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『英雄』を狩る者  作者: オーエン
19/91

四話(3)




 アリスを無事に理事長室まで送り届け、余った時間でリアーナの特訓に付き合い、時刻も既に七時を回った。

 切りの良いところで特訓を切り上げ、リアーナと別れて男子寮に帰宅すると、待ち受けていたのは殺気だった男子の大群。

 代表格なのか、一番最初に口を開いたのは健吾だった。自称で志音の親友を名乗る癖に、敵に回れば代表格、それはそれでどうかとも思うが……。


「志音……、なんで……、なんでお前なんだぁあああああっ!!? そりゃまぁ! 会長が弟可愛さに! お前の印象を上げようと! 気を使って指名してくださったのは! 百歩……いや、万歩譲って認める!!! 家族の絆は大切だからな。仕方ない!! だが……なんで、風紀委員長の……アリシアさんまで? なんでお前を……、この学園で一番使えないはずのお前を、指名するんだよぉおおおおおっ!! おかしいだろ! なんでや! なんでなんやぁっ!!?」


 周りの男どもの反応も似たり寄ったり、血の涙を流しながら鬼気迫る顔で迫ってくる。

 恐い以外の何者でもない。

 後ずさるにも、背中はとうに壁に触れている。


「落ち着け。指名してきたのはアイツ等であって、オレは関係ない。むしろ考えてもみろ、今回の仕事はただの人探しだ。こんな些事にお前らみたいな『有能な人材』を使うなんて、あの二人が許すと思うか?」

「「「……っ!」」」

「むしろ、お前らが少しでも有意義な時間を使えるよう、あえて『無能なオレ』を指名して、『未来あるお前ら』の妨げにならぬように、あの二人が気を使った。……っていう風には、考えられないのか?」

「「「…………」」」

「アイツ等はお前らの事をないがしろになんかするわけないだろ。お前らは……その気遣いを、疑うのか?」

「「「…………っ」」」


 我ながら迫真の演技だったと自負する。

 勿論、内容は百パーセント適当だ。あの二人がそこまで考えて志音を指名したとは到底思えないが、端から見れば……もしかすれば、そういう見方も出来るかもしれない。という、詭弁である。

 もしこれでダメなら、今夜は朝まで逃避行する羽目になりかねないわけだが……。


 そんな心配も杞憂だったようだ。


 男達は……泣いていた。


「会長……風紀委員長……、俺達がバカだった!!」

「あのお二人を疑うなんて、俺達はなんてバカ野郎なんだ!!」

「嫉妬に狂って我を見失っちまうなんて、こんな俺達を許してくれ! 会長ぉおおお!」


 チョロい。

 これだから男は……。

 志音は男達の殺意が霧散したことに、胸を撫で下ろし、ボロが出ないうちに自室へと向かった。

 途中、健吾に肩を掴まれて……。


「オレは信じてたぜ……。なんか、悪いな……。俺達の代わりに出てくれて。俺達も会長の期待に応えられるように頑張るからさ……。お前も……頑張れよ。親友!」


 などと、ふざけた事をキメ顔で言ってきたので、取り合えず鳩尾に肘鉄を入れておいた。

 イラッとしたのだから、仕方ない。


 床に泣き崩れた男達を無視し、こんどこそ自室へと向かう。

 食堂へ寄ってからでも良かったが、なにぶんこの時間は混む。出遅れた今では、席すら取れない可能性も大いにありうるし、何より……いま食堂にいる男達に、またコレと同じ説明をするのは、志音としても願い下げだ。めんどくさい。


 仕方がないので、自室に戻って自炊することにした。




     ◇◇◇




 時刻は少し遡り、夕刻。

 数人の男女に護衛され、古き知人の待つ部屋へと送り届けられた少女――アリスは、護衛の出ていった扉をジッと見つめ……微笑みを浮かべた。


 面白い少年に出会った。


 平和ボケしたこの世界には、とても似つかわしくない殺気を放つ少年。……かと思えば、一瞬後には、複数の友人から想い慕われる優しい笑みを浮かべる少年。

 どちらが少年の本質なのかなど、アリスの目から見ても明らかだった。


 だから帰路の途中、少し小さな『賭け』をした。


 アリスはまたその時の少年を思い出し、また笑みをこぼす。


「ねぇね、創正」


 アリスの他に唯一、この部屋に残った人物。この部屋の主である古き知人へ語りかける。


「……なんだ」


 創正は机に広げた資料から視線を上げることもせず、無愛想にこたえる。創正は昔からこうだ。

 難しい顔をして他人を寄せ付けようとしない。

 問題が起きても一人で抱え込んで一人でかたをつける。誰も知らぬ場所で、誰からも讃えられることのない戦いを好む。

 そんな創正を知っているからこそ、アリスは彼が嫌いではない。

 いたずらっ子のような笑みを浮かべ、気配を殺し創正の背後に忍び寄る。……そして……。


 ナデナデ……


 その頭を撫でてあげる。


「いいこいいこ〜。創正は相変わらず頑張りやさんなんだね〜」

「……。今すぐその手をどけないと、本気で殺すぞ……」

「えへへ〜♪ どけないし、殺されてあげないよーだ♪ そんな照れなくてもいいじゃんか〜」

「……離れろクソガキ」

「口が悪いよ〜創正! せっかく見た目はボクより大きくなったのに、中身はまだまだおこちゃまなのかな? 創正ももう子供じゃないんだから、大人らしく振る舞わないとカッコ悪いよ?」

「そういうなら……。せめて『いつまでも』子供扱いするのはやめろ!」


 創正は力任せにアリスの手を振りほどく。

 女の子相手だからと手を抜くことなく、当たり前のように多少魔力を込めた拳を振り抜く。

 常人がまともに受けたなら、軽々と宙を舞う程の一撃。当たり所が悪ければ当然死に至る拳。


 だが、アリスはそんな一撃を避けることもせず、何ともなさげに左手で受け止めた。


「おっ、いいパンチだね〜♪」

「…………クソッ。相変わらずふざけた力だ……」

「あれあれ。もう終わり? 続けないの?」

「無駄な事に体力を使うつもりはない。お前と違ってオレは忙しい」

「ちぇー、おもしんないのー」


 口を尖らせながら、アリスは大人しく来客用の椅子に腰掛けた。


「あっ、そうだ! ボクね、創正にどーーしてもお願いしたい事があってね!」

「…………」

「「またか……」みたいな目で睨まなくてもいいじゃんか〜! いいでしょ!? 勝手に『暴れ』たりしないって約束するから〜。滞在期間中は大人しくしてるからぁ〜」

「……はぁ、内容にもよる。言ってみろ……」

「えっとね〜♪ えへへ〜♪…………」




     ◇◇◇




「というわけで! 今日からボクもこの部屋でお世話になることになりましたーーっ! よろしくね♪」

「…………」

「ん? どったの?」


 自室の扉の前で固まっていた志音を、下から覗き込むように見上げる少女……アリス。

 志音は考える。どういう状況だ?と……。

 ドアノブも放さず、体はまだ廊下に突っ立ったままで、思考だけを働かせる。

 何がおかしいか?

 男子寮に女子がいる時点でアウトだ。さらに、志音の耳が正常ならば、この少女は今「お世話になる」とふざけた事をぶっちゃげやがったのだ……。


「……創正の野郎か……」

「?」


 創正に送り届けた少女が、今現在志音の部屋にいる時点で、面倒事を志音に押し付けたのだと容易に想像がついた。


「あのさ、いい加減ドア閉めて入ってこない?」

「……ん、あぁ、ただいま……」

「うん。おかえり♪」

「…………」


 無意識に溢した言葉に元気よく返され、一瞬呆然としてしまった。

 その言葉を聞くのが志音には新鮮で、反応に困ってしまったのだ。


「まぁた固まったよー。どうかしたの?」

「いや、別に何でもない。それよりどういうことだ……。納得のいく説明を頼みたいんだが」

「なにが?」


 お惚け顔の少女にアイアンクローかまし、志音は満面の笑顔で続ける。


「お・ま・え・が! 何でオレの部屋にいて、あまつさえ「世話になる」なんて狂言を吐いているのか……」

「いだだだだ! 痛いって! 志音酷いっ! こんなのれでぃにしていい態度じゃないよー!! ボクこれでも偉いんだぞぉー!!」

「んなもん、はなから知ってる。さっさと質問に答えねぇと痛みが増すぞ?」

「ディーブイだ! ディーブイだぁっ!! 拷問反対! 体罰ダメ絶対!! 暴力カッコ悪いぞーー!!」


 手足をジタバタさせもがいているが、身長差や手足の長さにそれなりの差があるので、志音に届いていない。


「うぐーー!」

「いやならさっさと答えろ」

「答える! 答えるからぁー! 先にこの手を放してよぉーーっ!」


 さすがに罪悪感がわいてきたので、放すことにした。

 解放されたアリスは掴まれていた頭をさすりながら、恨みがましげに志音をジトーと睨み返す。


「まったく……。志音ってば女の子の頭を何だと思ってるんだか……」

「握力計測器?」

「ひどいっ!!」

「冗談だよ」


 狭い入口スペースで話すのもアレなので、場所を部屋の中へと移動する。

 冷蔵庫から二人分の飲料を取り出し、リビングのソファへと。

 先に座って待っていたアリスに飲料を手渡し、対面のソファに腰をおさめた。


「さて、話の続きだが……。単刀直入に聞く。創正に何を言われてココに寄越された……?」


 もし、この少女が創正の息のかかった実力者ならその目的は、志音の監視、抑制……または廃棄、処刑。

 志音は創正の『無情さ』を信用している。不必要だと割り切れば、各界の大物でも、女、子供でも関係ない容赦なく消す。

 その対象に志音が名指しされた。その可能性は大いにありうる。


 もし、この少女が無力なお姫様で、相当厄介な組織に狙われていて、その護衛に志音を選択したのならば……。

 表立った実力者である結歌やアリシアではなく、志音を指名した事から、創正の目的は敵の制圧ではなく、殲滅となる。


 創正が依頼以外で志音に関わるとすれば、その二択くらいなものだろう。

 前者であっても後者であっても志音にすれば面倒事以外の何物でもない訳だが、ドチラも場合によっては……背負った英雄剣コレを使う必要があるかもしれない。

 だから、志音は見定める必要がある。この少女が……アリスがどういう存在なのかを……。


「ん〜、その言い方だと創正に言われてボクがココに来たって感じに聞こえるんだけどー」

「違わないだろう。それ以外にお前がココに来るメリットがない」

「……やれやれ」


 「でたよ……」的な何ともいえぬ表情で呆れるアリス。


「創正もそうだけどさ〜。なんでもかんでも勘繰り続けて疲れない? たまには正直に物事を受け入れてみたらどうかな? 成り行きに任せてのんびりとさ〜」

「……。何かあった後じゃ遅いんだよ。……失った後に気付いても……手遅れなんだ」

「……志音は、何かなくしちゃったの?」

「…………」

「言いたくないなら無理には聞かない。さてさて、ボクがココに来た理由だったねー♪ それは、創正にわがまま言って志音と一緒の部屋にして貰ったからなのさ♪」

「……はっ?」


 志音はまた止まってしまう。

 肉体も思考も同時に一時停止である。

 意味がわからない。その一言に尽きる。


「それっぽい理由を付けるなら、他のつよーい女の子と相部屋になるくらいなら、自称最弱の志音くんと一緒の方が安全だよね〜ってとこかな♪」

「…………その心は?」

「えへへ〜♪ 志音と一緒の方が楽しいかな〜って思って! それにボク、志音ともっとお話したいし♪」

「その言葉が信じられるだけの材料は……、根拠はなんだ?」

「ないよ♪」


 アリスは楽しげに言いきると志音から受け取った飲料を一気に飲み干す。

 コチラが疑うのもバカらしい程に、アリスは志音に対して無警戒で……。志音が飲料に何かを入れたるする事など想像すらしていない。


 事実、志音がアリスを殺すつもりだったなら、今飲んだ飲料に毒を盛って殺す事だってできた。

 ソレを理解した上でか、はたまた微塵も理解せずにか、アリスは躊躇一つせずに飲み干したのだ。


「ん〜? えへへ、そんなに見つめられると照れるな〜♪」


 きっとアリスは後者だ。

 この少女の見てきた世界は志音とは遥かに違いすぎて……、死と二人三脚を演じる志音とは、きっと何もかもが違う。

 志音は自身の生きてきた世界を憎む事も、アリスの生きてきた世界を羨む事もしない。志音は自身を『違う』と区別出来ていた。

 他人と生きる世界を重ねるなどという無駄な努力を、志音をすることはない。

 だが、アリスがいくら箱入りのお嬢様だったとしても、志音に対するこの態度は不用心にも程があった。

 信頼という行為は初対面の相手にしていいものではけっしてない。

 志音からすれば、裏切りが前提。最低でも疑うのが常識だ。


「……オレに拒否権はあるのか?」

「えー!? 志音のケチ! 一緒に暮らすくらい、いいじゃんかぁー!」

「断る理由ならある。一つ、ココは一人部屋だ。広さに問題がなくとも、ベットは一つしかない。二つ、オレは男、お前は女、異性での相部屋は大問題だ。互いに間違いを犯すつもりがなくとも世間体がある。三つ、そもそもオレは一人部屋がいい。同居人なんざいらん」


 これ以上、平和ボケに拍車がかかるのは困る。ただでさえ、ここ最近は望まぬ関係が増えているのだ。

 一人は期間限定とはいえ、この島には志音を友人と語る者が五人もいる。

 上っ面だけの関係なら、幾らでも切り捨てられる。だが、『それ以上』の関係となってしまった今は……そうもいかない。

 友を見殺しに出来るほど、志音は人を捨てきれてはいないのだ。


「ぶー……! ぶーぶーぶー!! 言っておくけど、創正からはちゃんと許可貰ってるんだからね!」


 その事も気になっていた。

 志音には裏の仕事がある。依頼主は当然、他でもなく創正だ。こんな少女のお守りを、あの創正が許可するだろうか?

 許可するつもりなら、仕事はどうする気だ?

 そんな疑問は、まるで待っていたかのようなタイミングで震えた携帯端末によって氷解する。

 開いた浮遊ディスプレイに届いたメッセージは創正から、内容は――。


『逆らうと厄介だ。アリスの面倒を見てやれ。その間の依頼はしなくていい』


「……はぁ」

「むぅー、ため息つきたいのはボクの方だよぉ! いいでしょー、数日くらい泊めてくれたってー」

「……もう勝手にしろ……」

「そんな事言わなくたってー……ってあれ? いいの!?」

「仕方ないだろ……。学園長直々にの命令だ。学園生のオレに拒否権なんざあるはずがない」

「ホントにホントっ!? 嘘ついたら針千本だよ!」

「コレも一種の依頼だ。お前がどういうつもりでオレを指名したのかは知らんが……」

「理由はさっき説明したじゃん」

「アホか。……他に理由があることくらいわかる」

「ないってばー」

「それが何だとしてもだ……、お前をココに置いてやる。何もない部屋だが、自由に使って貰って構わない」

「ホントっ!? やったー♪」


 喜ぶアリスとは真逆に志音は神妙な面持ちでディスプレイを睨んでいた。このメッセージに他に何か意味があるのか……、これまでの経験を重ねて再思考を繰り返す。

 あの創正が、こんな生温い依頼を志音に押し付ける訳がない。

 何か裏があるに決まっている。

 それこそ先程も思い至ったように、アリスを狙う面倒な組織がいたとして、アリスを守るために暗に護衛しろ……という事なのかもしれない。


 それならば、アリスがお忍びで入国してきた理由とも辻褄が合う。

 関わるべきではない。志音の経験が告げている。


 ……だが……


 くきゅぅ〜〜……


「……」

「……あ、あはは〜……、お腹空いちゃった〜」


 こんな無邪気な笑顔を見せられた後では、邪推する気も失せるというものだ。

 多忙に追い討ちで気苦労が限界突破してしまって、無駄な思考に体力を使う気にもならなかった。


「……飯にするか」

「待ってました♪ あ、でも、食堂にいくんだよね? ボクあんまりお金持ってないんだけど……。もしかして志音が奢ってくれちゃったりするのかな? かな♪」

「寝言は寝て言え」

「酷いっ!! ……ちょっとくらい奢ってくれたって……ぶつぶつ」

「今晩は残念ながらオレの手料理だ。食堂に行く気はねぇよ」

「えぇっ!?」


 目を丸くして大袈裟に驚くアリス。


「志音って……料理できるの?」


 鬼気迫る表情で続ける。

 確かに、タダ飯とはいえ食えるかどうかも定かではない物体を食わされるよりは、多少金を使ってでも料理と呼べるものを食う事を選ぶだろう。

 アリスの反応は大いに失礼極まりないが、それも仕方ない。志音も自身が同じ立場だったなら、似たような反応を返しかねない……。

 初対面の相手だ。それこそ毒を警戒する。


「人並みには出来るつもりだが……、心配なら食堂にでも――」


 そこまで言いかけて気付く。

 アリスは客観的に見て『可愛い女の子』だ。目鼻立ちは整っているし、性格も明るく元気と好印象。まごうことなく美少女だ。

 そんな美少女が、文字通り男しかいない男子寮の食堂になんか現れた日には……、起こりうる惨状は想像に難くない。

 ソレが結歌やアリシアならば、心配なのはむしろ野郎共になるわけだが……。


 女の子一人を、男どもの溜まり場に放り込むのはやはりダメだ。


「……いや、食堂はなしだ。とにかく、食いたくなけりゃ宅配でも頼め」

「食べたくないなんて言ってないよぉ! それよりも、志音が……ボクの為に、手料理を振る舞ってくれるの?」

「……オレの分のついでだ。お前の為じゃない。勘違いするな……」

「えへへ……、そっか♪ うん。すっごい楽しみだな♪」

「……味の保障はしないからな……」


 冷蔵庫から適当に食材を取り出し調理を開始した。

 ちなみにメニューはシーザーサラダに、肉じゃがと和風ハンバーグと、何だかんだでバランスの取れた物になった。

 普段はもっと適当だ。

 食にこれといった拘りのない志音からすれば、保存食も自炊もほとんど大差ない。

 腹に溜まれば同じ。


 調理中にシャワーを済ませてきたらしく、完成とほぼ同時に戻ってきたアリスが、今か今かと目をキラキラさせていた。


「お前はエサを待つ雛鳥か……」

「おとーさーん。ごーはーんー♪」

「はいはい、出来たから運ぶの手伝え」

「はーい!」


 互いに席に座り手を合わせる。


「「いただきます」」


 待ってましたとばかりに、箸を器用に使ってハンバーグに手をつけるアリス。

 一切れ口に含み、……数瞬の沈黙。


「…………」

「口に合わなかったか? まぁ、市販の味には劣るだろうが……、そんなに不味かったか……?」


 雄弁なアリスが絶句する程だ、相当不味かったのだろう。

 自分で作った料理ながら、志音は恐る恐るハンバーグを一口食べた。

 ……言うほど不味くはない。

 だが、味覚は人それぞれだ。美味いと言う者がいれば、不味いと言う者もいる。

 志音の舌がおかしい可能性だってある。

 アリスを金持ちと仮定するなら、それこそ毎日良い物を口にしている筈だ。


「もし、口に合わないようなら無理して食わなくてもいいぞ……」


 アリスは無言のまま、また一口頬張る。そしてまた止まる。

 顔を上げたアリスの両目から大粒の涙がぼろぼろと溢れていた。

 流石の志音でもたじろいでしまう。

 そこまでか……と。


「泣く程不味いなら食うなよ……。残した分は後でオレが食うから、お前が無理してまで食べる必要はない」

「……ぢがぐで」

「……?」

「すんごく……お゛い゛じぃ……」

「……はぁ?」

「美味しいの! とんでもなく、美味しいんだよぉ!!」

「だからって、泣く程のもんでもねぇだろ……。いくらなんでも大袈裟だぞ!?」


 どうやら逆の理由だったようだ。

 志音も呆れて言葉が出ない。

 相変わらず涙で顔をグシャグシャにしたアリスは、黙々と食事を続ける。

 終始奇妙な空気の中、二人の食事は進んでいった。






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