エピローグ【『死神』】
また、あの夢だ。
「…………いで」
誰の、声だったか。
「……じょ……。……ら、な……」
あぁ、懐かしい……あの声。
「……きみは、……」
安心する、あの声。
少しずつ鮮明に……
「だい……ぶ。……いで」
オレは、この夢が嫌いだ。
「……きみは、強い子だ」
その声はいつも、父のように……オレを勇気づけようとするのだ。
「大丈夫だから、泣かないで」
その声はいつも、母のように……オレを慰めようとするのだ。
「きっと……きみなら、大丈夫」
そして、最後に……愛しい声で告げるのだ。
「きみなら、きっとまた進むことが出来るから……だから――」
……あぁ、わかってる。
まだ、終わらない。
まだ、終われない。
「……早く、来てね。……その先でずっと待ってるよ。……志音」
……わかってる。
すべては……お前を殺す。……その為、だけに……。
◇◇◇
「…………」
寝覚めは最悪だった。
幸福な時間から、無理矢理現実に突き落とされるような消失感は、悪夢よりも質が悪い。
志音が夢にまで見てしまうほど望んだ人達は、……もう、この世にはいないから……。
……現実はどこまでも非情で、残酷だ。
起床と共に思い出したように全身を蝕む激痛も、無駄な多量出血による気だるさも、固い地面の上で寝たことによる筋肉痛も、最悪だ。
木々の合間から覗く木漏れ日も、鼻をつく澄んだ緑の香りも、耳をくすぐるそよ風の音も、口の中に広がる血の味も……最悪だ。
己の『命』を、嫌でも実感してしまうから。
志音はまた生き残ってしまった。
「…………」
違和感。
身体が動かない事は想像していた通りなのだが、それにしても身体が重すぎる。
《黒》【マヴロ】の反動による一時的な体力の低下だったとしても、ここまで酷くはなかった筈だ。
まるで、人一人分の重りを身体に巻き付けたような……。
志音は激痛に顔を歪めながらも無理矢理首を傾け、自身の腹部へと視線を向けた。
「……っ!?」
志音の知る者が、ソコにいた。
服を血で紅く汚し、ピクリと微動すらしない少女が――、守り通せた筈の後輩が、志音の身体に覆い被さるように倒れていたのだ。
(……何故だ)
鼓動が早まる。
(また、なのか……?)
視界が歪む。
(また……、オレは……っ!)
「……んぅ」
「っ!?」
心臓が跳ね上がった。
当然だ。たった今、失ったと思い込んでいた少女が……動いたのだ。
身じろぎ、寝息をたて、心地よさ気に……そこにいるのだ。
「……っ……」
志音は困惑していた。
たった今、志音を満たした感情が――、かつてないほどの『安堵感』が、沸き上がった不安を一瞬にして消し飛ばしたのだ。
わからない。
何故、自分はこんなにも安心している?
たかが女一人の命が、すぐそばにあるだけだというのに……。
何故、……こんなにも……満たされる?
「……はぁ、ったく。……人の上で呑気に寝やがって……」
志音にはわからない。
その胸の内に芽生えた、心地好い温かさが何なのか。
いくつもの命を奪ってきたその手で、ただ……その一つの命を――たった一人の少女を抱き寄せる。
息をしている。
体温を感じる。
血が通っている。
……生きてる。
「……このバカが……。心配、させんなよ」
志音は冷静に考えを巡らせる。
問題は何も片付いていないのだ。
殺し損ねた暗殺者達。それを指示した創正。リアーナを戦場へと誘導した者。……そして――
――志音の足元に突き立てられた、【エリュシオン】。
(…………お前、なのか……?)
ただ突き立てられただけの剣に……、志音は確かに感じた。
遠い記憶の……だが、志音が全てを捨ててでも追い求めた、あの姿を……。
「…………」
最近の志音は、やはりおかしいようだ。
平和ボケなんて言葉でも生ぬるい。
だが、それでもいい気がしていた。
今、この瞬間だけは……。
……志音は、満たされていたのだから。




