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『英雄』を狩る者  作者: オーエン
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五話(3)




「…………先、輩……?」


 理解が追い付かない。

 リアーナは覚悟してこの場へ赴いた筈なのだ。

 志音を……自身が助けたいと思う者の力になるために、最悪……彼のために命を落とす覚悟すらしてきたのだ。


 それなのに……、リアーナが見た光景は、想像の遥か上を行っていて、志音は苦戦する事もなく無情に命を摘んでゆき……、躊躇うこともなく人を殺していて……。

 リアーナは見つかってはいけない気がした。

 近付いてはいけない気がした。

 だが、見付かってしまった。

 殺されると、誰でもない志音から……殺されると恐怖していた。


 そして、コレは……何なのだ?


 何故、志音は倒れているのだ?


 何故、志音の胸に風穴が空いているのだ?


 何故、こんなにも志音の胸から、血が溢れ出して止まらないのだ?



 何故、何故、何故?


「……先、輩……」


 何故、彼は死んでいるのか?


 何故、少女は「また」失ってしまっているのか?


「……先輩、教えてください」


 動かぬ肉塊と化した、数秒前まで自身が慕い、憧れ、恐怖し、安堵し、助けたいと……力になりたいと思った師に、……なおも問う。


 この数日、二人きりで費やした時間は……無駄だったのか、と。

 この十数年、自分の生きてきた生は、何のためにあるのか、と。


 また失ってしまった。

 もう失いたくなかったのに、また自分は繰り返してしまった。


 涙は出なかった。

 悲しいと思うことさえ、今のリアーナには出来なかった。



 こんな事になるなら……。



 こんな結末しかないのなら……。





 …………もう、何も――。


「――――――っ!!!!」


 震わせた喉は叫びにはならず、どこにも響きはしない。誰にも聞こえはしない。……それでいい。誰にも聞こえなくていい。誰も知らなくていい。

 この身を焦がすこの痛みを、誰も知らなくていい。


 すべて……壊してしまえばいい。



 亡き師の傍らに座り込んだリアーナは、考える事をやめた。

 見ることを、聞くことを、知ることを、感じることを……諦めた。

 少女の身体を這うように、足先から、指先から、影がリアーナの身体を黒く……黒く染めていく。

 《影》は少女の願いを聞き入れた。もう少女が傷付くことのないように……。視覚も触覚も味覚も嗅覚も――少女を苦しめてきた聴覚さえも、完全に断ち切り。


 少女の心を壊さぬ為に、動き出した。


 すべてが少女を傷付けるのなら、そのすべてを消し去るために……、リアーナを型どった《影》は、ゆっくりと歩き始める。




     ◇◇◇




【やぁ、シオンくん……。今回で二十六回目の邂逅だ】

「…………ちっ」

【ホントに君って弱っちぃよね♪ マジで! 爆笑モンだわ! あははっ】

「黙れ。……それくらい、ちゃんと自覚してる」

【ホントかな〜?】


 小馬鹿にしたような少年の声が響く。

 辺りは暗く、上も下もわからない水中のような空間。

 志音はココが嫌いだ。

 ココは死後の世界ではない。死と生の狭間。……死んだ筈の志音が行き着く、もう一つの世界。

 光も闇もない真っ暗な世界だ。

 そしてココに志音がいるということは、志音が『死んだ』ということに他ならない。


 そう。……無力な肉塊へと成り果てたということだ。


 志音はけっして強くはない。《黒》【マヴロ】という力を持っていたとしても、志音自身が特別なわけではない。

 人並みに喜怒哀楽はあるし、他人と変わらず……こうも簡単に死ぬ。

 頑丈なわけでも、不老不死なわけでも、ゾンビのように死体のまま生きているわけでもない。

 志音だって、人並みの致命傷であっさりと命を落としてしまうのだ。


 志音は特別ではない。


 ただ――


【さてさてさてさて♪ 心臓を撃ち抜かれた程度で簡単に死んじゃうか弱いシオンくん。撃ち抜かれるまで敵に気付きもしなかった注意散漫なシオンくん。後輩の女の子に見られたからと無様に動揺しちゃったシオンくん】

「…………」

【普通に弱くて、普通に滑稽な君に、選択肢を用意してあげよう♪ なぁに、いつものやつさ♪ 君に与えるチャンスも、君の出す『答え』も、全知した上で……だけども、何度でも君に問おう】

「…………」

【一つ、『ニューゲーム』。今まで得た知識や記憶をそのままに、シオンがシオンとして生きた過去の時間軸のシオンへと戻る。メリットは『過去をやり直す』事ができること。デメリットは『過去へ飛べても、未来へは飛べない』ことかな♪ それに、これまで積み上げてきた時間……友情、愛情、努力、勝利、敗北、君の生きてきたその時間が『なかったこと』になる。よかったじゃないか♪ 君の犯した罪も、殺した事実も『なかったこと』だ♪ コレを選べば、君は無罪放免! だって殺した事実がないんだから♪】

「……」

【『人を殺した記憶』を持って、変えることの出来ない未来に絶望する。君は何も変えられなくて、君がいなくても誰も変わりはしない。心配する事はないよ♪ 君がいなくても、誰かが君の代わりに苦しむだけだ♪ 君じゃない誰かが、君の歩いた道を辿るだけ。君じゃない『死神』が人を殺すだけだ♪ まぁ、君には関係ないか♪】

「……長い。さっさと二つ目を言え」

【ありゃ? やっぱり選ばない? そりゃそっか♪ 君は君の選んだ選択に後悔なんてしてないもんね♪ 過去に愛した少女を失った時も……】

「……うるさい」

【今現在、気にかけてる少女が死んだとしても、君にとってはソレが『最良の選択』だったというだけだ♪】

「黙れ!」

【違うとは言わないんだね〜♪ 違わないから当然か。君の望みが叶うなら、君にとってはその他すべてが『些細な事』にすぎない。君は自分のために他のすべてを犠牲にしても何も思わないんだよね♪】

「…………」

【あれあれ? 今度はだんまり? 図星なんでしょ〜? それじゃあ二つ目の選択肢! それは『コンテニュー』♪ 君を生き返らせてあげよう! 他から見れば不死って思われるのかな? カーッコイー♪ キズも死もなかったことにしてあげちゃう♪ ……だけど、当然デメリットもある。君を蝕む【マヴロ】の急激な侵食。そして、君の生が完全に終わるまで……君を殺した『痛み』が残り続ける。要するに、これから君は『胸を抉りとる激痛』と共に生きていかなきゃならないわけだ。…………って、この説明こそ今更か♪ なにせ、君は既に二十五回分の『死の激痛』と共に生きてきたわけだしね〜♪ ドM?】

「…………」

【それで最後の選択肢『ゲームオーバー』。もう苦しいだけの世界で生きるのも疲れただろう? 君は自分の命に無関心なんだろう? もう全部放棄して終わっちゃってもいいんじゃないかな♪ 君は弱いなりにけっこう頑張ったんじゃないかな? 今なら、誰か悲しんでくれちゃうかもよ? 涙なんか流してくれちゃったりして♪】

「却下だ。……いつも通りでいい」


 そう、いつも通り……更なる『痛み』と重ねた『罪』を背負って、志音は……今を生きなくてはいけないのだ。


 過去を何度やり直したところで、今を変えることは出来ない。この世界は創作物ではないのだ。都合よく世界の改変など出来る筈もない。

 だが、今なら……。

 まだ先を知らぬ『今』ならば、『未来』を作り出す『今』ならば、変えられるかもしれないのだ。

 まだ無様に足掻くことが出来るかもしれないのだ。


 そして、志音にはこのまま安らかに終わるなんて選択肢は、元からあって無いようなもの。

 身体の激痛や寿命の短縮程度で諦められる程、志音の望みは――『英雄』との決着は、軽い誓いではないのだ。

 限界でもないのに諦める、という選択肢は志音にはない。




 だから志音は生きるのだ。




【……はぁ……。前にも説明したけどさぁ、このまま《黒》【マヴロ】を使い続けたら、君の魂は完全に死んで、残った肉体は意志も魂もない化け物になるんだよ? 魔獣や魔族なんかとかも違う。完全な肉体だけのモンスターに……。それに、《魂の死》は完全な死滅。輪廻転生も出来ない。来世もないって事なんだよ?】

「何度も言わせるな。のまれる前に決着は着ける。……もし無理だったなら、自分で自分を終わらせる覚悟くらいはしてる」

【そっか。まぁ、君の世界がどうなろうが僕には関係ないし、君のやりたいようにやればいいんじゃないかな♪】

「最初からそのつもりだ」

【うわっ、相変わらず無愛想〜。それじゃあ、君の望む通り君を戻すけど……、一つ! 優しい僕からのありがたいアドバイス♪ 《黒》【マヴロ】はこの世のあらゆる事象に干渉することが出来る。もし、あの少女を助けたいのなら……出し惜しみはしちゃ駄目。まぁ、その子にそれだけの価値があるかは知らないけどね♪】

「……わかった」

【――っ!! 素直になりやがった! うんうん♪ 人間素直が一番♪ じゃ、頑張ってねー♪ またスグに死んだりしちゃ駄目だよ〜】


 白く溶け込む温かい光の中、眩しさに目を細めた志音。

 志音は特別ではない。

 ただ、特別なのであろう存在に気に入られてしまった……に過ぎないのだ。


 二十七回目の『生』が始まる。




     ◇◇◇




「………………」


 硝煙の昇るスナイパーライフル。

 志音を射ちぬいた凶弾の主は、スコープ越しにうつる光景に静かに驚いていた。


 少女の形をした真っ黒な物体。

 凶弾の主は本能的に察した。《アレ》はヤバい。《アレ》は人間が簡単に触れていい領域を遥かに越えている。と……。その存在感が明瞭に語っていた。


 ――《魔法》の暴走。

 《魔法》の才能を持っていながら、精神的に未熟な子供に比較的多く見られる症状で、精神状態の大きな下落――絶望した状況などに見られる、文字通り《魔法》が使用者の意に反し暴走する状態である。

 言っても、大抵の子供は《魔法》の才能があったとしても、大きな《魔法》の行使は出来ず、暴走時の規模も大したものではない。

 精々、数人の大人でどうにか抑えられるレベルである。


 大人に見られない理由は当然、感情のコントロールがある程度は出来るからである。特に魔術師は感情の機微が《魔法》に影響を受けるものが多いため、感情制御に長けている者が多い。


 だがアレは別格である。


 《魔法》の質も、魔術師の《マナ》量も、……絶望の質も、子供どころか大人すらも凌駕する。

 しかも、瞬間的な《魔法》の暴発ではない。


 あれではまるで……


「…………化け物」

「『ファントム』にそこまで言わせるだけの化け物……ですか」

「……アルキス、アレも……想定内?」


 アルキスは目に見えて動揺していた。

 想定内な筈がない。

 『死神』の実力すらもアルキスの予想以上だったのだ。《崩壊魔術》の無効化すら予定外だったというのに、その後の殲滅。力量差など測ることすら烏滸がましい。

 果てはあの『破壊王』ルーガスすら足元にも及ばず、それでもまだ余裕を見せていたのだ。


 アルキスの用意した最後の切り札である『ファントム』の一撃がなければ、手傷を負わせることすら叶わなかったであろう。


 そして現在、予想外の乱入者の暴走。

 数キロ以上離れているにも関わらず、非戦闘者のアルキスですらわかる圧倒的な存在感。


 現状、『ファントム』とアルキスの二人だけという状況では、アレの討伐は不可能である。


「引き時ですかね……。もう俺たちのターゲットは始末したわけですし、アレの討伐は依頼外です。状況が悪化する前に引くのが吉でしょう」

「…………アレは?」

「幸いこの島には騎士や英雄候補生などの実力者も多数います。いざとなれば討伐隊が組まれるでしょう。……場所が森林内というのも幸いでした。街への被害は減らせるでしょう」

「……そう」

「化け物退治は『死神』だけでお腹一杯ですよ……」


 善は急げと、アルキスは背を向ける。

 『ファントム』はスコープを再度覗く。興味からではなく、敵の行動パターンを把握するために。逃走中に《魔法》による追撃などされてはたまったものではない。

 そうでなくとも、少女の暴走の原因が『ファントム』の放った凶弾だったのだとすれば、アレに最初に狙われるターゲットは自分ということになる。

 警戒するに越したことはない。


 そして、『ファントム』は目にしてしまった。


「………………うそ」


 スコープの先……、黒い少女とは別に動く者がいた。


 死んだはずの……殺したはずの少年。


「どうしました?」

「…………『死神』……生きてる」

「っ! 何を、バカなっ!?」

「……事実」


 『ファントム』の目に映る少年は、確かに生きていた。

 同時にアルキスはとある迷信を思い出していた。噂に尾ひれが付いただけのデタラメだと切り捨てていた一つの噂――



 ――『死神』は、殺しても死なない。





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