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『英雄』を狩る者  作者: オーエン
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四話(5)




 深夜十二時をまわった直後のこの時間は、とっくに就寝時間を過ぎている事もあり、寮内の生徒のほとんどが寝静まっている。

 部屋を出れば誰ともすれ違うこともなく玄関まで辿り着くことができる。

 そして、出入口付近には警備の職員が二人。


「ん? お前、こんな夜中に武装して何処へ行くつもりだ? 消灯時間はとっくに過ぎているぞ!」


 一人の職員が志音の前に立ち塞がった。若い男性で、昨日までこの寮を担当していた職員とは違う。今日から担当になった新任なのだろう。

 だが、今の志音には何の関係もない。

 志音の目には平等に、立ち塞がる障害でしかない。


 腰の剣に触れる。


 ……『死神』は殺すことを躊躇わない。


 目に追えぬ一閃。

 銀色の閃きが職員の突き出した左腕を、軽々と斬り飛ばす。

 職員は宙を舞う自身の腕を、ただ目で追うことしか出来なかった。それほどの速さ。


「――……っ!!!!!?」

「…………」


 声のない叫びをあげ崩れ落ちる一人を、そして……頬に汗を伝わせ、新任の首根っこを握ったもう一人を、志音は無感情に睨む。

 今の一閃。

 志音は本気でこの男性を殺す気でやった。名前も知らぬ罪を犯したかどうかも知らないこの男を、善人であったとしても関係なく……志音は殺していた。

 手元が狂った訳ではない。

 この男が現在、息をして生きていられるのは、単純にもう一人の前からいる職員に助けられたからに過ぎない。


 人の絶叫は不快だ。

 もう一人はソレを見越してか、はたまた人が集まるのを避けるためか、男の口を塞いでいた。


「…………片付けは、ソッチでやってくださいね」

「…………はい。ご迷惑をお掛けしました。……どうぞ」

「っ!? ――っ!?」


 腕を失った男はまだ事情が理解できてないらしく、騒ぎ立てようとしているようだが、もう一人がソレを耳打ちで制する。

 それが懸命な判断だ。

 頭を下げるもう一人を無視して、志音は剣を鞘に納め、寮を後にする。



 志音を出迎えたのは、濃密な殺気の渦だった。

 全感覚を研ぎ澄ませた今の志音には、視線も声も物音も臭いも殺気も……平等に敵の居場所を知らせる道具でしかない。

 例えば、音や色、息すら殺し誰も予想だにしない死角から狙っていたとしても……その者に殺意があるのならば、今の志音からしてみれば「どうぞ殺してください」と言っているようなものだ。

 ならば殺そう。

 志音は逆手に持った剣を、足元の地面に深々と突き立てる。


「……一人」


 引き抜いた剣の切っ先は、真っ赤な血に濡れていた。

 土竜の獣人種なのだろう。


 そして、続け様に何もない筈の空間に対し、横凪に一閃。

 景色に傷が付く。……違う。景色に溶け込んでいた敵を両断しただけだ。

 返り血が志音を汚す。


「二人目」


 切り裂いたのは、カメレオンの獣人種。自身の特徴で景色と同化し、さらに光反射魔法で完全同化。空間隔離魔法で匂いや音を完全に隔離した、プロの隠密能力。

 殺気を遮断出来ていたなら、今の志音でも察するのに数瞬の時を無駄にしていただろう。


 志音はまだ止まらない。

 殺した獣人種のホルスターから手頃なナイフを二本抜き出し、起点を時計盤と仮定して、志音から見て十一時と三時の方角に同時に投げる。

 空を割く投擲は当然のように、標的を射止め確実な死へと誘う。

 十メートルを優に越える木々からズルリと落ちるエルフ。草むらで倒れ伏す小柄な人間の男性。

 魔法強化された弓を構えていたエルフは腹部に、魔弾を装填した猟銃を装備していた人間は脳天に、ドチラも深々とナイフが刺さっていた。

 人間の方は即死。だが、エルフの方はまだ息があるようだ。


 志音はため息を漏らす。

 やはり、平和ボケしたと……。

 普段ならば、どれだけの手練れであろうと、一瞬で息の根を止める。敵に行動の暇も、改心の余地すら与えない。命乞いなどさせる時間など与えてはいけないのだ。

 志音は足元で呻くエルフの女性を、まるで物でも扱うように胸ぐらを掴み上げ、力任せに樹に叩き付ける。

 たまたま生きていたのなら丁度いい。


「まだ息はあるな? 死ぬ前に少し話をしようか……」

「……ぐ」

「ローグス、ヴェクター、ハーネス、ドルドス、……お前らは『同業』だな? 近くにはいないが、マルスやガイラも来ているんだろ……」

「……っ」

「お前らがチームで動くとなれば、オレの首にはそれなりの額が用意されている訳だ。そして、それに食い付くのがお前らだけとは考えづらい。最低でも、他に二十人以上はいると考えるのが妥当か……」

「…………」

「そして、オレみたいな使い勝手のいい道具をターゲットにする依頼主は、……創正ってところか」

「……なんでっ!」

「図星か」

「……!?」

「…………そうか」


 感慨はない。

 疑問を抱く余地もない。いずれ、こうなる事を志音は予期していたから。それが、存外に早かったというだけの事だ。

 今更何かを思う気はない。


 志音にとって、コレは質問ではない。単なる答え会わせだ。推論を決定付ける解答が欲しかっただけ。

 殺すべき相手を……殺し損なわないように。


「……た、助けて! 私はアナタの命を奪うつもりはなかったの! アナタの言うことならなんでも聞きます。……望むなら、この身体だって好きにしても……」


 頬を染め、凄腕の狩人ではなく……一人の女の雰囲気へと変わる。長いまつげ、整った顔、色気を纏った身体、男を魅惑する充分な武器をそのエルフは十全に使いこなす。

 志音に取り入る為か、今を生き残る為か、増援を期待し時間を稼ぐためか……。

 エルフは、その特徴的な長い耳まで赤く染め、拘束されている訳でもない両手で服に手をかける。

 恥ずかしげに脱ぎ出そうとするその両腕を、志音は無感情に切り捨てた。

 剥き出しの剣で、物理的に……。


「――っ!!!? ぐ、あっ……」


 叫ばれると面倒なので、胸ぐらから口へと手を移動させておく。

 そして剣は首筋へ。


「……死にたくなければ、そもそもココに来なければいい」

「っ! っ!?」

「死ぬ覚悟のない奴に、人を殺す権利なんてないんだよ……。精々、来世では真っ当な人生送るんだな……」


 絶望に歪むその顔を見る度、志音は自信が悪人なのだと痛感する。

 今の志音には痛む良心も、標的に対する同情心すらも持ち合わせていないというのに、それでもやはり肉を斬り裂くその刃には、命の重みが付き纏う。


 動かなくなった肉塊を地面に投げ捨てると、突然、前触れもなく地面に直径数十メートル程の巨大な魔方陣が発光し浮かび上がる。

 志音はその術式を知っている。

 儀式系統最大の《崩壊魔術》。だが、起動条件があまりにも非人道的だったため、戦後の世界では禁忌魔術として封印された筈の《魔法》だ。

 その条件は《マナ》の総量既定値分の死体。ようするに、この《崩壊魔術》は発動に必要な《マナ》を死体から搾取するのだ。

 普通の人間ならば二十から三十人分は必要な筈だが、今志音が殺した者達は、人間よりも遥かに《マナ》総量の多い亜人種が三人もいる。最後に殺した女性エルフなんかは特に《マナ》の保有量が全人類の中でもトップレベルだ。


 たった四人の死で、この《魔法》が完成してしまったのだ。

 効果範囲は陣内すべて。

 効果内容は崩壊の名通り、範囲内の全てを分子レベルで分解、そして消滅。

 大戦中は戦死者を贄に、幾度となく地形を消し飛ばしてきた。文字通り《最高位魔術》の一つだ。

 このままでは一夜にして男子寮ごと学園の生徒の半数が、理解する間もなく消し飛ぶ事になる。

 そして同時に、この四人の死を他の標的へ知らせる狼煙ともなりえる。殺し合いの世界において戦況の把握は、勝者と敗者を明確に分ける境界線となる要因の一つだ。集めこそすれ、敵に与えるものではない。


「……はぁ、めんどくさ……」


 だが、そうも言っていられない。

 もし、この一連の作戦……隠密二連特攻、中距離二重射撃、《崩壊魔術》、そして情報伝達、三重にも四重にも重なったこの作戦を考えた狡猾な策士が、まだ敵の中に残っているとすれば……志音でさえ、十分警戒すべき相手になりえる。

 だから、この連鎖を断ち切る必要がある。

 男子寮の生徒を助けるのはそのついでだ。主目的はあくまで敵の殺戮。他は些事でしかない。


「さて……、『コレ』を使うのはいつ以来だったか……」


 発動間近の《崩壊魔術》。《マナ》が幾層にも重なっていき、残り時間は十秒もない。

 そんな臨界寸前の魔方陣の一番重要な術式に、志音はただ右手で……そっと触れた。


 目蓋を閉じる。

 胸の奥の奥。そこにある抽象的な『ドス黒い何か』。志音はただ……ソレに身を委ねればいい。

 爆発的に膨れ上がる破壊衝動と全能感。右手の指先から二の腕までが、黒く染まる。比喩ではなく……黒く、黒く……、輪郭をそのままに、ただ黒く染まっていく。


 逸る衝動を抑えつつ、標的を見失わない様に自身に言い聞かせる。






 今はただ……コレを壊せばいい。


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