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『英雄』を狩る者  作者: オーエン
36/91

②二話(2)

     ◇◇◇




 結局、アリスの男装を許可するという事で話が纏まった。

 《認識阻害魔法》をかけているので、アリスの「お忍び」にも好都合であるし、男子寮に入る時も一々周りを警戒する必要がなくなるので、ある意味志音としても助かる点もある。

 それに、アリスを狙う者に対しても、そう簡単に正体がバレることもないだろう。護衛として楽できるのは、志音としても美点であった。


「……だとしても、なんでいきなり男装なんて奇策を思い付いたんだ? 《認識阻害魔法》があるなら、女子として編入してきても問題なかったはずだろ」


 少なくとも、男の格好をする必要はなかったはずだ。


「あっ、ソレはね! 実は昨日ぱっと思い付いて♪」

「……まさか……」


 志音にも身に覚えがあった。

 昨晩――





 昼間の約束通りハンバーグをトッピングしたカレーを用意し、先にシャワーを浴びていたアリスを待っていた志音。

 先に食べてもよかったのだが、アリスの事だ……。待たなかったら待たなかったで、後から文句を言われるはめになる。

 それに、志音も夕刻に届いたメッセージ……《ラグナロク》についての情報を整理しておきたいと思っていたところだ。


 志音がこの聖エインリーゼ学園に入学してから行われた、過去三度の《ラグナロク》には……当然、志音が参加することはなかった。

 力の誇示など、志音にとってはなんの価値もない行為だったから……。


 だが、もし……この島にアイツが――『英雄』が来ているとするならば、どうだろうか?

 はたしてあの、世界を守り抜いた最強の一人は……、実力の一つもまともに示せもしない弱者に興味を持つだろうか?


 ――志音を『敵』と認め……剣を交えてくれるだろうか?


 答えは明白だ。

 ――ありえない。

 かの『英雄』からすれば、弱者は平等に『守る対象』にしかなりえない。


 志音はアイツに、守ってほしいわけじゃない。


「……コレは、ちょうどいい機会なのかもしれないな」


 この島――聖都市【オーヴェイン】全土を使った、超規模な戦闘劇である。

 もしも、『英雄』が気紛れにも目にしているというのなら、志音は喜んで参加しよう。歓喜して戦おう。狂喜して踊ってみせよう。


 すべてはただ、決着のためだけに……。


「受付は明日の放課後まで、だったか……」


 開いた浮遊ディスプレイに目を通していた志音。だが、不意にその視界が暗闇に覆われることとなった。

 停電ではない。

 志音の適応力ならその程度の暗闇など、すぐに目が馴れる。

 なにより、発光している浮遊ディスプレイまで消えたりはしない。

 答えは単純だ。

 何者かが、志音の背後から志音の視界を塞いでいるのだろう。一昔前に恋人間で流行ったとされる「だーれだ?」というやつだ。


「だぁーれだ♪」

「……」

「あれあれ? もしかして志音、わかんないのかな♪」

「バカなことやってる暇があったら、さっさと座れ。じゃねぇと、飯がさめ――」

「あっ、やばっ! バスタオル落ちちゃった……」

「……っ……。お前な……まさか今……」

「うん♪ すっぽんぽん!」

「男の部屋で真っ裸になるなって、昨日……あれほど言ったはずだが……?」

「お風呂上がりって、汗がひかないと服が引っ付いて気持ち悪いんだよね〜」

「そのくらい我慢しなさい!」

「……えぇ〜」

「痴女に食わす飯はない」

「わかったわかった! わかったからぁ〜!! ご飯抜きは勘弁してよー」


 志音は手早く上着を脱ぎ、アリスへと放り投げる。

 まだシャワーを浴びる前だったため、志音が着ているのはまだ学園の制服だ。

 まだ肌寒いこの時期は、普段から制服の上にパーカーを羽織っているので、その一枚をアリスに渡した。


「汗臭いかもしれないが、気になるなら、あとでオレがシャワー浴びてるウチに着替えるといい」

「はーい♪ あっ、コレ志音の香りがするー!」

「進んで匂いを嗅ごうとするな!」

「いい匂いだよ?」

「ぶん殴るぞ?」

「ごめんってばぁ、暴力反対」


 裸に少し大きめのパーカーを一枚羽織っただけのアリス。しかも「蒸れるから」と、前のファスナーを六割程度しか閉めていない。

 服の隙間から、どうしてもアリスのきめ細やかな柔肌がチラチラと覗いてしまう。

 しかも、首元を手でパタパタと扇ぐものだから、鎖骨からヘソにかけてまで無防備に露になっている。


「…………」


 今すぐ着替えて来いと言いたいところだが……


「ハンバーグカレー♪ ねぇね志音、食べていい? 食べていーい!?」

「その為に作ったんだ……。残さず食えよ?」

「わぁーいっ♪」


 口元からだらしなくヨダレを垂らしているアリスを見てしまっては、これ以上「待て」と言っても無駄だと悟る。


「さっさと食って、さっさと着替えなさい」

「はぁーい♪」


 そしてソレから一時間後。

 食事、食器洗いを終え、シャワーから上がった志音を待ち受けていたのは……。


「じゃーん♪ どうどう? 似合ってるかな?」


 志音のたった今さっき脱いだばかりの制服を着た、アリスだった。

 サイズはまるで合っていないので、ブカブカにもほどがある。

 袖も裾もかなり余っていて手足が出ていない上、上着で膝下まで隠れてしまっている。

 服を着ているというより……服に着られている、といった方が正しかった。


「……あー、はいはい……似合ってる似合ってる」

「ホント!? カッコイイ!?」

「……カッコイイカッコイイ」


 志音はツッコミを入れるのも諦め、数日後の大戦へ……果ては、そのずっと先で待ち受けるであろう、『英雄』へと思いを募らせていた。





 アレが悪かった。

 きっと今回の男装も、志音のあの適当な対応が原因だったのだ。


「えへへ♪ 志音もカッコイイって言ってくれてたし、変装は完璧だよね♪」

「だからさっきも言ったが、《魔法》抜きだとバレバレだからな……」

「それは、それだけ志音がボクのこと見てるからでしょー! 他の人が見たら、きっと男らしく見えてるはずだもん♪」

「……あぁ、もう。勝手にしろ……」


 どうせ舞踏会までの二日間だけの学園生活だ。男として過ごそうが女として過ごそうが、大した問題ではないのだろう。


 そんなこんなで、一時限目の授業開始までに教室へと戻ってきた志音を待っていたのは……


「「「…………」」」


 クラスメイトから注がれる、射殺すような敵意丸出しの視線の数々。

 随分と嫌われたものである。


「アクトくん! 大丈夫? 何もされなかったっ!?」

「ちょっと夕凪くん……、会長の弟だからって調子に乗らないでくれる!」

「「「そーよそーよ!」」」


 アリス……もとい、アクトを保護し徒党を組む女子一同。


「知ってんだぞ。テメェ、交際してる後輩女子を病室送りにしたらしいじゃねえか?」

「それに、最近……会長や風紀委員長とも親しくしてるし……。ちょっとは立場ってもんを理解してくれよ」

「そして次はアクトくんまで、その毒牙にかけるつもりか? ふざけんなよ!」


 一歩前へ出て、戦意を見せる男子諸君。


「…………ふむ」


 ……困った。

 まず第一に、リアーナは一年校舎でピンピンしているし、結歌やアリシアとの友好も、向こうからの一方通行のみである。

 アリスの子守りに関しても、代わって貰えるのなら是非とも代わっていただきたい。


 誤解もここまでくれば、もはや滑稽である。

 携帯端末という便利な通信機器を手にしていながら、満足な情報伝達すらままならないのだろうか?

 志音の『悪』疑惑を疑う必要はないが、せめて情報の真偽くらいはハッキリとさせておいて欲しいものだ。


 さて、どうやって誤解を解こうか?

 きっと彼らが志音の言葉を信じることはない。志音がどう弁明したところで、聞く耳一つ持つものはいないのだらう。


 これこそが、志音の日頃の行いの悪さ(?)、もとい、大多数の人間が志音に抱く印象の結果だ。

 狼少年も、いざ事実を叫んだところで信じるものは一人もいなかった。形としては、それと同じだ。


「なんとか言ったらどうなんだ!」


 志音に詰め寄る、クラスのリーダー(的な存在)のウェイクくん。

 ちなみに志音がこの好青年と話をするのは今回が初めてだ。


「ナントカー」

「……お前、ふざけてるのか」

「「ナントカ」言えって言われたから言っただけなんだが? どうせお前らは、オレが何を言ったところで真に受けるようなバカじゃねぇだろ? それなら、言葉を選ぶだけ時間の無駄だ」


 志音は相変わらず、悪人らしい下卑た笑みで返す。

 最近はこの顔を作る機会が多すぎて、頬の筋肉が少々筋肉痛を起こしていたりするのだが……。

 そんな苦労を面に出さぬように、志音は頑張ってひきつった笑みを浮かべる。


「……コイツ……っ」

「そんな苦々しい顔してないで、さっさと教室に入ろうぜ? 授業まで時間がある訳じゃないんだ。話ならあとでいくらでも聞いてやるから――」

「ふざけるな!!」


 堪らず叫ぶウェイク。

 殺気は膨れ上がり、今にも殴りかかってきそうな程に、拳を強く握り締めている。

 ウェイクだけではない。

 嫌悪する者。戦意を隠そうともしない者。手持ちの武器に手をかける者。

 反応は多種多様なわりに、その種類は単純な『志音に対する敵意』であった。


 だが、それだけだ。


 志音に『最強の姉』がいる限り、彼らは手を出そうとはしない。望んで竜の逆鱗に触れようとする物好きは、生憎と志音のクラスメイトには存在しないらしい。


「……くだらねぇ」

「――っ、何っ!!」

「お前らが結歌を警戒してオレに手を出せない……ってのは、単なる言い訳だろ? 「生徒会長の義弟だから手を出せませーん。だって、会長が怖いんだもーん」ってな。本当は自分の実力に自信の一つも持てない半端者ばっかなんだろ? 最弱のオレにすら勝つ事もできなけりゃ、そりゃ、さぞかし滑稽だろうなぁ? 最弱以下だと思われるのが怖いだけなんだろ? むしろ、オレみたいなのがいれば「自分は、アレよりはマシだ」なんて思えるもんなぁ。そりゃ、手をだせねぇわ!」

「……何が言いたいっ!!」

「てめぇらは、オレっていう『最弱の最底辺』って存在に安心していたいだけなんだよ。オレが消えれば、次は誰が最底辺になるのかね〜」


 堪忍袋の緒を切る作業というのは意外と大変だったりする。

 自分より格下の人間に、一々構っていられるほど、彼らも暇ではないのだ。

 アリの一声に一々目くじらをたてるライオンもいるまい。


 志音が何を言っても気にしない。それが賢い強者の生き方である。こんな下らないことに時間を浪費している暇があったら、筋トレでもしていた方がよほど有意義だ。

 だが、彼らは残念ながら時間の使い方もろくに知らぬ愚かな学生諸君である。


 目の前の物事に、真っ直ぐに立ち向かえる勇敢な学生諸君なのである。


 ならば……


 志音はただ、彼らに淘汰されるべき『悪人』を演じる必要があるのだ。

 結歌の存在すら忘れさせるほど、残虐な悪に……。


「雑魚なら雑魚らしく、帰ってママのオッパイでもちゅーちゅー吸ってな」

「キ……サマぁあああっ!!」


 あと少し。


「叫ぶだけなら赤ん坊でも出来るわなぁ? ココで何も出来ねぇなら、お前らは赤ん坊以下のクソガキだ。まだ学校に通うには早いんじゃないか? 保育施設からやり直してこいよ」

「――っ!!!! もう我慢ならない……。会長なんて関係ない! コイツは今ココでっ」


 ウェイクは拳を構えた。

 続く数人の男子と『戦闘特化組』女子。『後方支援組』は《付加魔法》【エンチャント】の使える者と、無関係生徒(主に、アクトとキティ)を守る者で役割分担している。

 実に基本に忠実な陣形だ。


 一つ言うことがあるとすれば……。


「なになに!? 乱闘? 校内乱闘? ナニソレすっごい楽しそうっ!! ボクも交ーぜーてー♪」

「アクトくん、危ないから!」

「そうそう、ああいうのは任せてればいいから。私達は応援してよ」


 空気を全く読まないアクトと……


「…………すぅ……すぅ……」


 こんな騒がしい状況にも関わらず、自分の席で爆睡かましてらっしゃるキティだろうか……。


 もう少し、場の空気を考えて緊張感を持ってほしいものである。


「頑張れー! 志音ー!」

「ちょっ! アクトくん、応援する方違う!」


 本当に……空気を読んでほしいものである。


 これから盛大に負けてやる予定の志音に対し、何を頑張れというのだろうか?

 下手な三文芝居をしない努力?

 相手に怪我をさせない努力?

 相手に気持ちよく勝たせてやる努力だろうか?

 難しい注文を追加しないでほしいものである。


「いくぞクソ野郎! その折れ曲がった根性、叩き直してやる!!」

「……え? あ、どうぞ」


(しまった! アリスに気をとられて、つい素で返しちまった!)


 慌てて顔面の筋肉をひきつらせるが、どうやら彼らには必要なかったようだ。

 数メートルにも満たぬ距離を、疾走する五つの影。ウェイクを加えた、『戦闘特化組』内でも特に近接戦闘を得意とする《無手型》だ。

 武器を持たず、自身の肉体に《マナ》を集束させ、強靭な蹴りや強固な拳を持って攻撃するタイプか、もしくは代々伝わる拳法にて敵を蹴散らす武踏家タイプのいずれかだろう。

 初撃の踏み込みに躊躇いのないところをみるに、彼らは自身の技にそれだけの自信を持っている。


 ……だがこの瞬間……、また志音は残念な事実に気付いてしまう事となった。


「……マジかよ」


 そう呟いたのは、もちろん志音である。

 その原因は、志音自身が見ている世界にあった。


 止まっていたのだ。

 止まって見えてしまっていたのだ。


 彼等の動き全てが……。


 もちろん志音に時間を止める《魔法》は使えないし、思考速度を加速させるような能力も持ち合わせてはいない。

 たしかに、武術の達人は世界が止まって見える。……なんて事を志音も聞いたことがあるが、生憎と志音は武術をたしなんでいない。


 だが、この感覚にまったく身に覚えがないわけでもないのだが。


 それも極論だ。


 『死神』として、殺意を持って全感覚を全力で研ぎ澄ませた時に見る、そんな世界。

 だが今は違う。


 集中も殺意もあったものではなく、むしろ気を抜いた状態の志音。

 『コレ』は明らかに異常である。


 まぁ、それでも志音のとる行動は変わらないのだが……。

 ただ攻撃をモロに受けて、ぶっ倒れる。「覚えてろよ!」なんて言葉を残して逃げ去るのも、小者っぽくていいかもしれない。


 志音の視界の中、ゆっくりと動くいくつかの拳が志音に触れようとしたその瞬間……。

 衝撃を警戒し目を閉じた志音。


「…………」


 だが、いつまで待っても志音の肉体を衝撃が襲う事はなかった。それどころか、拳が触れる感覚すらない。

 思い止まる、という雰囲気ではなかったはずなので……彼等が自主的に拳を止める事はないはずだ。

 不思議に思い志音が目を開けると……


 その拳は、志音の鼻先数センチという距離で……、まるで見えない壁に阻まれるように、止まっていた。


「ちょっと待て、かな?」


 その声が響いたのは、教室とは別方向の廊下側から。

 優しく落ち着いた男性の声音。

 ソコにいたのは……一言で表現すなら『貴公子』だった。


 整った容姿に栄える、短髪のシルバーブロンド。綻ぶような優しい瞳、無駄のない均一のとれた四肢。

 男性でも惚れ惚れしてしまいそうな程のイケメン優男である。


「「「アインハルトさま!」」」


 女子一同の盛大な「黄色い悲鳴」が廊下にこだまする。

 それもその筈……。

 見た目は抜群のイケメンで、無愛想な創正とは違い愛想も良ければ人当たりもいい。更には、学園屈指の実力者でもある。


 二つ名は『氷結晶の貴公子』。


 エイラから聞いた……もとい、エイラが勝手にペラペラと吐いた情報に寄れば――。


 氷を使った《氷結魔法》を使う《魔法使い》で、しかも近接戦闘も達人クラスの《魔法剣士》なのだという。

 大抵の女子諸君は、その甘いマウスから紡がれる言葉だけでイチコロだとか……。

 結歌やアリシアを除いたバトルでは、常に全戦全勝。男子の中では、文句のつけようのない最強の一人だ。


 志音も一方的に知ってはいたが、面識はほとんど無かったりする。

 結歌に押し付けられる仕事中に会うことは実のところあまりなく、普段の学園生活でもたまにスレ違う程度。

 話したことはおろか、声をまともに聞いたのも今回が初めてなのだ。


「授業の直前だというのに、正しい手順も踏まずに校舎内で乱闘騒ぎかい? あまり誉められた事じゃないよね」


 優しい声音で諭すロイド。


「で、でも……っ」

「副会長、邪魔しないでくれ! コイツは一年の女子を――」

「あぁ、リアーナ・レイ・フォルトさんの事だね。彼女ならさっき一年校舎ですれ違ったけど、目立つ外傷もなくピンピンしていたよ」

「だ、だとしても、コイツをこのまま放置してたら……絶対にこの学園の害になります!! そうなる前に――」

「たとえそうだったとしても、君達のような一般生徒に、彼の処遇を決める権利は無いはずだけど?」

「……それは……」

「それに、君達は正しき事をしようとしているのだろう? だったら、やり方を間違っちゃいけない。こんな汚れ仕事は生徒会に任せて、君達は君達のやるべきことに精進すべきじゃないかな♪」

「……っ!」

「この程度の些事に、君達がわざわざ手を汚す必要はない。あとはボクに任せて、君達は早く教室に戻って授業の準備に取りかかりなよ」


 微笑む姿は、儚く凛々しい。

 統一された同じデザインの制服を着ているというのに、ロイドが着ているというだけで、それは一段と輝きを増す。

 王子様オーラ……恐るべし。


「……些事……ねぇ」


 志音は彼等の会話を無視し、手を前へと伸ばす。

 何もないように見えるソコには、ひんやりとした無色透明な壁が確かにあった。

 魔力付加された拳ですら、キズ一つ付かない頑丈な氷の壁。


「厚さ数ミリ程度で、魔力付加した拳を止める『氷壁』……ねぇ」


 ただの氷ならば、ただの拳でさえ止めるの事は不可能だ。

 容易くひび割れ、一瞬にして瓦解してしまうだろう。膂力の優れた者が相手ならば、一瞬の隙すら作れずに貫通する。


 だが、この壁の硬度はだだの氷とは比較にならない。鉄や鋼すらもゆうに超える。

 《魔法》でどれほど硬度を上げたところで、ただの氷ではこうはなるまい。


 ソレを無詠唱で瞬間的に出現させてしまったロイド。

 たしかに、結歌やアリシアに名を連ねるだけの実力はあるようだ。



 話に決着がついたのか、はたまた、ロイドの出現に頭が冷えたのか、苦々しい表情をそのままに渋々と教室へと戻っていくクラスメイト諸君。

 残ったロイドは笑顔で志音を見つめる。


「……なぁ」

「なにかな?」

「……生徒会ってのは、つくづく……人の成長を邪魔するしか能のない、お節介どもしかいないわけ?」

「あらら、随分な言われようだね。一応助けたつもりだったんだけどなぁ……。どうせ君、あのまま防ぎもせずにわざと殴られる気でいたんだろう? 「悪を淘汰した前歴」で自信を付けさせて、成長を促そうとでも考えたのかな」

「……ちっ、わかってるなら尚更だ。仲裁に入るなんて無粋な判断だと思うが?」

「ソレはソレ。コレはコレだよ」

「…………?」

「君が彼等の為に傷付くのは君の事情で、君の勝手だ。……けど、そんな君を守るのもボクの勝手だとは思わないかい?」

「…………はぁ? 何言って――」

「君が傷付くのを良しとしない者もいる、ってことですよ。……少なくとも、ボクや会長なんかはソレを望んではいない。ってこと♪」

「……バカバカしい。お前にどんな思惑があるか知らんが、勝手にオレを巻き込まないでくれ」


 話を無理矢理切り上げ、教室へと入ろうとした志音。だが……とおせんぼするように扉の前に立つ影が一つ。

 当然、ロイドである。

 苛立たしげに睨み返す志音。

 対するロイドは、終始優しい笑顔のままだ。むしろ、志音の対応に喜んでる節もあった。


「……何のつもりだ? オレは学生らしく教室でお勉強しなきゃならんのだが……」

「ボクも生徒会の仕事ですよ♪」

「なら、さっさと退けよ……。乱闘騒ぎは解決しただろ……?」

「はい。ですので、本題に入ろうかと思いまして」

「……はぁ?」

「夕凪 志音くん。君の適正試験を行います」

「……なんじゃそりゃ」

「《ラグナロク》って参加は自由なんだけど、流石に人数が多すぎると運営側の情報管理が面倒なんだよね」

「……あぁ、なるほど……、要するに、参加するならソレなりの意志と実力を示してみろ……ってことか?」

「そういうこと。流石に話が早くて助かるよ♪」


 ソコでひょっこりと教室の扉から顔を出したのはアクト……もとい、アリスと、何故か……爆睡をかましていたはずのキティ。

 アリスはいつまでも教室に入らない志音を呼び戻すために来たのだろうが、キティが現れた理由は謎だ。


「どったの〜志音。もうジュギョー始まっちゃうよ〜?」

「…………」

「……悪い、アクト。オレは用事が出来たっぽいから、授業はサボる。オレに構わずお前らは――」

「えぇえええっ!!!!? やだやだ! 志音がいないとボクがココに来た意味ないじゃん!! 志音が行くならボクも行くー!! 行ーくーのーっ!!」

「……駄々をこねるな。大体、元々の目的である「お忍び」ってのはどうした? オレと一緒じゃ逆に目立つだろ……」

「そんなのはどうでもいいの!! 志音が行くならボクも行くのっ!!」

「……ったく……お前なぁ……」


 頭をかきつつ、志音は視線だけでロイドへと伝える。

 コイツを説得しろ……と。

 笑顔で頷いたロイドは一言。


「夕凪くんが良いなら、ボクは全然構わないよ」

「…………っ!?」

「本当っ!?」

「あぁ、夕凪くんが許可するなら……だけどね」

「……はぁ、コイツらは……」


 視線だけでの意志疎通など不可能だった、ということだ。

 話を丸投げしたはずが、逆に投げ返されてしまった。


「志音! お願いっ!! 大人しくしてるからぁ〜……」


 捨てられた子犬のような目で懇願してくるアリス。


「……もう勝手にしろ」


 どうせ、もう実力を隠す意味もない。

 明日の《ラグナロク》では、それなりに本気を出して挑むつもりでいたのだ。

 今更、見られたところで大した問題ではない。


 そう思い、アリスの同行を許可した志音だったのだが……。


「………………」

「……?」

「…………」

「……いや、……まさかとは思うが……」

「………………同行の許可を、希望」

「お前もかっ!! てか、お前は関係ないんだから、普通に授業を受けた方が――」

「拒否。…………私も、同行」

「転入早々、不良にでもなるつもりか?」

「…………構わない。……コチラの方が、重要」


 ロボットのような無感情な瞳はそのままに、愛想の「あ」の字も知らなさそうな少女は、何故か頑なに食い下がってきた。

 アリスの同行を許可した分、キティの同行に関して強く否定できないでいた志音。


「何度も言うけど、ボクは夕凪くんが許可するのであれば、構いませんよ♪」


 すでに決定権を志音に丸投げした貴公子。


「えへへ〜♪ しーおんーと一緒〜♪」


 そもそも考える気すらない、脳内お花畑の男装お嬢様。


「…………差別、反対」


 そして、なおも食い下がる能面美少女転入生。


 志音は再度頭を襲う頭痛に嫌気を覚えつつ、盛大にため息を溢した。


「わかったよ。来たけりゃ勝手に来い! その代わり、あとで何か言われたとしてもオレは知らねぇからな!!」

「……問題ない」


 というわけで、イケメン一人と美少女転入生二人(?)に志音……という謎な組み合わせで、早朝から授業をボイコットすることとなった。




     ◇◇◇


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