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『英雄』を狩る者  作者: オーエン
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三話(4)



 しかもリアーナの影であると同時に、やはりソレは自分の影なのだ。

 地に足を付いている限り、どれだけ逃げようと付いて回る、唯一無二の存在。

 自身が光源でないか、空中に浮くことが出来ない限り、離れることはない。


「……参ったな。普通に手詰まりだ。オレの負けだよ」


 このまま凶刃に襲われたならば、志音に防ぐ術はない。


「他にもバリエーションはありますが……、戦闘で使い慣れてるのは、このくらいでしょうか」

「十分だ……」


 十分すぎるほどに……。

 ここまでの実力があり、戦闘で発揮する術も熟知している。物影のない直方体状の室内でもこれなのだ、影の多い自然界での戦闘ならば更に戦いやすい筈だ。

 志音が過去に戦闘を行った猛者の中でも、十分最強クラスに匹敵するだろう。


「…………疲れた」

「そりゃ、こんだけ派手に《魔法》を使用すれば、《マナ》がいくらあっても足りないだろうさ」

「……」

「ところで何だが……」

「……?」

「コレ、早く解いてくれないか? 締め付けも強いし、動けないしで……正直苦しいんだが……」

「…………」


 志音の影の長さ。

 それが、今の志音とリアーナとの距離だ。

 身長差もあり、黒いリボンに拘束された志音をリアーナが見上げる形で、お互いに見つめ合う。

 拘束の解除を促す志音を、リアーナは無感情な瞳で見上げ、……ただただジッと見つめる。


「…………」

「あの……まだか?」

「…………」

「……おーい……」


 返事がない。ただのマネキンのようだ。

 そんなテロップが出そうな光景で、数秒の沈黙後やっとリアーナが動き出した。

 だがその動きは明らかに、拘束を解こうというものではなく、息もかかるような距離まで近付き……リアーナは何を思ったのか、その華奢な右手で恐る恐るという風に、志音の胸に触れた。

 何かを確かめるように、ゆっくりと、さわさわとまさぐる。空いた左手も志音の肩や腕、手の甲などを順に触れていく。


「何をしたいのか全く理解できないんだが、正直くすぐったいんで止めてくれると助かる」

「…………」

「オレの話、聞いてくれないか」

「……今、主導権は……こっち」

「確かにそうかも知れないが……」

「……。やっぱり、男性……なんですね」

「そりゃ、この見た目で女に間違われる事はねえよ。正真正銘、オレは男だ。何と勘違いしてたんだ?」

「そういう意味ではありません。……全体的に、ゴツゴツしてます。それに、大きな手……」


 触れる内にリアーナの顔がドンドンと紅潮していく。

 志音も志音で、くすぐったさと同時に、言い様のない感情の昂りを無意識に押し込める。

 だがやはり、少女には気付かれてしまう。

 平然を装う見た目とは裏腹に、自然とはね上がる心拍音が……過敏なリアーナの鼓膜を震わせる。


「……」


 そして、満足したのか……リアーナはそっと志音の影から足を踏み出す。

 少女の離れるのと同時に、闇色の拘束はアッサリと消失する。


「…………」

「……なんだよ」

「……い、いえ……なんでも……」


 自由になった解放感と同時に、気まずさと言葉にならぬ感情を残して、志音は視線をそらした。

 リアーナも同じように、視線を下げ……先程まで志音の身体に触れていた両手を、じっと見つめ続ける。

 初めて触れた男性の身体の感触を忘れないように……。


「そういえば、他にもバリエーションはあるって言ってたな!」


 気まずさを紛らわす為に話題を変える。

 先程、少女の放った言葉を咄嗟に思い出し質問する。

 もしリアーナが気付いていないだけで、戦闘に役立つ能力があるのならば、戦闘向きに昇華させられるかもしれない。


 勿論、ソレはただの言い訳で、志音の本音は……早くこの気まずい雰囲気を何とかしたい。というものだ。


「……はい」

「全部とは言わねえが、見せてくれ。戦闘に使える奴もあるかも知れねぇし」

「そうですね」


 まずはと言うように、リアーナはその場にしゃがみこみ、自分の影に両手で触れる。

 両手は影に触れると同時に、過去に志音が経験した時と同じく、影に波紋を残しながらゆっくりと黒の中へ吸い込まれていく。

 そしてまさぐる事数秒。影から引き抜かれた手に掴まれていた物は…………可愛らしい純白のショーツ。


「……ばーん」

「…………」

「…………あ、違った」

「違うのかよっ!?」


 何か秘密があるのかと、注意深く観察していた志音が吠える。

 「ばーん」なんて言うものだから、その女性ものの下着をしっかりと目に焼き付けてしまった志音。

 言ってしまえばただの布切れなのだが、やはり男子に生まれてしまった以上は意識してしまうのはしょうがない。


 そんな事など気付かずか、はたまた気付いていて気に止めていないのか、手に持ったソレをポイッと投げ捨て、またまた影に手を突っ込む少女。


「……えっと……、違う、コレも違う」


 続いて出てきたのはセットのニーハイソックス、カッターシャツ、……一部の熱狂的な方々を大変喜ばせてしまうコンボ。

 ちなみに志音も嫌いではない……。


「……ごほん」


 実に嫌いではない。

 ポイポイと投げ捨てられる布地を、目で追ったりなんかしていない。さらには、ソレをリアーナが着用している姿など想像する筈がない。

 ドロワーズ(通称、カボチャパンツ)や、青と白のストライプ(通称、縞パン)なども出てくるが、志音は意識したりなどしない。

 顔も熱くないし、心拍数も上がったりしていない……筈だ。


「…………先輩」

「は、はいっ!! どうかしましたか!?」


 突然話し掛けられ、後輩だというのに何故か志音は敬語で返してしまう。

 リアーナは視線もそのままに、手も止めずに続ける。


「先程から、心音がうるさいのですが……、耳障りなので止めてくれませんか?」

「……お前はオレに死ねと?」

「静かにしていただければ文句を言うつもりはありませんが……」

「そう言うならせめて、無防備に服を投げ散らかすのを止めてくれないか。……異性として言わせて貰うが……非常に目の毒だ」

「あとでちゃんと片付けます」

「お前なぁ……」


 そして待つこと三分。

 やっと目的の物を見付けたのか、ソレを掴んだ手を高らかに挙げる。


「じゃーん」


 閃光弾


「布ですらないだと!? いやまぁ、影の《魔法》なんだから、強い光源ほど使い勝手のいい奥の手はない……っつーのは理解できるんだが……」

「……何か不満でも?」

「モノはいいんだが、場所と収納状態に些か問題があるんじゃないか……? 少なくとも、服と一緒に持ち歩くもんでもねぇだろ……」

「奥の手の一つです。……普段から身に付けていたら不自然です」


 意義があると言いたげに、リアーナは視線だけで志音を見上げ……その視線が、ある一点に疑問を抱く。


「……先輩、一つ疑問なのですが……」

「んだよ」

「その……背中の剣、普段から持ち歩く必要があるのですか? シミュレーターの『英雄』を相手にしていた時は仕方ないにしても、……普段先輩でしたら使っていませんよね? 隠したいなら持ち歩かず、何処かへ置いておくべきでは?」


 目立ちたくないと言うならば、「目立つモノ」を持ち歩くべきではない。

 リアーナの意見は正論だが、だが志音は考える素振りもなく……ただ、何を言っているんだ?とでも言いたげな目で返す。

 まるで常識を疑うように……


「お前は「もしも」が百パーセント起きないと断言できるのか?」

「……?」

「例えば、もしもオレが高値の賞金首にされていて、凄腕の殺し屋複数に狙われていたら? もしも突然変異を起こした《魔獣》達が群で住民区を襲ってきたら? もしも戦績高ランクが、最強『結歌』の身内であるオレを人質にしようとしたら?」

「……自意識過剰では?」

「かもな……。だが、可能性はゼロじゃないだろ?」


 嘘ではない。

 唐突な暴力に対し、最大限の準備を整えておく。強者や化物の供だって存在するこの都市では、ただでさえ危険が多い。それこそ、志音の挙げた「もしも」なんてものは最たる例だ。

 だが、『その程度』の事態ならば……確かに、志音がこの英雄剣を掴む理由にはなりえない。


 志音に正義感なんてものは存在しない。


 強者に襲われたならば、迷わず降伏する。

 化物が襲ってきたなら、処理を強者に押し付け逃げる。

 賞金を掛けられたならば…………まぁ、何とかしよう。


 剣を持ち歩く本当の理由。

 『いつ現れるかわからない《本当の持ち主》に、ちゃんと返すため』。

 コレは志音のモノじゃない。


「…………」

「音で真意を探ろうとするの止めてくれないか?」

「……先輩は平然と嘘を吐くので……」

「否定はしないが、大抵はそんなやつばっかだろ……。お前も一々オレの言葉を真に受けんなよ」

「…………」


 一瞬、哀しそうな表情を浮かべるリアーナ。

 『嘘を見破る事が出来る』という能力は、裏を返せば『事実のみを知る』事に他ならない。

 大抵の真実なんてものは、得てして『残酷なもの』ばかりだ。

 知りたくもない事を、知らされる残酷さ……。『信じていたかった言葉』が嘘だったという真実。

 志音もなんとなくは察していた。

 リアーナは志音が想像するより遥かに、甘い現実から裏切られ続けてきたのだろう。


 生きていく上では、けっして便利とは言えない能力だ。


「騙されてのうのうと生きてる奴よりはマシなんじゃないか……」

「……時には……」

「……」

「時には……、気付かない方がマシな嘘も、あります。……私から言わせて頂けるなら……騙されていられる方が辛くない……です。……羨ましい」


 少女の切なる願い。

 きっと少女以外には到達し得ない、一つの残酷な真実。


「…………くだらねえ」


 志音の出した『本音』。

 少女に反応はないが、それすらもくだらないと一蹴する。


「聞きたくなけりゃ聞かなきゃいい。嘘が怖いなら深い関わりを持たなきゃいい。ソレが出来ないなら文通でもしてろ」

「……正論です」

「そういえば……、お前の影、ぶっちゃけどのくらいの物までなら収納できるんだ? そこに散らかってる衣類以外にも色々入ってるんだろ?」

「……そうですね……」


 志音のちょっとした好奇心に、少女は少し考え込むような素振りを見せ、また自分の影に触れる。

 唸りながら影の中をまさぐると、痺れを切らしたように、今度は頭から強引に影に突っ込んでいき、一気に上半身まで影に埋まってしまった。

 志音から見た状態だと、影から下半身が生えてるような奇妙な絵になっている。


 リアーナがスカートの下にスパッツをはかない子だったなら、ショーツが丸見えになっているような絵面だ。

 スパッツでも十分ホラーだが……。


 数秒後、影から抜け出したリアーナは一言。


「真っ暗でわかりません」

「……そうか」

「ですが、私の私物は問題なく収納出来ているので、……四次元ポ●ット状態かと」

「マジか!」

「引っ越しも、身一つで楽でした」

「《影魔法》最高じゃん! なんか普通に羨ましいぞ!」

「…………えっへん」


 まっ平らな胸を張るだけはある。

 能力をまとめると……

 一、影で武器を形成。

 二、影から物体を生成し、敵の妨害も可能。

 三、影が繋がっていれば、自分の影として使用可能。

 四、影に潜る事も可能。

 そして五、四次元ポ●ット並の収納スペースで移動が可能。


 ……チートじゃね?

 結歌やアリシアも大概ではあるが、リアーナも鍛えぬけば……あるいはあの二人を越えるだけのポテンシャルを十分に備えている。


 能力は十分過ぎるほど『暗殺者』向きだが、それも鍛え方や戦法にも寄る。


「……結歌のやつ、また面倒そうなのを押し付けてきやがったな……」

「……?」

「よし、長所の把握は出来た。影が少ない場所での対処法もちゃんと用意できてるし……。本格的に特訓の必要性を見失ってるんだが……、お前自身、自分に足りないものは何だと思う? 欠点とかないのか?」

「……先輩、ソレを私に聞くのですか? 普通は戦った先輩が、「こうしたほうがいい」……とか、アドバイスするものでは……ないですか?」

「確かに動きに無駄がないって言えば嘘になるが、今さら変えろって言って簡単に変えられるもんでもないだろ……。そんな無駄な事に時間を使ってる暇があったら、お前自身の感じる『弱み』を補った方が、勝率は遥かに上がると思うが?」

「…………先輩に正論で返されると、何故か非常にストレスが溜まります」

「随分と理不尽な体質してるな」

「私の『弱み』……ですか。…………能力は万能ですが、基礎たる私自身のステータスが……《魔法》に追い付いていない……ってところでしょうか。基礎体力も基礎魔力も平均以下なので、すぐにバテてしまいます」

「……あぁ、やっぱり?」

「…………」


 無言で睨まれた。

 だが事実なのだからしょうがない。

 基礎魔力は《魔法》の出力を抑えたり、使用頻度を減らせばいくらか融通は利く。実際、リアーナ本人はあまり自覚していないようだが、《マナ》の量自体は他と比べてもかなり多い方だ。それこそ、数百数千の銀槍を難なく操るアリシアにも匹敵するレベル。

 だが、《影魔法》の燃費がかなり悪いせいで多発は出来ない。強度、威力はかなりのものだが、元が非個体で……《魔法》で無理矢理物質化させている。《魔法》の維持だけでもそうとう量の《マナ》を消費するはずだ。


 だからこそ、その解決策は『使用頻度の削減、《魔法》出力の削減』で十分だ。


 だが問題なのは基礎体力の方。


「……こればかりは、運動しろ。としか言えないんだが……」

「…………」

「目を反らすな」

「……瞬間的な筋力でしたら、多少は自信が……」

「続かなきゃ意味がないだろ。お前が重点的に鍛えるのは、腕力と持久力だ」

「女の子に腕力は……」

「結歌は魔術強化なしで、鉄製の机を一瞬で爆散させたぞ?」

「持久力……」

「結歌は魔術強化なしで、男子陸上部主将に圧勝してたが?」

「…………あれはバグ」

「異論はないが……、その「あれ」に勝ちたいと吠えたのはお前だろう?」

「…………」

「安心しろ、あのレベルまで行けとは言わん、精々平均くらいは越えろってとこだ。あとはある程度《魔法》とその《耳》でやれると思う」

「……むぅ」


 今後の活動方針が決まったところで、狙いすましたようなに、午後のカリキュラムが始まる五分前を告げる鐘が校舎内に響き渡る。


「ちょうどいいし、今回はここまでな。続きは放課後にまたココに集合……わかってると思うが、他言はするなよ……」

「当然です。……先輩と同類だと思われるのは、例え誤解だとしても、一生ものの恥ですから」

「……ったく」




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