三話(3)
物語には始まりがあり、いずれ終わりが来る。
その終わりを見る時、小説の最終巻を読む時、志音はハッピーエンドやバッドエンドなどの終結に一喜一憂する反面、もう「終わってしまう」という現実に、「続かない」という当然の事実に一抹の寂しさを感じずにはいられなかった。
だが、終わらずにダラダラと続く物にも苛立ちを覚えてしまう。
人には必ずある矛盾。
そして、始まりと終わりがあるのはなにも創作物に限った話ではない。
生き物にも当然、生誕という始まりと、死という終わりがある。
とある人間はこう言ったらしい。『価値ある生とは、死ぬまでに何を成し遂げ、死後の世に何を残すか』であると。
在り来たりだが、志音はその言葉に異を唱える気はなかった。むしろ、そうあって欲しいと……常日頃から思い続けているほどだ。
そして……
「……夕凪先輩」
「……。なんだ? 後輩」
「いえ、なんだではなく……。特訓を」
「あぁ、始めてくれて構わないぞ?」
「そうではなく、特訓メニューは?」
そう告げるリアーナは、何かを期待するように志音を見上げる。
志音達が今いるのは先日、志音が作り物の『英雄(笑)』を瞬殺した《演習場》の一室。
昼休みの時間を利用し特訓するために前もって申請し、許可を得た上で集まった。
環境調整や空想の対戦相手を作り出せる便利な機能があるため、ちょうどいい、と間借りしたのだ。
そして、その中央に立つリアーナと、部屋の角で自作の弁当を広げる志音。というのが今の状況である。
「いや、そのくらい自分で考えろよ」
「特訓をつけてくださる約束だったはずです!」
「……はぁ? 何を言ってんだお前は……。オレはお前の特訓とやらに『付き合う』だけだ。誰も鍛えてやるなんて言った覚えはない」
「……話が違います」
「大体、必敗無勝のオレに何を教わる事がある? 弱い奴に教わって強くなれんのか?」
「先輩は強いです。今更……謙遜なんてしないでください!」
志音を強いと言い切るリアーナに、志音は困ってしまう。
照れているとかではない。
先ほどの言葉も嘘や謙遜などではなく、ただの『事実』だ。
志音は強くない。
「なぁ、一つ聞きたいんだが……、お前の言う『強さ』ってのは何だ?」
「……強さですか?」
まるで師が弟子を諭すような台詞に聞こえたかもしれないが、志音にはただの疑問でしかない。
突然の質問に、リアーナは少し考え……言葉を続ける。
「……どんな理不尽にも、負けない力……でしょうか」
「そんな力をオレが持っているように見えるか?」
「…………ふむ」
「この学園に通ってると、『強さ』って言葉をよく聞くんだが、オレにはどうも理解できなくてな……。強くなりたいって具体的にどうなりたいんだ?」
箸で摘まんでいた玉子焼きを一口で頬張り、箸でビシッとリアーナを差す。
「腕っぷしを鍛えたいなら筋トレでもしてろ。技を身に付けたいなら、技を持ってる奴から見て奪え。精神を鍛えたいなら滝行か座禅でも十分だ。違うか?」
「……いえ」
「この学園で名を上げたきゃ試合に勝てばいい。力を誇示したいだけなら、オレじゃなくもっとランクが上の奴に教わるべきだ。情報が欲しけりゃエイラに聞け。おれより確かな情報を持ってる」
「…………」
「ソレを踏まえた上で聞かせろ。お前はどうなりたいんだ? ただ薄ぼんやりと『強くなりたい』ってだけなら、やるだけ無駄だぞ?」
リアーナは止まる。
「で、でも……あの時の先輩は、すごく……強くて……」
「犬を数匹殺しただけだろ? 殺すことに馴れてりゃ誰でも出来る」
「……」
今度こそ言葉を返せない。
リアーナの特異性が、志音の言葉に偽りはないと雄弁に告げていたのだ。
「一撃で殺せば強いも弱いも関係ない。なんせ、それで終わりなんだ。だが正式な試合形式の『おままごと』じゃ、殺しは『反則』で負けだ。殺し以外に能のないオレじゃ、これからも勝ちはないだろうさ」
「……っ」
「んで? オレから何を教わりたいって? まさか誰か……殺したい奴でもいんの?」
この世界じゃ、志音は『悪人』だ。
殺しは罪であり正義じゃない。
悪人を殺したところで正当化されるような生易しい行為じゃないのだ。
その罪を、その業を、その苦しみを、リアーナが望んで教わりたいと吐いたならば、……志音は迷わず腰の西洋剣を抜き、その華奢な首を寸分違わず両断するだろう。
殺すことに対し、志音に情はない。
髪に隠れた瞳が揺れる。その目はまっすぐに志音を見ているようで、焦点が曖昧だ。
少女は迷い、言葉を探す。
「会長が言うには……勝ちたければ、先輩に教われと……」
「そりゃ、一撃で息の根を止めりゃ、試合はともかく勝負では勝てるだろうさ。……てか、お前って結歌を殺したいほど恨んでんの?」
「……そういう、わけじゃ」
「アイツが気に食わないってんなら仕方ないだろうが、殺すのは勘弁してやってくれよ。アレでも一応身内なんだ……。家族に死なれちゃ寝覚めも悪い」
「恨んでは……いません。会長は越えるべき壁……といいますか、目標……です」
「そうか。なら尚更、オレが教えるのは違うな」
リアーナの視線がだんだんと下がっていく。
黙し、俯き、迷う。
自信の本当に求めるものは何かと。自信が力を欲した理由は何だったかと……。記憶を手繰るように、目を閉じる。
「……わかりません」
自然と少女の口から零れた答え。
目的も切っ掛けもわからない。だが強くなりたい。
子供が駄々をごねるのと、なんら変わりのないただの我儘。
「そうか」
「…………先輩は……」
「ん?」
「……先輩は、どうして……その生き方に辿り着いたんですか?」
「……そんなの、『殺したい奴がいるから』に決まってるだろ? あとはまぁ……生きるためにやむおえず……かな」
嘘はない。
「あっ、でも別に復讐心とか恨み憎しみが理由で、訳じゃねえぞ? そこは勘違いすんな♪」
これも嘘ではない。
目を閉じた少女には、志音の言葉を理解することが出来ない。
視覚を断った事で多少敏感になったリアーナの聴覚は、志音の言葉が真実であると告げている。
負の感情を抱いてる訳でもない相手を、志音は本気で殺したいと願っているのだ。
「さてと……」
弁当を空にし、手を合わせた志音は、そのまま軽く体を伸ばす。
固まった関節がパキパキと小気味な音をたてる。
「飯も食い終わったし、そろそろ始めるか」
その場に立ち上がる。
目を見開いたリアーナの目の前では、これから運動でも始めるかのように体を解す志音の姿。
疑問は増える一方。
そんなリアーナを見かねてか、志音は後頭部をポリポリかきながら苦笑気味に告げる。
「「何を?」って言いたげな顔すんなよ……。最初から言ってただろ? お前の特訓に付き合うって。オレから教えるんじゃなくて、お前が自主的に特訓するなら、オレも付き合ってやる」
「……ですが、特訓する理由が……」
「んなもんはやった後に考えりゃいい。オレなんかの言葉を一々真に受けんなよ……。他の奴らだって、明確な理由を持ってる奴の方が珍しいくらいだ。ぽっと出の新入りがウジウジ悩む課題じゃねえさ」
志音は無邪気な笑みで続ける。
「一応期限付きとはいえ、付き合うと言ったからには責任は持つ。効率の有無は期待されても困るが……、特訓中くらいは一緒にいてやるよ」
「…………」
志音の言葉に嘘はない。
無意識に放ったのであろう「一緒にいる」という言葉に、微塵も嘘の雑音はない。
自然と少女の頬が熱を帯びていく。少女自信にも理解の及ばない感情と共に、少女の胸が熱くなっていく。
「……? なんか顔が赤い気がするが、もしかして怒ってるのか?」
「…………そうかもしれませんね。こちらの期待を裏切っておきながら、「約束通り始める」なんて戯れ言を言われたんです。……先輩はあの有名な『ツンデレ』と呼ばれる人種なのですか? 男性のツンデレは気持ち悪いので、あまり近付かないで欲しいのですが……」
「はいはい、悪かったな……。もうツンデレでも何でもいいから、さっさと始めるぞ……。時間も限られてるんだ」
言うが早いか、志音は腰の西洋剣を抜き、リアーナへ向け水平に構える。
気の抜けた雰囲気を一転させ、鋭く緊張の糸をピンと張りつめる。
「まずは小手調べだ。お前の戦闘スタイルを知らなけりゃ、鍛えようがない。別に本気を出せとは言わないが、強くなりたいなら出し惜しみはするなよ……」
「……当然です」
リアーナの右手が真横に伸びる。すると、まるで地面から生えてくるように、……リアーナの身の丈を軽く越える超大な漆黒の戦斧が、その華奢な手に握られる。
光すら返さぬ、真っ黒な大斧。炭とも黒曜石とも違う漆黒。柄も刃も装飾も黒。まるで……影をそのまま切り取ったかのように……。
ただでさえ、リアーナ自身の身長が同学年女子の平均よりもかなり下という、志音の胸の高さにさえ届くかどうかという体躯なのに対し、その手に握られた二メートルは軽く越える大斧……という姿は、明らかに異質だ。
筋骨隆々の大男でも、易々とは使いこなすことは出来ないようなモノを、とてもではないが……リアーナのような非力そうな少女に扱えるとは到底思えない。
「……まさか、それ使うのか? てか、使えんのかっ!?」
「…………」
志音の当然の疑問に対し、リアーナは言葉ではなく……行動で証明してみせた。
戦斧を掴んだまま、軽々と志音との間にあった数メートルの距離を詰める。
そしてそれだけに留まらず、近付いた勢いのままに、漆黒の戦斧を横一文字に一閃する。
志音の反応できない速度ではないが、超重な見た目に反した速度で襲いくる。
片手で持てるような手頃な手斧ならば問題のない攻撃だが、二メートルを越す程までとなると……破壊力が増す分、動きが単純化するのがセオリーだ。
普通ならば、その膨大な重量を利用した振り下ろしが妥当だ。いくら筋力を《魔法》で強化したとしても、『片手で横凪ぎ』など出来るはずがない。剣を扱うのとは訳が違う。
ならば、前提が違うのではないか?
見た目に反し、武器自体はそれほど重たくないとか?
まるで発泡スチロールで出来たオモチャのように、見た目だけで破壊力は皆無なんじゃないか?
そう結論付けた志音は、体の横で剣を構え、剣の腹で迎え撃つように、咄嗟に防御体制をとる。
だが、結果は志音の予想を簡単に裏切ってみせた。
突如襲いくる、巨人に横殴りにされたかのような異常な衝撃。
志音の身体は軽々と宙を舞い、無機質な壁に叩き付けられる。
(……まじかよ)
たったいま志音の感じた衝撃は、見た目相応かそれ以上の破壊力だった。
嘗めてかかっていた訳ではないが、油断していた。
志音の目の前に立つ少女は、学年内では首席と判断されている程の実力者なのだ。
弱いはずがない。
少女は止まらない。
自身の作り出した距離を瞬く間に詰め、凶斧をふるう。
上段からの振り下ろし、下段からの切り上げ、横凪ぎの一閃、息もつかさぬ『破壊の連撃』に、いまだにギリギリ原形を止めた剣で防ぐ。
だが、今度は真正面から受けきることはしない。
一閃の力に逆らわず、避けれるものは紙一重で避けきり、どうしても避けようのない一撃は剣で撫でるように、軌道をそらす。
大振りに関わらずまるで隙のない高速の連撃に、志音は焦ることなく冷静に対処する。
一撃をふるう度に、一閃をいなす度に、志音の表情に……行動に余裕が生まれていく。
「それ、重くないのか?」
疑問を口に出来る程に……。
手応えのない連撃に業を煮やしたのか、リアーナは一度攻撃の手を止め、後方への跳躍で十分な距離をとる。
「…………」
「ちょっとした疑問だよ……」
「……この武器は私の影で出来ています。《魔法》で影を象り、大斧を模倣しているに過ぎません。元々、影に物質的質量は存在しない。……ですから、私からすれば羽を持つより軽い……と言っておきます」
影を操る《魔法》。
志音も先日、偶然目撃したが、リアーナの言うほど単純で簡単な事ではない。
非物質を物質化し武器とする。アリシアが使う銀槍はソレにあたる。《マナ》を銀という物理的な干渉を可能とする物質に変える。コレも高等魔術ではあるが《魔法》理論上は可能な域だ。
だが、リアーナの使う影は、非物質を『非物質のまま』武器にしているのだ。
物理的な干渉を可能としない影を、物体として確立し、武力として使用できてしまっている。
もしも、リアーナに今以上の演算能力や創造力があったとしたならば、変幻自在の武器として最強の《暗殺者》になれることだろう。
「末恐ろしいな……」
「……会長には、通用しませんでしたが……」
「……あぁー……、アイツは色々規格外だから、負けたからって落ち込むことはないと思うぞ?」
「……規格外?」
「お前って格闘対戦ゲームとかやったりするか?」
「……いえ、知識はありますが……やった経験はありません」
「その格ゲーでいうチートキャラ。基本性能が他とは比べ物にならない最強キャラと同じだ。……しかも、傲慢でもなければ、怠惰でもない。強くなることをやめない分さらに厄介だ」
成長するバグキャラ。
学園内最強で、生徒達の長で、さらに自身の姉でもある結歌を、その一言で片付けてしまう志音。
実際に結歌と手合わせした経験のあるリアーナだからか、志音の言葉に納得してしまう。
「強い」という言葉だけでは言い表せない圧倒的な武力。その一欠片すら引き出すことの叶わなかったリアーナ。
強さに自身がなかったと言えば嘘になるほど、リアーナは自身の実力にはそれなりの自信があった。全力とまでは言わずとも、多少の本気は引き出せる気でいた。
だが、……結果は惨敗。
「…………」
「なんだ……? 結歌に負けたのがそんな悔しかったのか?」
「……いえ、当然の結果です」
「強がんなよ」
感情表現の乏しいリアーナだが、さすがに志音でも内心悔しがってる事くらいは安易に想像がつく。
そうでもなければ、志音に頼ってまで強くなりたいなどとは言ってこないだろう。
「んで、話を戻すが……、影を使う《魔法》を使うのは何となくわかったが、影に隠れる。影を切り取って武器にする。……この他には何か出来ないのか?」
リアーナの持つ優れた索敵能力と、この二つの《魔法》だけでも戦力としては申し分ない。使いようによってはいくらでもバリエーションは利くだろう。
だが、目指す目標があまりにも高過ぎるということもあり、コレだけでは心許ないのも確かだ。
「……嘗めないでください」
そう言った少女は、また志音へと近付く。
だが、先程とは違い『近付き過ぎない』。遠距離と呼ぶには近く、近距離と呼ぶには遠い。
ちょうど、光源を背にしたリアーナの影が志音に触れる程度の……。
そこで志音は何かに察したように大きく後退した。
瞬間、志音の行動に一瞬遅れて、リアーナの影から大斧と同じ漆黒のリボンのような物が数本、志音が先程まで立っていた場所を包むように伸びる。
見た目から察するに『拘束系』の技だ。もし、あのリボンが大斧のような強度を誇るならば……いくら志音とはいえ簡単に振りほどく事はできないだろう。
「……逃がしましたか……、ですが、まだです」
空振りに終わったリボンがリアーナの影に消えると同時、志音を追うリアーナのその影から、今度は大量の黒刃が地に生えるように志音を襲う。
志音はソレを避け、防ぎ、いなし、黒斧ほどの破壊力はないものの、質より量と言うような……物量に任せた追撃に、何とか対応する。
だが、先程から生える黒刃はリアーナの影から出てきている。影が通り過ぎれば、黒刃は跡形もなく消えるのだ。ならば……
一か八か、志音は後退を止め逆に前進した。リアーナへ向かって――いや、正確にはリアーナの後方にある《光源》へ向かって。
すれ違い様の凶刃を間一髪で避けて、リアーナとすれ違う。
「影がコッチになけりゃ、その技は使えないだろう?」
少女の影から攻撃が来るのならば、その影がコチラに向いていなければいい。
志音の出したその仮説は間違っていなかったらしく、少女の影からは、もう凶刃が生える事はない。
だが少女は、焦るでも困惑するでもなく、表情一つ変えずに志音へと近付いた。
「影の境界線は……光の有無です」
光を背にした志音。必然的にその影はリアーナの方へと向かう。
そして、影踏みでもするように……その影に少女の足が踏み込めば、影は重なる。
「影が繋がれば……それは既に、私の影です。……影に触れることさえ出来れば――」
一拍遅れて察した。
だが、気付いた時にはもう遅い。
リアーナが言葉を言い終わるより早く、志音の影から先程のリボンが生え……志音の体に絡み付き、地面に縫い付けた。
重なりあった影に境界線など存在しないのだ。
繋がった影は二人の影であり、志音の影であると同時に『リアーナの影』でもあるのだから、《魔法》の干渉も出来てしまう。
「他人の影でも関係なく……私の武器です」
「マジかよ……」




