②プロローグ【望まれた『ヘイワ』】
賑やかに栄える町並み。
人々は祭りに浮かれ……、露店に勤しむ地元民や他国から訪れた観光客、和気藹々とした親子、人目も気にせずイチャつく恋人達、仲間内で騒ぐ若者達。
世界最高位の観光国である聖都市《オーヴェイン》らしい、富と笑顔に溢れた、理想的な光景である。
たとえ、道端に女の子が倒れていたとして……誰一人、見向きもしない。……としても
「…………」
ボロボロの服、ボサボサの髪、死人のような目、まだ十歳にも満たぬ幼き者だというのに、肉付きの悪い身体は痩せ細り……触れれば簡単に折れてしまいそうな程にやつれていた。
首には『奴隷の首輪』。
組み込まれた《術式》により、少女には声を発することさえ許されない。
嗚咽も、叫びも、嘆きも、音として響くことなく……消える。
「…………」
誰も少女に関わろうとはしない。
自分も同じだと思われたくないから……。厄介事に首を突っ込みたくないから……。
腫れ物でも見るように、誰も少女に触れようとはせず、目を背け……通りすぎる。
奴隷遊びに飽きた貴族から、奴隷の身分からの解放もされずに捨てられたのだろう。
首輪を外す鍵すらココにはない。
捨てられた奴隷に、行く宛など……まともに生きるすべなど、あるはずもない。
「嘆かわしい……ですね」
その光景を、一人の女性が静かに見ていた。
フード付きの白いローブを纏う十代後半程の少女。
連れ人はおらず、ただ一人で目の前で繰り広げられる光景を見据えていた。
救いの手を差し伸べることは容易い。……だがしない。
彼女は待っているのだ。
――この少女を救ってくれる、『誰か』を……。
彼女だけではないはずだ。
ここにいる誰もが、見てみぬフリを続けながらも……心のどこかではこの少女に同情し、少女を救ってくれる『自分ではない誰か』を望んでいるのだ。
他力本願に、他人事のように、無責任に……。
(……もうすぐ、正午を告げる城の鐘がなるわね)
それまで、待とう。
それまでに……誰も少女を救おうとしなかったならば……、彼女は少女に手を差し伸べるつもりだ。
そして……――
彼女は苛立ちを隠そうともせず、静かに……少女『以外』を冷たい瞳で睨む。
(変えなくては……なりませんね)
その手に握られた懐中時計が刻々と時を刻んでいく。
秒針が進む度に……、人々が少女を素通りする度に……、彼女の瞳から温情が消えていく。
(お姉ちゃん……。アナタが救ってくれたこの世界は……本当に『守る価値』があったのでしょうか……)
そこにはいない、唯一最愛の姉の顔を思い出し……悲痛に表情を歪める。
かつての大戦時に比べ、はるかに『平和』になったはずのこの世界は、……絶望と理不尽に震え苦しむ少女の一人すら、救ってはくれない。
これが『平和』なのだ。
こんな虫酸の走る現実が……彼等の語る『平和』なのだ。
ゴーン……ゴーン……
無情にも、鐘の音がなった。
彼女は少女に近付き、その華奢な肩にそっと触れようと――
「……おい、クソガキ。生きてるか……?」
手を伸ばそうとして、止まる。
一人の青年が、横入りするように少女に話し掛けていたのだ。
黒のジャージに、度の入っていない伊達眼鏡、と……地元民にしても、祭日に外出するにはラフすぎる格好をした……黒髪の青年。
少女『以外』の全てを心の底から見下すような、静かな怒りの火を灯した瞳をした……一人の青年。
彼女はそんな青年を……見付けてしまった。




