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『英雄』を狩る者  作者: オーエン
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第三話【影の本懐】



 聖都市《オーヴェイン》という孤立した島の中での生活において、学園での戦績とはいわば権力である。

 勝ち続け有名になればなるほど、日々の生活でもなにかと優遇される機会は多い。

 例を挙げるならば、夕凪 結歌やアリシア・ユーフィリアなど学園内でもトップクラスの実力を誇る人種は、学費免除や学食無料、果てには住む寮すら一級ホテルのスイートルームなみ。

 芸能人と同じような扱いを受け、テレビや取材などは数えきれぬほど。日夜、周りからの羨望の眼差しとにらめっこする日常。

 それだけではない。

 前記二人のような、常に上位五位圏内を独走するような強者には、学園側から得られる情報もある程度は幅がきくのだ。島を動かす有力者が無知では話にならないからだ。


 逆に、弱者はといえば、毎月携帯端末に支給される金銭は雀の涙程度。学食にも入寮にも金が要求され、周りからの風当たりもあまり良いものではない。情報収集も自分の足を使う他ない。


 流石に集団でのイジメの的や差別の対象にされることはないが、区別はされる。

 生徒間では既に、ランキングの上下と権力の上下がイコールとなっている始末だ。


『悔しければ強くなれ』


 入学式で学園長が必ず告げる言葉。

 弱き者に贅沢を貪る権利はない。そう如実に告げる言葉。


 そしてその言葉を痛いほどに実感しなければならない生徒。実力のランク付けにおいて入学当初より、『誰にも勝つことなく』ぶっちぎりで底辺を獲得している生徒。夕凪 志音はというと……。


「悔しくねえから強くなる必要はないよな?」


 真顔でそう答えた。

 「不真面目だ」「ひねくれてる」「勝てないから逃げてるだけ」と様々な言葉が志音に向けられた。

 そんな志音をよく思うような物好きは生憎、この聖エインリーゼ学園にはいない。強くなるためにこの学園へ訪れるものがほとんどだというのに、その目的を真っ向から否定する者をよく思う道理などあるはずもない。


 だが、志音は思うのだ。


 権力? 必要ない。

 金? 自らの労力で稼げばいい。

 名声? それこそ、志音が一番望んでいないものだ。


「…………『弱い』……ですか。…………そうですか」

「なんだよ」

「……いえ、べつに」


 他の人には聞こえないような声音でぼそりと溢したのは、志音の半歩右後ろで志音に隠れるようについてくる根暗後輩だ。

 だらりと伸びた前髪から見え隠れする半目がちな瞳が、何やら一言申したそうに志音を睨んでいたが、志音はそれを無視。

 その手には自分の鞄の他に、もう一つ同様のデザインをした鞄を抱き締めるように持っている。

 対して志音は通学鞄どころか、物と呼べる物は何一つ手にしていない。右手で頬をかき、手持ちぶさたな左手はズボンのポケットの中。

 勿論、この状況を志音が自ら望み「学ぶ立場なら相応の態度がある筈だよな〜?」と、ジャイアニズム全開で威張り散らしている…………ということはある筈もなく……。


「…………」

「……何ですか?」

「……。いや、いつになったらオレの鞄、返してくれんのかな〜、って」

「……先輩の教室に……到着する、まで……です」

「何で?」

「学ぶ立場ですから、これくらいの誠意は……当然です」

「あっそ……」


 と言うわけである。

 先輩である志音が、後輩であるリアーナに荷物持ちをさせている。……ではなく。

 先輩である筈の志音が、後輩である筈のリアーナに荷物を『取り上げられている』。……が正解。

 そしてソレを善意でやっていると思い込んでいるリアーナに対し、力ずくで取り返すという選択を志音が出来る筈もなく……。


「くそ。最弱の癖に……」

「何様だよアイツ……」

「どうせ会長の名前を使って脅したとかだろ……」

「うわっ、最低なクソ野郎だな……」


 一年時の志音を『知らない』者達は、当然ながらこの状況を良くは思わないわけで……。

 いわば針のむしろ状態だ。

 しかも、この場に志音を怖れる者はいない。だからか、嫌悪感を隠すことすらしない者ばかりだ。

 それでも誰一人として志音に手を出してこないのは、やはり結歌の存在が大きい。

 もしも志音に大怪我でも負わせようものなら、無自覚に過保護な姉バカが黙っていない。そう思い込んでいる生徒が大半を占めているのだ。


「……それでもまぁ、居心地は最悪なんだがな……」


 誰にも聞こえない筈の声音で呟く。

 だがソレをハッキリと耳にした後輩は、周りを視線で一巡し立ち止まる。


「……おかしいです」

「…………何がだ」

「この行動をすれば……先輩は喜ぶ……とまでは行かなくても、気分を……良くする筈……です」

「……。はぁ、ちなみに何故そういう結論に辿り着いたのか、詳しく教えてくれないか?」

「この書物に……記載されて、いました」


 そう言ってリアーナが自分の鞄から取り出した本は、女性向け恋愛雑誌『気になる彼を確実にオトす!! 108の口説き文句♪ 〜今日から貴女もモテ娘!!〜』。

 志音はまたため息を漏らす。


「……何がとは言わないが、その選択は間違ってる……とだけ言っておくよ……」

「……ですが、この書物によると相手が……『めんどうくさがりな先輩』である場合、……荷物を受け取り半歩右斜め後ろをついていく、と」

「その前に、大前提であるめんどうくさがりな先輩ってのは、まさかとは思うがオレの事を言っているのか?」

「事実です」

「……。否定はしないが、歳上相手に随分な態度だな……後輩」

「……ですが、事実です」

「…………はぁ、気の済むまで勝手にやってろ……」

「不満……ですか?」

「慣れてる」

「…………ですが」


 またリアーナの視線が、コチラへと嫌悪感をぶつける「背景」へと向けられる。

 リアーナは知っている。

 少なくとも志音の実力が、たった今志音を最弱と笑った者達よりも、遥かに上だということを。

 そしてそんな志音に教えを乞う恩返しとして、はたまた義理として、リアーナは志音にこうしている。


 だがその行動が志音に迷惑をかけている。


「だから、言ってるだろ……慣れてるからいいんだ」


 そう言い捨て、志音は不意にリアーナの頭を少し荒く撫でる。

 その言葉が嘘や強がりではない事を、リアーナは知る。いや、その耳で「聞き知る」。


「……そう、ですか」

「ああ」


 そう言い、校舎へと足を歩き出す志音。

 数秒遅れ、リアーナはその背を……師と仰ぐ男の背を追い、小走りに歩き出した。




     ◇◇◇




「朝っぱらから良いご身分だな、志音」

「よう、大凶以下」

「朝っぱらから人の傷抉るんじゃねえ!!」


 志音が自分のクラスに辿り着くと、いつもならば志音のテンションが下がるほどテンションの高い筈の健吾が、何故か自分の席に突っ伏して横目に志音を死んだ魚のような濁った目で睨んでいた。

 ここまでなると、キモいを通り越して怖い。そう思ったのは志音だけではないらしく、教室内にいるクラスメイトは健吾からある一定以上の距離をとっている。

 志音の後ろを付いてきていたリアーナも、志音以上に嫌悪感を浮かべるべき標的に気付いたらしく、志音の背に隠れつつ汚物を見るような目で健吾を見ていた。


「……何ですか、アレ」

「……ん〜と、オレの友人を自称するクラスメイトA――もとい、兎月 健吾だ」

「……あぁ、そう言えば……入学式当日の昼休みに、一年の全女子を敵に回したと有名な……あの。初めて見ました」

「一応、初対面ではないんだが……。昨日食堂で会っただろ?」

「…………? 記憶にありません」

「そうか」

「そうか、じゃねぇえええっ!!」


 志音とリアーナの会話に聞き耳をたてていた健吾が叫びをあげた。

 もとから陰口のつもりではなかったので、志音もただ面倒くさげにそっぽを向くことで返す。


「なんだよ! 昨日の一件は百歩譲って許すとしても、今回のソレはどういうことだ!? なんで志音が女の子と一緒にイチャイチャ登校してくれちゃってるんだよ!!」

「……やっぱりその事か」

「当然だ! オレよりモテないはずの! あの志音が! 後輩女子と! 一緒に! イチャイチャ登校! ホワイッ!!?」

「うるさい……。ちゃんと説明はしてやるから少し黙れ」


 そして志音は少し考える。

 今現在、志音の後方から制服の裾を掴み、健吾を警戒しているこの後輩――リアーナは入学試験を主席で合格し、実際の正式試合経験はまだ無くとも、一学年内ならば片手の指で足りる順位を獲得できるであろう実力の持ち主である。

 二、三年生からすれば新入生の入学試験成績なんて気にする者はほとんどいないが、主席ともなれば話は別である。

 志音がまだ耳にしていないだけで、リアーナの噂は学園内にそれなりには広がっている筈だ。


 そして、現在の状況は?と聞かれれば、また返答に困ってしまうのが志音である。


 ココで安易に「修行をつけてやっている」なんて答えようものならば……、志音の積み上げてきた『最弱』という肩書きを疑われるか、あるいは今年の一年生は全員『最弱』以下だ……と、一年生にわずかでも期待を膨らませている者達にあらぬ誤解を与えてしまうかもしれない。


「……さて、どう説明したものか……」

「…………」


 空気を読んでか、あるいはただ口を開きたくないだけなのか、無口で傍観する後輩を横目で一瞥する。

 ダラリと伸びた髪のせいで顔のほとんどが隠れているせいで、その容姿に良い印象は薄い。

 目立つとしても、決して良い目立ち方をしているとは言いがたい外見だ。


 例え「恋愛対象だ」などと言っても、嫉妬や羨望の視線を浴びることはない。


 そういう結論に辿り着いた志音は、思いきって大胆な行動をとることにした。

 志音は右手でリアーナの肩を無理矢理抱き寄せる。


「コイツな。オレの彼女だ。昨日の放課後に告白されて、付き合うことになってな……。お前への報告が遅れたのは悪かったよ」

「…………」


 抱き寄せられたリアーナはというと、感情表現の乏しい無表情のまま少しだけ目を見開き志音を見上げた。

 そして、志音はリアーナの特異性を利用し、誰にも聞こえないような声でボソリと呟く。


 話を合わせろ、と。


 意図を察してか、リアーナは咄嗟に口に出しそうになった反論の言葉を飲み込み、無愛想にコクリと小さく頷く。


「まぁ、そういうわけで、イチャイチャしていたとしても何の問題もないわけだ。これからはなにかと二人きりになる機会も増えるだろうが、オレの友人を名乗るならそっとしておいてくれるよな?」

「…………」

「……いや、無言で血の涙を流すのは止めろよ。見ててホラーだから……」

「…………そうか。コレは夢か。俺より先に志音に彼女が出来るなんてあるはずがないしな! ありえない! そうだろう? そうだと言ってくれぇぇぇぇぇっ!!!!」

「…………あ、うん」

「……」

「二人して無言で視線を反らさないでくれよ! ちくしょう!! 覚えとけよ。そんな地味子よりよっぽど可愛い彼女つくって、ギャフンと言わせてやるんだからっ!!」


 何故か最後に残した捨て台詞が若干オネエ言葉になりながら、始業数分前にも関わらず、健吾は全力で教室から出ていってしまった。

 その原因たる二人に同情という感情はない。

 志音はさっぱりとした風に、空いた自分の席に座る。

 それを見てか、ずっと志音を壁にするように立っていたリアーナも調子を取り戻したように、汚物を見る目を志音へとぶつけた。


「……二つほど言いたいことがあります」

「…………そうか」

「一つ。まだ親しい友人がいるわけではないので、私が言うのはおこがましいかもしれませんが、……友人はちゃんと選んだ方がいいですよ? ルゥフリアーナ先輩も大概ですが……アレは無いかと……」

「アレって……一応は目上の先輩なんだから、せめて名前で呼んでやれよ」

「ゴミに名があるのですか?」

「ゴミっすか」

「……夕凪先輩も対して変わりませんが?」

「路傍の石ころか?」

「…………」

「否定しろよ……」


 適当に放ったはずの言葉が的を射ていたらしい。

 たしかに目障りなゴミよりは、目にも留まらぬ石ころの方が、他人の不快を買わない分、幾分かはマシかもしれないが……。

 まさか志音も、自分を師事すると吐いた少女から石ころ扱いを受けるとは予想していなかった。


(まぁ、無駄に好意を持たれるよりは、さっぱり『他人』って割りきってくれる方がいいか)


 それをあっさり受け入れるのが志音である。


「嬉しそうですね……」

「顔に出てたか?」

「……いえ、心拍数や呼吸で判断させていただきました」

「便利だな……その耳」

「………………便利、ですか」


 リアーナの雰囲気が一瞬暗くなる。と言っても元が根暗であるため、その変化は微細なものである。

 よく見ていなければ、いや……よく見ていたとしても、気付けるかどうかというレベル。


 だが、志音はそういった感情に……残念ながら敏感であり、無意識に他人の地雷に踏み込んでしまったことに多少後悔していた。


「……んと、悪い。便利かどうかを決めるのは他人じゃなく本人だったな」

「…………同情しないでください。ヘドが出そうです」

「お前な……。心配して損した」

「心配や同情を要求したつもりはありません。……それと二つ目ですが、……私に無機物を愛する変態的趣向はありません」

「無機物は例えだろうが! オレは少なくとも人間だ! ソレに安心しろ……。オレはガキに興味はない」


 ……嘘だ。

 志音が過去好きになった女性は、志音よりも一つ年下。もし同じ学園に通っていたならば……リアーナと同じクラスになっていた可能性すらある。

 だが……それも昔の話だ。


「……変なところで、嘘をつかないでください」


 ふとリアーナを見ると、まるで身を守るように体を抱き締めるリアーナ。

 その警戒と狼狽の目から、志音はやってしまったと項垂れる。

 どうやら、志音の言葉に対し志音の身体は否定を唱えたらしい。ソレをリアーナは音で察してしまい、現在警戒……という事になっているのだろう。


「……悪い。言葉を間違ったな。別に年下は嫌いじゃないが、お前はお断りだ」

「…………」

「どうだ? 嘘はついてないだろう?」

「……ついていません」


 志音はほっと胸を撫で下ろす。


「ついていませんが……何故でしょうか、……スゴく納得がいきません。恋愛沙汰には微塵も関心がありませんが、ココで先輩に否定されるのは……バカにされたようでとても腹立たしいです」

「無表情なくせに内心穏やかじゃなさそうだな……。情緒不安定ならオレじゃなく医者に相談しろ」

「……やはり、先輩は嫌いです」

「そりゃどうも」


 元から好かれたいなどと思ったことはない。

 そう言いかけた言葉を、志音は無意識にのみこんだ。言ってもよかった。普段通りの志音ならば迷わず言っていた。

 だが何故かその言葉が志音の口から出ることはなかった。


「……」

「こちらを見ないでください」

「……そう言うなら、さっさとオレの鞄を置いて自分の教室に戻ったらどうだ? もうそれそろ始業時間になるぞ?」

「…………。言われずともそうしようと思っていたところです」


 志音も礼の言葉を期待して吐いた忠告ではなかったのだが、まさか善意でかけた言葉に対しジト目の睨みで返されるとは予想していなかった。


 その後、『出涸らしの最弱が女子生徒と二人で登校した』という噂は数時間とまたず学園内に広がることになる。

 女子生徒を哀れむ者、志音が卑怯な手を用いたと決めつける者、女子生徒が弱味を握られている、志音が姉の名を使っている、やむ終えない事情がある、など……志音を加害者とし女子生徒を被害者とする噂は、尾ひれを伴いつつ瞬く間に志音を悪人へとしたてあげていく。


 そんな中、違った反応を見せる者もいた。

 呆れる者。

 信じぬ者。

 怪しむ者。

 志音はそんな事など知るよしもなく、また順当に敵を増やしていく。





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