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『英雄』を狩る者  作者: オーエン
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五話(2)




「……何でだ……」


 瞬間の闘争において、『強さ』とは何一つ意味を成さない。


「……嘘だ、こんなのは……何かの間違いだっ!!」


 相手の強弱に関わらず、一撃で仕留めれば終わりなのだ。


「誰でもいい……。アイツを……『死神』をっ! 殺してくれぇっ!!」


 すでに死んだ肉体の『強さ』など知る必要もない。

 一人、また一人と、切り捨てていくだけ。

 一斬で、確実な死を……。


 『死神』に感情はいらない。ひと度歩けば、ソコは死地だ。残るのは死体の山と血の海だけ……。

 それが『死神』。

 志音が生きる世界だ。


「嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だぁああああああああっ!!!! こ、こんな……ガキ一人にっ」


 人気のない森林の中、地面に転がる同業者の死体を見て男は叫ぶ。

 その顔は恐怖に歪み、隙あらば逃げ延びようとしている者の目をしていた。


「……逃がすかよ……」


 右手に携えた血に濡れた西洋剣を握り直し、志音は男へと近付く。

 男が振り上げた手には閃光弾。地に叩き付ければ作動するタイプの物だ。

 志音は冷静に、男との距離を瞬間的に詰め、その腕を軽々と切り捨てる。

 そして、激痛に叫ばれる前に……その首をはねる。


 男の判断は間違ってはいなかった。逃げると決断した瞬間、自身のプライドや仲間の安否を捨て去り、すぐに行動へと移すことが出来ていた。

 男の使おうとした閃光弾も、一度ピンを外すという動作を省いた高性能な物。

 判断も実力も動作も道具も、プロのそれだった。


 だが、簡単に死んだ。

 『死神』を殺せると粋がった傲慢さ故に。実力を発揮する間もなく。

 それが死地だ。

 戦場などという生易しいものではない。


「……さて、これで五十三か……あと何人いるんだか」


 志音は呆れていた。

 実力不足。この程度の戦力で志音を狩ろうと本気で考えていたのだとすれば、思い上がりにも程がある。これならば、結歌とアリシアを同時に相手する方がよほど骨が折れるというものだ。


 志音の視線はもう捉えていた。

 最後の殺気。

 まみえる事もなく殺気の消えた一人を除けば、志音の狩るべき最後の一人。

 森林の奥。

 これまで対峙したどの種族とも一線をかくす亜人種……竜人種ルーガス。

 『破壊王』の名で裏の世界では有名な殺し屋、志音も名前だけは耳にした事がある。

 全身を覆う鉄鱗と隆起した肉体。竜種特有の角と尻尾。全身を鋼でコーティングしたような肉体には、武器など必要ない。

 安物の西洋剣程度では、傷一つ付くことはないのだろう。


「よう、ルーキー。まさか本当にこんなクソガキがあの『死神』だったとはな。……楽しめそうだぁ」

「『破壊王』か……。アンタとは初対面だったな。アンタ程の有名人が金目当てか」

「いや、金はついでた。『死神』を狩ったとなれば名声もうなぎ登り。……あの吸血鬼【ヴァンパイア】や妖魔族、果てはあの魔王でさえ、俺様を無視することは出来ねぇだろうよ!」

「……魔族に取り入るか……。人類を敵に回すことになるぞ」


 ――魔族。人間に改造されて出来た魔獣とは全く別の生き物だ。

 遥か昔、それこそ『英雄』の伝説が広まるよりも遥かに昔から、人間と魔族は対立し相容れぬままに殺し合いを続けてきた。

 大きな戦こそ、かつて『英雄』が終着させるに至ったが、いまだに共存には至らない。小さな争い事などザラだ。

 全世界の領土を二分割し、人類領と魔族領に分けなければならぬ程に、この二つが交わる事がないのだ。


 だが、極稀に……半人半魔の者が生まれる事がある。

 志音の目の前に立つこの男のように……。


「人類の敵か。それこそ今更だな。オレ達のやってる仕事は汚れ仕事だぜ? 人を殺す仕事だ。やってることは魔族となんら変わらねぇじゃねぇか」

「……」

「それに、オレみたいな半端者はドチラにいても同じだ……。なら強い方について、実力を見せ付けてやるのさ! なんなら、かつて止まった大戦の引き金になってやってもいい!! そうなりゃ、魔族も人間もオレ様を認めざるおえない訳だ!!」

「……そうか」


 半人半魔に生き場はない。

 人類からも魔族からも迫害され、忌み嫌われる。裏切り者のレッテルを貼られ、運が悪ければ両親共々処刑に罰せられる事すらある。

 唯一生きられる場所は裏の世界くらいだ。実力至上のこの世界では、人種も何も関係ない。ただ強ければいい。

 それだけで、生きる事を許される世界だ。


「……くだらないな」

「……。まぁ、テメェみたいな温室育ちのボンボンにはわらなねぇだろうさ。知る必要もねぇ。この場で死ぬんだからな!」


 単純な跳躍だけで人間よりも遥かに上。

 ルーガスの姿が一瞬にしてかき消える。

 志音は本能的にその場に伏せた。

 一瞬後には、先程まで志音が立っていた場所を、超高速の鉄尾が風を切って横凪に過ぎ去った。

 尻尾はそのまま木に衝突し、その勢いのまま、壮絶な音と衝撃と共に数本もの大樹を木っ端にしてみせる。

 ルーガスの猛攻は止まらない。

 次は遥か上空から、地を粉砕する豪腕が降り下ろされる。

 志音は転がって回避しつつ、右足首に剣で切り付ける。だが案の定、掠り傷が付くどころか無傷。それどころか、切り付けた剣の方が逆に刃溢れを起こしてしまう始末。

 起き上がり体勢を立て直すが、今のままでは志音にはルーガスを殺すことが出来ない。

 ほんの一瞬、背負った剣を使うか……と思案したが、無論却下だ。

 確かに英雄剣【エリュシオン】ならば、ルーガスの鉄壁であろうと、刃溢れひとつせず一斬で終らせる事は出来るだろう。

 だが、志音は【エリュシオン】を使わない。


「さすがだ。今のを避けるんだな。だが、テメェの攻撃程度じゃ、オレの鱗に傷一つ付かねぇ! こんな時間じゃ援軍も来ねえだろ……。時間稼ぎをしたところでジリ貧なだけだぜ?」

「……」


 ルーガスの攻撃は続く。

 目に終えぬ早さの動きで翻弄し、志音の隙を狙って竜人の強靭な一撃を持って、脆弱な人間の命を消す。

 ルーガスには簡単な作業だ。これまでも、この戦法で何十人、何百人もの命を奪ってきたのだから。

 今回も変わらない。

 このまま、じわじわいたぶり確実に仕留める……筈だった。


 上段からの踵落とし、死角からの突き、下段からのアッパーカット、殴り、蹴り、角での突き、鉄尾での破砕。

 まともに受けたなら、確実に致命傷へと追いやる凶攻。

 だがそのすべてを、志音はいなしていたのだ。

 見えないはずの攻撃。反応できないはずの速度に、志音は無表情に……無感情に反応する。

 攻撃の大半を紙一重で避け、体が追い付かないものは剣で防ぐ。

 無傷ではない。微かに掠りはする。……だが、そのどれもが決定打には程遠いものばかりだった。

 当たらないのだ。


「くはは! テメェ見えてんのか! オレの技が!!」

「……いや」

「なら、感知能力持ちか。……音か? 温度か? 色か? それとも匂いか? 殺気って線もあるなぁ……」

「別にそんな能力はないよ。ただ、アンタが単純で……」


 背後に現れたルーガスに、西洋剣で横一文字に一閃。次に狙うのは頭部。だが当たりこそすれ、傷にはなりえない。


「……っ!?」

「オレの作った餌にまんまと食い付いてるだけだ。……どこも固いなアンタ」

「……オレ様を、誘導してるとでもほざくか……クソガキ」

「事実だ」


 ……ピシッ。


「……? くははっ! テメェの得物の限界も想定内ってか? なんなら変わりの棒切れでも探すかっ!?」

「……まぁ、想定外だな」

「テメェの敗因は得物の強度だ! もっとマシな装備で来るんだったな! そろそろくたばりやがれ!!」


 志音の回避出来ない速度での一撃。破壊の暴力を秘めた鉄尾が志音を横凪に襲う。

 当然、ルーガスの言ったように限界を迎えひびだらけになった西洋剣で防ごうものなら、その刀身ごと志音の骨さえ粉砕することだろう。

 詰みだ。

 志音にこの一撃を防ぐすべは残されてはいない。

 志音はこの一撃で死ぬ。



 だが、そうはならなかった。


 志音は自身の持つ西洋剣で、強靭な鉄尾を――


 ――切り裂いた。


「……っ!!!?」

「あぁ、予想外だった。最安値の西洋剣だった筈なんだが、案外丈夫だったみたいだ。強度確認が出来て助かったよルーガス」

「……っ!? ど、どういうことだ!! オレの、尻尾がっ!?」


 ルーガスは慌てて志音から距離をとり、切り落とされた自身の尾に目を見開く。

 分かりやすく動揺するルーガスに、志音は剣を落ちた尾先に刺し貫く事で答える。


 黒く染まった刀身。

 ひびは消え失せ、光沢すら映さない漆黒の刀身。いや、刀身だけではない。鍔も柄も、それを握る志音の右手すらも漆黒に染まっていた。


「……《魔法》か!?」

「違うな。オレにそんな豊富な《マナ》はない。それに、……そんな生易しいもんでもない……」

「《魔法》じゃねぇだと……? じゃあ何だってんだ!! 《魔法》でもなけりゃ、人間風情にそんな芸当が出来るわけねぇだろ!!」

「……簡単に言えば《呪い》だ」


 そう、《呪い》。

 かつて一度だけ、『英雄』とまみえた時に、望んで手に入れてしまった《呪い》。

 干渉と破壊の力。

 黒く染まった手で魔法に触れたなら、自身の思うがままに操ることも、改竄することも、消し去る事もできる。《マナ》に直接触れることが出来るのだ。

 これが、干渉。


 そして、この《呪い》を物体に纏わせて切り付けたなら、対象の接触部分の《マナ》を完全に死滅させる。結果、【エリュシオン】とは原理こそ違うが、防ぐ事の出来ぬ一撃となりえるのだ。

 これが、破壊。


 この力の代償は、命。

 使用すれば使用するほどに、志音の肉体を、精神を、魂を黒く蝕んでいく。使い続ければ、確実に……遠くない未来に死を迎える。

 志音の魂に刻み込まれた《呪い》なのだ。


 だが、志音は自身の命など別にどうなろうと構わない。

 自身の命に対し、どこまでも無関心でいられる。



 志音の望んだ世界に、志音は必要ないのだから……。



 だから躊躇わずに使う。

 標的を、必要のない者を、殺すために……。


「オレはこの《呪い》を【マヴロ】って呼んでる。意味は……」

「……黒、か」

「あぁ、単純でいい名だろ?」


 志音は剣を引き抜き、ルーガスへと突き付ける。

 死を宣告するように。


 ルーガスはその身を怒りに奮い起たせ、憤るままに地を蹴る。

 先程までよりも遥かに早い。

 だが、この戦闘にはすでに早さなど関係なかった。ルーガスが相手にしているのは志音ではなく、『死神』なのだ。数回も切り結べば敵の行動パターン程度、簡単に把握できる。

 志音はただ、西洋剣で切り裂けばいい。

 志音のふるう漆黒の刃は、吸い込まれるようにルーガスの胸を浅く、バターを抉るようにすんなりと切り裂いた。

 鮮血が宙を舞う。


 続けざまに襲い来る暴力に対し、志音は無感動に剣をふるう。

 志音の負う傷は次第に減り、比例するようにルーガスの負う傷は増えていく。


 優劣は誰の目から見ても明らかだった。


「クソがぁっ!!」


 激昂するルーガス。

 だが、いくら怒ろうと、いくら早さを増そうと、いくら一撃が必殺であろうと、……総じて当たらなければ『無力』と変わらない。


 自身の力に甘え、技や実力の研鑽を怠った者に、『死神』が遅れをとることはないのだ。


「……嘘、だ」

「傲慢の次は現実逃避か……」

「人間に……そんな力あるかよ。テメェなにもんなんだ!! まさか、本当に『死神』だとでも……」

「……」


 死に行く命に対し、志音は無関心で無情だ。

 だが、ほんの少しだけ気紛れを起こしてもいい気がした。

 もう他に処理する敵はいない。

 だから、ほんの少し……散り行く強者に敬意を表して……。


 ――変化。

 志音の黒髪が銀色に染まり、瞳は紅く鈍く光る。変化はそれだけだが、それだけで十分だ。

 これだけ見せれば、志音が人間でない事を証明するには十分すぎる。


「……まさか、お前もっ!?」

「人間と悪魔族の、な」

「……そうか、オレと同じか。道理で……強い、わけだ……」


 対峙するその瞳に、志音を同情する色がうつる。


「……はぁ。トカゲ風情がオレに同情か? 悪いが、オレはアンタとは違う。……誰からも、認められなくてもいい」

「……」

「オレの願いはただ一つ。……アイツを、……『英雄』を、この手で殺すことだ。……お前みたいな構ってちゃんと一緒にするな」

「……はは、『英雄』を殺すか……。何百年前の話をしてやがる。……テメェの標的は、既にあの世だろ」

「生きてるさ。アイツは、生きてる。……だから、オレが『殺してやるんだ』」


 志音の剣がルーガスの胸に深々と突き刺さる。どうみても致命傷だ。

 さらに、【マヴロ】の破壊により、傷口から徐々に《マナ》の死滅が始まる。

 《マナ》が死ねば、自然治癒も魔法による治癒も不可能だ。一生治ることのない傷となる。


「……らしくなく話しすぎたな……。もう、眠れ」


 首を跳ねる。

 これで、終わりだ。


 ……志音を狙う同業者の殲滅は、終わった。あとは、逃走者の抹殺……それと……


「……出てこい。そこにいるのはわかってる」


 目撃者の処分。

 敵意はない。だが、誰であったとしても、『死神』を見たものを生かして返すわけには行かない。


 隠れていた者は、諦めたのか……志音の目の前へと現れた。

 長くダラリと伸びた黒髪。そこから覗く瞳は、怯え、緊張しているのが見てとれた。

 無愛想な後輩がソコにいた。


 鼓動が早まる。


「…………」


 言葉が出ない。

 言うべき言葉がわからない。


 先輩として「さっさと帰れ」と言うべきか、『死神』として「ここで死ね」と言うべきか……。


 『死神』は無情だ。……無情であるべきなのだ。

 志音はここで、この少女を――リアーナを殺さねばならない、筈なのだ。


(……オレは……)



 それは、確かに隙だった。暗殺者にしてみればこれ以上ないほど絶好の隙。

 志音にしてみれば、致命的なまでの……。


 その瞬間、志音の胸を……凶弾が穿った。





 

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