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『英雄』を狩る者  作者: オーエン
34/91

②一話(5)

     ◇◇◇




 相手を倒すため、正式な決闘に勝利するため、そういった理由で志音が『本気で戦った』ことは、実は一度もなかったりする。この数年の学園生活だけでなく、そのずっとずっと前からそうだ。

 過去に一度もないというわけではない。それこそ、志音が幼い頃には、何かのために全力で戦ったことが幾度かある。


 きっと、ソレはあの日……『英雄』と出会ったあの瞬間から、志音はそうなった。

 常に『死』と隣り合い、『痛み』と共に生きてきた志音は、『本気を出す』という生き方を無意識に自制してしまうようになってしまっていたのだ。


 『本気』を出して戦った結果に得られるものに、全く興味が無かったから……。

 負けたとしても、失って困るものは何一つ……この手に持っていなかったから。

 守らなければならないものも、守り抜きたいと思ったものも、すでに志音の手の中にはなかったから。


 だから、志音が正式な勝負で――命の一つも賭けないような『おままごと』で、勝つことはない。

 これまでがそうであったように、これからも……そう生きていく予定だった。


 そう、『だった』。


「…………」


 消毒液の独特な香りが鼻をつく、狭い病室の一画。

 そこには、あどけない寝顔で健やかな寝息をたてる少女が一人と、その少女が眠るベッドのすぐ側に立つ志音。

 アリスの学園案内をアリシア達に押し付けたので、今この場に居るのは志音と少女……リアーナだけである。


「…………すぅ……」


 リアーナは《マナ》不足で一時的に意識を失っているだけだ。医師の話によれば二〜三日もすれば、自然と目を覚まし……後遺症もなく元の学園生活に戻れるだろう……とのこと。

 今は無理に起こしたりせず、安静にさせるのが一番だとも言っていた。


 志音はそんな少女を見下ろす。

 『死神』を前にして、呑気に眠るリアーナ。


 志音は『死神』だ。

 『死神』は非情でなくてはならない。

 感情など必要ない。ただ殺すためだけに存在する。……それが、志音に課せられた『死神』のあるべき姿であり、これまでもずっと……そうやって、命を摘んできた。


 リアーナは『死神』の正体を知ってしまった。

 リアーナは志音の罪を、知ってしまった。

 ならば志音は、そんな存在を見過ごす訳にはいかない。野放しにするなどもってのほかである。



 ……殺す。

 今まで通りに戻るために、この手でリアーナを殺さなければならない。

 『死神』に情はいらない。


「……そうだ。これまで通りに……」


 《黒》【マヴロ】を発動させる。

 《黒》による干渉と破壊の力が、幾度となく他者の血で汚れてきた志音の右手を、黒く、黒く……染めていく。光すらうつさぬ漆黒へと……。

 感慨はない。

 単なる作業だ。緊張することもなければ、迷うこともない。


 その手でそっと、リアーナの首に触れる。

 生物の肉体はおろか、この世の万物を構成するモノのほとんどが《マナ》によって形成している。ソレがこの世界の摂理。

 人間の肉体はその中でも特に、血液中に多くの《マナ》を含んでいる生命体であり、だからこそ、多量出血程度で簡単に死ぬ。


 そして志音の手は今、人間の血が密集する首の静脈に添えられていた。

 このまま、リアーナの首に流れる血液中の《マナ》を、《黒》で死滅させたなら……



 きっともう二度と、リアーナが目を覚ますことは無くなる。

 痛みも苦しみも与えずに、楽にしてやることが出来るのだ。


「…………」

「何をしているのかな……。夕凪 志音」


 病室の入り口に立つ一人の女性。

 褐色の長い髪を首の後ろで纏めたポニーテール、死んだ魚のような生気のない瞳、死人のような……とまでは行かぬまでも、常人よりもはるかに色白な素肌。

 肉感的な均一のとれた女性らしい体型ながら、その身体を包むのはサイズの合っていない男性物のスーツと白衣という、女性らしい色気もない格好。

 いかにも不健康そうな見た目にも関わらず、その口にはいつも通り、銘柄も記載されていない煙草が加えられ煙を揺らしていた。


 そして何よりも目を引くのは、その顔に深々と刻まれた古傷だろう。額から右目を通り、顔の右半分をまるで『引き裂いた』かのような、顔の大半を削る……大きなキズ。


 聖エインリーゼ学園保険医兼、聖城近衛『医療師団メルト』団長、ライラ・フレウィット・ジーニス。……世に広がる二つ名は『創造主クリエイター』。

 その名に違わず、彼女の手にかかれば、失った四肢すらも元通り……いや、元あった以上のコンディションで再生し、万病は意味を成す間もなく治癒され、不治の病でさえ息をするように治してしまう。

 《治癒系魔術師》の最終到達目標とも呼ばれる一人。


 創正同様に、志音の……『死神』の正体を知る、数少ない者の一人でもある。

 その片目だけ開かれた瞳が、志音を捉えていた。戦意や殺意のない、まるで実験動物を観察するような、機械的な瞳で……。


「まさかとは思うが……、そんな『無意味な命』程度のために、《黒》【マヴロ】を使用するつもりかい?」

「…………」


 志音は答えない。

 答える必要性を感じなかったから、答えたところでこれから志音がとるべき行動は変わらないから。

 ジットリと見続けるライラに視線も向けず、志音は志音のするべき事を……《黒》【マヴロ】の力を行使する。


「生かしたいなら……、放っておけばいい。あと数日もすれば自然に目を覚ますだろう」

「…………」

「殺すのならば……、その腰に携えた安物の剣で、心の臓を一突きするだけでいい。もう二度とその少女が動き出すことは無くなるだろう」

「…………」

「ドチラを選択するにせよ、わざわざ君の命を使ってまで、その力を使う理由は皆無だと思うのだが……? その行動の真意を知りたいものだね」

「…………」


 答えない。

 理由は先程と同じく、答える必要がないから。

 リアーナの華奢な首に触れる、志音の漆黒の手。


 殺すなら、ただ念じるだけでいい。『コレを、壊せ』と。


「…………」


 簡単なことだ。

 念じるだけで、その力は簡単に……この少女を殺してしまえるのだから。


「…………」


 ――殺せるのに、殺さない。

 『死神』である志音には到底理解できぬ考えであるはずなのに……。


「…………ったく」


 この少女の先輩である志音は、何故か、そうせずにはいられなかった。


 志音が発動した力は《黒》【マヴロ】の、破壊ではなく……干渉の力。

 大気中にある微量な《マナ》を無理矢理集束し、リアーナの肉体に適合する質に変換。そして、肉体の接触部分から、丁寧に譲渡させていく。


 一般的常識として、失った《マナ》の回復は『適度な休息によって時間をかける』以外の方法はない。

 人間の使用できる《マナ》は、すべて自身の体内で生成されたものであり、百パーセント自身の肉体に適合した《マナ》である。

 外界から摂取する術はある筈もなく、昨日の志音のように、普通の者が魔弾の中の純濃度マナを摂取したとしても、適合するはずのない《マナ》に肉体を内側から焼かれ、無意味に身体を破壊するだけ。回復は愚か、肉体的な死に直結するような愚かな行為である。


 だが、志音には《黒》【マヴロ】がある。

 干渉の力は、志音の望むままに《マナ》に触れ《マナ》を操る力なのだ。変革も、搾取も、集束も、譲渡も、……もちろん破壊も、志音には自由自在に操る事が出来る。


 だが、言うほど簡単な事ではない。


 作業はすべて志音の《魔術処理能力》……つまりは、とてつもない集中力と演算力だけで行うため、少しの邪念で簡単に崩れてしまう。

 そもそも、リアーナに適合する《マナ》の質を寸分違わず集めなければならない。

 そして極めつけは、志音の全身を蝕む《死痛》、《黒》【マヴロ】の代償たる生命力の低下。普通ならばまともに《魔法》を発動できる状態ですらない。


 そんな状況下であるにも関わらず、志音の作業は正確無比であった。それは一重に、志音が培ってきた《魔法》知識と、志音の実力があってこその御技である。


「……ふむ。私は何度も言わせて貰ったはずだよ? 数日待っていれば勝手に目を覚ます、と」

「…………」

「そしてこうも言った。目を覚ますまで『最低でも二〜三日はかかる』。コレは私が直々に診察した結果に出した答えだ。……私の診察は、絶対だ」

「…………」

「……だと言うのに……」


 作業開始から数分程度経った頃、志音からしてみれば数時間は経過したような疲労感の中。

 確かに感じた。

 リアーナの《マナ》が、低限に達したことを……。


「……ん、んぅ……」


 リアーナの喉が震える。

 ゆっくると開かれる目蓋の奥……、その綺麗な瞳にうつる志音は、まるで子供を見守る父親のような……優しげな顔をしていた。



「君はどれだけ、私の定義を覆せば気が済むんだい? ……これではまるで、出来ないと言った私が……無能みたいじゃないか」


 言葉とは裏腹に、ライラは不適な笑みを浮かべていた。




     ◇◇◇




 ……温かい。


 一番最初に感じたのは、首筋からじんわりと広がる微熱。同時に、自身が凍えていた事を知った。

 身体の奥底に当然のようにあったものが、今は空っぽで……だがその熱が、その隙間を満たしていく。……そんな感覚。


 熱い。


 空っぽの血管に、熱い血を流し込まれるような……。

 だがどこか、心地よい。


 熱は温度を増し、身体の内側を広がっていく。

 動けるという事実すら忘れていた肉体が、感覚を取り戻していく。


 周りの音が聴こえる。

 口の中に、唾液の味が広がる。

 病院のような、消毒液のような香りがする。


 首に、何かが触れている。

 ソレは温かい筈なのに、どこかひんやりと冷たくて……逞しくてゴツゴツしている。

 それでも異物感はなく、それどころか……どこか懐かしさすらある。……安心できるもの。


 そして、重たい目蓋を開いた少女は、慣れぬ明るさに目を細め……確かに、その姿を網膜にうつした。


「…………せん、ぱい……?」

「……よう、おはようにしては随分と遅いお目覚めだな……リアーナ」

「……先輩、ココは……」

「学園の医務室だ。どこかの誰かさんが、後先考えずに《魔法》を連発してぶっ倒れちまったから、ココに運び込まれたんだ」

「……そう、ですか」


 そこで、リアーナは気付く。

 今の今まで心地よさを感じていた、首に触れられていた物体が、志音の手であることに……。


「……せ、先輩……」

「何だ」

「…………その……手……」

「……ん、あぁ……」


 何事もなかったかのように放れる手を、ほんの少しだけ名残惜しそうに見つめるリアーナ。

 あのまま何も言わなかったなら、まだあの温もりを感じていられたのか……。そんな事を無意識に考えてしまったのは、きっと……その手の温かさこそが、リアーナの求めていたものだったからなのだろう。




「……」


 意識せずとも聞こえる。

 うるさい程に高鳴る自身の心拍音。深呼吸したところで収まることはない。

 リアーナは困惑している。

 激しく高鳴る心音。火照るように舞い上がる体温。今まで感じたことのない感情。母に抱いた愛情ともまた違う。

 リアーナは理解できないでいた。志音に抱くこの感情が何なのか……。


 最近はずっとこうだ。

 最たる例をあげるなら、……あの夜、暴走したリアーナを無理矢理正気に戻した志音が、リアーナを叱ってくれたあの時……。


 ――力強く、だが壊れないように優しく、抱き締めてくれた時――。


 思い出しただけで、リアーナはまた顔が熱く火照っていくのを感じる。

 己の未熟さへの羞恥からくるものも多少はあるだろうが、きっとコレはそれ以外の感情が大きい。


「体調は、どうだ?」

「……っ! ……あの、先輩が……他人の心配を……。先輩の方こそ大丈夫ですか? 主に、頭部を強く打ったとか……」

「……随分と失礼な物言いだな……。まぁ、そんな減らず口が吐けるくらいなら問題ないな」


 無愛想にそっぽを向く志音の横顔を上目で見上げ、リアーナは無意識に視線をそらしてしまう。


 ガン……


 そんなリアーナの頭部を、いきなり衝撃が襲った。


「痛い……です」


 衝撃の正体は、風呂敷に包まれた四角い箱。

 どうやら、リアーナが視線をそらした時に志音が放り投げてきたようだ。


「腹減ってんなら、ソレ食えよ。言っとくが味の保証はしねぇからな」

「……食べ物、ですか?」

「……肉じゃが。前に注文してきただろ……。たまたま作る機会があったからついでに持ってきただけだ。……へんな勘違いはするなよ」

「……そう、ですか」


 リアーナは、胸の内に沸き上がる熱と共にその小箱を抱き締め、……小さく微笑んだ。


「……ありがとうございます」




     ◇◇◇




「さて、話に横やりを入れるようで心もとないが……、そろそろ聞かせてはもらえないかな? 夕凪 志音」

「……」

「何故、その少女を殺さなかったのか……」


 安堵しているのも束の間、志音に投げ掛けられた質問は、『死神』としての志音を知るライラだからこそ出てきた疑問だった。

 普段の志音ならば、迷わず殺したはずなのだ。

 『死神』を見た者は殺しておかなければならない。


 だが、今回はどうだ?

 殺すどころか、自身の命を削る禁忌を用いてまで一人の少女を目覚めさせ、あまつさえ心配までする始末。

 『死神』を知るライラが、疑問を抱くのも無理はない。


 だが、志音は考える素振りもなく、答えてみせた。その疑問に対する答えを……。


「仮とはいえ、一応コイツはオレの彼女って扱いなんでな……。彼氏が彼女を心配するのは当然のことだろ?」


 ――と。


 ふざけた理由だ。

 『死神』が他人を助ける理由にしては、あまりに不十分過ぎる。

 絶句しポカンとしているライラ。

 下らない。

 言った志音すらそう思うが、他に理由を考える気もない。


 何故かリアーナまで言葉を失い、タコのような真っ赤な顔で口をパクパクさせているが、今は無視。


「く……くははははっ! 命を命とも思わぬ君が、一丁前に愛を語るか。ソレはソレで面白い! ……だが、けっして忘れぬ事だ。……遅かれ早かれ、遠くない未来に君は確実に死ぬ。コレは運命論なんていうメルヘンなものじゃなく、君の肉体的な問題。……その子の事を本当に想うのならば、過度の期待はさせぬことだ」

「……わかってる」

「言うまでもないか……、他ならぬ君がソレを『忘れられる』わけがない」

「当然だ」


 志音の肉体を蝕む《黒》【マヴロ】が……痛みが、何よりも……志音がこれまでに奪ってきた命が、ソレを許しはしない。

 ライラの亡者のような瞳が暗に告げていた。


 それは同時に、志音にはもう……あまり時間が残されていない、と言っているようなものだ。


「安心しろよ……。オレの目的が変わることはない。ただ、少しやり方を変えるだけだ。……最後には確実に、アイツを……『英雄』を殺してみせる」

「……ふむ、上等だ。精々無駄に足掻いて見せるといい」


 言うだけ言って去っていくその背を見つめ、志音は息を吐き出す。


 志音は確実に前に進んでいる。

 一歩ずつ、あの背中に、『英雄』との決着の瞬間に、近づいている。


 だが、同時に思うのだ。


 これほどの痛みを背負っても、まだ会うことすらままならない。

 これほどの死体を重ねてきても、辿り着くことができない。


 その背中すら、見えない。


「……先輩」

「……。なんだ」

「あの夜の事は……夢じゃ、ないんですよね……?」


 何かを期待する目で志音を見上げてくる少女。


 否定して欲しいのだろう。

 昨晩の出来事は全部夢で、志音は誰も殺してはいないし、リアーナは志音の『死』に暴走することはなかった。

 たしかに、一度は死んだはずの志音が生きていたり、ましてや……志音が暴走したリアーナを救い出すなど、あまりにも都合が良過ぎる。

 夢と断ずる事が出来たなら、リアーナはすべて忘れることが出来るだろう。

 自身の罪を思い出すことも……、すぐそばにいる『死神』に恐れることもなく、また日常に戻ることが出来るはずなのだ。



 ……違う。


 きっと、そうはならない。


 例え志音が『優しい嘘』を口にしたとしても、リアーナの前では……そんな嘘すら、何の意味も成しはしない。


 その小さな耳は、生易しい虚実を簡単に否定してしまうのだから。

 そして志音は、こんな時に嘘をついてやるほど、お人好しではない。


「あぁ、お前の見たもんはすべて事実だ。オレはあの時も……いや、それよりもずっと前から、人を殺してきた」

「……っ……何か、やむを得ない事情があったんですよね? ……アレは、先輩の意思じゃ……なくて……」

「逆に聞くが、「やむを得ない事情」ってのがあれば、お前は他人を殺しても許されると思ってるのか?」

「…………それは」

「殺されそうになったから、相手が犯罪者だったから、殺らなければ大切なものを失うから、……家族のため? 友のため? 仲間のため? 国のため? 世界のため? ……くだらねぇ。どんなご託を並べたところで、正当化される行為じゃねぇんだよ……。……殺しは『悪』だ」

「……」


 志音は悪人である。

 それは覆しようのない事実であり、志音が自ら望んで選んだ道だ。

 他人の罪を被ってでも、望んで悪人を演じよう。

 絶対なる『正義』である『英雄』の敵として、相応しい『悪』になるために……。


「……では、なんで……私を殺さなかったのですか……? 私の知る『死神』の噂では、標的は善悪を問わず……目にうつる者すべてを殺す……と聞いています」

「……あぁ、なんでだろうな……」


 ため息を溢し、志音はリアーナの頭に、ゆっくりと左手を乗せる。

 リアーナは志音の突然の行動に、ビクッと身体を強ばらせたかと思えば、ほんの少しふるえていた。

 怯えるのも無理はない。

 リアーナは知っている。志音ならば、その手一つで……簡単に命を奪うことが出来る、ということを。


 殺すことは出来る。

 だが、殺さない。


「……いや……」


 命を容易く奪う《黒》【マヴロ】は、発動しない。

 いくらでも凶器となりえるその手で、志音はただ……リアーナの頭を撫でた。慰めるように、慈しむように、ただ……優しく。


「もう、オレはお前を殺せない……」

「……っ! それは、何故ですか……?」

「オレ自身がそれを望んじまったからな……。オレには、お前の死を望むことができない。だから、精々……生きて苦しむがいいさ……」

「……んぅ……、そう……ですか」


 緊張が解けたのか、気持ち良さげに目を細め志音のされるままに撫でられるリアーナ。

 嫌がる素振りも見せなくなったリアーナに、志音はただ安堵していた。


 少なからず、志音の『死神』としての一面を知ったからには、当然、極力距離をとられるか……避けられる、などの覚悟はしていたつもりだ。

 殺人鬼を前にして、それになつく者など普通はいない。

 リアーナも例にもれず、志音に恐怖し、見限り……他者同様に離れていくと、志音は覚悟していたはずなのだ。


「……お前は、オレが恐いか?」

「…………はい」

「そうか……」


 不意に、リアーナの手がのびる。

 それは志音の制服の裾を掴んで、放さぬように……キュッと強く握らていた。


「こわいです……。こうしてないと、今すぐにでも……消えてしまいそうで」

「――……っ!」

「失うのは……こわいです」

「…………」

「……せんぱい」


 そこにいたのは、いつも通り……無愛想で、根暗で、無表情なリアーナだ。

 だが、だらりとのびた前髪から覗く瞳は、どこか熱を帯び……志音をとらえて放さない。

 服を掴むその手も、小さな口から紡がれる言葉も、……必死に志音を、『日常』に繋ぎ止めようとする優しいものだ。


 振りほどく事は容易だ。

 人の繋がりなど、糸よりも容易く断ち切ることができる。

 だがそうしないのは……そうできないのは――



 変わりつつあるからなのだろう。……他ならぬ、志音自身が……。



 ――ポコ



「……痛いです」

「そんな事言ってる暇があるなら、少しは強くなってみせろよ」

「……。言われなくても、そうする予定です……」

「あと三日……いや、今日は療養にまわすとして、実質二日だ」

「……っ」

「……目ぼしい成果がなければ、オレ達の奇妙な関係も終わり。また、他人に戻るだけだ……」

「…………はい」

「もし、お前がまだ……オレに師事を仰ぎたいと宣うなら……示してみろ」


 まるで見計らったように、志音のポケットからけたましい電子音が鳴り響いた。

 志音の携帯端末にメッセージが届いたのだ。

 浮遊ディスプレイを開けば、『通知』の二文字。続く文章は……


終戦前戦ラグナロクの開催について』


 《ラグナロク》とは、年に三度だけ学園内で行われる大きな試合。

 対抗試合とは違う。


 学園生であれば、学年を問わず参加自由とうたってはいるが、半端な実力しか持たぬ者が、生き残れるような戦いではない。

 結歌やアリシアを含めたトップランカー十人は勿論、数々の強者達がこぞって参加する、ルール無用のサバイバル戦。


 リアーナが弱者ではないと言うのならば、ちょうどいい。


「……言葉じゃなく、実力で」

「……っ、……はいっ!」




 病室に木霊した返事は、



 ハッキリと志音の鼓膜を震わせた。



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