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『英雄』を狩る者  作者: オーエン
32/91

②一話(3)

     ◇◇◇




「……さて、話をしましょうか。志音」


 結歌に連れられるまま、何も考えずに歩いていた志音達一行が辿り着いたのは、食堂の一画。

 しかも、食事時を大きく過ぎた夕刻にはほとんどひとけのないテラス席のさらには、室内からは死角となる角席。

 ソコには、志音達の他にも先客がいた。


「おーい、遅ぇぞー志音! エイラ……は別にいいが、会長や風紀委員長のお二方のチョーー……っ貴重なお時間をお借りしてるんだぞ!! ちんたらしてんじゃねぇよ!!」


 普段同席できないであろう二人にカッコいい所を見せようと、無駄に自称・決め顔をキープしながら、志音に対しドヤ顔を向ける健吾。

 本人は気付いていないのだろうが、鼻の下がかなり伸びている上、口元がにやけきっているため……全然、格好はついていない。

 むしろ、相席していたエイラなどは、嫌悪感を隠そうともしていないほどだ。

 志音も正直な感想を口にするなら、迷うことなく「気持ち悪い」という言葉を吐くだろう。


「ひょっひょっ!! えんほのふへひ、わらひほばらりすりゅらんへ……モグモグ、はむっ、モグモグ……ままりきひょっ!!」

「エイラ……文句を言うなら、せめて口のモンを飲み込んだ後にしろ……。何を言ってるのか全くわからん」


 頬いっぱいにチャーハンを詰め込み、もきゅもきゅと咀嚼するエイラの姿は、もはやリスだ。

 説得力どころか意思疏通も困難なエイラに、志音はため息混じりに注意したのだが、エイラのレンゲを持つ手が止まることはなかった。

 流石は暴食女……、その食欲はこんな状況でも健在らしい。


「こんにちはぁ、夕凪くん♪」

「……あ、あぁ……こんちは」

「見るからにボロボロですけど、大丈夫ですかー?」

「まぁ、特に問題はねぇよ……」

「クスッ♪」

「……? 何だよ……」

「いえー、少々思い出してしまいまして♪ 《マナ》を切らしたとはいえ『無傷のリアーナさん』と、ココに立って話をしている『傷だらけの夕凪くん』。……あの時に似てませんか?」


 朗らかな笑顔で告げるアリシアに、志音は視線をそらした。

 確かに、アリシアの言う通り、状況だけならば……数日前のアリシアと志音の試合に似ていないこともなかった。

 好戦状態のアリシアを無傷で気絶させる為に、ボロボロになった志音。

 アリシアは、今の志音にその時の姿を重ねていたのだろう。

 どこか見透かされてるようで、志音としてはあまり居心地のいい状況ではなかったりする。


「あの時って、この前の試合っすよね! 志音なんかじゃアリシアさんの足元にも及ばないとは思ってましたけど、無傷無ダメージ、ホコリ一つたてずに完勝したって聞きましたよ!! さすがアリシアさん♪ できれば……オレも手取り足取り……でへへ」

「ん〜……それは構いませんがぁ〜、骨の5〜6本は覚悟してくださいね♪ 大丈夫です♪ 運が良ければー、五体満足で帰れると思いますよぉ?」

「……あ、えっと……え、遠慮させていただきますごめんなさい!!!!」

「あらあら〜、フラれちゃいましたね〜」


 あの変態が、アリシアのような美少女とお近づきになるチャンスを自ら不意にするとは……珍しい。

 そう思っていた志音だったが、健吾には更なる思惑があったらしく、恭しくアリシアの前に跪いた。


「オレはドッチかっていうと、貴女をお守りする親衛隊……いや、貴女専用の騎士にさせて頂きたいです!! 毎日貴女のお側に――」

「結構です♪」

「ぜ、全力で頑張りますからぁ〜!! オレ、志音よりも全然強いですよ!」

「結構です♪」

「ぐはっ……!! し、志音……お前からも何か――」

「断る」

「ヒデェ! 親友なのにヒデェっ!! ……って、ちょっと待て……、そこの美少女は誰だっ!? 志音の後ろに隠れてる子!」


 健吾の変態センサーが、志音の後ろに隠れてていたアリスを感知したらしく、鼻息荒く近寄ってくる。


「……あぁ、悪いがコイツはダメだ」

「――っ!? 志音、テメェまさか二股かけてんじゃ……。羨ましいぞコノヤロォオオウッ!!」

「むむっ! 『夕凪 志音、二股疑惑!』……記事的には弱いかな〜」

「不純異性交遊はダメですよ〜♪ ダメですからねぇ〜?」

「お前らな……。何を勘違いしているか知らんが、コイツは――」「彼女は『ただの』留学生。名前はアリスさんで、理事長たっての依頼で志音が面倒をみている『だけ』よ♪ ウチの愚弟は、最弱だというのに特訓の一つもしない不良だから、時間も無駄に余っているでしょうし、こういう仕事を押し付けるには丁度よかったんでしょう」


 言葉の途中で結歌に遮られてしまった志音は、めんどくさいのでこの場の収集を結歌に任せることにした。

 結歌もそのつもりでの行動だったのだろう。顔に貼り付けられた完璧な笑顔には「余計なことは口走るな」と書かれているような気がする。

 そんなことより、『ただの』や『だけ』といった言葉を妙に強調しているように聞こえたのは、志音だけだったのだろうか?

 別に志音としてはどうでもいい事なので、変に追及したりはしないのだが……。


 そんな中、妙に大人しく志音の後ろに隠れる少女――アリス。志音が昨日話した限りでは、特に人見知りをするような性格ではない印象だったのだが、会話に加わるどころか一言も喋らない。

 体調でも悪いのかと思い、志音が見やると……。


「…………っ」


 スッゴい話したそうにしていた。それはもう、『待て』と言われた犬のように、ウズウズしてらっしゃる。


「……お前、なにやってんだ?」

「我慢」

「なんで我慢なんてしてる……。喋りたきゃ勝手に喋ればいいだろう?」

「……だって……、だって……」


 アリスは切な気な濡れた瞳で、志音を見上げる。

 苦しそうな、悲しそうな、必死に何かに堪えるような、そんな表情。

 一瞬、志音もドキリとしてしまうような……。そんな表情……。

 あの能天気で無邪気な少女が、こんな表情を見せるほどの理由が、何かあるのだろう……。

 アリスは創正と同格。要するに、貴族という可能性も無くはない。庶民とは会話してはいけないなんて決まりがあったり、またはそれ以上の……


 やむを得ない事情が――


「……カレー、食べたい」

「…………はぁ……」

「あ、ちょっと! なんで呆れた顔してるのっ!!? って、痛い痛いっ! 頭叩かないでってばぁーっ!」

「お前、バカだろ……」

「あーっ! それは聞き捨てならないよ! 喋るなって言ったの志音の方でしょー!」

「あの時はあの時だろ、さっきと今じゃ状況が違う」

「でも、喋っていいって言われてないじゃん!! だから我慢して黙ってたのに」

「融通くらいきかせろよ……。わかったわかった、もう黙る必要はないから、勝手に話せ」

「……か、カレーは?」

「ちゃんと作ってやる」

「ホントっ!? 嘘じゃないよね!? 嘘ついたら、んーっと……腹パン、目潰し、金テキの豪華三点セットの刑なんだからね!!」

「……妙に現実的な実刑だな……。安心しろ、ちゃんと作ってやるから」

「わぁーい♪」


 子供のようにはしゃぐアリス。

 それを父親のような目で見つめていた志音は、周りの変化に気付くのが遅れてしまった。

 先程まで騒いでいたメンバーが急に大人しくなっていたのだ。

 何かあったのかと、ソチラへ視線を寄越すと……


 血の涙を流し、血が出るほど下唇を噛み締める……ような顔の健吾と、どこから取り出したのか……メモ帳とペンを手にし目を輝かせるエイラ。終始笑顔のアリシアと、とどめに……ゴミを見る目で笑う結歌。

 反応は十人十色だが、そのすべてが間違いなく志音に対して向けられていた。


「昨日今日で随分と仲良しになったのね……。あの後、その子と会う機会なんてなかった筈なのに、不思議ね……志音」


 どうやら、やらかしてしまったようだ。


「あ、ソレはね! 昨日の晩から志音の――」

「追加でハンバーグトッピング!」

「はい! 黙ります!!」


 アリスの口走ろうとした「地雷発言」を、今夜の晩飯追加という奇策で回避に成功した志音。

 だが、最善手ではなかった事は志音も十分に理解している。


 あからさまな地雷回避は、ソコに『地雷がある』と公言しているようなものだ。

 ココに揃ったメンバーは、そんなことに気付かぬほど馬鹿ではない。

 問題はここからの行動である。もう「何もない」は通用しない。ならば「何かあった」前提で、その内容をどう伝えるか、だ。


 志音の頬を一筋の汗がつたう。

 アリスの口元を一筋のヨダレがつたう。


 あからさまな嘘はダメだ。付き合いの浅いアリシアや、バカな健吾はともかく……情報通のエイラや、志音を無駄によく知る結歌にはまず通用しない。むしろ疑惑が強くなるだけだ。

 そもそも……


「……えへへ♪ ハンバーグカレー……じゅるり」


 このバカが、志音の『嘘』に話を合わせられるとは到底思えない。

 結歌達が疑念を抱く前に、志音は思考をフル回転させ考える。

 この瞬間で違和感なく、かつ、このバカでも上手く話を合わせやすいような、真実から遠すぎない『嘘』を……。


「……じ、じつは……」

「にゃー♪」


 そこで志音の鼓膜を叩いたのは、聞き覚えのある猫の鳴き声。

 振り返ると、アリスの足元に白猫の姿が……。

 その眼は、まるで『自分を使え』とでも言っているような輝きを放っていた。実際はどうかしらないが、志音にはそう見えた。

 猫の手も借りたい状況下で、まさか本当に猫が手を貸すとは……。


「あっ、ミヤビじゃーん♪ やっぱりアホ創正よりボクと一緒にいたかったのかなぁ? 可愛いヤツめ〜♪ うりうり〜」

「ん? アレってこの前、志音が連れてた白猫じゃねえか?」

「あらあら〜、本当ですねぇ〜♪」

「この子はね〜、ミヤビっていうんだよ〜♪」


 白猫はアリスに抱き上げられ、一通りじゃれ合うと、アリスの腕の中から急に飛び出し、志音の顔面へとダイブしてきた。


「あっ! ちょっとミヤビ!」


 志音は避けない。

 避けてしまっては、志音の計画が無駄になってしまうから、顔面ダイブも、それに追撃で、爪を立てられたとしても、志音は逃げない。

 頭皮に爪が食い込んで、目茶苦茶痛くて涙目になったとしても、文句を口にしたりはしない。

 我慢だ。


 白猫は器用に志音の頭をよじ登り、頭の上にピタリと落ち着いた。

 どうやら、その位置を大層気に入ってしまったらしく、ゴロゴロと喉を鳴らしながら、ピッタリとくつろいでらっしゃる。


 コレは利害の一致だ。

 この白猫が志音を利用しようというのなら、志音もこの白猫を利用する権利がある。


「あー! あー! あぁーーっ!! ミヤビズルい! ズールーいーぞー!! ボクだって志音にそんなことして貰ったこと無いのに! 無いのにぃーー!」

「にゃーお♪」

「なにそのドヤ顔! ズルい、猫だからって卑怯だぞぉ!」


 何かアリスが訳のわからない事を喚いているが、志音は無視。

 あとは、この状況をうまく利用するだけだ。


「こういうこどだ」

「……あ……うん、ごめん、どういうこと? たしかに、この前……今と同じように、夕凪くんは頭にその猫乗っけてたけど……」

「この猫の話題でついさっき意気投合してナカヨクナッタトコロダ」

「うわっ、超棒読み!」

「あの志音が、猫の話題で……ねぇ」

「にわかには信じがたいですねぇ〜」

「信じる信じないは勝手だが、これが事実だ」


 女性三人は全く信じていないようで、いまだに懐疑的な目で志音を睨んでいた。


「アリスちゃん! 猫の話題で……オレとも盛り上がろうゼっ! イチャイチャしようゼっ!!」


 バカは相変わらずバカなようだ。

 美少女と仲良くなるためならば、あからさまな嘘でも平気で信じる男……健吾。


「まぁ、オレとアリスとの関係なんてお前らには何の関係もないことだ。そんなことよりも、話があるならさっさとしろよ」


 無理矢理話題を変える作戦、発動!


「……そうね、生憎と私も暇じゃないわ。さっさと本題に入りましょう」

「そんな事仰らずにー。いいではないですか〜、無駄話♪ 本日はもう予定もありませんので、いっぱいお話ししましょうよ〜」

「貴女はそうでも私は忙しいのよ」

「私も一応部活の取材って形で抜け出して来てるんで、あんまり長居は出来ないかな〜」

「結歌もエイラさんも多忙なのですね〜。では仕方がないので、妥協案として今回は夕凪くんだけでも構いません。二人っきりで親睦を深めましょ〜♪」

「却下よ」

「うんうん。却下だね♪」

「二人は忙しいのでしょう? でしたら、私や夕凪くんにはお構い無く、お二人の仕事を片付けてくればいいではないですか〜?」

「どうして、そんな事を私が許可すると思ったかしら?」

「あらあら? どうして夕凪くんとお話しするのに、結歌なんかの許可がいるのですかぁ? 不思議ですね〜」

「あれ? オレは? その親睦会にオレは参加できるんですよね?」

「ちょっとちょっと! 何気にボクまで空気扱いって、酷いんじゃないかなー! ボクだって、志音とまだまだいーっぱい話したいことあるんだからね!」


 志音は頭を抱えていた。

 何故、本題に入ろうとしたそばから、数秒とかからず話が脱線してしまうのか……。

 しかも、またもや志音の頭の痛くなりそうな話題にだ。

 堪らず逃げてやろうか……なんて考えてみたものの、他はともかくアリスは同室での同居人である。逃げ場などありはしない。


「結歌……」

「少し待ちなさい志音。今すぐにこの色ボケ魔女をを黙らせるわ」「酷い言われようですね〜♪ 結歌はもう少し「弟離れ」という言葉を覚えた方がいいんじゃないですか〜?」

「黙りなさい、アバズレ」

「お断りします〜、ブラコンさん♪」

「えぇい! 鬱陶しいぞバカ共! まったく話が前に進まないだろうがっ!?」

「でもっ!」

「ですがー……」

「そうか、ならもう勝手に続けてろよ……。オレは帰らせてもらうぞ。バカの為に割いてやる時間は、生憎と持ち合わせていないんでな……」


 志音は回れ右し、来た道を戻り始めた。

 慌てて志音にくっついてきたアリスも、志音を止めようとはしない。

 だが……。


「ねぇね! もしかして、志音これから暇だったりするのかな♪ だとしたらガッコー案内してよ♪ こんな広い場所だと、ボク迷子になっちゃいそうだし、いいでしょ♪」

「……しょうがねぇな……今日だけだぞ」

「やったぁー! 志音大好き♪ 愛してる〜」

「……はいはい」


 こんな様子を目の前で見せられては……、言い合いなど続けている場合ではない事くらい、当然気付く少女達。

 漁夫の利。今の状況はまさにそれだ。

 結歌もアリシアも、お互いを最大の障害だと認識し対立していた。エイラの抱く感情は『好奇心』であり、今この場にいないリアーナのソレは『向上心』からくる妥協案にすぎない。

 他の者は論外だ。そもそも、普段からものぐさで不真面目、実力も社交性も皆無な志音に対し、特別な感情を抱く者の方がおかしいな話だ。


 結歌のソレは家族としての義務感だ。この数年間、ずっと自身にそう言い聞かせてきた。

 だが、アリシアの志音に対しての感情は、結歌には読めない部分が大きいのだ。

 そもそも読めなくて当然だ。

 当の本人であるアリシアすら、この『感情』が何なのか理解できていないのだから。


 結歌は『志音を利用しようとする者』が嫌いだ。

 身内贔屓などではなく、志音にはそれだけの価値があると、結歌は理解しているつもりだから。


 アリシアは『志音が自分以外の誰かを特別視すること』が面白くなかった。

 何故かと聞かれれば答えることは出来ないが、非常にイライラするのだ。


 そして現在、二人は突如として現れた『自覚なき、明確な新たな敵』を認識した。


 もちろん、そんな事に気付ける志音ではない。


「待ちなさい! 志音」

「……、まだ何かあんのか?」

「無駄話は一旦やめて〜、本題に入りましょうか〜♪」

「……なんだよ急に……」


 乙女心(?)など微塵も理解できない志音には、コロコロ変わる二人の壮絶な葛藤など知る由もない。


「ホント……マジでめんどくせぇな……お前ら」


 そう言いながらも、ちゃんと立ち止まる辺りは……結歌によく調教されてるから、と見るべきなのか……。




     ◇◇◇

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