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『英雄』を狩る者  作者: オーエン
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四話(2)




 人の集まり出した騒ぎの中心からなんとか誰にも見つからずに逃げ出した志音は、少しやり過ぎたかもしれないとほんの少しだけ反省した。

 別に他人のナンパを邪魔するつもりはなかったのだ。

 別の日に町中で同じ光景を目にしたとしても、きっと志音は気にも止めずに無視するはずだろう。


 だが、残念なことに……今の志音は虫の居どころが悪かった。

 要するに、イライラを発散する相手にちょうどよかったのだ。単なる八つ当たりである。タイミングが悪かった。


 イライラの原因はいくつかある。

 まず、顔も知らぬ客人を数百の人混みの中から探し出さなければならい事。これに関しては、依頼を受けた時に、見た目や特徴を詳しく聞かなかった志音達の責任なので自業自得だ。百歩譲って許せよう。

 問題なのはそれじゃない。

 なんと、志音を巻き込んだ張本人A(結歌)とB(アリシア)が、港に到着して早々はぐれてしまったのだ。

 リアーナが二人を探しに行った瞬間、イライラしていた志音の視線の先で先程の一部始終。八つ当たりにはもってこいのタイミングだったのだ。

 志音は心の中でさきほどの二人を哀れんだ。


 不意に、志音が手を引いていた少女が足を止めた。つられて志音も足を止める。

 そこで気づく。

 あの場所に放置するわけにはいかなったのでこんな所まで連れてきてしまったが、これ以上この少女と行動を共にする必要はないのではないか?

 成り行きで手なんて繋いでしまっているが、他から見れば先ほどの男達とやっていることは変わらない。むしろ、力ずくで強引に獲物を横取りしたように見られているかもしれない。

 掴んでいた手を離す。


「んと……、悪い。無理矢理連れてきちまったみたいで」

「ううん、ありがと♪ お兄さん」

「あんな場所で突っ立ってるから、あんなバカ共が群がってくる。 変なのに目を付けられたくなかったら気を付けた方がいいぞ。アンタみたいな可愛い奴は特に……」

「えへへ♪ ボクを心配してくれるんだ? お兄さん優しいんだね♪」


 違和感。

 志音はこの少女を、形や方法はどうあれ助けた事に違いはない。礼を言われるのは当然なのかもしれない。

 だが、肝心の『方法』がアレだったわけで、普通の人ならば少し引くなり怯えるなりの反応が返ってくるはずだ。

 志音もわずかながら、ソレを覚悟した上での行動だったのだが……。


「すごいねお兄さん♪ あの二人って有名人なんでしょ? ソレを言葉だけでやっつけちゃうなんて♪」


 その反応に微塵も怯えた様子はなかったのだ。


 確かに志音も本気で殺しに行った訳ではなかったので、全力の殺意とはほど遠かったかもしれない。だが……、一般人の女、子供相手なら怯え逃げ出すくらいだとは自負していたつもりだ。


(……緩慢な日常に感化され過ぎたか……)


 殺意の衰え。

 そう思うことで納得することにした。


「お兄さん! ボクの話ちゃんと聞いてる?」

「……聞いてるよ。あぁ、聞いてる聞いてる」

「その反応は聞いてなかったなー!! ちょっと君、れでぃに対する扱いが雑すぎるんじゃないかな!」

「……レディ……ねぇ」


 志音は少女を見る。

 女の子だ。

 ノースリーブの白いワンピースとロングの黒髪。全体的にまだ未発達だとはいえ、女性として出ているところは出ているし、少年のような活発さの中に確かな可愛さがある。

 志音の目から見ても、この少女は美少女と区分しても問題なかった。


 だが、『レディ』という単語を耳にしたとき、一番最初に志音の脳裏をよぎった顔は……学園内で最強と噂の志音の身内。

 その次は、おしとやかなくせに実力は化け物級の風紀委員長。鋭敏な聴覚と利便性に富んだ万能影魔法を操る根暗後輩。情報のためなら我が身も省みないクラスメイト。

 志音の周りにいる『レディ』と呼ばれる人種は、ろくなやつがいなかった。


「……悪いことは言わねえから、『レディ』ってのは止めとけ……。ろくな大人になれねぇぞ」

「ちょっ! 馬鹿にしてるの!?」

「してねぇよ」

「してるじゃん! ボク! 女の子!!」

「わかってるって……」


 面倒なのに捕まってしまった。

 迷子のツレの捜索。ビップな客の保護。急ぎでやらなければならない作業がただでさえ多いのに、志音にはこんな場所で道草を食っている余裕はないのだ。


「それじゃあ、次からは変な馬鹿どもに気を付けろよ。オレは用事があるからこれで……」

「待った待った! 気を付けろって言ったって具体的にはどうするのさ! 次はもっと大人数で来られるかもしれないでしょ! か弱いボクなんかが逃げ切れると思う!?」

「……なら、あんな場所で突っ立ってなきゃいいだろ……」

「あそこが待ち合わせ場所だったの! この島にいる友人から「目立つな。動くな」って口が酸っぱくなるくらい言われたから仕方なく待ってるのに、もう到着して三十分だよ!」

「連絡はとれないのか?」

「…………ボクね……、機械音痴なんだ♪」

「…………あ、そう」


 相手と連絡をとる手段もないらしい。

 正直、志音の知ったことではないので、無視して自身の用事を片付けたいところなのだが……。

 このままココにこの少女を放置してしまえば、また変な奴等に言い寄られる可能性がある。その度に、責任をコチラに押し付けられても困るし……。

 何より、もし……


 取り返しの付かないような、命に関わる事件に巻き込まれでもしたら、『また』大きな未練を作ってしまうことになる。


「…………」


 もう繰り返さない。


「えっと、迷惑だったかな? そんなにボクと一緒にいるの嫌だった……? すんごい恐い顔してるけど……」

「……いや、悪い。そういう訳じゃないんだ……。少し昔の……嫌な事を思い出しちまってな。気にするな」

「……そっか」


 少し気遣うような少女の視線。

 志音は心配すんなとばかりに、少女の頭を少し荒く撫でてやる。


「さて、無駄なことに時間を使ってる暇はないんでな。悪いがお前の待ち人探しはオレの用事を済ませた後になるが、いいか?」

「え? お兄さん、探すの手伝ってくれるの!?」

「こんな人の多い場所に、連絡手段のない女を一人で放置する訳にもいかないだろ……。その代わり、お前もオレの人探し手伝えよ?」

「うん! うん! 手伝いますとも!!」

「……何でそんな嬉しそうなんだよ……」

「だってボク、お兄さんともっともっとお話したかったんだもん♪」

「…………物好きな奴だ……」





    ◇◇◇




 それから数分後。

 はぐれた二人と一人が無事に見つかり、問題が一つに絞られる。


「……さて、はぐれたバカ二人も見つかった訳だが……、予定時刻からもう一時間オーバーだ」

「迷子になっていたのは志音の方でしょう」

「それにちゃっかり女の子をナンパしてお持ち帰りしようとしてますよねぇ〜♪ 私の役職覚えてますか〜? 風紀委員長ですよ〜? 不純異性交遊は無視できませんよ〜?」

「…………人探しを押し付けておいて……。……不潔ですね、先輩……」


 合流直後から、何故か三人の視線は志音と行動を共にしていた少女へと向けられていた。

 肝心の少女は「……? どうかしたの?」と状況を理解していないようで、ニコニコ笑顔で志音の隣に立っていた。


「……この天然ジゴロを不用意に一人にすべきではなかったわね。まさか、離れた数分で女の子を捕まえるなんて……」

「ですね〜。常時見張りを付けるくらいでないと、次々に被害者が出そうですねぇ。コチラでも対策を考えておく必要がありそうです」

「……まったくです」

「お前ら、いい加減に黙らないとオレでも怒るぞ?」

「「「「っ!?」」」」


 志音の不穏な空気を察したのか、やっと全員が大人しく……


「あら、志音ごときが怒った程度でどうなると言うのかしら?」


 とても期待を孕んだ瞳の結歌。


「怒るんですか〜! 怒っちゃうんですかぁ〜! 夕凪くんの本気が見れちゃうんですかぁ!?」


 とても嬉しそうに続くアリシア。


「…………ばっちこい、です。コレも修行です」


 表情を変えないくせに、待ってましたとばかりのリアーナ。


「えっ? なになに! すっごい面白そう♪ ボクも参加していい? いいよね♪ お兄さん!」


 無関係な筈の少女まで目を輝かせだした。


(……あぁ、ダメだコイツら……)


 ここでようやく、失言であったと気付いた。

 志音が本気を出す事に、恐怖する者など……この面子の中には存在しなかったのだ。

 志音の実力をわずかでも知っていたとしても、むしろ喜んで相手しようとするこの三人は……間違いなく『戦闘バカ』と呼ばれる人種なのだろう。

 ……学園にいるであろう情報狂も含め……これだから、レディってやつは……。


「……わかった。本気を出そう……」

「「「「っごくり……」」」」

「本気で……ボイコットしてやる。こんな仕事やってられるか! オレは帰る! 客はテメェ等で勝手に探せ!」

「なっ、卑怯よ志音! 男の子なら拳で語りなさい!」

「お前な…………。客を一時間以上待たせておいて、まだ無駄に時間を使う気か!?」

「間に合わなかったなら一時間も二時間も一緒ですよぉ〜」

「その一時間の間に、向こうにもしもが起きたらどうするつもりだ!!」

「……自身の身の安全も守れない者が『お忍び』とは、……愚の骨頂ですね」

「だーかーら! 護衛にお前ら二人を寄越したんだろうがぁああ!」

「まぁ、確かに何かあったらそのお客さんの自業自得だよね〜♪」

「……ブルータス、お前もか……」


 まさか、関係ない少女からも追撃が来た。

 正論を唱えている筈の志音が、何故論破されそうになっているのだろうか。

 もう半ばヤケだ。


「とにかく、こんだけ大量に人がいるんだ。名前を叫ぶくらいしないと見付からない可能性もある」

「もう『お忍び』全否定だね♪」

「仕方ないだろう。お前ら、客の名前は覚えてるな?」


 三人は無言で頷く。

 一人は元気よく挙手した。


「はいはいせんせー。ボクは知らないよ?」

「あぁ、そうだな。どうせなら探す人数は多い方がいい。お前にも教えておくか。見付けたら客人と一緒にまたこの場所に集合だ」

「まっかせといて♪」

「客人の名前は、アリスだ」


「え? ボク?」


「…………はぁ?」


 一瞬、時が止まった。

 この少女は何をふざけた事をほざいているのか、そう思うと同時に、志音はこの少女の名前を聞いていないことに気付く。

 名も知らぬ相手と行動を共にしていた。なんてことは、裏の仕事柄当然になっていたので気にもしていなかったが……まさか……。

 志音は内心の動揺を全力で殺しつつ、少女に再度訊ねた。


「……アナタノオナマエナンデスカ?」


 片言になってしまった。

 少女はニッコリと笑顔で告げる。


「ボクの名前はアリスだよ♪ 創正とは昔から顔馴染みで……、あっ、創正ってわかるかな? あのおーっきな学園の一番偉い人らしいんだけど」

「あ、あぁ……」

「創正ってば、相変わらず無愛想なくせに、ボクが来るって伝えた途端、「護衛を送るから、港で黙って待ってろ」って上から目線で言ってきたんだよー! 心配なら自分で来いって話なのにね〜」

「…………」


 どうやら間違いないようだ。

 灯台もと暗し。いいことわざがあるものだ……。

 つまり、目的の人物と知らずに助けだし、知らぬまま連れ回して存在もしない客人を探していたと。

 超ビップ客に対し、連れ回しやタメ口、果ては脅しの現場を見られる……。コレは大分やらかしているかもしれない。

 志音の額に脂汗が浮かぶ。


「あら、もう見つかっていたのね」

「もぉ〜、それならそうと早く言ってくださいよ〜♪ 夕凪くん」

「…………一人で顔も知らぬ相手を探し出すとは、流石です。先輩」


 またも事の重大さを理解していないらしい三人。


「あはは♪ 絶賛されてるね〜お兄さん♪ ボクもあの時は助けて貰っちゃったし、コレも何かの縁なのかな?」

「縁って、お前な……。いや、悪い。アイツの客なら……敬語とか、使った方がいいか?」


 突然の申し出に一瞬キョトンとした少女――アリスは、ぷっと吹き出すと次の瞬間には腹を抱えて大笑いしていた。

 何かおかしいことでも言ってしまったのか、またはもうすでに遅すぎたのか……、志音の顔に余裕はない。


「あははは! お兄さん止めてよ敬語なんて♪ ボクに敬語なんて使う物好き、いるわけないって。お姫様じゃないんだからさ♪ ていうか、お兄さん面白いこと言うね♪ さっきみたいにタメ口で大丈夫だから、むしろそっちの方が嬉しいかな♪」

「え、いいのか?」

「それに、それこそ今更じゃない?」

「うっ……」

「ボクの事はアリスでいいよ♪ 「さん」も「ちゃん」も敬称もいらないから、アリスって気軽に呼んでよ」

「……はぁ、わかった。オレは夕凪 志音だ。呼び方に拘りはないから、適当に呼んで貰って構わない。……まぁ、短い期間だが、よろしくな……アリス」

「うん♪ よろしくだよ! 志音」


 無垢な笑顔で腕に抱き着いてきたアリスに対し、されるがままにする志音。

 妹がいたなら、こんな感じなのかもしれないと無意識にアリスの頭を撫でていた志音は、不意に背中に何かが突き刺さるような感覚を覚えた。

 もちろん、物理的な痛みではないのだが……。

 ゆっくりとソチラへと視線を向けると、案の定……目だけが全く笑っていない笑顔の二人と、表情の機微すらないジト目の後輩がコチラを睨んでいた。

 視線に物理的な効果があれば、人の一人くらいは軽く殺せるレベルだ。


「……あー、よ、用事も済んだことだし、さ、さっさと学園に……」

「初対面のわりに、少々仲睦まじすぎないかしら……。志音、女遊びも大概にしないと……将来、刺されるわよ?」

「不純異性交遊はダメですよぉ〜?」

「……女たらし。……私には、関係のない事ですが……」


 どうやら、彼女達も虫の居所が悪いらしい。もうそういうことにしよう。志音は、考えることを諦めた。

 不機嫌なまま先を歩き出す結歌を皮切りに、アリシア、リアーナと続いて学園へと歩き出す。

 志音とアリスもソレに遅れて歩き出した。合流するとネチネチ五月蝿そうなので、付かず離れずという距離を保ちつつ……。


「大変だね〜、志音も」

「……言うな。悲しくなる……」


 笑顔で同情されても全く嬉しくない。


「あっ、そういえば」

「……?」


 何を思ったか、アリスは目一杯背伸びをして耳打ちしようとしている。……が、残念ながら、アリスの身長がわずかに足りていないせいで、志音の耳まで届いていない。

 志音は微笑ましく思いながら、気を効かせてアリスの身長に合うように中腰になる。

 そして、他の誰にも聞こえない小さな声で紡がれた言葉は――。



「……志音って、『死神』なの?」



 ――ドクンッ


 鼓動がはね上がる。

 一瞬、動機が激しくなる。


 ……『死神』。


 一番聞きたくない言葉。


(……落ち着け)


 心の中で言い聞かせる。そうしないと、壊れてしまいそうで……違う。


 『壊して』しまいそうで……。


(あぁ、そうだ。オレは……)


「バカ言うなよ。学園で最弱のオレなんかが『死神』なんて名乗るわけねぇだろ」

「あれれ? でもあの人達の前に来たとき「呼んだか」って言ってなかった?」

「その前にアイツ等「夕凪」って言ってただろ? まぁ、アイツ等の言う夕凪ってのは、オレじゃなくて、オレの身内の方なんだろうがな……」

「……ふーん」


 まっすぐな瞳が志音をうつす。

 まるで全てを見透かしているような、優しい瞳に息を飲む。



 このまま、『殺して』しまえれば、どれだけ楽になれるだろうか?


 一瞬、沸き上がった殺意を無理矢理押し殺す。

 志音は、この少女を殺したくない。殺す事で楽になりたくはないと、望んでいたから。


 その細く華奢な首筋にのびかけた手で、アリスの頭を撫でた。

 気持ち良さげに目を細めるアリス。


 こんないたいけな命を奪うために、剣を振るうなど馬鹿げている。


「そっか♪」

「……あぁ」

「あっ、置いていかれちゃう! お姉さん達待ってよー! ほらほら、早く行こ♪ 志音」

「はいはい」


 アリスに手を引かれ、走り出す。

 無邪気な少女の無垢な手に引かれ、許される筈のない業を背負った志音はただ、ほんの少しだけ……自分を許すことが出来た気がした。




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