②一話(2)
◇◇◇
理事長室から出てきた志音を待ち受けていたのは、数十名を越える多種多様な生徒達だった。
服装も種族も性別もバラバラだが、その全てに共通していた事と言えば……志音に対する、怒りや戦意、そしてわずかばかりの殺意。
シンと静まりかえったその空間を一言で表すならば、針のむしろだった。
「おー!! なになに! お祭り? 出待ち? 志音人気者っ!?」
「…………アリス」
「ほいな♪」
「頼むから、黙っててくれ……」
「えぇーーっ!!」
「……今夜はカレーを作って――」
「黙ります!」
大袈裟に両手で口を塞ぐアリスを全力で無視し、志音は周りで更に殺気を増した諸君へと視線を向けた。
そう、いつも通り……全力で見下すような、作り物の『悪人面』で……。
「……アンタが夕凪 志音だな?」
一人、全員を代表するかのように、真っ直ぐな瞳をした男子生徒が一歩前へと出た。
周りの取り巻きもその一人を強く信頼しているようで、彼一人に任せる空気を醸し出している。
「その質問は……、違うって言ったら信じてくれんのか?」
「とぼけんなよ……。見てわかる通り、オレ達はアンタのクソみたいな冗談を聞きに来た訳じゃないんだ! まともに取り合う気がないなら、実力行使で――」
「まぁまぁ、落ち着けよユート」
ソコで割り込むように、一人の男子生徒が前へ出る。ギザったらしい赤髪のサラサラロングに、切れ長の瞳。端整な顔立ちや、無駄のない筋肉質な細マッチョ。
この生徒は、志音も顔と名前くらいは知っていた。
全校序列第八十三位。三年のクラウス・オーガスト……だった筈……。
持ち前のルックスや、類い希なる《魔法》の才能、そして磨き抜かれた戦闘能力。才色兼備の文武両道、そんな奴が女子からモテない筈がない。
モテるとなれば、あの変態――もとい、健吾のセンサーに引っ掛からない訳がなく、そうでなくとも情報通なエイラがいるのだ。志音から聞かずとも、序列上位の情報はエイラが勝手に話してくる。
勿論、志音の興味の琴線にはかすることすらなかった為、今の今まで忘れていたいた程だ。
「やぁ、生徒会長の弟くん……。初めましてになるのかな? オレは三年のクラウスだ。君に少し話があるんだが……構わないかな? 君の答えによっては、時間は取らせないよ」
「拒否権は?」
「無いな」
「黙秘権は?」
「それもない。残念ながら、ココに集まった奴らはオレも含め……少々短期でな。……多数で一人を痛ぶるのは、オレの主義に反するんだが、もしもの時は……たとえお前が会長の身内でも容赦することはない」
「……わー、学園の最底辺相手におっとなげねー」
「黙れ! お前がレイ・フォルトさんを……、あの子をそそのかし、散々振り回した挙げ句病院送りに……、すべて貴様の仕業なんだろっ!!!」
憤る怒りのまま、激昂し吠えるユートと呼ばれた生徒。
どうやら他の生徒も同じ理由で集ったらしく、同様の怒りを滲み出している。
「……あぁ、それか。つーかお前等、そんな下らない事のためにわざわざ集まったのか?」
「っ! 答えろ!! お前がやったんだろっ!!?」
「吠えんなよ。うるせぇな……。そうだな……」
まだそれほど情報が回っていない筈だが、これほどの者達がリアーナの事を聞きつけ、集い、リアーナの仇討ちをするがために志音の前に来た。
きっと、志音ではこうはならない。
動いたとしても、精々が身内の結歌か……バカな健吾くらいなものだろうか?
いや、あの自他共に厳しい結歌の事だ。仇討ち等無駄な事に時間を使うことはないだろう。
健吾も健吾で勝てない戦はしない。
実質、志音の為に動く者は……きっと、いない。
(……なんだよ、お前の事……ちゃんと見て、心配してくれる奴らが居るじゃねえか……)
孤独を嘆いた少女。
だが、現実は違う。見ている者は……ちゃんと存在したのだ。
ならば、志音の出すべき答えは一つだ。
口角を目一杯つり上げ、顔に貼り付けるのは全力の下卑た笑み。
「そうだ、って言ったら、テメェ等は鵜呑みにするわけか……。随分と都合のいい脳味噌してんな。なんか証拠はあんのか?」
「……うるさい!」
「自分は正義だ。だから悪人にお灸を据えても許される……っていう、正当性が欲しいだけなんだろ? 自分は間違ってないって思いたいだけなんだろ? 誰かを殴る言い訳が欲しいだけなんだろ?」
笑う。
全力で笑う。
嘲笑し、挑発し、煽る。
この者達が手加減など、志音を相手に『無駄な情』を抱かぬように……。
この少年達が求める、明確な『敵』を演じる為に……。
「…………っ!!!」
「安心しろよ……。お前等のご想像通りさ。あのクソアマがベッドで爆睡してる原因は、……オレだよ」
「貴様――っ!」
「ユート。……下がれ」
激情に暴走しかけたユートを止めたのは、クラウスの放った冷淡な声。
だが、ソレが制したのはコレから起こるであろう争いではなく、自分より先に剣を抜こうとした仲間をたしなめる為。
「クラウス先輩……」
「悪いな。まずは、オレに一発殴らせてくれ……」
自身の為ではなく……仲間の為、誰かの為に、これほどまでに憤る事ができる。
それはきっと、この者達がそれだけ優しく、善良な人間だからこそ抱く感情なのだろう。
この光景をもしリアーナが見て……それでも、孤独だと思うなら、志音はこれ以上リアーナに付き合う事はない。
すぐ側にある『幸福』に気付く事すら出来ないような無能に、貴重な時間を割くなど馬鹿馬鹿しい。
「お前ら……アイツの何だ? まさかとは思うが、話したこともないくせに友人気取りか?」
「いや、そんな近しい関係じゃないさ。……だが、同じ学園に通う仲間だ!」
「……そうか」
どうやらその仲間枠に志音の名前は無いらしい。
まぁ、別に気にしているわけではないが……。
差別、ダメゼッタイ。
「じゃあどうぞ。殴りたいなら勝手に殴れよ。オレは反撃しないぜ?」
「……お前、ナメてんのか?」
「違いますよ先輩。……どうせ、オレみたいな最弱野郎がいくら足掻いたところで、特に結果が変わるとは思えないし……。無駄な事に体力使う暇があったら、素直に殴られますよ」
「……そうかよ」
「気にせず殴ってください。見ての通りボロボロなんで、回避なんて器用な真似出来ませんよ? カウンターを警戒する必要もないですし、何なら殴りやすいようにバンザイしましょうか?」
「……っ……」
「ほら、殴りなよ……。殴って……スッキリしたいんだろ? お伽噺の『英雄』みたく、『悪人』ぶっ飛ばして可愛い後輩を助けたヒーローにでもなればいい。……それでいいじゃねぇか。誰もアンタを攻めたりしないぜ?」
志音は両手を挙げ、無抵抗の意を示す。
あとは彼らの自由だ。
志音は『悪人』を上手く演じた。
この聖エインリーゼ学園に相応しくない、騎士道もやる気も正義も覚悟もない、そんな『悪人』を演じて見せたのだ。
彼らが力ずくで追い出すに値する、明確な敵。
だが彼らは動かない。
迷っているのだ。
たった一人の、親しくもない少女の為だけに……果たして自分達は、こんな無抵抗な者に危害を加えることを望んでいるのだろうか? ……そんな迷い。
彼らはこんな明確な状況下でさえ、非情になれない子供なのだ。
志音はそんな彼らに失望すると同時に、少し安堵もしていた。
彼らは優しいのだろう。
そして、どこまでも正しくあろうとする。
そんな者こそ、騎士に相応しい。
「なぁ、殴る覚悟もないなら、最初から来ないでくれないか? オレだって暇じゃないんだ」
「……オレは……っ!」
意を決したクラウスが拳を振り上げた、次の瞬間――
志音とクラウスの丁度中間、何も無かった筈のその空間に突然現れた……、美しく揺れるブロンドの髪。
風に舞うように、その人物はクラウスの突き出した拳をいなし、そのまま軽々とクラウスの体を壁側に投げ飛ばした。
まさに一瞬の間に起きた神業。
「何の真似だ……結歌」
少女は乱れた衣服を素早く正し、凛然と志音達の間に立ち塞がる。
腰には、遥か東洋の地に代々伝わる『刀』と呼ばれる刀剣をさしている。
ようするに入学式の時とは違い、今の結歌は武器を携帯しているということだ。
あの入学式の印象が強い一年生からすれば、歯向かうのは愚作。
そうでなくとも、二年や三年でさえ無闇に立ち向かうことはしない。
負け戦に挑むほど、彼らもバカではないのだろう。
「別に愚弟を庇いに来たつもりはないわよ」
「なら、どけよ」
「校内での乱闘騒ぎを取り締まっただけよ。戦闘を仲裁するつもりはないけれど、アナタ達もこの学園の生徒を名乗るならTPOを弁えなさい。暴れるなら外でやること」
「……だそうだが、アンタ等……外で仕切り直す気あるか?」
志音の投げ掛けた質問に、返ってくる言葉は無かった。
当然だ。
たった今現れた。学園最強の少女を前にして「今から、アナタの弟を殴ります」なんて言葉が吐けるものが、彼らの中にいるはずがない。
目の前で、一番の実力者であったクラウスが軽々と無力化されたのだ。
皆例外なく、結歌の存在に萎縮してしまっている。
「あら……、特に用事が無いのならさっさと各自帰宅しなさい」
「……ったく」
ポカッ
「……志音、何故いきなり私の頭を叩いたのかしら?」
「お前が空気も読まずに、勇気あるアイツ等の行動を邪魔しやがったからだ……。少しは反省しろ」
「勇気を出した結果が、私の愚弟を袋叩きにする……という行動に出たのかしら? あぁ、私への挑発のつもり?」
満面の笑みで結歌の射殺すような瞳が、萎縮し動けずにいた彼らに向けられる。
まるで蛇に睨まれたカエル。
いや、竜に睨まれたウサギ、とでも言うように、彼らは一糸乱れぬ動きで、涙目になりながら首を横に振っていた。それはもう、全力で……。
ポカポカッ
「志音、痛いわ」
「うるさい黙れ、大災害。……お前のせいで全部台無しだ」
「なに? 志音アナタもしかして殴って欲しかったの? いつまで経っても本気を出さないとは思ってたけど、まさかアナタが……マゾヒストだったなんて……。姉として、アナタの将来が少し心配ね」
「変な誤解をするな! 別に殴られたかった訳じゃない。……説明が面倒だ。おい、お前ら……」
「「「……っ!」」」
「もしまた同じようなことするなら、せめてこのバカが絶対に来ない時間や場所でしろ」
何故か、自分を襲撃する作戦に助言する志音。
結歌も止めはしない。
棒立ちのままの彼らは、ただ困惑していた。
普通ならば、自身を襲おうとした相手に助言などしない。ましてや、また襲撃する事を許可するなど論外だ。
少なくとも、自分達は正しいと思ってやっていた。
悪いのは志音だ。
リアーナを騙し、弄び、病室送りにまでした張本人なのだ。
本人すらも肯定した。
なのに、何故――。
正義であるはずの彼らが『襲撃者』と呼ばれ、悪であるはずの志音が『被害者』のような扱いを受けているのか……。
誰一人、納得している者はいない。
だが、異論を唱えられる者も、また一人もいなかった。
「会長、ソイツは一年のリアーナ・レイ・フォルトを騙して、散々利用した挙げ句に、病室送りにまでしたようなヤツなんです! いくら身内とはいえ、許していいことでは……」
「ただの《マナ》切れで倒れただけでしょう? その程度の事で騒々しいわね。ソレを言うなら、志音は《治癒魔法》ですら治せない傷を負ってるわね。キズに残った《マナ》から、原因はその少女の《魔法》らしいわ。……ココで私がアナタ達と同じ行動をとるならば、私はリアーナさんを一発殴らなくてはならなくなるのだけれど……?」
「……そ、それは……」
「後遺症の深さなら志音の方が大きいわよ? むしろ、アナタ達はソレに追い撃ちをかけようとしただけでしょう? その行動のドコが『正しい』のかしら?」
「……」
「浅はかね……」
せっかく志音が演技までしたと言うのに、この少女はことごとくソレを台無しにしていく。
もちろん、その行動が志音を援護する役割を果たしていることは理解しているのだが、志音は結歌に助けを頼んだ覚えはない。
はっきり言うと、余計なお節介なのだ。
「結歌。それ以上はいいだろう。コイツらもリアーナの為を思ってやった事だ」
「……アナタって、本当にバカね。まぁいいわ、私には関係のない事のようだし……。それより志音、話があるから着いてきなさい」
「拒否権……」
「あるわけ無いでしょう? アナタ達、この愚弟持っていくけど、文句はないわよね?」
「「「どうぞ!!」」」
ハモった。それはもう盛大に……。その答えが彼らの総意。『会長には死んでも逆らってはいけない!』という、生存本能に従うがまま、志音の譲渡を許容したのだ。
まるで物でも扱うような会話に、ほんの少し、もの申したい事もあったのだが……、これ以上事態を悪化させるのも面倒だったため、志音は結歌にされるがままドナドナされることとなった。
忘れていたわけではないが、アリスも志音の裾をつかんで、子犬のようにしっかりとついてきている。
「……」
何故か結歌に無言で睨まれる事となった志音だが、全力で無視を決め込む。
彼らとのすれ違い様……
「……金魚の糞の分際で……」
志音の耳には確かに届いた言葉。
志音に聞こえたならば、きっと結歌にも聞こえていたはずだ。
リアーナ程に異常ではないものの、結歌も大概地獄耳である。その上で無反応を決め込んでいるということは、結歌は既に……彼らを『無価値』と判断したに他ならない。
きっとこれから先、結歌は彼らの存在に価値を見出だすことはないのだろう。
まぁ、志音には関係のない事だ。
◇◇◇




