五話(6)
自然の摂理とは、得てして残酷なものだ。
油断した者を例外なく死へと誘う。わずかな隙でも逃さず、弱肉強食という絶対のルールに則り、その猛威をふるう。
例えソレが強者であったとしても、『彼ら』は狡猾に待つのだ。弱る瞬間を……狩る者からエサへと変わるその瞬間を、獰猛に……狡猾に、待つのだ。
『彼ら』は待った。
飢えに耐え、待ちに待ち続け……ついに、待ち焦がれたエサが出来上がった。森を、地形を軽々と変えてみせたあの強者……あの『死神』は、今は気を失ったただの『エサ』でしかないのだ。
『彼ら』の飢えを満たす為だけの存在。
もう、待つ必要はない。
『彼ら』は走った。
地を四本の脚で蹴り、荒々しい牙を剥き出しにし、……エサへと一目散に翔る。
「…………ダメだよ」
……ソレは、警告だった。
今までいなかった筈の存在。ソレは、人間の……もっと言えば、非力な幼い少女のような『形』をしていた。
ソレが、本当にその見た目通りの存在だったなら、『彼ら』は今の瞬間……脚を止めることは事はなかっただろう。
エサが増えただけだ。むしろ喜び勇んで、その華奢な首筋を、その瑞々しい四肢を、真っ先に食い千切った筈だ。
だが、ダメだ。
『彼ら』は……純粋に恐怖した。
他でもない、彼らの本能が……野生のカンが、全力で叫ぶのだ。
「逃げろ!」と。
「……彼はね、ボクの……大切な……とっても大切なモノなんだ。だから、君たちに譲ってあげることは出来ない」
無邪気な笑顔を浮かべる少女の手には、英雄剣が握れていた。
選ばれし者以外の者には、持つことはおろか、触れることすら出来ない伝説の剣を、あたかも当然と言わんばかりに手にする少女。
『彼ら』はそれが示す意味を理解していない。だが、理解していなくともわかっている事もある。
この生物に関わってはいけない、という事。
「……なんなら、ボクから奪ってみるかい?」
『彼ら』は逃げた。
今出せる全力ですら生温い。それ以上の力で……他でもない「生き残るため」に、全力で逃げた。
生存本能に従うままに……。
「おっきなワンちゃんだったな〜……。まぁ、そんな事より……久し振りだね【エリュシオン】。今の主人とはどう?」
「…………」
「そっか。大切にされてるみたいで嬉しいよ♪」
「…………」
剣は何も語らない。
「それじゃあ、コレからも彼を……志音をよろしくね」
少女は、志音の足元へと剣を突き立てる。
「……志音。ごめんね。……どうか、君の願いが……叶いますように、ボクも……願ってるよ」




