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『英雄』を狩る者  作者: オーエン
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五話(4)




 最初に感じるのは、全身を苛む激痛。

 目立った外傷は皆無。胸に空いていた拳だいの穴も、まるで『何もなかった』かのように塞がっているにも関わらず、痛みが引くことはない。

 二十七回目の代償。

 新たに増えた『心臓を穿つ痛み』に咳き込む。気が狂いそうな激痛が全身を蹂躙する。

 常人ならば発狂ものだが、志音にはこれまでの『慣れ』がある。そして、痛みがある。手足が動く。喉が震える。音が聞こえる。

 目蓋を開けば、月夜の森林が瞳にうつる。

 そんな当然の事に……皮肉にも、志音は『生』を実感していた。


 起き上がった志音の視界に一番最初に写り込んだのは、直径数十メートル程度のクレーターと、その中心に立つ……真っ黒な少女を象ったシルエット。

 目も鼻も口も耳もないのだ。まるで黒で塗り潰した影のような存在。


 事実、ソレは影なのだろう。

 志音はすでに察していた。影の体格やシルエットから、ソレがリアーナであろうことを……。ソレが正常で無いことも……。

 今でこそ停滞し微動すらせず立ち尽くしているが、溢れ出るような殺気と戦意が「近付けば殺す」と暗に告げていた。

 勿論、近付かないわけにはいかないのだが、その前に……志音には処理すべき事案がある。


「……コッチだったか……?」


 森林の奥。

 リアーナとは別方向へと志音の視線は向いていた。

 そう、先程志音の心臓を穿った凶弾を――必殺となりえる一撃を放った者がいるであろう方角である。

 志音の視界に相手の姿は見えない。

 殺気を完全に遮断する能力に長けているのだろう。志音が意識を集中したところで正確な位置を把握することは出来ない。

 だが、それだけの情報があれば相手の招待は、大方予想がつく。


「《幽弾》【ファンタズマ・スフェラ】――『ファントム』か。随分と大物を雇ったじゃねぇか……」


 『破壊王』とは違い、元々この島とは別の国にいるはずの暗殺者である。名こそ広がるものの、その正体を知るものは極僅かという。まるで幽霊のような存在であるため『ファントム』の名を付けられたらしい。

 志音も何度かまみえた過去があるものの、直接会ったことはない。

 正体を探る前に、殺気と共に消えてしまう。……殺すしか能のない志音やルーガスとは違い、本物の暗殺者だった。


「別に相手してやってもいいんだが……今回は間が悪い」


 志音は躊躇わず英雄剣【エリュシオン】を抜く。

 そして、やり過ぎないよう軽く払う様に横凪の一閃。

 瞬間、【エリュシオン】は剣先のモノをすべて切り裂く。木も岩も風すらも切り裂き、扇状に直線距離で数百メートル圏内の木々が一瞬で切り株と化す。


 ……やり過ぎた?


 【エリュシオン】は力加減がとても難しいのだ。『英雄』のように手足のように使いこなすことが、志音にはまだ出来ない。

 過去、力任せに全力で切り裂いた時、世界地図から山脈が消し飛ぶという事態になった事がある。巷では、「魔族の襲撃」や「天変地異」、「英雄の再来」などが噂されたわけで……。

 小島程度なら、一振りで消し飛ばす事も可能だろう。

 海を切ればモーゼのように海を割り、空を切れば雲すら簡単に両断出来る。運が悪ければ、いくつものハリケーンを起こすことも可能だ。

 この英雄剣さまは、簡単に天変地異を起こせる程にヤバい剣なのだ。


 それも、志音が普段から【エリュシオン】を使わない理由の一つだったりする。


「邪魔をしないでくれると、死体処理の量が減って助かるんだが……」


 志音としてはただの牽制のつもりだったのだが、宣戦布告と取られていないことを祈るばかりだ。


 『ファントム』に背を向け、リアーナへと視線を向ける。

 いや、リアーナの形をした影を見た。

 視線が合った気がした。

 途端に膨れ上がる殺気と《マナ》。どうやら、志音を敵だと判断したようだ。


「……まぁ、元々嫌われてるらしいしな……」


 志音はその殺気に答えるように、【エリュシオン】を――


 ――サクッ


 足元に突き刺した。

 勿論、そこから技に派生したりはしない。ただ、使わない為に突き立てたに過ぎない。


 師弟のじゃれあいに使うには、【エリュシオン】はあまりに物騒すぎる。

 志音は決めていた。

 この少女は殺さない。いや、志音にはリアーナを殺せない。

 技術や戦力云々ではなく、志音にとって……リアーナはそういう存在になってしまったから、……なってしまっていたから……もう、志音にリアーナを殺すことはできない。


 だから……。


「リアーナっ! お前が何でそうなっているのか、オレにはわからない。わかってやるなんて無責任な言葉を吐くつもりもない!」

「…………」

「だが、聞いてやる事はできる。共に考えてやる事も、……面倒だが協力してやる事だってできる! 言いたいことがあるならちゃんと言葉にして言え!」

「…………」


 志音は右手で西洋剣を拾い、《黒》【マヴロ】を纏わせる。ドッと来る疲労感を無視し、一歩ずつリアーナへと近付いていく。


 リアーナは右手を真っ直ぐに志音へと向ける。それと同時に、リアーナの足元から拳台の漆黒の球体が、浮き上がるようにフワフワとリアーナの前へと漂う。

 影なのだろう。そして、ソレは槍の形を模していく。

 数はドンドン増えていく、一つまた一つと、空中を舞う影の槍。


「なんだ、風紀委員長の真似事か? 強さ云々と喚いていた割りには、他力本願過ぎなんじゃねぇか。強い奴の真似事をすれば強くなれるとか思ってんじゃねぇだろうな……」


 リアーナとの距離が十メートルをきった。

 宙を舞う槍の数はゆうに百を越え、乱立するように志音を取り囲む。

 一本一本の切れ味は志音も熟知している。刺されば、骨も肉も内臓も簡単に貫通するだろう。

 対《魔法》加工された防具でもない限り、この影槍の一撃を真正面から防ぐ術は無いだろう。ソレが百以上。

 普通なら確実に絶体絶命の危機だ。


「…………」

「……なんだ? せっかく近くに来てやったんだ。やるならやれよ。……全部落として無駄だってわからせてやる」


 志音の挑発が聞こえたのか、リアーナは情も言葉もないままに影槍に指示を出す。

 ……目の前に立つ生き物は、すべて殺せ、と。

 浮いていただけの影槍が一瞬にして凶器へと成り変わる。


「っ……」


 逃げ場のないほぼ全方位から襲い来る影槍を漆黒の西洋剣で落としていく。



 《黒》【マヴロ】の破壊の力がなければ、安物の西洋剣など一瞬でバラバラになっていたであろう。

 三百六十度、ほぼ隙間なく襲い来る影槍を、漆黒の西洋剣が砕いていく。


 アリシアの銀槍との違いは、一本の破壊力、一度に動かせる数、そして……使用者の覚悟。

 破壊の暴力を纏う影槍は一斉に志音を襲う。そこに情などは一切無く、一本一本が全力で志音の命を狩り取ろうとしているのだ。

 だが、その一撃に意思はない。


 一本の力がいくら重かろうが、意思のない刃が志音の命に届くはずもない。

 事実、志音の身体には掠り傷ばかり徐々に増えるものの、致命的な一撃にはなりえるダメージはなかった。


「…………」


 リアーナが動く。

 かつて打ち合った漆黒の大斧を両手に、槍の雨の中へと入ってきた。

 横凪の一閃。

 前回の打ち合いでは志音を吹き飛ばすほどの威力を発したソレも、《黒》【マヴロ】の前では無力に砕け散る。


「軽いな……。以前の方が強かったんじゃないか?」


 安い挑発。

 だが、リアーナの形をしたソレは止まらない。新たな戦斧を作り出し、志音に休ませる暇を与えず襲い続ける。

 志音に届く一撃を探るように、影槍と影斧だけでなく、足元からの影刃による攻撃、影帯による拘束など、少しずつ攻撃パターンが増えていく。

 最善の一撃を模索するように……。

 そしてその選択は着実に、志音の体に傷を増やしていった。


「……その程度か?」

「…………」


 志音は引かない。

 後退する事も、左右に避ける事もしない。

 右手に持った西洋剣と両腕を《黒》【マヴロ】で侵し、漆黒の剣でリアーナの手段すべてを斬り伏せていく。

 苦戦など出来ない。


 志音は、『今』のリアーナを全て否定しなければならないのだ。

 ソレは『違う』と……。その選択は間違っていると。この身を持って否定してやらなければならないのだ。


 この少女が、『志音と同じ色』に染まってしまわないために……。


 この少女が、志音と同じ過ちを犯してしまわないように……。




 その白く穢れなき手を、望まぬ……誰かの血で汚してしまう……その前に。




     ◇◇◇




「もう、死んでいる」


 一番近くにいた筈の、たった一人の肉親の死を告げるその言葉に、少女は心の底から絶望した。

 魔族の襲撃だと言われた。

 白い髪の少年の目撃証言や、その手が赤い血で染まっていたという証言があった。

 目撃者は口を揃えて言うのだ。


 その少年が自らそう言ったのだと。

「オレが、あの家の女を一人殺した」と言ったのだと、そう言うのだ。


 事実は違った。


 少女が、殺したのだ。

 母を、殺したのだ。


 記憶はない。ないが……少女の身体が覚えている。肉を割く感覚を……。飛び散る鮮血の臭いを……。……最後に言われた、母の言葉を……。


「…………ごめんね」


 少女が、母を殺した。

 憎しみや恨みはなかった。大好きな「お母さん」だった。

 殺したいなど、思う筈もなかった。


 ……なのに……止んだのだ。

 少女の大好きな音が。

 安心できる音が。


 トクン、トクンという……母の鼓動が、止んだのだ。――違う。止めたのだ。少女自身の手で……。


「いや……。いやっ、いやぁあああああああああああああああああああああああああああああああ゛っ!!!!!!」


 冷たい母の身体を抱き締め、少女は喉を引き裂くほどに叫んだ。

 再度鳴ることのない音を……、もう響くことのない母の声を求めて……、その亡骸を手繰り寄せる。



 真実を知らぬ者たちは少女を責める事はない。

 親殺しの自分を、誰も攻めはしない。


 それが、また少女を苦しめる。



 違う。

 彼は、何もしていない。

 彼は、何も悪くない。


 悪いのはすべて自分なのだ。

 母を殺したのは、自分なのだ。


 どうか……どうか私を……許さないで。


 泣き叫ぶ少女の言葉を信じる者はいなかった。




 また、失った。


 ……失わないと思っていた。


 だけど、失った。


 ……失わない為に生きてきた筈だった。


 でも、失った。


 ……失わないように、一歩を踏み出した。



 それでも……失った。


 …………。


 過程はどうあれ、結果として失ってしまった。


 …………。


 また、繰り返すの?


 ……っ!


 今度は何を失うの?


 …………っ


 愛した家族も、尊敬した師――愛したひとも失って、次は何を失うつもりなの?


 ……いやっ


 何が?


 ……もう、失うのは……嫌っ


 なら、望まなければいい。すぐに壊れてしまう繋がりなんて、あるだけ無駄。無くした時に辛いだけだろう?


 ……うん。


 なら、いっそ全部捨ててしまおう。君は寝てるだけでいいよ……。あとは、全部私がやってあげるから……。君は眠っているだけでいい。


 ……ほんとう?


 うん。……なんなら、もう二度と起きなくてもいいんだよ。心地好いまどろみの中で、ずっと、この命が終わるのを待っていればいい。

 君の思いも、君の命も、君の体も、君の罪も……すべて私が代わってあげる。

 そうすれば、君はもう傷付かない。



「さっさと起きろっ!!」



「……せん……ぱい……?」


 少女の目には、何も映らない。少女は見ることを止めたのだ。

 だから、声の主を見ることさえ出来ない。


 少女はそれでいいと思っていた。


 何かを失うくらいなら、何も得なければいい。この手の中が元から空っぽなら……何も失わない。

 苦しくない……はずだから。


「このアマ……っ、無視して寝こけてんじゃねぇっ!! 寝るなら家に帰って寝やがれ!」


 幻聴が聞こえる。

 聞こえるはずのない、あの人の声。

 少女が再び失ってしまった……大切な者の声。


 少女が失ってしまった――


「目を開けろって、言ってんだろうがぁああああああああああああああああああああっ!!」

「………………え?」


 暗闇の中に響く、幻聴にしてはあまりにも鮮明な声。

 また、聞きたいと望んだ声。

 もう、聞けるはずのない声。


 塞いだはずの耳から聞こえる。少女の鼓膜を震わせる。


 少女は――リアーナは恐怖していた。

 目を開いたとして、そこに声の主がいるのだろうか? もし、また目を開けたソコに声の主が……自分が師と呼んだ少年が、生きていなかったとしたら……。死肉と化し動かなかったら……。


 そう思うと、リアーナは目を開けられない。

 きっと、今度こそ……自分は壊れてしまうだろうから……。


 だから、怖い。



「逃げるなっ!!」

「…………っ」



 ……やめてください。

 希望を持たせないで、ください。


 恐怖と同時に沸き上がる感情が、またリアーナを苦しめる。


 もしかしたら……


 もしかしたら、この声は本物なのかもしれない。

 志音は生きていて、リアーナが目を開けば……ソコにいるかもしれない。

 いつも通りに……リアーナの目の前で……生きているのかもしれない。


 だとしたら、また見たい。

 あの無愛想で優しい横顔を……。




 また傷付くよ?


 ……うん


 また失うよ?


 ……うん


 それでも、行くの?


 …………うん。行きたいの


 そっか、なら……私は止めない。……頑張ってね





 もっとハッキリ聞きたい。

 文句ばかりの、その声を……。


 その姿を見て、その声を聞いて、その体に触れて、……そして、安心したい。


 そう思ってしまったら、もう手遅れだ。もう後戻りは出来ない。

 一度沸き上がった欲求は瞬く間に膨れ上がっていく。

 それに突き動かされるように、リアーナはゆっくりと……目蓋を開いていく。


 ソコにうつるはずのない者の、面影を求めて。





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