語ってるけど、君達……志音と戦ったことあるの? そんなによわっちかった?」

「はぁ? 何、お前?」

「戦ったことあるなら、どんな感じだったか教えて欲しいな♪」

「……えっ……いや、オレは戦ったことねぇけど……。でも、なぁ?」

「お、おう。戦ったことある奴は、全員コイツに勝ってるんだ。しかも、ほぼ無傷でな! 勝ち星も録にないヤツが弱者ってのは常識だろ」

「まぁ、可哀想だから、わざわざ痛め付けるような真似はしねぇけどよ、身分不相応も大概にしねぇと……さすがに目障りなんだよな……」

「……ふーん、そっか」


 興味津々で話しかけたアリスは、彼らの言葉に段々と興味を失っていく。

 志音の実力を知っていく内に、志音を幻滅していく。……ソレは、これまでに幾度となく志音が目にして来た光景だ。

 わずかでも志音の実力に期待していた者達が、志音の実力を知り、幻滅し、志音から離れていく。慣れたルーチンである。


 今回はアリスも、その例に漏れなかっただけ……


「なぁーんだ、誰も志音とまともに戦ったことないんじゃん♪ 剣を交えた事もない相手を『弱い』って決めつけるって、戦士としてはどうなの?」

「「……っ……それは」」

「じゃあ、逆に聞くけど、もしもこの最弱(仮)の志音が、最強って言われてるあのお姉さん達を実力で倒したら、君達は志音を強いって認めるの? 戦ったこともないのに?」

「そんなこと、ありえるわけ無いだろっ! 何だ、コイツ……」

「実力で最強でも、勝てなかったら最弱なの? ねぇね!」

「……アリ……いや、アクト。そのくらいにしとけ」


 志音は、自身を悪く言っていた生徒に詰め寄っていたアリスの首根っこを掴み、男子生徒達から無理矢理引き剥がす。


 アリスは志音の実力を疑わなかった。

 もちろん、志音の知る限り……出会った時の一件以来、実力の一辺すらアリスに見せたことはないはず、なのにも関わらず……。

 アリスは、志音が『最弱』であることを信じなかったのだ。


 志音にはソレが少し、意外だった。


 だが、だからといって、このまま殺気立つ生徒達とアリスの口論を放置する訳にはいかない。

 何度も言うが、こんなくだらない事でアリスにもしもの事があれば……志音の首が物理的に飛びかねないのだ。


 志音としても不貞腐れるアリスの気持ちがわからない訳ではないが、大事にするような内容でもない。

 アリスも志音の後ろで大人しく待っているキティを見習って――


 カチン、ガチャッ……


 『カチン』は右手に握られた拳銃のセーフティロックを解除した音、そして『ガチャッ』は空いた左手で遊底スライドを引いた音。

 あとは、引き金を引くだけ。


「ルクスリア、待った! ストップ! タイム!!」

「……何故?」


 慌てて止めに入る志音だが、キティは無感情な無表情のまま、ただ疑問を返す。

 前言撤回、この少女も論外だった。

 暴力、ダメ、ゼッタイ。


「それはコッチのセリフだ。何でお前までアクトに続いて問題を起こそうとしてやがる!?」

「……羽虫の存在が……不快。……問題ない、一発あれば……確実に仕留めらる」

「何でお前が不機嫌なのかはわからんが、バカな事はするな。お前らが騒ぐような事でも無いだろ」

「でもでもぉ〜」

「…………」


 頬をフグのようにプックリと膨らませるアリスと、納得のいかなそうな雰囲気のまま銃口を下げるキティ。

 一応は二人とも矛を納めてくれたらしい。


 そこでやっと事態から置いてきぼりを受けてポカンとしていた生徒達が、口を開いた。


「うわっ、男が女に守られてるなんてクソダセェよな!」

「てか、あの二人誰だ? 転校生? ならアイツに毒される前に保護した方がいいんじゃ……」

「おい、最弱野郎! 入って間もない転校生を何て言って引き込んだのかは知らねぇが、その子達が可哀想だろ!」

「二人の無知な転校生を騙して味方に付けたりして……。お前、一人の人間として恥ずかしくないのかっ!?」


 思い出したように飛び交うのは、当然のように志音に対する野次罵声。

 試験前だというのに、志音一人を相手にみな口々に騒ぎ立てる。


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