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『英雄』を狩る者  作者: オーエン
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三話(2)




 二時限目のカリキュラムを終え、新学期早々の他人だらけの周囲からの射殺すような視線を一身に受け、志音は大きな欠伸を一つ。

 窓際の最後列という恵まれた席位置で暖かな日差しを満喫しつつ、次の授業の準備をしていた。


 もちろん、いくらにぶちんな志音でもこの場の雰囲気を察していない訳ではない。

 殺気を送ってくる隣人、集団で志音を責め立てる女生徒達、正義感に刈られ的外れな正論で捲し立てる主人公っぽいクラスメイト。この数時間内で、様々な者が口々に「後輩イジメを止めろ」とわめく。

 その度に、志音は答えるのだ。


「じゃあ止めてみろよ」


と。

 煽るように、挑発するように、試すように、手慣れた作り物の「邪悪な笑み」で告げるのだ。

 口だけの腰抜けならばココで諦める。

 短気な者や好戦的な者ならば掴み掛かってくる。だが、志音の背後の『最強の姉』に怯え、拳を出す者はいない。

 賢き者ならば教職員やランキング上位の生徒と徒党を組む。


 だが、誰一人として志音を裁くことはできない。

 広がったのは噂『だけ』。確たる証拠どころか、脅迫する瞬間を目撃した者すらいない。裁く材料に事欠いていたのだ。


「事実無根な冤罪なんだから証拠なんてあるわけないってのに……」


 だがまだ、志音を裁く方法はある。

 加害者に圧をかけ罪を吐かせる。今はその段階だろう。

 何とか揚げ足や現地を取ろうと、志音の一挙手一投足を見張る視線が多々感じられる。

 だが肝心の志音はまるっきり無視を決め込む。


 慣れない早起きでただでさえ眠いのに、ソレに追い討ちをかけるようにお日様の慈悲深い抱擁。気を確かに持たなければ一瞬で寝れてしまう。

 次の授業まで残り十数分。

 寝るには短く、何もしないには長い。残念なことに暇を潰す道具は、今志音の手元に存在しない。


「……さて、どうするか」


 普段ならばいの一番に話し掛けてくる筈の変態が、本日は朝の一件以来話し掛けてこない。いじけているのだろう。

 こんな状況ならば、チェシャ猫のような小馬鹿にした笑みを浮かべながら取材と称した尋問をしてくる少女も、何故か今回は現れない。


「寝るのも……なぁ」


 だが、それは……唐突に訪れた。


「志音はいる?」

「夕凪くんはいらっしゃいますかぁ? お話があるんですが♪」


 教室前方の扉から、我が校の誇る最強の生徒会長様が凛然と現れ。教室後方の扉からは、その生徒会長と肩を並べる風紀委員長様が、朗らかな雰囲気と絶世の笑顔で現れる。

 学園内でも最強に部類される二人が、まるでタイミングを見計らったかのように同じ教室に現れたのだ。志音どころか教室内……いや、廊下に出ていた生徒や別教室の生徒からすらも注目を集めてしまう。

 ツートップ。正直、かなり目立つ。


「いや、確かに暇だって言ってたけどさ……。何も目立つのが二人同時に来なくてもよくないか……?」


 無論、二人に聞こえぬように愚痴る。


 無駄と知りながらも志音はすぐさま視線をそらし、今現在出せる全力をもって『他人』を演じる。

 ゆうなぎ? しおん? 何ソレ美味しいの?

 そんな台詞の出てきそうな全力のおとぼけ顔。

 ソレを意にもかいさず、二人の女性は志音の姿を認めると、間髪いれずに優雅なまま近寄る。

 歩く姿にすら美しさが伴う二人に、道を妨げるどころか、自ら道を開いてゆく。人海モーゼとはまさに……。


 そして今や、窓から外を凝視する志音のすぐ側から二つの視線。


「いるのなら返事をしなさい。貴方に無視されるのはとても不快よ」

「そうですよ〜。無視はダメです。立派な虐めなんですよ〜?」

「……で? 学園ツートップのお二方が、最底辺のオレなんかに何の用だ?」

「何か含んだような言い回しね」

「嫌みですかぁ?」

「事実だろう?」


 少なくとも第三者からすれば……。

 その言葉は口に出さない。


「まぁいいわ、私も長話は好きじゃないし……。単刀直入に聞くわ」

「えぇ〜、いいじゃないですか長話♪ 私もっと夕凪くんとお話ししたいですよ〜?」

「…………一応聞くけれどアリシア、その言葉はどういう意味かしら?」


 志音が二人へ視線を向けると、男女関係なく見とれてしまうだろう凛々しい微笑みの中に殺気を帯びた結歌に、睨まれたアリシアがただおっとりとした調子のまま笑顔で続ける。


「夕凪くんにとっても興味が湧きました♪ 気になるひとを知りたがるのは当然の事じゃないですかぁ〜♪」

「……そう」


 殺気が一層増した。


「そうね。昨日の模擬戦で志音の実力の一端を知ったのでしょうけど、だからといって志音が貴女に心を開いたとでも思い上がったのかしら?」

「……えぇ〜」


 結歌の煽るような言葉に、今度は満面の笑みを浮かべたアリシアから殺気が滲み出る。


「ある程度実力があって、貴女のように『厚かましく』言い寄って『鎌をかけて』『足元をさらう』ような卑怯な手を使えば、温厚な志音は嫌でも実力を出さずにいられなかっただけ。……違ったかしら?」

「結歌が何の話をしているのかさっぱりですがぁ、随分と夕凪くんの事を気にかけてらっしゃるんですね〜♪ 姉弟とはいえ、お節介も程度を弁えなければただのブラコンですよー?」

「可愛い弟に貴女のような虫が集らないように目を光らせるのは、姉の義務だと思うの」

「虫呼ばわりとは酷いですね〜。私はただ単純に夕凪くんとの談話に花を咲かせたいだけなのですが、この蚊取り線香さんは何を勘違いしてるんですかね〜♪」


 言葉を交わす度、ミルフィーユのように何層にも膨れ上がっていく二つの殺気と、美麗な笑顔。

 遠巻きに見ていた取り巻きも無意識に一歩後ずさる。

 単純な戦力で言っても、たった今この場以上に危険な場所は学園内の何処を探しても見つからないだろう。

 お互い笑顔なのに、目が微塵も笑っていない。


 志音も流石に身の危機を察し、非常に気が進まないが二人の仲裁に入ろうと、心の中で一歩を踏み出した。


「二人とも、話がズレてるぞ? 用がないならせめて場所を変えて――」

「志音、だまりなさい」

「すぐに終わりますので、夕凪くんはゆっくり待っていてくださいなぁ♪」

「いや、そうは言うが……、訳もわからず待たされるオレの身にもなれよ」

「「…………」」

「一時的な私情で、目的を見失うことほど滑稽な事は無いと思うが? 異論はあるか?」

「「……むぅ」」

「お前ら二人は数千の生徒の頂点でありながら、そんな愚かな選択をするのか?」


 二人とも納得はしない。

 だが、志音の言葉に自信を省みる余裕は出来たらしく、険悪な雰囲気はそのままに、言葉の矛先を志音へと向けた


「最底辺のわりには随分と上から目線で諭してくるのね」

「わるかったな」

「私はもともと夕凪くんに話があって来ただけですー。結歌が話を変えなければすぐに本題に入れたんですよー」

「はいはいそうだなー」


 不貞腐れる二人の珍しい一面に新鮮味を感じつつ、志音は二人の言う『本題』に目星はついていたということもあり、自分から会話を進めることにした。


「んで? 話ってのは今朝の噂か? 『オレが朝っぱらから後輩女子と仲良く登校』っての」

「ええ」

「多少尾ひれは付いてますがね〜」

「ああー……、弱味を使って脅迫とか、結歌の名前を使って……ってやつか」

「他にも、付き合ってるとかー」

「志音に限ってソレはありえないわ。女性に微塵も興味がないのというのに……」

「その言い方だとBL疑惑が湧くから止めろ!! 健吾×志音なんてカップリングが噂された暁には、速攻で退学してやるからな……」

「受けなの?」

「やめろぉぉぉ!!」


 一瞬、志音の脳裏に嫌な想像がかすめ、ソレを全力で否定するように追い出す。


「そんな下らない話より、事の詳細が知りたいんだろう? 話を戻すぞ……」

「そうね」

「夕凪くんがそういうのでしたらぁ♪」


 二人との会話に頭痛を覚えつつ、志音はふと考える。

 そもそもこの噂の元凶は、今朝早朝から始まった『朝練』。元をただせば『志音がリアーナに特訓をつける』という話から始まった事である。

 志音の実力をある程度把握している二人に、この事実を隠す必要はないが……、この場には生憎と、会話に聞き耳を立てている観衆が多すぎる。

 二人が気にせずとも、志音は気にしてしまうのだ。


 事実ではなく、だが角は立たずに、無駄に尾ひれが付いた噂に触れない程度の言葉を選び、志音は告げる。


「朝の登校の件は事実だ。楽しくってのは少々語弊があるが……目撃者もいるだろう」

「そう。その理由はなに? まさか、朝偶然会ってそのまま……って訳ではないのでしょう?」

「そりゃ……つ、付き合ってるんだから、一緒に登校くらいはとうぜ――」


 ガィンッ!!


 言葉の途中で志音の机に、何の前触れもなく一本の『銀槍』が深々と突き刺さる。

 見覚えのある武骨な槍。まるで、たった今ソコに突然現れたように……。


「すみませーん。聞こえませんでしたぁ♪」


 志音の目の前ではこの上ない笑顔のアリシアと……。


「ちゃんと聞きなさいアリシア。志音は『たまたま偶然朝バッタリ後輩女子と会って、面識が合ったから成り行きで一緒に登校しただけ』と言ったのよ。それ以外にあり得るわけないでしょう? ふふふ」


 これまた、普段は見せないような全開の笑顔を浮かべる結歌。


「あぁ〜♪ 確かにそんなこと言ってたような気がしますね〜♪ そうですよね〜」

「登校中に他の生徒と遭遇するなんて当たり前の事でしょう? それが今朝はたまたま、偶然、奇跡的に、知り合いと出会った『だけ』。行く先は同じなのだから、一緒に登校していても不思議はないわ」

「ですよね〜♪」

「いや、ちが――」


 ドゴォォォォオンッ!!!


 弁解を言いかけた志音のすぐ側で、これまた何の前触れもなく……志音の机が爆散した。木っ端微塵である。

 志音の眼前にはとことん笑顔の二人。片や背後に数個の魔方陣を展開する風紀委員長。片や華奢な右手から仄かな煙をあげる生徒会長。机の爆散は確実に後者の仕業だと悟った志音。


「――わないです。はい、その通りです……」


 これ以上は命に関わると判断した志音は、やむなく二人の尋問に屈する選択を選ぶ。

 別に形だけの彼女を自慢したいわけでもなかったので、志音としてもこの問答に拘る理由はなかったのだが、背中をつたう脂汗が止まらない。


(なんだ!? リア充発言ってこんなに敵視されるもんなのか!?)


「まぁ、いいわ。その後輩女子っていうのは、昨日学食で会ったリアーナさんで間違いないのね?」

「すでに決定事項なのか……。今の会話で一度もアイツの名前を言った覚えはないんだが?」

「他にいないでしょう? ……それとも、他にいるの?」

「……目が怖い……。後輩女子っていえば一年生の約半数近くだろう? アイツと決め付けるには些か早計すぎるんじゃ――」

「いませんよね♪ 二日前の昼休みの一件……お忘れですかぁ? 夕凪くんと兎月くんはぁ、すでに一年女子共通の敵って扱いですよぉ〜♪」

「……ありましたね、そんな事……」

「他に言い訳は」

「ありますかぁ?」


 二人の息の合った学園内最強の口撃に、最弱を自称する志音が言い訳など出来る筈もなく……降参したと言うように、両手を挙げて見せる。


「そう」

「潔いですね〜」

「別に最初から隠すつもりはねえさ。だが、これ以上はプライベートな事なんでな……黙秘権を行使させてもらうよ」


 真剣な瞳で二人を見据える志音に、二人も『これ以上』の詮索は無駄だと察する。

 アリシアはともかく、結歌はこの学園の誰よりも志音と付き合いがある。

 志音が『やる』と本気で決めたならば、目の前で人が死のうと曲げることはない。

 ソレを結歌は嫌というほど知っている。


「なら続きはリアーナさん本人に聞くとしましょう」

「ご勝手にどうぞー」

「止めないの?」

「別にバレたところでオレに被害があるわけでもないし、アイツが喋ったからといって困ることもない」

「……てっきり、彼女を庇うものだと思っていたのだけれど、拍子抜けね」

「オレから話さないってだけで、アイツが話すとも限らないんじゃないか? 自意識過剰なのを今更どうこう言う気はないが、あんまり嘗めてると後輩に抜かされるぜ?」


 最後の方はただの皮肉である。

 流石に結歌やアリシアのレベルとまでなれば、ぽっと出の新人にすぐに抜かれるなんて事はまずない。

 例え不意討ちで先手を取れたとしても、その先は考えるまでもなく結歌の独壇場。敵と見なした相手に対し、結歌は絶対に負けない。能力や心構えなんていうちゃちなものではなく、ソレが事実なのだ。

 なので実力を傲ったとしても、誰一人として異論を唱えられるものはいない。


 だが、結歌は傲らない。


「そうね。志音がそう言うのなら警戒しておくとしましょう」


 己の現状に、常に満足しない。

 忠告を受けたならば改善する。無駄があれば有無を言わさず削り取る。

 最強とうたわれながら、なお成長し続ける。それが志音から見た結歌である。

 己を磨くことを怠らない。


 そのまま話を切り上げ、アリシアを連れて志音に背を向ける結歌に、……いつも志音は思う。

 どこまでも強くなろうとする姉の背中に……


 ――愚かだ、と。


「……皮肉のつもりだったんだけどな……」


 呟く。

 同時にふと、とある事に気付く。

 爆散し、塵と化した机。


「オイコラ! そこの生徒会長! オレの机どうすんだっ!! 責任持って弁償しやがれええええっ!」


 人の多い廊下に、志音の叫びが響き渡った。





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