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『英雄』を狩る者  作者: オーエン
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第四話【無邪気な来訪者】




 放課後。

 それは長きにわたる『授業』という束縛から解放され、ある者はは部活に、またある者は真っ直ぐに帰宅し、大抵の者は陽が落ちきるまでの数時間で青春を謳歌する者ばかりだ。

 それが生徒のあるべき姿で、生徒会役員や風紀委員など責任ある役職にでも就かない限り、その自由を束縛する権利など、少なくとも学園側にはない。


 そう、そんな役職にでも就かなければ……。


「…………」


 そんな自由時間を迎えた筈の志音は、何故か理事長室へと来ていた。当然、志音の意思で自らわざわざこんな場所に来た訳ではない。

 むしろ用が有ろうと無かろうと、出来うる限り近付きたくない場所である。志音が好き好んで来る場所では決してない。


 では何故?


 理由は至極単純。


「お待たせしました。理事長」

「それでぇ〜、私達に頼みたい用事とは何なのでしょうか〜? 結歌と一緒に呼び出されるのは珍しいですし、面倒事ですかぁ?」


 志音の左右で悠然と並び立つ二人――結歌とアリシアにドナドナされたのだ。


 放課後になるやいなや、間髪を入れず校内放送が一回。

『生徒会長、夕凪結歌。風紀委員長、アリシア・ユーフィリア。両名に告げる。己が使えると判断した生徒を連れて今すぐ理事長室までくるように。繰り返す。――……』

 平然と爆弾を落とす無愛想な男の声が、無情にも校内全域に響き渡った。

 瞬間、志音の想像を遥かに越える素早さで生徒のほとんどが、教室から消え去った。男子だけでなく女子まで消えたのは、それだけ、この二人が男女を問わず人気が高い証拠なのだろう。

 もちろん志音も動いた。

 全力で走ったさ。


 昇降口へ向かって……。文字通り脱兎のごとく。


 さて、世の中には『二兎を追う者は一兎をも得ず』ということわざがあるわけだが、もしも追う者が二人で、追われる兎が一羽の場合どうなるだろうか。

 勿論、その瞬間は志音も二人から追われるとは思っていなかった。精々、結歌の視界に入ったら『追われるかもしれない』といったところだろう。

 結歌自身が、理事長の言う『使える者』という枠に志音を当てはめない可能性も大いにある。ことアリシアに限っていえば、そもそも志音を選ぶ理由がない。

 志音の知るだけでも、使える生徒は他にいくらでもいるのだから。


 だが、志音は走った。

 最悪の事態……結歌から追われる未来を万が一にも回避するために。


 結果、昇降口に笑顔で立つ二人。

 志音のミスは2つ。

 1つは、結歌は初めから全力で志音を捕獲する気で動いていた事。

 もう1つは……。


「私も夕凪くんを指名しちゃいますねぇ〜♪」


 アリシアも結歌同様に、志音を狙っていたという事だ。


 では、先程の問答。一兎を追う二人はどうなるか……。

 答え……当然確保。逃げられる訳がなかった。



 抵抗虚しく、現状にいたる。


 しかも、二人で同じ生徒を指名してしまったため、予定の四名に足りていない。

 仕方がないので、途中で拾った根暗後輩も道連れにする事にした。


「…………はぁ……」

「……先輩、何故私まで巻き込まれているのでしょうか? 確かに、先輩方は尊敬していますが……私が巻き込まれる要因が、いまいち察しかねます」

「……人数合わせ……もとい、オレからの指名だ……」

「………………そ、そうですか……。つまり、先輩は……私が使える生徒だと……」

「他よりはな」


 何故か表情を変えないくせに、両手で小さくガッツポーズをしていたリアーナ。

 もちろん、志音にそんな些細なしぐさを気にする余裕などあるはずもなく……、右腕を結歌に掴まれ、左腕をアリシアに抱かれるという……、殺気立つ男子の火に油を注ぐ奇妙な体勢で、理事長室へと連行されていった。


 ………。



「さて、お前達二人を呼び出したのは他でもない。ある重要な案件を頼みたくてな」

「面子を見ればそれくらいわかる。さっさと内容を吐け」

「……はぁ。お前は呼んでないんだが……」

「文句があるなら、そこのバカ二人に言え。オレだって報酬のない依頼なんざ受ける気はない」

「断ればいいだろう」

「出来てりゃしてる」


 創正は二人と志音を見比べ、小さく鼻で笑った。


「まぁいい。お前達に頼みたい案件は、とある重要人物の護衛だ。今から一時間後、ルーデ港に到着する予定の少女をこの部屋まで連れてきて欲しい。他にも、三日後に城で行われる舞踏会の客が、数組同行しているらしいが、ソイツ等は無視でかまわん。絡まれたらオレの名前でも出しておけ」


 三日後の舞踏会。

 毎年、この日に行われる式祭らしく。曰く、かつての大戦の終戦記念日だとか。

 世界中から厳選された高級料理や楽団なんかも来るようで、世界中の有名人なんかもこの島に訪れている。

 一般人の城内参加は当然タブーだが、場外でも出店が出たり、派手な飾りつけをしていたりと、新春早々、浮わついた空気で満ちてたりしている。

 城内参加者は前もって招待状が届くとかで、結歌もその招待状は受け取ったと前に話していた。

 アリシアも華やかで気品ある見た目通り相当なお嬢様らしいので、招待状が届いている事だろう。

 逆に言うと、そんな大祭ともなれば、暗殺や誘拐などの事件の危険性も高くなる。

 創正が護衛を結歌やアリシアに頼むほどの人間ともなれば、きっと志音の想像もつかないような重要人物なのだろう。

 怪我などさせようものなら、比喩抜きで物理的に首が飛ぶかもしれない。


 ちなみに、創正はこの学園の理事以外にも、色々手を出しているようで……、各国の大統領クラス相手に頭を下げさせるだけの権力を有していたりする。

 要するに、護衛相手は大統領クラス以上という事になる。


「……おい。いくらこの二人が十分な実力者だとしても、ソレは学生程度に押し付けていい仕事じゃない気がするんだが……。怪我させたくなけりゃ、城の方から騎士でも出せばいいだろ……」

「話は最後まで聞け。お前達に頼んだのはソイツの要望だ。歳がお前達と近くてな、お忍びで祭日までの三日間をここで学生として面倒みる事になる」

「……正気か?」

「同感だ。……コッチの迷惑も考えて欲しいものだが、アイツにはソレを言っても無駄だ。……クレームがあるなら直接会って言え。名前はアリスだ。要点は以上、理解したならさっさと行け」


 言うだけ言って机上の書類に目を落とす創正。

 これ以上無駄な会話をする気はない……という意思表示だろう。


「ふむ、歳の近い女性ね……」

「でしたら仲良くなれそうですねぇ〜♪ 名前もお姫様みたいでかわいいですしぃ」


 そしてこの二人は事の重大さを理解していないのか、はたまた自分達と似たような立場だと誤解しているのか、あわてる様子もなく、むしろその人物との邂逅を楽しみにしている様子。


 この学園は戦闘を推奨する騎士養成学園だ。

 たかだか三日間とはいえ、こんな戦闘バカどもの巣窟に無力なお姫様が通おうものなら、怪我どころじゃすまないのは目に見えて明らかだ。

 どうにか説得して諦めさせるか、出来るだけ目立った行動を控えさせるなりしなければならない。


「……どうすんだよ……」

「……、先輩」

「なんだ?」

「取り合えず、さっさと合流しないと……その方、港に放置することに――」

「さっさと行くぞ!」




     ◇◇◇




 波風がかおる港。

 入り乱れる多数の他人を憂鬱に眺め、少女はただ一人楽しげに笑う。

 憂鬱なのに笑う。

 自分でもあまりよくわかっていない感情に、少女はまた笑みを溢す。


 背中をくすぐる黒髪が波風になびく。着なれぬ真っ白のワンピースと麦わら帽子。

 勝ち気な瞳や無邪気な容姿は、大人にはない少年のようなあどけなさが残る。だが、膨らみかけた胸や透き通るような肌、ふとした時に垣間見せる仕草が、少女を女性たらしめていた。


 高貴ではない。

 妖艶でもない。

 だが、少女には何か他人の視線を引き寄せるものがあった。


「なぁあの子、旅行者か観光客かな? すげぇ可愛かったんだけど」

「あぁ、あのワンピースの子か? ずいぶんと前からずっとあそこに立って誰かを待ってるみたいなんだよな」

「まさかのナンパ待ち?」

「だとすりゃ、声かけねぇ方が失礼だよな」


 男性二人の下卑た視線に少女も気付いた。

 近付いてくる男性達を相手に、少女は少し考える。

 叫んで助けを呼べば目立つ。当然だが、それでは「お忍び」で来た意味がなくなってしまうだろう。

 そもそも少女は誰かに助けを求める事があまり好きではない。


「ねぇねぇお嬢さん」

「もしかして今一人だったりする?」


 少女は考える。

 この下心丸出しで話し掛けてきた男性二人を、はたしてどうしようか?

 言い方を変えるなら、少女にはこの二人をどうとでも出来る自信が、あるいは自負があった。

 だが、それでは楽しくない。


「見かけない顔だけど、もしかして観光客かな?」

「なんならオレたちで道案内とかしようか? オレらこの島に来て長いから、どこでも連れていってあげるよ〜」

「お嬢さん可愛いし、なんなら色々サービスしちゃったりするぜ!」


 考えている間に、男性達はすでに少女に触れられる距離まで近付いてしまった。

 一人は二十代中盤辺りだろうか、体長二メートルはあろうかという膨れ上がった筋肉と腕に描かれたタトゥーが印象的な大男。

 もう一人は一人目よりはかなり細身だが、派手な服装と染め上げた金髪が目立つ、世に言うチャラ男と呼ばれる人種をそのまま体現したような男だ。歳は大男よりも若い。

 そんな二人が少女一人を囲むように迫る。

 背には海。残念なことに逃げ場はないらしい。


「オレらさ、ここらじゃけっこう有名でさ、『宵闇の死神』って聞いたことあったりする?」

「あれ、実はオレらなんだよね〜。この島で知らない奴はいないってやつ♪」

「そんなオレらに誘われるって、実はチョー光栄な事だってわけよ♪」

「ほら、ちょっと遊ぶだけでお嬢さんも有名人になれるんだよ♪ 断る選択肢はないっしょ」

「……へぇ〜、お兄さん達そんなに有名人なんだ?」


 ここで初めて、少女は口を開いた。

 興味のある単語が男性達の口から出てきたからだ。


 ……『宵闇の死神』。


 その名は少女も知らない。

 だが、この島では相当な有名人なのは確からしく、その名が出た瞬間から……道行く人々が誰一人としてコチラに近付こうとしないのだ。むしろ、意識して遠ざかろうとする者ばかり……。

 それだけ、恐れられる名なのか……。少なくとも島内では知らぬ者はいないのだろう。


 そして、少女は同時に落胆した。


 『この程度』の人間が有名になる程度の島なのか……と。



「じゃあ、お兄さん達がこの島で一番強いのかな?」

「そりゃ当然っしょ。オレらいまだに負けなしだし!」

「学園に通ってる夕凪って生徒が有名らしいが、所詮はガキだしな。まぁ、オレら大人だから? 手え出すような大人げねぇマネはしねぇけど?」

「そっか、じゃあ――――」


 少女は少し辺りを見渡し、無邪気な満面の笑みを浮かべた。

 それは男性二人が見とれてしまうほど、可愛らしい……まるで花が咲いたような笑顔。

 そして、続く言葉は……。


「証明して見せてよ♪」

「「…………へ?」」


 少女の言葉を理解する間もなく、無情な刃が男達の首筋にあてがわれる。

 比喩ではなく、物理的に……。


「……よぅ、呼んだかよ……おっさん」

「「っ!!」」


 濃密な殺気を孕んだ言葉が、男性達の背後から語られる。

 一瞬前には存在しなかった筈の少年が、西洋剣を男性達に突き付けていたのだ。

 剣に峰はない。

 叩き付けが基本の西洋剣とはいえ、両刃の剣だ。少年が少し手を動かすだけで、人の首の動脈程度なら簡単に切れる。


 男性二人の命は、実質少年の手のひらの上である。

 これではどちらが『死神』かわかったものではない。


「……悪いな。ソイツはオレのツレなんだ……。大人しく手を引いてくれると…………死人が出ずに済むんだけどな……」


 少年は……笑う。

 少女の見せた笑顔とは真逆の、卑屈に歪み殺意を帯びた……殺戮者の笑み。

 『殺す者』の笑みだった。


「お、おいおい、こんな往来のど真ん中で、そんな物騒なもん――」

「誰が口を開けって言った?」

「ひっ!」

「……最近の大人は言葉にしないと理解できないのか……?」


 少年は男達の耳元にそっと近付き、囁くように続ける。

 微かな声量に対し、さきほど以上に濃密な、殺意をこめて……。


「……命が惜しいなら……、黙って失せろ……」


 極度の緊張による失禁、発汗、そして意識の消失……。

 一人が倒れればもう一人も恐怖する。

 少年の無慈悲な瞳が男と交わった瞬間……。


「……ぎ、ぎぁああああああっ!!」


 気を失った仲間を無視し、己可愛さに逃げ出してしまった。


 それからは早かった。

 大事になる前に少年は少女の腕をつかんで人混みの中へと逃げ出した。

 残ったのはいつも通りの喧騒と、泡を吹いて倒れた男が一人。


 少年に引かれる腕を少女はただ見つめ、口元に小さな笑みをこぼす。

 少女は悟った。

 きっとこれから、楽しくなるのだと……。




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