四話(4)
「……志音の料理は、ある意味凶器だね……。アレはヤバい! 戦争の引き金になりかねないよ」
「お前は大袈裟なんだよ。そんな事を言うのはお前だけだ」
「ホントにそれくらい美味しかったんだからっ!! 志音、自覚ないのっ!?」
「はいはい、もう勝手に言ってろ……」
食事を終え、志音の手料理をいたく気に入ったらしいアリスは、食器を洗う志音のとなりで満足げにはしゃいでいた。
何故か、作った本人である志音に、料理の美味しさを熱く語るアリスと、奇妙な光景になっていたわけだが……。
そんなこんなで、志音も手っ取り早くシャワーを済ませ、後は寝るだけとなった。
当然、ベッドはシングルサイズのモノが一つのみ。
アリス曰く、くっついて寝れば問題ない……とのこと。確かに、広さは大きな問題ではない。シングルといっても、通常よりは少々大きめの造りとなっている。
アリスの言う通り、無理をすれば眠れないことはない。
だが勿論、却下だ。
同性相手ならともかく、異性で寝所を共にするなど言語道断だ。古い考え等ではなく、倫理的にアウトなのである。
志音もそう思う。
不純異性交遊、ダメ、絶対。
「クーラー付けてれば暑苦しくもないし、何も問題ないと思うんだけどなぁ〜」
「そういう問題じゃない。……つーか、自然な動作で服を脱ぎ始めるなっ!!」
志音の隣で何事もなさげに自然な動作でワンピースを脱ぎ始めたアリスを、極力視界に入れないように視線をそらしながら志音がツッコむ。
ストンと服が落ちた音がした。
結局、脱いでしまったようだ。
「暑いからいいでしょ〜……。パンツははいてるからセーフ!」
「アウトだ!」
「だって、ボク着替えコレだけしか持ってきてないし、着て寝たらシワになっちゃうでしょー」
「それでもダメだ! 女が男の前で肌を晒すな!」
志音はクローゼットから適当にカッターシャツを取りだし、ソチラを見ずにアリスへと放り投げた。
「それくらい着て寝ろ。通気性も悪くないから、暑くはないはずだ」
「下着で妥協したのに……」
「ソコは妥協点じゃない! だいたい、今は四月で夜は冷え込む。厚着するくらいで丁度良いはずだ」
「昨日まで北の方に住んでたから、このくらい寒くないし……、むしろこの島暑いし……」
「我慢しろ。無理なら共存は不可能だ。女子寮にでも行け」
「……むぅ」
声音だけは平静を装ってはいる志音だが、全身の発汗機関がおかしくなったのかと思うほど、汗の量が凄いことになっている。
普段、男女や異性など意識して生活していなかった志音には、当然ながら『下着姿の女の子と二人きり』などというイレギュラーな事態への免疫などあるはずがない。
しかも相手は美少女だ。
プロポーション云々を抜きにした所で関係ない。志音の心拍数は意図せず跳ね上がっていく。
ようやく折れたのか、志音の背後で、着衣時の特有の布が擦れるような音が響きだした。
無音な空間なので、微弱な音でも鮮明に響く。
志音は一瞬内心安堵したのも束の間……、背後での生着替えというまたも馴れぬシチュエーションにドギマギしてしまう。願わくは早く終わってくれと言わんばかりに、無心で壁の一点を全力で凝視し続けた。
永遠とも思われた数秒が過ぎ、ようやく音が止んだ。どうやらアリスの着替えが終わったようだ。
「着替えたか?」
念のために聞く。
万が一にも着方が解らないなんて事はないと思うが、志音の想像を越える不足の事態によりまだ終わっていない可能性もある。
「着たよー」
「……そうか」
その言葉に振り返り……固まる。
志音が渡したカッターシャツは志音が着て丁度良いくらいのサイズ感で、学園内男子の平均サイズよりは少々大きい。
アリスの身長は志音の胸くらいで、クラス女子の平均より少し小さくパッと見た印象は中等部にいそうな見た目だ。
結論からいうと、すごくエロくなってしまった。
ダボダボなシャツからスラリと伸びだ血色の良い脚。五個あるボタンの中、上から三番目と四番目以外は外されていて、はだけた部分から見え隠れする肌がまた色気を醸し出していた。
体格は未成熟なものだが、おそらくアリスの意識してない所で、無自覚にその身体を魅せていた。
「……ゴクリ」
「にひひ〜♪ 似合ってる?」
「……あ、あぁ、部屋着としてなら……悪くない」
「そっかそっか♪ じゃあ、ここでお世話になる間は、このシャツ借りてていいかな? 着心地良くて気に入っちゃった♪」
「そ、そうか。それくらいなら構わないから、勝手に使え」
「ありがと♪ そ・れ・とぉ〜……」
アリス悪戯っ子のような笑みを浮かべながら、上目で見上げてくる。その際、前屈みになり、志音の視線も自然とシャツの中へと――。
「志音って、こういうのが、好きなんだね〜」
「……」
絶句。
アリスの言葉に図星を突かれたとかではない。
理由は至極単純。
ほんの一瞬だけ、だがその一瞬で志音の目に焼き付いた光景の、あまりの衝撃に……咄嗟に言葉が出なかったのだ。
無かったのだ。
その白い薄布の下に着用している筈の、女性特有の胸部用下着……ブラジャーが……無かったのだ。
「……お、おま……」
網膜にこびりついた、二つのピンク色のポッチが脳裏を離れない。
「下着……」
「ん? つけてないけど?」
「……お前っ、下着くらい――」
「妥協点!」
言葉の途中でアリスの言葉に遮られた。
頬をプックリと膨らませて、アリスは高らかに続ける。
「これ以上の着衣は無理! 裸とコレ、どっちがマシ!?」
「どっちもアウトだ!」
「……じゃあ脱ぐ……」
「わかった! わかったからっ! ……せめて、ショーツくらいははいてくれ」
「のーぱん健康法!」
「彼氏でもない男の部屋でノーパンになるような女は、レディじゃなくただの痴女だ!」
「とにかく、これ以上は着ないからね! それとも、ボクなんかの裸で、お兄さんは興奮して眠れなくなっちゃうとか〜?」
言って、ポフッとベッドに座り込むアリス。
「……それは、ないが……」
「じゃあ問題なし♪ ほらほら、ベッドにはまだ余裕あるし、志音も一緒に寝よ♪」
アリスは自身の隣をポンポンと叩き、コチラへ来いと告げる。
美少女が、裸カッターシャツ姿で、一緒に寝ようと誘って来ているのだ。
花に導かれる蜂のように、志音はアリスへと近付いていく。
そして、無理矢理ベッドへ押し倒す。
「し、志音っ? どうしたの……」
華奢な肢体。女の子特有の甘い香り。剥き出しの肌。小さな口からもれる吐息。
見開かれた瞳にうつる志音は、アリスの言葉など無視し布に手をかける。そう、掛け布団に。
そして無理矢理アリスに被せる。
「わっぷ!?」
そのままベッドから立ち上がり、着古した黒いコートを手に取る。
「……ベッドはお前一人で使え。オレは用事があってな、少し出る」
「どこ行くの? 用事って何々♪」
「……お前には関係ない事だよ。オレの事は気にしないで良いから先に寝てろ」
「はぁーい」
スペアの西洋剣を腰に携え、そのまま視線を壁に立て掛けた剣袋……【エリュシオン】へと向ける。
きっと、今から志音の行く先には……この英雄剣を使う程の敵も、返すべき英雄も現れはしないだろう。
使わない武器はただの重りでしかない。
先日、リアーナに言われたように、安全な場所に保管するのが一番なのだ。常に持ち歩く必要はない。
だが……。
「……」
「あ、そうそう。その袋って中に何が入ってるの? 今日会った時もずっと背負ってたよね〜」
「…………」
「プレゼント? でも、形状的には武器とか入ってそうだよね♪ あ、でも武器は腰にさしてる剣があるかぁ〜」
「……。ただのお守りだよ。なにせオレは最弱からな……神頼みでもしなきゃ、この学園では生き残れないんだ……」
適当な嘘を顔色一つ変えずに吐き、手に取ったソレを普段通り背負う。
願掛けのようなものだ。
この剣があるから……、この世に最強の正義の味方である『英雄』が存在するから、志音は『偽悪者』でいられる。
『死神』で……いられる。
スイッチを切り換える。
学園最弱の落ちこぼれから……無情な殺戮者『死神』へと……。
「もう出る……」
「いってらっしゃーい♪」
気楽な声を背に、ゆっくりとおのが戦場へと進んでいく。抑圧していた殺気で全身を纏い、今はまだ見えぬあの背中に追い付くために……。




