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『英雄』を狩る者  作者: オーエン
26/91

五話(5)




「…………」

「……やっと、起きたか?」

「…………」

「なんだよ……。なんか言えよ……。おはようか? こんにちはか? まぁ、時間的にはこんばんはか……?」

「……っ! ……なんですか……ソレは」

「んぁ? 寝坊助な弟子(仮)に起床の挨拶を、って思ったんだが……不満か?」


 志音は、笑う。

 普段はリアーナどころか、他の誰にも見せることのない、優しい笑み。


「……なんで――」


 微笑むその口元を伝う……血。

 そして――


「なんでっ!!?」


 志音の胸を穿つ、影槍。

 目覚めたリアーナの目にうつる志音は、笑っていたのだ。


 全身を影帯により地面に縫い付けられ、四肢を串刺す影刃、……そして、人間最大の急所を抉る一本の影槍。

 リアーナでなくともわかる。

 確実な致命傷だ。

 たとえ、奇跡的に心臓をそれていたとしても、溢れ出る血液を止めなければ死ぬのは時間の問題だ。


 影帯も、影刃も、影槍も……すべてリアーナの力。

 リアーナの積み重ねてきた時間の成果であり、リアーナがこうならない為に手に入れたはずの力なのだ。


 コレが夢だとするなら、なんて酷い悪夢だろう。

 死んだはずの彼を……今度は、自分が殺しているのだ。


 あの時と同じように……


 母と同じように……



 こんな、事なら……



 ――ゴスッ


「っ!?」

「オイコラ……。ひとがせっかく苦労して叩き起こしたってのに、テメェ二度寝しようとしてんじゃねぇよ!!」

「でも、先輩……傷が――」

「それがどうした……?」

「…………え」

「そんな事はどうでもいいんだよ。お前が一々心配するような事じゃない」

「で、でも……でも、私のせいで」

「だまれ。そんな事よりもだ……」


 志音は苛立たしげに身をよじり、その右腕に《黒》【マヴロ】を纏わせ自身を貫く槍に触れる。

 瞬間、触れた部分を起点に槍がボロボロと崩れていく。


 破壊の力。


 鉄をも穿つ強靭な影槍さえも、容易に砕く力。

 リアーナの知らない力。

 今まで、リアーナに見せることの無かった力。


 今、志音はソレを惜し気もなく使う。……それが何を意味するのか、リアーナはすでに察していた。

 もう、リアーナに隠す必要がなくなったのだ。


 今から『死ぬ者』に何を隠す必要があるというのだろうか?

 死者に語る言葉はない。

 屍から情報が広まる事はないのだ。


 コレはさっきの延長線だ。

 リアーナと志音が遭遇した時の延長線。横槍が入りリアーナが暴走したとしても、志音の行動は何一つ変わらない。

 目撃者の抹殺。リアーナは目撃者であり抹殺対象にたりえる。……たとえ僅かな間、仮とはいえ師弟の関係であったとしても、志音には関係ないのだ。


 破壊の力を帯びた右手がリアーナへと向けられる。

 ゆっくりと近付いてくる『死』に、不思議なことに恐怖はなかった。

 それはきっと、死ぬことへの覚悟なんかではなく、生きることへの諦めなのだろう。


(……違いますね。……アナタだから、こそ)


 自分を殺すのは、志音であって欲しい。そう思うのは、リアーナの贖罪の意思なのだろうか……、それとも、ただのわがままだろうか……。

 迫り来る黒き手に、リアーナは抵抗する事もなく目を瞑る。

 志音のくだす『死』という罰に、身を委ねるように……。


 ゴッ!


「――っ! い、痛い……です」

「当然の制裁だ」


 拳骨だった。


「テメェ、なにを勝手に諦めてんだ……? まさかとは思うが、オレがあの程度で死ぬとでも思ってたのか? 図に乗るのも大概にしろよ……」

「……でも」

「今だってそうだ! お前がちょっと暴走した程度でオレが死ぬわけねぇだろうが。調子に乗るな!」

「…………ですが、ですが! こんなに、傷だらけに――」

「だが、オレは今生きてる!!」


 志音はリアーナの胸ぐらを掴み、力任せに無理矢理引き寄せる。

 呆然とするリアーナとは裏腹に、志音にしては珍しく……本気で怒っていた。


 シミュレーターの『英雄』を相手した時も、チンピラ達からアリスをかばった時も、普段の裏の仕事中でさえ……志音がここまで感情に任せた怒りを見せたことはない。

 己の重傷を二の次に、志音は怒りのままに言葉を紡ぐ。


「大体、さっきのはアレは何だ? 意識も五感も手放して、《魔法》に全部丸投げだ? ただ単純な破壊行動をとるだけの兵器にでもなったつもりか? 笑わせるなよクソガキがっ!! あんな意志のない力がオレの命に届くとでも思ったかっ? 生きることを諦めた奴の一撃程度で、オレが死ぬとでも思ってたか!? そんなので死ねるほどヤワじゃねぇんだよ!!」

「……せん、ぱい」

「見なければ、知らなければ、聴かなければ、感じなければ、……たしかに苦しまずに済むかもしれないな。……だが、それは『生きてる』とは違う。ただの動くだけの屍だ。誰もそれを『生きてる』と認めはしない!」

「……っ」

「お前がこれまでどう生きてきて……これからどう死んでいこうと、それはお前の勝手だ。オレがどうこう言うことじゃない。だが、『今』のお前は仮にもオレの弟子なんだろう? なら、その無駄に万能な耳で、オレの言葉をちゃんと聞く義務がある! 教えを乞う立場なら、たとえ辛かろうが目をそらすな! 耳を塞ぐな!」


 叫ぶ。否定の言葉。


 志音とリアーナは似ていた。

 強さや性格云々などの表層的な部分ではなく、もっと深く……人間の生まれながらに持つ『本質的な部分』。


 結歌とも、アリシアとも、健吾やエイラとも違う。きっと、志音だからこそ気付けたその類似点。

 志音は『今』のリアーナを知っている。


 その胸の内に秘めた刃が、どれだけ鋭く……どれほどに脆いかも……。

 これから、どう崩れていくのかも……志音は、知っていた。その身を持って経験したから……。

 このまま放っておけば、もしかせずともリアーナは志音と同じ道を歩むことになるだろう。


 ――血と死を重ねるだけの『茨の道』。


 だからなのか、志音はリアーナを放っておけなかった。


「お前は……オレとは、違うだろ」

「…………先輩っ、……っ!」


 強く、抱き寄せる。

 強く、ただ強く……その華奢な身体を抱き締める。

 志音には、それ以外の方法が思い付かなかったから……、ただ抱き締める。


 リアーナは志音とは違う。

 志音とは違ってリアーナには、志音がいたから。


 こうやって、抱き締めてやれる『誰か』が、いるから……。


 …………狂わせない。

 まだ、正してやれる。


「あ、あの……っ」

「お前には、まだオレがいる」

「……えっ」

「まだ、お前はゼロなんかじゃない。……だから、勝手に諦めんな」

「……でも、きっと……失ってしまいます」

「あぁ、まず……確実にオレはいなくなるだろうな。そう遠くない未來に……」

「……っ」

「だが、きっと今日明日って訳じゃないはずだ。それだけありゃ、こんな使い道のない命でも……お前に『道』を示してやるくらいは出来る」

「道、ですか……?」

「……あぁ。だから、まだ……諦めんな。お前なら……きっと、オレが諦めた景色を見ることが……っ」


 不意に、志音の全身にドッと襲い来る倦怠感。

 連戦による疲労、《黒》【マヴロ】の連続使用による精神力の枯渇、……果てには、身体を蝕む《死痛》。

 蘇生時に傷口が塞がるとはいえ、失った血液まで戻ることはない。

 意識を保つだけでも、限界はとうに過ぎていた。


 リアーナも志音ほどでないにしても、暴走時にほぼほとんどの《マナ》を使いきっている。立っているのもやっとなのだろう。見るからにフラフラだ。

 抱き締める志音の腕を振りほどく体力すら残っていないのか、……ただ、されるがままに身を預けている。


「……少しくらいは、一緒にいてやるから……もう泣くな」


 明滅する意識。

 自然に落ちるまぶたと、霞みゆく視界。


 光も、音も、感覚も……遠くなっていく。



 もう、限界だ。



 ……眠たい。


「……っ! せん、ぱい? 先輩!? しっかりしてください! ……まだ、まだ話は――」

「……」


 指先の感覚も無くなってきた。


 こんな時……

 こんな状況であっても……いや、こんな状況だからこそ志音は異常なまでに、冷静に思考する。


 このまま、この無力と化した少女と身を寄せ合って眠りに着く?

 論外だ。

 ココは危険区である森林のど真ん中である。このまま、意識を手放そうものなら、二人して夜行性の魔獣のエサとなりかねない。

 ただでさえ、この辺りには十数名の死体と、志音の血の匂いが充満している。嗅覚の鋭い魔獣なら、襲ってくるのも時間の問題だろう。


 ならば、志音がとる選択は一つ。


「お前今、影に出たり入ったり……出来るか?」

「……? ……いえ、残念ながら《マナ》が全然足りてません。……最低でも夜明けまでは《魔法》を使用できない、かと」

「…………そうか、そりゃよかった」


 志音はズボンのポケットからあるものを取り出した。

 透き通るような翡翠色の液体が入った、ガラスの弾丸。……最初の襲撃時に殺した魔銃使いから回収しておいた、魔弾である。

 この液体は純粋な《マナ》を液化させた純度の高い《マナ》だ。魔銃使いは自身の元より持つ《マナ》ではなく、この魔弾を使用する者が多い。

 もとより、魔法適正の低い者や、志音のような体内マナの極端に少ない者が、数少ない《魔法使い》に、同じ《魔法》で対抗する為に作り出されたのが魔銃である。

 使える《魔法》は魔銃に付与された術式一つだけだが、魔弾のストック分だけ疲労なく連発可能な優れものだ。

 だが、魔弾は単なる弾に過ぎない。銃とセットでなければ意味をなさない。弾がいくつあった所で銃が無ければ、ただの荷物に過ぎないのだ。通常ならば……。


 志音は弾頭のガラスを噛み砕き、中の液体を一気に飲み込む。

 火をそのまま飲み込んだような熱が、肉体を内側から燃やし尽くす。常人が堪えられる痛みではない。

 劇薬をそのまま飲み干したようなものだ。


 だが、それでいい。

 こんな身を引き裂く『程度』の痛みで、この少女を守れるのなら……安いものだ。


「……悪いがお前の力……少し使わせてもらうぞ」

「え?」


 志音が発動させたのは《黒》【マヴロ】の干渉の力。

 他者の《魔法》を操る能力だ。

 その力で、リアーナの《影に潜る魔法》を強制発動させる。足りない《マナ》は、たった今取り込んだ液体から搾取する。


 発動条件は揃った。


 《魔法》は、発動する。


「っ! 私の、《魔法》! 先輩、コレは――」

「説明は後日してやる。……今日はもう、疲れた……」


 体がどんどん影の中へと、波紋を描き沈んでいく。

 だが、魔弾一発程度の《マナ》だ。二人分の身体を影移動させるには、量が足りなすぎた。……まぁそれも、志音の予想通りなのだが……。


 影に沈むのは、一人。


「先輩、待ってください……!」

「待たない」


 抱き締めていた腕を緩める。


「……優等生はとっくに就寝してる時間だ。……お前も、さっさと帰って寝ろ……」

「先輩は……っ、先輩はどうするつもり、ですか!?」

「安心しろ。……ちゃんと帰るさ。お前の心配することじゃない」

「……先輩っ」

「オレは……死なねぇよ。たまにはオレを信用してみろ」



 涙と静寂を残し、少女の身体は影へと消えた。

 訪れる。孤独と静寂。


「…………っ!」


 ――吐血。

 足元に赤い水溜まりが出来る。


 こんなに血を流したのは、いつ以来だろうか。

 志音は何かを守る戦いが、嫌いだ。人も、物も、ルールも、誇りや地位も……関係ない。『守るために戦うこと』自体が嫌いだったのだ。

 無駄に傷だけが増え、結局……何も守れない。どれだけ死力を尽くしたとしても、どうせ最後の最後にはすべて失う。

 失った時の消失感に苦しむだけだ。


 そして、志音は奪う側の人間なのだ……。誰かのために、剣を振るうことはない。

 その……筈だった。


「……はは、平和ボケも末期だな。……こんな錆び付いた刃じゃ、アイツを殺すことなんて」


 もう立っているのも限界だ。

 移動を諦め、その場に倒れる。

 指一本、まともに動かない。


「なんなら……ココで終わるのも……悪くないか」


 たった今した口約束すら、破ってしまう事になるが……。

 もしも、この刃がくず折れ……、アイツを……『英雄』を殺してやることが出来ないというのなら……。


 あの人の……失望した顔を、見るくらいなら……。



 もう……いっそ――



 目蓋が重い。

 閉じてしまえば、もう開くことはないかもしれない。……だが……、望みが叶わぬというなら……それでも――


 霞みゆく視界の中、最後に志音の網膜にうつった光景は……、どこまでも眩しい月と……




 風に揺れた




 ――長い、黒髪……。




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